草blog

日々の思いを

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

季節の変わり目に思うこと

2016-10-23 15:30:50 | 日記
時の流れだけは本当に平等に、分け隔てなく、僕らに訪れる。

杓子定規があるわけではないけど、たくさんの出会いがあって、物語があって。

10年間が長いか短いかそんなことはどうでも良くてあの時に同じ場所でビール片手にとてつもなく嬉しい素敵な時間を過ごせたことが、明日からもしっかりと生きていける理由なんだなと強く思った。

結婚が人生において最上だとは思わないけれど生まれた時はまったくもって見ず知らずの人間同士が、お互い多くの家族、友人に支えられ、数えきれない想い出と、溢れんばかりの感情を持って、その日を迎えるんだから幸せの順位としては上位にくるのは考えれば簡単なことだ。

ずっと繋がっている縁もあれば、そうでない縁もある。

あれだけたくさんの時間、物事を共有していたのに、いまはそばにいない人もいる。

自然と縁がフェードアウトしていったのかもしれない。

ただ、今の瞬間はそうなだけ。

完璧な関係性なんてどこにもないし、先の事は誰にもわからない。

諸刃なのかもしれないが、その緊張感の上に僕らの毎日があるからこそ、感動があるのかなとも思う。

特別な日は、それ以上でもそれ以下でもない。

明くる日からは、日常が始まる訳だ。

そんな日常があるからこそ、素敵な日もまたきっと訪れるんだろう。

とにかくそんな特別な日を一緒に過ごさせてくれた、きょーちゃん、まいちゃん。

心からありがとう。

これからも宜しくね。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

やっと更新。

2015-04-22 02:44:02 | 日記

ひっさしぶりのBlog。

 
先日、以前、自分が在籍していた会社が大阪のとあるファッションビルに新店舗を構えた。
簡単に言うと会社が大きくなったと言えるのでしょうか。
ほんとにすごい。
前に前に進むということ。
そんな新店舗には、自分も過去に関わった先輩、後輩、もちろん、面識のないスタッフも。なにか組織が大きくなる時にはきまって賛否があるもので、きっとこの会社の動きにもたくさんの人がたくさんの意見を持っているのでしょう。
それでも、単純に大きくなるということに、そして、それを動かしている人達にただ、ただ尊敬してしまいます。と、同時に自分自身がそこに在籍していたという、誇りみたいなものと、現在は、もうそこにいないんだという嫉妬や寂しさに似た気持ちも持ってます。
僕は僕で、新しい環境でほんとに少しずつだけど、前へ前へ這ってでも進みたいと思っています。
そういえば、店長になりました。
二年半前、まったく未経験の自分が選んだ小さな飲食店。なにもできないのに、仲間がたくさん来てくれたり、新しいお客さんとの出会いがあったり、職場で新しい仲間ができたり、たくさんのはじめてがありました。たまたま、今回、今いるお店の二店舗目の店長となりました。
たまたま。
ほんとにたまたま。
自分にはなにができるのか?まだわかってるようでわかってません。以前いた会社の社長からこんなことを言われたことがあります。
「両手を広げてあなたの武器を並べてみなさい。なにがありますか?あなたには、『人』という武器があります、それを活かしなさい」と。
これは、多分、飲食のような技術も必要とする仕事ではなく、人そのものを表すような仕事を選びなさいと言う意味だったんでしょう。
社長の進言にも耳を傾けたような、傾けてないような進路の選び方でしたが、社長が言ってくれた「あなたの武器は人」という言葉、ほんとに支えになってます。
この言葉に甘えず、技術や知識というものは、謙虚に得ていかないといけないのですが、最後はやっぱし人なんだと。会社が大きくなること。いろんな不平不満、不安、があるんだろうけど、そこには、やっぱし人がいるからなんだ。大きくなること、とは、前に進むこと。
僕だって前に進まないと。
そして、負けるな同期。
頑張れ同期。
いつだって応援してます。
 
