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WEB上のニュースや新聞などで扱われたエホバの証人のニュースを取り上げます。シリアスな話題から笑えるニュースまで。

世界本部移転に向けた環境アセスメントが承認される + 世界本部バーチャルミニツアー

2012-07-21 12:01:57 | 組織
さて、ものみの塔誌にもウォーウィックへの移転の記事が載り、多くの人々が世界本部の移転に関心を持つようになりました。(ちなみに、イギリスにもWarwickという同じ地名があるのですが、こちらはウォーリックと発音します)

建設に先立ち、工事が環境にどのように影響を及ぼすのかに関する報告書を町に提出しており、それが認められました。

なにしろ、用地全体の大きさは257エーカー(102ヘクタール(1キロ四方))あり、これは、東京ドーム22個分、東京ディズニーランドとディズニーシーを合わせた分に相当します。差し当たりの開発は30エーカー(東京ドーム約3個分)で行なわれます。

環境影響書を一部見ましたが、ウォーウィック地域の地質と歴史を、紀元前1万年前の誰も住んでいなかった時代から、原住インディアンたちが住み始めてヨーロピアンが移住してくる時を経て現在まで考察・分析しています。まったく新たに施設を作りだすのでかなりの調査が必要だったのでしょう。

協会は約4年を建設期間としています。12の建物が中庭を囲むようにして建てられますが、湖に面した建物は特にきれいな景色が眺めるでしょう。

ちなみに、すぐ近くにはIBMの大規模なビジネス・コミュニティ・サービスセンターがあります。


■エホバの証人の環境アセスメントが承認される

エホバの証人の新しい世界本部となるウォーウィックで、建設計画をより厳しく見直した、最終的な環境影響アセスメントが町から認可された。

ニューヨーク州ものみの塔聖書冊子協会は、更に120ページからなる追加の報告書をまとめているところだと、広報担当のリチャード・デバインは述べた。

彼によれば、いつ建設が始まるかはまだ分からないとのことだ。というのも、予定されてる開発には、用地計画と建設許可の承認を得る必要があり、まだそのプロセスの途中だからだ。The Long Meadow Road の用地は、Sterling Mine Roadの交差点から約1.6キロ北西にある。全部で257エーカーあるが、約30エーカーのみがが開発予定地とされている。

現在ブルックリンにある世界本部は、事務棟、宿舎棟、厨房や維持管理施設などを含む新しい建物群に取って代わられる。その地所は、以前は国際ニッケルが所有していたものだ。

環境アセスメントは町、郡、州の各機関が、交通の増加や下水の処理、また野生動物に至るまでチェックする。

絶滅危惧種に指定されている、ヨコシマガラガラヘビの巣を作る場所が1.6キロ以内にあるために、冬眠期間中は整地作業を制限することにものみの塔協会は同意している。

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さて、協会の世界本部はいったいどんなところに引っ越すのだろうと、考えている人は多いと思います。これから、グーグルアースの画像を使って、新しい世界本部へのバーチャルな旅へご案内致しましょう(笑)。

その新しい世界本部となる場所は、ニューヨーク州オレンジ郡ウォーウィックにあるスターリング・フォレスト州立公園に近い緑豊かなところにあります。ブルックリンから直線距離で北へ約50キロちょっと、車で1時間くらいのところです。


パタソン聖書教育センターやウォールキルものみの塔農場も見えます

もう少し、近づいて見ましょう。


ハドソン川を挟んで、西側の手前にウォーウィックの世界本部、奥にウォールキルのものみの塔農場、川の東側にパタソン聖書教育センターがあります。

もう少し近づくと・・・


緑豊かな土地であることが分かります。

もう少しズーム。


スターリング・フォレスト湖の対岸側にあるのはIBMのサービス・センターです

建設予定地にズーム。




国際ニッケルという会社が1980年代に研究所として使っていた場所。


Long Meadow Roadからの現在の入り口付近の道路

協会が発表している完成予想図


2012-2013 巡回大会・特別一日大会のプログラム

2012-07-13 22:39:46 | 大会
リクエストがありましたので、来年度の巡回・特一大会のプログラムを日本語に翻訳しました。英語などいくつかの言語では、すでにJw.orgにありますが、まだ日本語では出ていません。公式の日本語版が出たらこちらは消すかもしれません。

地域大会の「心を守りなさい」に続いて、「思い守りなさい」と「良心を守りなさい」という、3つの大会がいわば1セットになって全体のテーマが展開されます。興味深いですね。

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2012-2013 巡回大会

「あなたの思いを守りなさい」
  --マタイ22:37
■一日目

9:40 音楽
9:50 119番の歌と祈り
10:00 人間ではなく、神の考えを抱きなさい
10:20 神権宣教学校
10:50 114番の歌と発表
11:00 思いをくらませているベールを取り除く
11:25 献身とバプテスマ
11:25 63番の歌

1:20 音楽
1:30 29番の歌
1:35 経験
1:45 シンポジウム : この精神態度を保ちなさい
    - 自ら進んで行なう気持ち
    - へりくだった思い
    - 一致した思い
    - 健全な思い
2:45 115番の歌と発表
2:55 思いを守る黙想
3:25 あなたの考えは誰によって形作られていますか
3:55 69番の歌と祈り

