読書の森

ツツジ咲く街 その4



京太の自死を人伝てに聞いた時、多美は何故か「やっぱり」と思った。

京太は、家も親にも社会の絆も自分から切り離す事が出来ない人だった。
多美は友人から彼の出版社が危ないと聞いて、思い切って電話をした。

「僕の責任でもあるから何とか頑張る」それが多美の聞いた最後の言葉である。

彼の死が悲しいというより歯がゆかった。
多美はその時47歳、20代の甘い恋心はとうの昔に消えている。
あるのはかけがえのない青春の喪失感である。



史哉は実に勤勉な努力家だった。
民間の物理学教室の室長も兼ねて成功している。

真面目でソツのない夫、欠点のない夫。
長身に端正なマスクと綺麗な銀髪、女子大生のファンも多いと聞く。
「あんな立派なご主人に恵まれて、奥様幸せですね」
と人に言われる度に多美は微かな苛立ちを感じる。

夫婦の間に子はないが、夫婦生活はある。
それも判で押したよう様に休日の前の日。
全てに置いて衝動的という言葉とほど遠い夫だった。

夫と自分との感覚に最初から違和感を感じていた。
それは美しいバラを見て如実に表れる。

史哉は何という名前でどこが産地でという点に興味を持つ。
多美はそのバラから生まれる物語を夢想するのだ。

多美が翻訳でも文学でもなく、校正の勉強を始めたのはエデイターの道を進みたかったからだ。
自分で物語を創り出す力は持てずとも、夢のある一冊の本を生む力になりたい。

気負って始めた勉強も仕事も、地味で先が見えない世界だった。
この仕事で自立して夫の下を去るという計画が無理である事を思い知らされた。

ただ、京太の妹が仕事仲間と知った時から別の計画が始まったのである。

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