黒鉄重工

◆プラモデル製作、旅行記掲載などをやっています
◆カナダ記事の2周遅れと帰国後記事の周回遅れは回避したいですね...

久しぶりの静浜基地航空祭へ その6【2016/09/25】

2017-07-25 21:48:21 | 旅行・イベント記

午後の飛行展示の目玉、静浜基地のT-7 7機による編隊飛行です。今年はブルーインパルスが飛来しないのでこれが一番派手な展示となります。
既に機付き整備士が待機していて、パイロットも機体に乗り込んでいます。



エンジンを回し始めます。T-7は練習機なので訓練生と教官の2人が乗る複座機なのですが、飛行展示でもパイロットは2人搭乗しています。
飛行展示の前には操縦するパイロットの紹介がなされるのですが、こういう状態なので7機合わせて14人もの紹介がされることになってしまい、その時間は結構長くなってしまいます。



徐々にエンジンの回転数を上げていくとタキシングを始めて、会場右側の滑走路端へ向かいます。
練習機と言えども編隊の発進シーンはロマンがあって熱くなるものがあります。アニメのBGMも脳内再生されてしまうもの。



後ろ姿。かっこいいな。



3-2-2編隊で滑走路にスタンバイ。といっても編隊離陸はしないで1機ずつ離陸していきます(自衛隊では編隊離陸は原則行わないらしい



66-5940が離陸。



66-5938も離陸。離陸の撮影はあまり上手くいきませんでしたねぇ。



やや傾きながら離陸する66-5903。



全機離陸すると基地から離れたところで編隊を組んでから会場へと戻ってきます。



まずは6機のデルタ編隊で上空を航過。



次はダイヤモンド編隊。7機で2つのダイヤモンドを作っているのがミソ。
操縦しているのは教官のようですので腕がいいんでしょう、きれいな編隊で飛びます。ブルーインパルスの編隊に比べれば機体同士の間隔は広いですが、これでも結構狭い方の距離だとなんかで聞いたことがあります(ブルーインパルスが攻め過ぎなだけなのだ



アローヘッド編隊。



最後に静浜基地オリジナルの富士山編隊で終了です。



着陸時にはエシュロン編隊で進入。



前を飛ぶ機体から順番に右方向にブレイクして着陸していきます。



残りの機体も続きます。



右旋回しながら滑走路に着陸します。だいたいどういう機動をしたか分かるでしょうかね?



着陸。



着陸に合わせて整備士が機体へ向かいます。



これでT-7の飛行展示は終了です。
地味な機体ですが、それの飛行は戦闘機にも引けを取らないきれいなものでした。地元の機体なのでちょっとは愛着もありますしね。

今日はここまで。


その7へ→
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【ギャラリー】UGY-R41 ランドマン・ロディ【1/144】

2017-07-23 19:51:56 | 模型ギャラリー

■使用キット:バンダイ HGマン・ロディ+MSオプションセット9
■仕   様:ランドマン・ロディ

機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズより、鉄華団の脇役が乗るMSです。脇役ながら2期目ではシリーズほぼ全てを通して活躍が見られましたし、2期目の地上編ではほぼ主役機みたいな扱いでしたしで、地味に人気のある機体です。
キット化の要望も高かったらしく、後に純正改造パーツが発売されまして同系統機のキットとニコイチすることで再現可能となっています。
そんな機体を今回は作りました。
製作記はこちら。



前。

劇中の機体と同じ白とオレンジの塗装ですが、それとは色味や配色を変えています。
初めてこれを見た時、地球支部で現地軍を育成するための訓練機なんだろうなというイメージが合ったのでそれを基にしました。まあ、劇中ではその後バリバリに実戦で酷使されていったんですが。
軍事用の訓練用飛行機・・・練習機というのは翼端が蛍光オレンジで塗られていることがあります。航空自衛隊のT-2とかアメリカ海軍のT-2とか(ややこしい)。これは視認性向上が目的だとか。
というわけなので、肩や腕や脚の先など機体の端の部分を蛍光オレンジで塗りました。



横。
とにかく丸っこいやつですね。



後。



鉄華団マークのデカールは自作してでも作ってよかったです。引き締まります。



作画的に動かしやすかったのか知りませんが、劇中ではよく動いていたなぁという印象です。
ブルワーズ時代はガンダムにボコボコにされるだけされて退場していったというのに。



どーでもいいことですが、格闘用兵装のハンマーチョッパーのハンマー部分にはスラスターノズルっぽい部品を付けています。
チョッパーで斬りつける時にスラスターの推進力で打撃力を上げるんやで、という我ながら中二臭い設定・・・。本当は合わせ目消し上手く行かなかったのでそこを隠したかっただけ。



























以上、ランドマン・ロディでした。
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【HGIBO】ランドマン・ロディ 製作

2017-07-22 20:40:57 | 日常記

今回は機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズより、みんなだいすきランドマン・ロディをこさえました。
鉄血のMSはデザインや設定、劇中の動きに至るまで結構好きです。量産型機もいい味を出していますしね。量産型への好感度が高いのは00以来ですかね。

