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読書の森

色ガラス その3

これより前、転校先の学校で敏恵はひどいイジメに遭った。

読書好きの敏恵が、国語の読み取りのテストで100点をとって、担任教師が「兵頭さんは100点ですよ!入ったばかりなのに偉いわね。皆も負けないよう頑張ろう」と褒めた日の放課後の事だった。
一人で下校する敏恵の前に数人の男子生徒が立ち塞がった。
「気取りやがって。田舎から来たくせに標準語使って。気持ち悪い!なんだ親無しっ子!」

「ひどい!親はいるわ。今お仕事で神戸に」
「嘘だ!捨てられたんだろう」
いかにも成績の悪そうな男の子たちは虫歯だらけの口を開けて笑った。
(バカ!低脳)敏恵がキッと睨み返した瞬間、
「やっちゃえ」と声をあげて持っていた傘の先でしたたかに敏恵のオデコを打った。
「やっちゃえ。やっちゃえ」ケタケタ笑った子達が襲いかかって、敏恵は痛みと恐怖でその場に蹲って、目を瞑った。
、、、どれほど時が過ぎたろう。

「もう大丈夫よ。悪い子は追っ払ったからね」女の子の澄んだ声が頭上からして、恐る恐る敏恵が目を開くと、背の高い女の子が微笑んでいた。
深い吸い込まれそうな目の美しい子だった。
「XX学校の子でしょう?私5年3組の木村いずみです。、、すごい!腫れてコブになってる。痛い?」
いずみと名乗る子は、敏恵にとって突如現れた女神のようで、しっかりと敏恵を抱き抱えて家迄連れて行ってくれた。

伯母が事情を学校側に伝えると、どう言う訳か悪戯っ子は妙に大人しくなった。
教師は親から離れた敏恵の事情に触れる事も無く特別扱いをする事もなくなった。
そして、、敏恵はだんだん喧騒な町工場の生活に馴染んできた。
外遊びが多くなって、見違える様に色が黒くなった敏恵は近所の子供と遊び出したのである。

あれから、祖母に頼まれた事もあって、いずみは時々敏恵の家に遊びに来た。
母屋の二階の小部屋で読書好きの多江と読んだ本の話をする時間は、二人にとってかなり楽しかった。
聞けば多江も低学年の時北海道から上京して来たと言う。
長身で伸びやかなほっそりとした手足、フサフサした黒髪、小麦色の肌、彫りの深い美しい顔立ちの多江は敏恵の憧れだった。話す言葉も話す内容も上品で、一瞬敏恵は狭い古い屋根裏小屋のような部屋を忘れられた。

ただし、小学生にしては際立って整った美貌、話す言葉の高尚さに比べて多江の服装はいかにも貧しかった。当時の子供は一様に安い衣服やお下がりを着ていたが、多江は洗いざらしの通学用の服を二、三枚持っているだけに見えた。

「敏恵の恩人だから」と伯母がお古を与えるといずみは素直に喜んで身につけている。
「あの子、悪い子じゃないけど。ただね」
伯母たちがヒソヒソ囁いているのを敏恵は時々耳にした。


いずみがもうすぐ中学生になる前の休日に、敏恵と二人で例の小部屋で小箱を開けていた。
「わあ、綺麗!これ宝石?」
「わかんない。でも秘密の箱なんだ!」
漆塗りの小箱は祖母が敏恵に与えたものだった。

祖母の女学校時代の宝物でとても大切にしていたと言う。
ところどころ色が落ちた古い黒い小箱を開けると、真紅の縮緬が敷かれて、真綿で包まれたキラキラ光る小さな石が何個も入っていた。
ピンク、オレンジ、黄色、水色、翠、蒼色いずれも透明で、いかにも豪華に見える。

「ピンクっぽいのがルビー、蒼がサファイヤ、翠はエメラルド、、」
「これはトパーズかも」
いつも深く落ち着いた色のいずみの目が女性らしくキラキラと輝いた。

「いずみちゃんの目っていつも思うんだけど、黒いダイヤみたいでとっても綺麗!」
「ありがとう」
「私、もうすぐお父さんとお母さんに会えるの。東京に来るんだ」
「ええ!良かったね」
「それでいずみちゃんに私から今迄のお礼したい」
「お礼してもらう程のことしてないけど嬉しい」

「だから、ここの中でいずみちゃんの好きなの幾つでも取って良いよ」
景気良く言ってから敏恵はしまったと思った。最初一個だけ上げるつもりだったが素直に喜ぶいずみを見て思わず口走ってしまったのだ。敏恵の両親もそうだったが、金もモノもろくに持っていないのに気前が良過ぎて損をしてる家族なのだ。

ただ、敏恵はいずみを自分の恩人だと思っている。
いずみのお陰で今日まで無事通学できている、この恩人に自分がお礼をあげるにはこの箱の宝石(?)しかないと考えて「まあいいや」と呟いた。

いずみは遠慮せず、淡い澄んだピンク、蒼い石、深い翠を選んだ。
(私も大好きだけど。恩人に上げるんだもの)

その後、二人は買っておいたコーヒー牛乳を飲んで別れた。

「えっ、あの箱の中の玉を木村さんにあげたの?!」
祖母は眉に皺を寄せて言った。
「欲しいって言うから」
「あの子物欲しげだからね、あんまり付き合っちゃいけない」

「でも、、あれは本物じゃないでしょう」
「おばあちゃんのおばさんがくれたのよ。私の小さな時に。色ガラスの玉だって。本物じゃないけど、大切にしてて欲しかったのに。お前は計算の出来ない子だから」
祖母は肩をすくめた。その肩が妙に小さく見えて敏恵は徐々に後悔の念が湧いてきた。

「ごめんね。大切な物を上げちゃって。
でもいずみちゃん、良い人なんだ」
「良い人は分かる。けどあの家?部落民出身なんだって」

「なあに?ぶらくみんって」


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