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北米project 4 ~Is the order a warbird? その18【2016/03/04~10】

2017-07-06 22:43:53 | 海外旅行記

2016年3月5日(土)9時50分
カリフォルニア州チノ ヤンクス航空博物館

朝練で鉄道を撮影した後は、いよいよ今日の本丸その1に討ち入りします。その名もヤンクス航空博物館 Yanks Air Museum
チノ飛行場の敷地内にあって、この後行く本丸その2ことプレーンズ・オブ・フェーム(POF)の隣りにある博物館です。
飛行場と言っても空港ではないのでもっぱら個人の所有機とかPOFの持っている古典機が飛んだりする空港です。なのでここまで来れる公共交通は無いし、周辺を見渡しても無さそうです。レンタカーを借りてくるのが無難でしょう。

木製の複葉機から超音速ジェット機までだいたいすべての時代の機体を展示してあります。機体は戦闘機のような比較的小型のものがほとんどです。みんな知ってるチョー有名な機体は少ししかいないものの、逆にこんなものがいるのか!と驚くこと請け合いのチョーレアな機体もちらほらいます。
ちなみにこの博物館、ありえねーペースで収蔵品を増やしていて、私が訪れた時は2016年3月で今は2017年7月なわけですが、いまここのサイトを覗いてみるとこの1年ちょっとの間で「あれ?こんなのあの時は見なかったぞ?」という機体が何機かいました。たぶん修復中や非公開の機体も数に入れているからというのもあるんでしょうけど。
さすがに手狭になっているそうで、別館を建てるつもりでいるらしい。その資金源はどこからやってくるんだ・・・?
私が見た感じではどうもジャンクヤードから漁ってきた残骸を修復しているような感じでした。なので増えているのは戦後の機体ばかりだったと思います。



ゲートガード的に建物の入口に置かれているC-47(16機目)。
特に説明はなかったのでもしかするとDC-3なのかもしれませんが、十中八九C-47でしょう。



後ろから。
C-47は輸送機だったわけですが、床面が後ろに傾いているので荷物は積み下ろしが大変だっただろうし人間が乗るにも後ろに少し倒れながら座るわけで、今の視点で考えると中々不便そうです。

屋外にはこれだけだったので(あとは柵の向こうに飛行機の残骸が山のように積まれていた)館内に入って受付で入館料を支払います。



入ると最初に目に入ってくるのは第二次世界大戦より前の大昔の機体。これだけで30機ほど置かれています。前菜からやたら多いな・・・。
軍用機は少な目なのがここの特徴。なので取っ掛かりも何もなく・・・。なのでここは軽く済ませてしまいます。



一番手はこいつ、ライトフライヤー(17機目)。1903年12月17日初飛行。御存知ライト兄弟の作り出した飛行機です。
一般的には世界で初めて飛行した航空機という認識ですがこれは曖昧なものでして、細かい説明付けをするとなると結構ややこしいです。これ以前にも気球、飛行船、グライダーなんかで飛行はしていますからね。
ヤンクスでは「史上初の空気より重い動力付き有人航空機」と書いています。空気より重いってのは、空気より軽い航空機であるところの飛行船という先例があるからですね・・・。
他の多くの航空博物館に展示してあるのと同様にこれもレプリカです。本物もちゃんと現存していて、これはスミソニアン大先生が抑えています。

ちなみに今の視点は機体を左後ろから見ている状態です。プロペラがついている方が実は後ろ側なのですね・・・。



エンジンは兄弟のお手製。自転車屋がよく造ったもんだと思います。でも動力を自転車のチェーンで伝達するという辺りは自転車屋っぽくてなんだかいいですね。



エンジン単体。中身もちゃんと造ってあるのかな?
4気筒のシリンダーとでかい弾み車が目に入りますね。



おっさんの胸像。誰やねんこいつ・・・と思って像の下にある銘板を見てみると、ゲゲッ!ドゥーリットルやんけ!
ジミー・ドゥーリットルといえば日本人には1942年の東京本土への空襲作戦「ドゥーリットル空襲」がまず挙げられますが、この人他にも色々な肩書を持っています。
史上初めて飛行機でアメリカ横断を成し遂げ、マサチューセッツ工科大学で航空関連の危険予測の分野で博士号を取得し、同年には水上機のエアレース「シュナイダー・トロフィー」で優勝するなどなど。
東京を空襲しただけの人じゃないんですよこの人。この胸像にも愛国者だとか国の英雄だとか書かれています。



じゃあ順番に見ていきましょう。エアロンカC-2(18機目)。1929年初飛行。
アメリカ陸軍の技術者ジョン・ドーズの開発した飛行機。三角形の胴体が特徴的。
同型機は何機か残っているんですが、耐空証明を取っているのはこれだけらしいです。



飛行機と一緒になんでだか自動車も何台か置かれていました。
マックスウェルっていう聞いたこと無い会社の車です。1904年から20年で消え去ったのでそらそうや。車種は多分フェアトン Phaeton



アメリカンイーグルA-1(1927年・19機目)
訓練用の複葉機で、3人乗り。3人目は誰が乗るんだ?



スワローTP(1928年・20機目)
商用飛行機・・・の訓練機です。Training PlaneだからTP。



トーマス・ピジョン ピジョン飛行艇(1920年・21機目)
飛行艇のことを羽の付いたカヌーとよく言いますが(?)、これはまさしくカヌーサイズの飛行艇ですね。胴体で離着水するので立派な飛行艇です。
博物館もこれの素性があまり分かっていないようで、復元もなんだかまだ途中という感じです。
左にあるエンジンはこれのものでしょう。胴体と上翼の間に取り付けてたそうですが見る限り博物館でも分かっていないのかしら?



カーチスJN-4Dジェニー(1918年・22機目)
第一次世界大戦のアメリカ代表。ただまあ練習機ですが。
当時としては膨大な数6000機も造られたんで戦争が終わると余るようになってしまいまい、それらは民間に払い下げられるようになりました。
それらは民間の練習機や航空郵便と色々と使われたそうです。



トーマス・モース S-4Cスカウト(1918年・23機目)
何も知らないんで素通りしてしまいますが、これがアメリカ軍初の戦闘機です。でも結局練習機に使われたようで・・・?



セスナ モデルAW(1928年・24機目)
小型飛行機の代名詞的存在のセスナが送り出した最初の飛行機がこのモデルAWです。AWはモデルAの派生型で、ワーナー・スカラブエンジンを載せた機体とのこと。
4人乗りで密閉式の操縦室を持っていますね。



フリート モデル7B(1930年・25機目)
これも練習機。カナダでも使っていたそうで。
現存機はこれとカナダにもう1機あるだけだそうで、中々貴重。



カーチス・ライトCW-1ジュニア(1931年・26機目)
プロペラが後ろ側に付いた推進式の機体。胴体がやったら細いですね。



ステアマン4-Dジュニア・スピードメール(1930年・27機目)
名前通り航空郵便に使われた機体。荷室は600ポンド分あります。
なかなか流線型な形状をしていていいですね。エンジンカウルはNACAカウルだそうで、速そうでもあります。

といったところで今日はここまで。


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