読書の森

罠 その8



大輔は結婚指輪をいつも外したままである。
女を騙す時に「女房と別居中だ」と言う。
更に「親の遺産があるので自由な仕事をやってるのだ」と言い訳をする。
相手によって学歴も詐称する。

目的は、気を許した相手から金をむしり取る事だ。

美結の場合は、二人で暮らす家を探そうと言い、実印を預かって家の所有権を自分のものにする目論みだった。

所有権を奪ったらさっさと業者に売り渡し、トンズラする。
筋書きは出来ていた。

今日は穏やかに近づき、それとなく独身を匂わせ、次のデートを約束する事だった。

何せ相手は30代の癖に清純派のお嬢様で、耳が不自由だ。
彼はソフトに接近して、頼れる大人の男を演出したかった。



意外にもその日の美結は積極的だった。
よく笑い、一方的なおしゃべりをした。耳が聞こえないのでだろう、大輔がよく分かるような声を出しても反応しない。

おまけにデパートの裏手の広場まで大輔を連れて行った。
そして、美結は赤い手帳を取り出した。
その手帳に大輔の住所と電話番号を書いてくれと頼んだ。
更に独身か否かも手帳に書けと言う。

どうせ、事が成功したら逃げるだけだと、大輔は正直に住所を書き、実は別居中とも記した。

美結が満足気に頷いた時、大輔の携帯が鳴った。
妻からである。
どうせ聞こえないと大輔は油断した。

大輔は美結に微笑みで詫びて見せ、普通の声で喋り出した。

「どう。首尾はうまく言ってる?」
「上々さ。敵は信じ切ってるよ。
子どもみたいな婆あさ」
「あら婆あだなんて。私よりずっと若いのに可哀想に」
言葉とは裏腹にあけみの声は機嫌良かった。
「ともかくあけみは俺の大事な女房だ。
信じてろよ」
「まあね。あんたは悪人だから、半分位信じてる」

笑って電話を切った。

大人しく広場のベンチに座っていた美結は突然振り向いた。
「あけみさんって奥様?仲が良いのね!」
明るい声が悪魔の様に大輔の耳に響いた。

ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

最近の「創作」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事