まずはHGマン・ロディのキットを用意します。
ただしこれではランドマン・ロディは作れませぬ。マン・ロディから脚部を改造したというのがランドマン・ロディなので、脚部の形状が全く異なっているのです。
ランドマン・ロディは劇中で脇役ながらよく活躍したので一部で人気があったのですが、ガンプラ化されないままだったので困っていたところに・・・。



このMSオプションセット9が出てきました!
本来これはいわゆる武器セットみたいなものですが、第8弾と第9弾に関しては劇中に登場したけど改めてキットを出すまででもないマイナー機体を再現するための部品が詰まったやつです。
その中に今回のランドマン・ロディ用の脚が入っておるのです。これで特に改造をせずともランドマン・ロディが作れるようになったのでござります(ただし塗り替える必要はある)。これはもうバンダイからの救済措置といってよく、私みたいな素組みモデラーは大変助かりました。この武器セットはHGUCなど他のシリーズでも展開してほしいものです。



キット自体は素組なのでこちらで手を入れた点をば。
銃は銃口とマズルブレーキをドリルで開口しました。マズルブレーキの方はドリルで両端に穴を開けて、残った中央部分をカッターで削りながら形状を整形しました。



ふんどしも真ん中を切断して左右独立可動化。



腕関節はハメ殺しで下腕に目立つ合わせ目が出るため、後ハメ加工をしました。
まず関節側は丸ピンを切断してしまいます。逆に四角い方のピンは残しておきます。下腕側は、四角いピンがハマるように肉を削っておきます。
そうすると下腕に関節がスポンとハマるようになるという算段です。



頭部の機関砲(?)は、銃口のモールドがありますが成形品の抜けの関係で円形ではありません。
さすがに見た目がよろしくないので加工します。



機関砲の部分をドリルで開口して、そこにウェーブのOボルトの銃口みたいな形状の部品を差し込みます。



頭頂部に銃口があって目立つので、加工した時の見栄えの変化はそこそこありますね。



足裏とふんどしの裏は肉抜きされていてかつ目立つものなのでパテで埋めてしまいます。



で、塗装して、えーはい、完成です。塗装の記録はつい忘れてしまうのだ・・・。
劇中の塗装とは配色と色味を変えています。飛行機の練習機みたいな感じで塗りました。
ただオレンジの塗装で塗料の希釈をミスって色が乗らない事態に・・・。結局塗り直しましたとさ。後にザクを作った時も同じミスをしてしまい、こりゃどうも・・・。
どちらもアクリジョンを使って起きた失敗だったのですが、どうも薄め液の希釈がシビアです。ラッカーだったら「このくらいでええやろドバー」ってやっても問題ないんですが・・・。ちょっと気をつけないといけないなぁと気付かされました次第です。

デカールはベルテクスのコーションデカール。胸の鉄華団マークはデカールを自作して用意しました。ギャラルホルンマークも合わせて大きさと数をそれなりに用意したんですが、その直後バンダイから純正の鉄血デカールが発売されると知ってズッコケたのはここだけの話。
テレビ放送が終了してしばらくしてからデカール販売というのは間が悪いどころの話じゃないと思うんですけど、バンダイもそこんところどう考えているんでしょうかね。



いつものように背中はデカールなし。数字のデカールを貼り忘れていたなとここで気づくが既にお寿司。
それと、脇の後ろに小さいスラスターノズルを追加で取り付けてあります。ウェーブのUバーニアだったかな?キット自体にノズルの形状が既にあるんですが、やはり抜けの関係上形状が悪い、でもドリルで開口して挿げ替えるほどでもないから上からノズルを貼り付けて良しにしました。

使った塗料は下記の通り。
白:Mr.カラー 灰色9号
オレンジ:アクリジョン 蛍光オレンジ
武器:アクリジョン ジャーマングレー
バーニア、リアクター:Mr.カラー 焼鉄色
関節:忘れた(涙)



ちょっとミスもしましたが、念願のランドマン・ロディが手に入って満足です。

完成写真はギャラリーにて。
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カナダの航空祭コモックスエアショーを堪能する その16【2015/08/15】

2017-07-20 20:34:42 | 旅行・イベント記

次の展示飛行は「ヤク・デュオ」というところです。
使用機体はヤコブレフYak-55とYak-18Tです。どちらも旧ソ連時代のヤコブレフ設計局(通称ヤク)で開発された機体です。パイロットは親子なんだとか。
ヤクの赤い方がYak-55M (N30DA)。1981年に初飛行したエアロバティック用の機体です。胴体から脚に至るまで細いのが目を引きます。当初は構造的欠陥もありましたが後に克服し、現在では曲技飛行選手権で優勝するパイロット達も使用する機体として親しまれています。
ヤコブレフは独ソ戦時にはソ連戦闘機の代名詞的存在でしたが、戦後は政治的なアレコレで軍用機の仕事を干されてしまいました(逆に今までパッとしなかったミグ設計局が戦後急に躍進したのも政治的アレコレが理由ですぞ)。それでも旅客機やスポーツ機などに活路を見出し、それもあってか現在も存続しているメーカーです。



