徒然草紙

読書が大好きな行政書士の思索の日々

眉かくしの霊

2010-05-01 17:12:46 | 日本文学散歩
「眉かくしの霊」は大正13年5月に泉鏡花が発表した作品です。

 木曾街道、奈良井という山奥の宿で起きた怪異譚です。初めて読んだのは、まだ二十代のころでしたが、読み終わってから、夜、一人で部屋にいることが怖くなったことを覚えています。なにもものすごい顔つきのお化けがでてくるわけではありません。さらっと読んでしまえば、ああこんな話か、で終ってしまう小説です。私も昼間、電車にゆられながら読み終えたばかりのときはそうでした。しかし、夜になってひとりで部屋にいるときに、なにかの拍子でふと小説の一場面が思い起こされまして、それからが大変です。部屋のすみになにかいやしないかと、そんなことばかり思われるようになったのです。あまり気味が悪いので、買ってきた本を本棚の奥の見えないところに置きましたが、薄気味の悪さはその日から何日も続きました。

このように、後になってからじわじわと怖くなってくる小説を読んだことはあまりありません。源氏物語の六条の御息所の話とあといくつかあったかなと思うくらいです。ついでに書きますと、外国の小説を読んでこのような経験をしたことはまだ一度もありません。

 解説を読みますと、泉鏡花は幽霊は実在すると本気で信じていたそうです。私もそう思っています。我々の眼には見えないなにものかはいると思います。だからといってそれが私たちの生活になにかの影響を与えるとは思いませんがね。

 そのようなわけで、今回、読み返すにあたっては相当の覚悟をもって臨みました。(なんのこっちゃ)
 怖さが先にたって、話の筋をまったく忘れていたので、再度読み返してみるとなるほどこのような話であったかと思うところがたくさんあります。そして、いよいよくだんの幽霊が出る場面。

「頭からゾッとして、首筋を硬く振向くと、座敷に、白鷺かと思ふ女の後姿の頸脚がスッと白い。」


 今回、私はこの幽霊が怖いけれど非常に美しいと思いました。どこがと言われても困るのですが、とにかく美しい。鏡花の文章のなせる技としかいいようがありません。「眉かくしの霊」には幽霊が出るようになった因縁も語られますが、そのようなものは後から付け足しただけという感じで、結局、読者としては雪振りしきる深山の宿とそこに現れる美しい女の幽霊とが作り出す幽玄な世界に浸ることが出来ればそれでいいのでしょう。


「「似合ひますか。」
 座敷は一面の水に見えて、雪の気はひが、白い桔梗の汀に咲いたやうに畳に亂れ敷いた。」