■二日目

9:40 音楽
9:50 70番の歌と祈り
10:00 エホバの食卓で日々自分を養う
10:10 シンポジウム
    - 夫たち、キリストがしたように愛し続けなさい
    - 妻たち、神の目に貴重なあなたの価値を認識しなさい
     - 親の皆さん、エホバの精神の規制を持って子供たちを育てなさい
    - 若い人たち、真理を自分のものとしなさい
11:10 83番の歌と発表
11:20 ものみの塔の要約
11:50 巡回区の必要に注意を向ける
12:15 55番の歌

1:30 音楽
1:40 121番の音楽と祈り
1:50 公開講演 :「エホバの日をしっかりと思いに留めなさい!」
2:20 32番の音楽と発表
2:30 活動に備えて思いを引き締める
3:00 神の平和によってわたしたちのの知力を守りましょう

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2012-2013 特別一日大会

「あなたの良心を守りなさい」
--テモテ第一1:19

■午前
9:40 音楽
9:50 71番の歌と祈り
10:00 あなたの内なる声を守る必要があるのはなぜか
10:15 あなたの良心を訓練する方法
10:30 すべての人の血について潔白-どのように
10:55 107番の歌と発表
11:05 あなたの良心は聖書の原則によって本当に導かれていますか?
11:35 献身とバプテスマ
12:05 60番の歌

■午後
1:20 音楽
1:30 43番の歌
1:35 経験
1:45 ものみの塔の要約
2:15 あなたの兄弟の良心を傷つけてはなりません
2:30 悲痛な事柄に耐えている若者たち
2:45 115番の歌と発表
2:55 霊に導かれた良心に従う
3:55 65番の歌と祈り

ロス暴動発端の被害者ロドニー・キング、自宅のプールで亡くなる

2012-07-01 18:59:00 | 事件・事故
1992年のロサンゼルス暴動のきっかけとなった、白人警官による黒人青年暴行事件の被害者であるロドニー・キングが6月17日、ロサンゼルス郊外の自宅のプールで亡くなりました。47才でした。

1991年3月、彼はスピード違反で検挙された後、4人の白人警官から暴行を受けました。この一部始終が近隣住民のビデオに撮影されて全米に放送されました。しかし裁判の結果、警察官は全員無罪となり、この判決に怒った黒人たちが暴徒と化して破壊・略奪を行いました。暴動は6日間続き、4000人を超える連邦軍が投入され、逮捕者は1万人に上りました。

当時の新聞の一面に記事が載り、テレビでもすごい略奪の映像が流れていたのを覚えています。

もともと素行が良くなかったロドニーですが、事件後も波乱続きの人生だったと言えるでしょう。

事件後、ロサンゼルス市を相手取って裁判を起こし、3億円を受け取るも、酒やドラッグに溺れてやがて全額失ってしまいます。今年の4月には本も出版し、テレビなどにも時々出演していました。そんな時に自宅のプールで亡くなっているのが婚約者の女性によって発見されたのでした。

実は彼は、エホバの証人の家庭で育っています。

亡くなった次の日に、彼に関する記事がロサンゼルス・タイムスに載りました。

彼と3月に会ったという記者が、彼とのインタビューを記事にまとめています。


その記事の中に次のような部分がありました。

Los Angels Times 20120618

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ロドニー・キングは敬虔なエホバの証人の家庭で育った。
彼このように言っていた。

「自分はエホバ神に近づく必要があるんだ」

彼は、そうしようと頑張っていると言った。
彼はいつか、そうなることを自分に約束した。
たとえ、彼にとってそれが好きな飲酒を止める事を意味するとしても・・・。
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彼はエホバの証人の家庭で育ちましたが、彼自身は長く離れていました。
事件によって彼は一躍有名人になり、多くに人の関心を集めることになります。
その後、彼はアルコールや薬物にはまっていきます。
事件後のストレスやプレッシャーなどもあったのでしょう。
いつかはエホバのもとに戻りたいと考えながらも、実際に変化を遂げることはついに出来ませんでした。
しかし、内面のやさしさは決して失うことはなかったようです。

記者はこのように記事を締めくくっています。

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ロドニー・キングは外見はとても際立っていた。背が高くてハンサムだし、力強い。しかし、その内側では、かれはとても繊細だった。彼は元気そうに話す。彼が、人生やその中で起こった出来事について話す時、彼は他の人を心から気にかけていた。「ロドニー・キングの暴動」として知られる1992年の大騒乱の時に亡くなった54人のことを決して忘れることはなかった。

彼の家の裏庭のプールには黒いタイルで 3/31/91 と 4/29/92 が刻まれている。彼が殴打された日と暴動が起きた日だ。

3月のあの日、私は彼がプールの落ち葉を掃除しているのを見た。彼は私に、「もうひとつ付け足したいものがある」とプールを見ながら言った。「その暴動で亡くなった人数の54という数字を、壁に刻もうかと思っているんだ」。かれは続けて言った。「でも、それは多すぎる。死に過ぎなんだよ・・・」
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彼の葬式の際には、彼の兄弟であるポールが話をしました。ポールはエホバの証人であり、彼が唯一の話し手でした。彼は話の中で、自分の生活をよく吟味し、それを良いことのために使うようにと人々に勧めました。

彼の事件は、社会的には大きな意味を持っていることは間違いありません。しかし、彼自身の生き方としては満足のいくものだったのでしょうか。いろいろと考えさせられます。