ヤクの白い方ことYak-18T (N416RG)。1946年に初飛行した練習機です。東側を代表するタンデム複座練習機なのです。多分みんなもう忘れている午前中に見た中国のCJ-6もYak-18が原型になっています。

ただし!最終生産型であるところのこのT型はもはや別機種と言えるほどの設計変更を加えられています。まず定員からしてタンデム2名→並列2列の4名に倍増していまして・・・。「お前そんなに設計変えてるんだったらもう型式変えろよ選手権」があったら優勝候補だと思います。ちな初飛行は1967年。

会場右手へ向けてタキシングしていって、その後離陸・・・。



ヤク・デュオの見どころはキレッキレに攻めたエアロバティックでしょうか。
まずは両機が地上スレスレの高度で交差!ちょっと未来予測が外れて被写体が左にずれた写真ですが・・・。



両機の間はほぼ機体1機分の間隔しか無いんじゃないでしょうか?阿吽の呼吸というやつですかね。いきなりすごいものを見せてもらいました。



Yak-55が真上へ向けて上昇しますがやがて運動エネルギーを失って失速。ちょうど今宙に浮いているような感じです。



落下し始めの瞬間。逆さまになりながら落ちていこうとしています。



次の瞬間、機首が下向きになったのを見計らって再加速。体勢を立て直しました。











コークスクリューと似ている機動。月並みですがよく目を回しませんね。鍛えられているんでしょう。











2機並んでの宙返り。これも中々互いの距離が近いですねぇ。







互いに背中を合わせながらの飛行。







互いの距離が近いこともあって撮影もしやすかったですね。







いいカットです。



これで以上です。
2機ならではの飛行がかっこよかったですかね。連続的な動きの機動が多かったので写真も多めになってしまいました。


[27 July 2013 Bud/Ross Granley Yak Duo Airshow Boundary Bay]


動画も貼っておきます。

今日はここまで。


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カナダの航空祭コモックスエアショーを堪能する その15【2015/08/15】

2017-07-19 22:04:25 | 旅行・イベント記

ウェストジェットのB737-700 (C-GMWJ) WC338便エドモントン行きが離陸していきます。さっきも見た垂直尾翼がチェック柄の特別塗装機です。



737が離陸すると既に準備を整えていたマンフレッド・レディウスのグライダーが展示飛行の開始です。
はじめはお昼頃に行う計画だったのですが空模様が悪かったため延び延びに。あんまり悪い状態が続くと中止かも・・・とまで行く事態でしたが、スノーバーズの辺りから天候が回復、青空も見えてきたので無事に披露することができるようになった格好です。よかったよかった。
今回のエアショーで一番意表を突かれたのはこれでしょう。グライダーと侮っていましたが、エアロバティック機さながらの変態機動を見せてくれます。
初めは高い高度から段々低空へ降りてきます。最初見つけるのに手間取りました。



グライダーで宙返り機動なんてできるんだ・・・。
観客からも歓声が聞こえてきます。



地上の方では次の演者であるYak-18T(白いの)とYak-55(赤いの)が離陸準備をしていました。



スモークが出ているので航跡が分かりやすいです。
翼端の低圧部から発生する飛行機雲なのかなと最初は思いましたが、どうも翼端に発煙器が付いているようでした。



段々下に降りてきました。
この飛行、位置エネルギーと運動エネルギーの変換とエネルギーの損失の操り方が上手いんじゃないかしら。自分もエネルギー保存の法則みたいなのは理解していないんで上手いこと説明できないですが、結構計算された機動だと思いますよ。



迎え角を取って高度を上げ続けるものの運動エネルギーを使い果たして失速。ですが今度は運動エネルギーを変換して得た位置エネルギーを使って再加速・・・みたいな感じですかねぇ?多分違っていると思う。



宙返り。これで何度目だろう?



また迎え角を取って上昇からの失速・降下。
グライダーで高度を上げるなんて芸当できると思っていなかったんで、まあすごいよなぁ。



カメラでもグライダーを大きく写せる高度まで降りてきました。もうすぐ地上です。
スモークは片側は切れてしまったようで・・・。







なんだか逆さを向いたまま着陸してきましたけど。この直後は視界から消えてしまったんで分かりませんが、体制立て直したんだよな・・・?



