粗忽な夕べの想い

落語の演目(粗忽長屋)とモーツアルトの歌曲(夕べの想い)を合成しただけで深い意味はありません

困った東京新聞「美味しんぼ」擁護

2014-05-04 17:36:19 | 反原発反日メディア

自分も4月30日に記事で取りあげたが、コミック雑誌掲載の「美味しんぼ」の内容が読者やメディアから集中砲火を浴びている。そんな孤立無援の原作者にもエールを送る新聞がある。東京新聞“美味しんぼ鼻血描写確かなことはわからない”だ。

漫画誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載中の作品「美味(おい)しんぼ」で東京電力福島第一原発を視察した主人公らが体調不良を訴える場面が「風評被害を助長する」と物議を醸している。ちなみに作中では、放射性物質が原因とは断定していない。被ばくの健康影響は未解明な面が多い。「安全」と決めつける姿勢は国などの「安心神話」とも重なる。

見出しと記事の紹介部分がこの新聞記者のいいたいことだ。要は「低線量被曝の影響がよくわからないから漫画を非難するのはおかしい」ということに尽きる。この種の発言を反原発の学者やジャーナリスト、市民活動家からどれだけ聞いたことだろう。低線量被曝の危険性を唱える根拠はこれしかないのである。いくら国連科学委員会や日本の多くの学者が『福島の被曝は現在そして将来的にも影響は軽微」と報告したり発言しても、この程度の反論しか出来ない。

漫画で問題になっている鼻血についても明らかに漫画の描写は現実的でない。

急性放射線障害になれば鼻血が出る可能性もあるが、その場合は血小板も減り、目や耳など体中の毛細血管から出血が続くだろう。福島第1原発を取材で見学して急性放射線障害になるほどの放射線を浴びるとは考えられず、鼻血と被ばくを関連づけるような記述があれば不正確だ。(野口邦和日本大学准教授、毎日新聞4/29の記事)

こうした言説は野口准教授に限らず、大方の学者が異口同音に証言している。すくなとも「鼻血は原発事故の影響」と主張している学者など聞いたことがない。確かにこの原作者や井戸川双葉町前町長が鼻血を「経験」しているのだから、絶対鼻血はないとは言い切れない。しかし、大半の福島県民や福島を訪れた人が、そんな鼻血など出ないのに漫画でそれを強調することには無理がある。

東京新聞は、原発と鼻血の因果関係を肯定する学者を登場させて、こうした学者の言説に対抗すべきだ。それを「確かなことはわからない」では話にならない。居酒屋でのサラリーマンの与太話ではないのだから。東京新聞記者のレベルが疑われても仕方がない。

記事では漫画にも登場する井戸川前町長やNPO法人の関係者を取材させて、漫画擁護に執念を燃やしている。

井戸川双葉町前町長

「これ(鼻血)が被ばくの影響なのか、ストレスのせいなのかは分からない。確かなことは、自分が相当被ばくしていることだ」

「原発事故によって放射能汚染され、帰還できない区域が存在する。さまざまな影響が出ているのだから『福島は絶対に安全』と断定することこそ、根拠がない。国や県の安全キャンペーンは、被害の隠ぺいを図っているともいえる」

江戸川前町長は「相当被曝している」「絶対に安全とは言えない」と持論を展開しつつ、「国や県の安全キャンペーン」が「被害の隠蔽」だと相変わらずの被害者意識を隠さない。こうした発言を記者が原作者擁護での展開に利用していることには、この新聞の特別の意図を感じてしまう。

特にこの井戸川発言を受けての記者による政府批判には首を傾げる。

現在も福島県民のうち、13万人が避難生活を続けている。国は年50ミリシーベルトを超える帰還困難区域の住民には事実上の移住を求め、年20ミリシーベルト以下の避難指示解除準備区域では早期帰還を進めようとしている。年20ミリシーベルトという基準は職業上放射線を取り扱う人の上限で、一般人は年1ミリシーベルトと法で定められている。

この書きぶりだと「年間20ミリシーベルト以下になれば早期帰還できる」と政府が奨励しているようにも見える。しかし、実際は最近の田村市都路地区の帰還でも年間1ミリシーベルトに近い数値になった時点で避難解除が実施されているのが現実だ。この年間20ミリとは帰還の可能性が0%ではなくその準備を初めて考える段階の話だが、井戸川前町長もこの記事のように曲解した発言を過去に度々していて、東京新聞はそれに迎合しているともいえる。

そしてNPO法人「とみおか子ども未来ネットワーク」理事長を務める市村高志氏のコメント

「なぜ、これほどの騒動になるのか、やや違和感を覚える」

「(放射線の影響が分からないから)、ずっと不安を抱えながら生きていくことになる。白黒がつけられないところに被災者の苦しみがある」

「「風評被害なのか、実害なのか、それさえも分からない。そんな状況で、それでも『美味しんぼ』の作者が作品で表現したいと考えたのであれば、ある意味では勇気ある行動だと思う。さまざまなとらえ方があっていいのではないか」

この発言も結局は「分からないから不安だ」という話で、これまた多くの学者の言説が無視されて単なる情緒論に終始している。それをもって原作者の掲載が「勇気ある行動」と言われても困る。東京新聞もただこうした反原発の活動家の発言を垂れ流すばかりでそれこそ「能がない」としか言いようがない。

 そして記事の最後は蛇足としか言いようがないのだが、山下俊一福島県立医科大学副学長によるかつての発言を無理矢理持ち出して原作者を擁護し漫画に否定的な反響を批判している。

(山下氏が)「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません」などと講演し、県民たちから不信を買った経緯がある。

確かにほんの一部福島県民から不興を買ったことは事実だ。しかし、山下副学長が指摘する通り、事故で死亡した人はいないどころか、病気になったという確かな話も聞いたことがない。将来においても、国連の研究機関や国内の専門の学者が指摘する通り、影響はほとんど考えられないというのが現実になりつつある。

もし問題があるとしたら、被曝の影響を過剰に心配して精神的にストレスを抱え込むことだ。それが逆に病気を引き起こす。「放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ません」というのは相当確かなように思える。「鼻血説」の何十倍、何百倍も。先に「蛇足」と書いたが、逆説的な意味で記事の結論としてある面ふさわしいのかもしれない。

 


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