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

かよん。

2014-04-05 00:09:45 | 日記

手紙をもらいました。

そこには僕との出逢いから仲間との繋がり、そして今までの感謝や想い出が綴ってました。

いつも喋ってるときと同じ様な言葉遣いで。

とてもリアリティのある手紙。

環境が変わる事への少しの不安と、たくさんの期待。

寂しさを紛らわす様な強い筆圧で。

久しぶりにもらった手紙には彼女がたくさん詰まってました。

言ってみれば妹の様な存在なんだけど、今の彼女に妹という言葉はあてはまらないのかもしれません。

それほど彼女は成長しているし、影響力もある。

言葉にも説得力があり、なにより彼女の笑顔には本当に強さがあり、人を幸せにする力がある。

そう思うんです。

だからもう妹の様な存在なんてのはちょっと失礼なのかもしれない、僕の方が子供だなと。

それでも手紙の中で僕の事を兄のように思ってくれてると。

とても嬉しいです。

沖縄に少しだけ行くそうです。

でもいつこっちに戻って来るかはわかりません。

それでいいと思います。

大切な人がいるその場所へ行けばいいんだと思います。

そこでたくさんの思いを抱えればいいんだと思います。

彼女は自分で居場所を作れる強い子です。

沖縄でも素敵な居場所を作るんだと思います。

それでいいし、そうなって欲しいと思います。

でも、でも、少しでいいから僕の事を、僕らの事を心の片隅に置いておいてくれればもう満足です。

あなたに、支えられ、癒され、そして元気をもらっていた人間はたくさんいます。

もちろん僕もその一人。

そういえば、胸の病気で入院したときも一番最初にお見舞いにきてくれたのはあなたでした。

その時のあなたの優しい顔は今でも鮮明に覚えています。

沖縄でもまわりの人をたくさん笑顔にさせてあげてください。

そして自分自身もいろいろな経験をして下さい。

身体だけに気をつけて。

フレーフレーかよん。

みんな、かよんが大好きです。

少し早いけど誕生日おめでと。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

4月3日

2014-04-04 01:13:27 | 日記

ここ最近。

続けて友人が京都を離れていった。

別に外国にいったわけでもないし、会おうと思えば会える場所ではあるけど。

寂しいか寂しくないかで言えばそれはもちろん寂しい。

でも僕は知ってます。

離れた人の方が寂しいんだと。

30歳にもなるとそれなりに出逢いと別れを繰り返している訳で、ある程度の免疫はあります。

それでも、コンスタントに会っていた友人がふとまわりにいないと気付いた時、それはやっぱり寂しいものなんです。

facebookもinstagramも、twitterもやってるし、いつだって連絡が取れるし、たくさんのことを共有できる。

それもわかってるんだけど、向き合ってお話ができなかったり、去り際に手を握れなかったり、嬉しいときや感動した時にハグができなかったり、人同士の繋がりとは結局の所、そういうものだと思うんです。

距離というか、体温みたいなものを感じる事がとても大事で、その間隔が今までよりも長くなってしまうとそれが寂しさになったりするんだろうなって。

それでも、各々が敢えてそういった環境を選択するという事はその先にきっと寂しさを越えていくなにかがあるからではないでしょうか。

それがなんなのかは、その人にしかわかりませんが、そういった選択に対して少しでも背中を押してあげられるようなそんな人間でいたいと思います。

きっと彼らは、自分の為に、そして自分の大切な人の為に今選んだ環境で精一杯頑張ってるんだろうと。

桜咲くこの季節毎年こんな思いが巡るのは僕だけでしょうか。

バーベキューするときはみんな帰って来てね(笑)

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

二つの誕生日。

2013-10-27 03:11:33 | 日記

30年。

 

短いのか長いのかわからないけど、こないだ30歳になりました。

 

学生の頃に思っていた30歳ってのは、それはもう立派な大人で、結婚もして、子供もいて、そこそこの給料をもらい、週末は車でどっか遠くまで出掛けている、そんなイメージを描いていました。

 

が、今のところ、ひとつも該当していません。笑

 

情けないとも思いませんが、同級生が、それらすべてを実践していたりすると、ほんの少しの羨ましさや、嫉妬もないことはないです。

 

それでも、時間は平等に流れているので、30歳と言う年齢だけは現実として迎えてしまった訳です。

 

この世に生まれて30年。

 

一応こんな僕にも30年の歴史があるんだなと、今回の誕生日には今までと違う感覚も覚えています。

 

実際はなにも変わってないんだろうけど。

 

親への思いも年々強くなります。

 

母親から生まれて。

 

僕は人生をスタートした訳です。

 

もちろん僕が生まれた日が僕の誕生日、母親からすれば、初めて僕を産んで母親になった日な訳ですから、それはそれで誕生日な訳です。

 

二つの誕生日。

 

母親が母親でいてくれて30年。

 

たまに、誕生日は親に感謝しろと言われますが、ほんとうにそう思います。

 

あなたがいなければ、いまこうやってのんきにブログなんて書けない訳で。

 

それでも息子なんてのは薄情なもんで、母親との具体的な記憶というのは割と曖昧なものなのかもしれません。

 

これといった強烈な記憶があるわけでもありません。

 

でもずっと、母親は、母親なわけで。

 

母親にとって、自分がどんな息子なのかは僕自身よくわかっていませんが、毎年、誕生日には手紙やらメールやらをもらいます。

 

バレンタインにはチョコレートが送られてきます。

 

マザコンではありませんが、これはわりと嬉しいもので、でも返事をするのもなかなか恥ずかしいもので。

 

だからこやってブログでこうゆう事を書いてしまうのかもしれません。

 

もう少し親には素直になるべきだと思いますが、なかなか簡単じゃないですね。

 

本当の意味ではまだまだ安心させてないんだろうけど、僕は、たくさんの素敵な仲間に恵まれ、支えられ、様々な場所でいろんな人に助けられ、大きな病気をしても、そういった繋がりや、励ましや、楽しみがあるから、克服できていて、もちろん辛いことや、寂しいことも人並みにあるんだけれど、それをはるかに上回る、前向きな人生を過ごせている事を感謝したいと強く想うんです。

 

本当にあなたの子で良かったと思います。

 

どんなに僕が歳を重ねて、大人になって、親になっていったとしても、ぼくはずっとあなたの息子であることには違いありません。

 

優しくて、思いやりがあって、賢くて、尊敬できる、そんなお母さんが僕は好きです。

 

誕生日ありがとう。

 

最後に、盛大に誕生日を祝ってくれたみんな、当日、顔を見れなかったみんな、心の片隅で草太、誕生日やなと思ってくれてたみんな、そもそも僕の誕生日を知らなかったみんな、僕の誕生日を知ってはいたけどそんなに興味の無かったみんな、むしろ僕の事がそんなに好きではないみんな、それでも僕はそんなみんなが大好きです。

 

これからも、宜しくお願いします。

 

誕生日ありがとう。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加