牽引機も着陸。ていうか今まで上にいたんだ。



なんだか安っぽいというかホームビルド機みたいな形状。



着陸したグライダーは手押しでこっちまで戻ってきました。
今までのグライダーの観念を覆す飛行を見せてくれました。良かったです。

今日はここまで。


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北米project 4 ~Is the order a warbird? その19【2016/03/04~10】

2017-07-14 21:52:48 | 海外旅行記

ヤンクス航空博物館編の2回目。引き続き黎明期~黄金期(1903~1939頃)の機体を見ていきます。
ちなみにヤンクスには展示棟がいくつかあるんですが、今いるここは伝説の格納庫(Legends hangar)と言うのです。

で、この機体はカーチスC-1ロビン(1928年)
用途としては輸送機。C-1型はカーチス・チェレンジャーエンジンを搭載した3人乗り機のC型の馬力を増強した機体です。
当時ある偉業により人気の機体だったセントルイス魂号ことスピリット・オブ・セントルイス(長いので以下スピセン号)に似せて設計したとのことですが、あんまり似てないかなぁという気もします。
スピセン号の果たした偉業というのは、1927年5月20~21日の間にアメリカのニューヨークからフランスのパリまで、史上初めて単独かつ無着陸で大西洋を横断したというものです。この時のパイロットがチャールズ・リンドバーグでした。脱線する前にこの話はこのくらいにしておきます。この機体とはあまり関係ない話だし。
全部で700機造られたそうで、当時の民間機としては多めなような気も。完全に主観ですけど。

ロビンの有名な話は1929年、デイル・ジャクソンとフォレスト・オバリンが420時間(およそ17.5日間)に渡って無着陸の周回飛行を続けたことです。よくそれだけの時間エンジンを連続で回せたものですね。機内燃料だけでこれほど持続するわけないので、空中給油を行いながらの飛行でした。空中給油としてはかなり初期の実例のはず。



ブルナー・ウィンクル バードBK(1929年)
普通の複葉機に見えますが、下翼が小さく上翼が広い面積であるというのが特徴です。上翼の面積は下翼の2倍あるとのこと。
これにより飛行時の安定性が高く、低速性能や短距離離着陸能力も良好だったそうです。そのせいか、女性パイロットに多く好まれました。この時から女性も飛行機を操縦する時代だったのですな。



ライアンB-1ブロアム(1929年)
上記で説明したスピセン号とやけに形が似ているなと思ったら、それもそのはず、姉妹機だそうです。スピセン号の量産型といったところでしょうか。
1927年にリンドバーグが大西洋横断飛行を成功させると彼は全米のヒーローとなりました。人気は相当なものだったようです。なので彼が乗っていたスピセン号と同じ飛行機を欲しがる人が出てくるのも必然と言えましょう。
ただし、スピセン号はライアン社が彼の大西洋横断のためだけに造った特注のワンオフ機でした。とにかく燃料を積めるだけ積むためにコックピットも一部塞いでしまいました。そのためスピセン号にはコックピットの風防がありません(つまり前が見えないわけだ)。あるのは右側にあるドアの窓と胴体の天窓だけです。
スピセン号の量産化にあたっては新たに風防を取り付けて前方視界を良くするなどの設計変更がされています。なんだかガンダムの量産型みたいですね。現実にもこういうものがあったのかと。
最終的にB-1は全部で142機が生産されたそうです。ちなみに本家スピセン号も現存していて、歴史的機体ということでやはりスミソニアンが抑えています。



フォード モデルT
御存知大量生産時代を切り開いたフォード車謹製の自動車。ちなみにモデルTは生産開始当初からベルトコンベア式の流れ作業ではなく、1907~1913年あたりまでは従来の製造方法・・・1箇所に置かれたシャーシに各工程の工員がそれぞれの車に移動して組立てていました。動いていたのは車じゃなくて工員だったんですね。
モデルTのボディには種類がいくつかあるんですが、これは2人乗りのクーペレットですかねぇ?ラナバウトかもしれませんが。何せ自動車は解説板が無いのでよく分からんのです。



カーチス スタンダードJ-1(1917年)
同じカーチスのJN4ジェニーと似ている飛行機。第一次世界大戦中、ジェニーの補充用に1917年から1,600機が造られましたが戦争終結によりいらない子になってしまい、民間へ放出。改良を施して旅客機として余生を送るものの1926年に改正されたと思われる航空商法で木造飛行機は禁止されてしまい、ここでもいらない子になってしまいました。次の新天地を探すことは出来ず、ほとんどがスクラップにされてしまったようです。
幸薄い飛行機だな・・・。



主翼の桁が見える状態で展示されています。美しいものです。前も書いたような気がしますが、工芸品みたいですねぇ。



艦内の壁に貼ってあった能書き。
すべての飛行機は耐空性があり、かつ原型の状態です。
耐空性(airworthy)があるというのはつまりは飛行ができるという意味ですが、これは機械的・物理的に飛行ができるのと同時に法的な検査・修理も合格していて法律的にも問題ない状態のことです。
原型を維持しつつというのがミソで、耐空性を取得するために原型を崩して復元した機体が間々あります。ただ、ヤンクスでも細かい部分はFAA基準を満たすために変更している場合があるそうで。それでもここの機体の復元や維持に対しての熱意が伝わってくる一文です。



スティアマンYPT-9Bクラウドボーイ(1930年)
これも練習機。アメリカ陸軍が使っていたんだそうな。
民間型の6-L型もあったようで。



ワコーUEC(1932年)
ワコー(WACO)という会社はこの時期の飛行機を見ているとよく出てくる単語なんですが、Weaver Aircraft Companyの略だとは知りませんでした。
4~5人乗りの輸送機スタンダードキャビンシリーズのうちのひとつで、派生型がやたらあるようなので他にもどこかでみたことがあるような外観をしています。
UECは210馬力のコンチネンタルR-670エンジンを積んだやつです。



テイラーJ-2カブ(1928年)
庶民のための飛行機という発想の元設計された飛行機。その発想は当たって売上は良好だったのですが最後には経営難に陥ってしまい、製造・販売権をパイパー社に譲渡します。J-2は最初に開発されたE-2カブの改良型で、テイラー社時代から製造されていたものです。
ちなみにパイパーに渡った後J-2は設計に改良が加えられてJ-3として新たに販売されるようになりました。これがバカ売れしまして、20,000機も製造されました。二輪車の方のカブといい、その名の付いた乗り物はよく売れますね。



コマンド・アイレ3C3(1928年)
さっきから聞いたこともない航空機メーカーばかり出てくるけどなんなんだと思っていたんですが、この頃はメーカーが乱立していた時代でしてアメリカには180社以上もの会社があったようで・・・。中には個人商店みたいなメーカーまであったようで。
ただ1929年に起こった世界恐慌を乗り越えることが出来ずバッタバッタと死んでいったり買収されたりした会社も数知れず。コマンド・アイレもそれのひとつでした。
3C3はこの時期の典型的な構造の飛行機ですが、機体の前半分を金属製にしているのが特徴とのことでした。機体の制御も従来のワイヤーやケーブルではなくプッシュプルチューブとベルクランクだったのも特筆すべきところだとか。



クレイダー・レイズナーC-2(KR-31)チャレンジャー(1927年)
あまり書くことがないのでパス(ひどい



トラベルエア 2000(1928年)
鋼管羽布張りの飛行機。説明ではやたら持ち上げられていたので何かしら有名な機体なのかもしれません。
なんだか旅行代理店みたいな名前のトラベルエアも前に何処かで聞いたような会社ですが、これも世界恐慌で参ってしまいカーチス・ライト社に買収されました。



モス航空機DH-60ジプシーモス(1929年)
モスという名前といいDHという型式名といいそもそも形状といい、これイギリスのデ・ハビランドか?それともアメリカのパクリ飛行機か?結局よく分からなかったですがモスをライセンス生産していた会社がモス航空機なのかな?というところで自分の中では落ち着きました。
デ・ハビランドの複葉機DH.60モス(タイガーモスよりも前の機体)とまんま同じ機体です。主翼を折りたたんでいますが、これも本家モスも持っている機能です。個人でも買えるような値段だったので軽飛行機としてはバカ売れしたそうな。ジプシーモスはモスの派生型のひとつで、デ・ハビランド ジプシーエンジンを積んでいたことに由来します。
ところでモスとは「蛾」(moth; ちなみにモスバーガーのモスはmosなんで別に蛾バーガーとかいう意味ではない)の意味なのですが、当時のイギリスでは蛾のイメージってどんな感じだったのかしら。後に出てくるモスキート(蚊)といい、今の我々の感覚だと絶対売れない名前だよなぁ。



エアロンカ モデルKスカウト(1937年)
前身のC-3のバスタブみたいな胴体よりはマシに見えるって書いてあるからどんなもんだと調べてみたら結構ダサいデザインでちょっとビックリ・・・。
ヒットしたようで生産ペースは日産3機でした。これが多いのか少ないのかよく分からんのがアレですが。



ポーターフィールド モデル35-70フライアバウト(1937年)
これも特に書くことないっす。



パッカードの自動車。車種まではちょっと言い当てる自信ないですね・・・。902あたりでしょうか?

黎明期~黄金期の機体は以上です。何機か掲載漏れがあるような気がしますがこの時代は個人的に関心が薄いのでまあ良しとしてしまいます。
次回からは第二次世界大戦以降の機体です。


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久しぶりの静浜基地航空祭へ その5【2016/09/25】

2017-07-11 23:32:16 | 旅行・イベント記

RF-4の飛行展示の次は、F-15Jイーグルが飛来してきました。小松基地からやってきました。
F-15は御存知航空自衛隊の主力戦闘機です。あとの説明は今回はいいですよね。北米P4でするだろうし。



うーん真っ黒。
まあこれはカメラの設定をオートにしたのが祟ったと思いますが。



RF-4と同じような、会場奥を旋回する機動をしてまた帰投していきました。



今度はC-130が飛来。小牧基地第401飛行隊のC-130Hかな?これは輸送機ですね。
片方は緑色の迷彩の機体でした。



会場上空を2回航過して帰っていきました。
・・・いい絵が撮れないのでもうあんまりやる気無いんですね。
これで午前の飛行展示は終了してお昼休みです。この間にお昼ごはんを食べたり地上展示機を見たりして楽しんでね、ということのようです。



会場中央には静浜基地の超秘密兵器、T-7 Jr.軍団ががが。見せちゃっていいんですか!?こんな兵器アメリカ空軍でも持ってないと思うのぜ。
ホンダDioがベースと聞きましたが、さすがに原付のエンジンでは馬力が足りないようで飛行できずに地上を走ることしか出来ません。とはいえ既に量産もされていますし、補助輪も付いていることから初等練習機のための練習機として使っている可能性が高いです。そーらはーとーべーないーけどー(ry
とはいえ下手な展示飛行よりも舌を巻くハンドルさばきだと思います。今回見なかったけど・・・。

余談になりますが先代のT-3 Jr.もかつていましたがT-3と同時期に退役したらしいです。先に述べたようにT-3とT-7はほっとんど同じ機体形状なので、ガワを流用しているのかなと思いましたが、新規に作り直しているように見えました。これって隊員の手作り(かつ隊員の自腹を切っているだろう)なので、上手く作るもんだなと感心します。
さらに余談ですが、どういうわけかハセガワから他の数多の立体化に恵まれない航空機を差し置いてT-3ジュニアがプラモデル化されています。地元だからかな・・・。



地上展示は開場直後に見終えてしまって午後の飛行展示まで暇なので、会場の片隅に置かれている車両を見ていきます。
防衛省所有と思われる(6桁の自衛隊ナンバーでなく普通のナンバーなので)バスですが、あんまり見覚えのないやつです。
前輪の後ろに何か書いてあったので後で写真を拡大してみたら富士重工のバスでした。1990年代の17Mボディかなぁと思います。シャーシは知りませぬ。



お前いつの車だよと突っ込まれること請け合いの古そうな消防車。
当日見ていた時は何者か皆目見当がつきませんでしたが、グーグルの画像検索というのは便利なもので、すぐに同形状の消防車が見つかりました。
MB-1型という化学消防車だそうです。生産は1963年から。そりゃ古めかしい図体だわ。ちなみに製造は電車を造ってることで知られる東急車輛製造(現・総合車両製作所)。あそこ、鉄道車両以外にも色々造っていたんですよ(今の総合車両はどうなのか知らん
電車を設計する人が消防車の設計をするってことは無いと思うんですけど、そういえば電車っぽいツラに見えなくもないです。



いすゞフォワードのトラック。特にこれといった型式名は無いです。不整地走行用にシャーシが嵩上げされているのが自衛隊車の特徴です。
その後ろにある背の低い車は航空機を引っ張って移動させるためのトーイングトラクターです。そのさらに後ろにあるのがなんとか式トラック(投げやり



トヨタ ハイラックスあたりを改造したんじゃないか?と思うR-2型消防車。現場で消火作業を指揮する指揮車両とのこと。
シャーシとボンネットだけ残してあとは特殊ボディを装荷するという手法はアメリカのカタウェイ(cutaway)と似ていて興味深いです。



トヨタ ハイエースの救急車。自衛隊の表記がある以外はごく普通の救急車のようですね。



73式小型トラックまたは1/2tトラックもしくは三菱パジェロ。



トヨタ ウィッシュ。さすがに何でもかんでもオリーブドラブに塗るわけではないんですね。



ウィッシュの後ろに居座る消防車。消防車というよりは水を運搬する水槽車なのですが。
見どころは何と言ってもいすゞ謹製ボンネット付きのキャブでして・・・。古すぎて車種はちょっとわからないです。
基地内でしか使わないのでしょうが、こんなものが今も使われているんですね。
しかし自衛隊も意地悪でして、これを奥の方に置いたもんですから全体をきれいに写すことは出来ませんでした。



トヨタ ダイナ・ルートバン。
トラックのダイナをバンにした格好の車です。キャブはダイナですが、後ろのバンの荷室はハイエースの車体を流用しています。なので、キャブと荷室で屋根の高さが異なってちぐはぐしているというおかしな車になっています。どうにか高さを揃えられなかったのかこれ・・・。



日産バネット。といってもマツダ ボンゴのOEMなのですが。
ボンゴは黒塗りの高級車に追突した車種として一部で有名ですかね(あれはトラックでなくバンだったが
ナンバーが「004」ってこれ完全に基地内専用車ということで?




特殊車両揃い踏み。車種も用途もバラバラですが決まっていますね。かっこいい。



なんだかテキサンの周りに人が集めっているけどなんだろう?
まさかテキサンブームが急にやって来たわけないし、もしかするとこれを零戦だと見間違えた誰かが軍靴の音ガーと騒いでいるのかも(シロウトは騙せる



前に行ってみるとなんかロコドルと思しき女の子たちがテキサンの前にいました。
JA大井川のご当地アイドル「茶果菜」御一行だそうで、なんでも今日がデビューとかなんとか。農業全然関係ないやん、コンクリート畑やで、ここ。



あんまりに暇なので格納庫の休憩所で昼寝をしているうちに午後の展示の時間になりました。
一番手は静岡県警のヘリコプターアグスタA109E (JA13PC) 「ふじ3号」でした。警察ヘリは機体固有の愛称もあります。






戦闘機のように大きな旋回が必要ないですから終始会場の間近で展示してくれたのが撮りやすくてよかったです。

今日はここまで。


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久しぶりの静浜基地航空祭へ その4【2016/09/25】

2017-07-10 23:08:43 | 旅行・イベント記

引き続き地上展示を見ていきます。
1 1/2t救急車。
なんだかすんごい古そうな見た目をしていますが、73式中型トラックを原型にした野戦救急車です。40年以上前のトラックだったらそりゃ古いわ。色もめちゃくちゃ退色しているし。



なんかカバーが掛けられていました。おしゃれですね。



荷台。4~5人の患者を運べそうです。設計が古いというのもあるんでしょうが、乗っていてあまりいい気分では無さそうです。



またT-7が航過。これは富士山を象ったものだそうです。他では見ない編隊なので静浜独自のものなのでしょう。



ハンv・・・もとい高機動車。陸自の装備品展示ではおなじみですね。



軽装甲機動車。陸自ではなく静浜基地(つまり空自)の車両。だからなのか知りませんが、これもめっちゃ色褪せてる・・・。



オートバイ(偵察用)。それがこれの正式名称だそうだ。なにせ持ち出しが楽なのかは分かりませんがこれも装備品展示でおなじみ。
バイクでの偵察は敵に見つかる可能性もあるし被弾することもありうるので中々危険な任務・・・ということで、これひとつ操るのにも色々な技能を習得する必要があるんだそうです。



第11飛行教育団の兵舎の前には退役したT-3がゲートガードのように保存されていました。
そういえば基地内には資料館みたいなものがあるそうですが、この時は見学できたんですかね?だったら惜しいことをしましたね。
これで地上展示は全て見終えました。



T-7の展示飛行はと言うと最後にVの字の編隊で航過していきました。
傘を象っていて、日本を守る傘をイメージしているとかなんとか。



エシュロン編隊で進入、その後編隊解除して右に旋回します。



右旋回しながら降下して、そのまま着陸態勢に入ります。



こんな感じで7機とも着陸しました。これで開幕の展示飛行は終了。



格納庫の脇で吊るされていた大量のてるてる坊主たち。こういうの、前にもここかどこかで見たような記憶があるので自衛隊では恒例行事なのかもしれません。



T-7の次はT-4練習機の展示飛行です。浜松の機体でしょう。しかしう~む、真っ黒。



会場奥へ向かって旋回するので背中は見えますが遠いのでどうしても機体が小さくしか写りません。超望遠レンズのある機材ならともかくこれでは・・・。
おかしい、カナダのエアショーではあんなに撮れたのに・・・。



会場上空を真っ直ぐに航過して旋回してまた航過・・・というのを数度繰り返して帰投していきました。う~む・・・。



次は百里基地第501飛行隊のRF-4ファントムIIの展示飛行です。
静浜基地は滑走路の距離が短いのでジェット戦闘機が離着陸できないのです(小型のプロペラ練習機よりも大型のジェット戦闘機の方が重かったりする分滑走距離が長いのだ・・・
なので静浜のT-7以外の展示飛行は他の基地から飛来(フェリー)してきて基地上空で展示飛行してまた基地に帰投するという方法を採っています。一応ジェット練習機のT-4は静浜でも離着陸できるらしいですが、最寄りが近所の浜松なので地上展示でもしない限りわざわざ着陸してくることも少ないようです。



RF-4E。機体の番号は分からん。
RF-4は戦闘機であるF-4を偵察型に設計したもの。偵察; Reconnaissanceなので型式番号にRの頭文字が付きます。
機体に大きいカメラを載せていて、敵地を上空から撮影して味方にその情報を持ち帰るという任務なんかが主です。敵ん中に入り込むので何せ速さが命・・・というわけで偵察機にはその時代の高速機が偵察機に転用されたり新しく開発されたりしていたのでした。
軍用機のルーツは敵地の偵察にあるので黎明期から偵察機があったのですが、上記のような任務は安全安心の人工衛星クンで事足りてしまった感もあるので最近はそういう感じの偵察機は減ってる感じですね。代わりに電子偵察機とか無人偵察機とかそういうのがはびこっている感じ。

で、RF-4Eは最初から偵察機として設計された方の機体です。写真じゃ分っかんねぇですが、機首の辺りにカメラが3台くらいありにけり。なおカメラはフィルム式。



また会場の奥で旋回・・・。遠い。なんていうか自衛隊=サン、魅せるのがあまりお上手ではない?
何と言っても自衛隊は飛行高度が高いです。たぶん安全上あまり低高度は飛べないんだと思うんで仕方ないことなんですが。
ところでこのRF-4E、最近話題の洋上迷彩機ですね。F-2みたいに青い迷彩塗装をしているやつです。珍しいんですが、いや~この写真じゃ。



こっちはRF-4EJ。機体の番号は知らん。
こっちはRF-4Eに加えてJが付いていますが、これは元々戦闘機型だったF-4EJを偵察型に改造したもの。
なので機首にはカメラが無く代わりに胴体下に偵察ポッドを付けているのですが、拡大してみるとなんだか偵察ポッドのような影があるな・・・程度にわかりました。う~ん。
それにしてもターボジェットの音はやはりやかましいですね。



こっちの塗装は従来から存在する緑と茶色の迷彩でした。



最後に2機編隊で会場を飛行して帰投していきました。

今日はここまで。


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カナダの航空祭コモックスエアショーを堪能する その14【2015/08/15】

2017-07-08 22:23:56 | 旅行・イベント記

前回に引き続きカナダ空軍CC-115 (DHC-5)の飛行展示。今度は再び主脚を展開して着陸態勢に入りました。
ありゃ、まだ展示を始めて5分程度しか経っていませんが、もうおしまいか。



はい着陸~・・・とこのまま引っ込むと思って油断したら再加速してまた離陸していきました!カメラは一旦しまってしまったのでこの間の記録はなし・・・。
どうやらCC-115の短距離離着陸性能(STOL)を披露したかったようです。しかしほんの数百mで離陸してしまいましたので、確かにそのSTOLは優秀です。



再び戻ってくる頃には雲の切れ間から太陽が見え、機体が陽の光を浴びる激V写真が!
こういうのを撮りたかったんだ!ああもう満足です・・・!



CC-115のパイロット、調子に乗って今度は前脚だけ浮かせながら滑走路を走るという曲芸を披露。
着陸する時には後ろ脚から地面に付くのでこういう姿勢になりますが、それを継続して維持するというのは素人考えでも普通じゃないと思うわけです。
で、そのまままた離陸していきました。機体もパイロットも中々に変態だな。



今度はヘリコプターのCH-149コルモラントが展示飛行を始めます。



CC-115みたいな変態機動はしませんが、機体から縄伝いに隊員を降下させました。救難救助の場面を演じているんですね。この手のヘリコプターではおなじみの展示です。
隊員と比べると分かるように、結構大型のヘリコプターなんですよ。



着地。



もう一人着地。ちなみにヘリの高度は60~80mくらいだったと思います。



回収地点は降下地点とは別の場所で。正面に来てくれました。



隊員を回収します。上るのも大変だよな。



これで展示は終わりなので帰投します。帰投と言っても基地はここです。



CC-115も今度こそ着陸して第442飛行隊の展示飛行は終了です。


[CC-115 DHC-5 Buffalo Engine Start-Up and Takeoff]

今日のおまけはCC-115のエンジン始動から離陸までの動画。

今日はここまで。


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カナダの航空祭コモックスエアショーを堪能する その13【2015/08/15】

2017-07-07 22:28:12 | 旅行・イベント記

2015年8月15日(土)14時22分
展示飛行の合間にセントラルマウンテン航空のBeech 1900D (C-FCMN)が着陸。



すると今度は軽飛行機とそれに牽引されるグライダーが離陸していきました。



牽引する軽飛行機のパイパーPA-25 (C-GFTP)。



牽引されるグライダー、H-101サルト(Salto; 宙返り)。グライダーにもレジC-GJNDが登録されるんですね。
これはマンフレッド・レディウスの操る曲技飛行用のグライダーで、高い高度から展示飛行しながら滑空して地上へ着陸していくものです。まずは飛行機で上空まで引っ張ってもらい、それから曲技を披露します。
そこまで行くには少し時間がかかるので・・・。



コルモラント登場!
第422輸送/救難飛行隊のCH-149コルモラント(149908)の展示飛行が始まりました。
救難機の黄色がとても目立ちます。



さらに俺もいるぞとばかりに飛んできたCC-155バッファロー(115462)もやってきました。第442飛行隊コンビでの展示です。
まずは機体を左右に振りながら進入。



そしたら機を左へ傾けて。



腹を見せながら通過。



脚を出しながら低高度で進入。ああ、どこぞの某航空自衛隊ではこんな飛び方してくれないぞ・・・(向こうにも低く飛べない事情はあるんでしょうが



あぁ、これはいいですねぇ(恍惚



後追い。カーゴランプ部は飛行機とは思えぬ四角四面とした形状です。これでもいいんだ。
高翼配置の主翼やT字の尾翼、機首とエンジンポッドに備えられた主脚なんていうのは後のDHC-7やDHC-8に繋がる形状です。



今度は会場奥からこちらへ向かって左旋回。
ちょっと望遠が足りないですが画角は最高ですね。さっきから写真映えする飛び方してくれます。



正面を撮影。

まだ途中ですが今日はここまで。


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