日本の話芸/NHK教育テレビ
2008(H20)/09/30(火) 14:00-14:30
八代目 一龍斎貞山 講談「眠り猫」
2008(H20)/07/26(土) 第38回 NHK講談大会 東京・虎ノ門 ニッショーホール 収録
*再放送予定
2008(H20)/10/05(日) 05:15-05:45 NHK総合テレビ
他 初回放送より12日後の 日曜日 03:00-03:30 NHK-BS2でも放送あり(放送時間は変動あり)
※最新の番組表等で確認の事
*次週は 三代目 三遊亭遊三「百川」を放送予定
※最新の番組表等で確認の事
*参考
当日演目:
八代目 一龍斎貞山「眠り猫」 一龍斎貞心「朝顔日記」 神田紅「紅恋源氏物語」 六代目 一龍斎貞水「団蔵と多見之助」
(中入り)
田辺一鶴「高野長英」 六代目 宝井馬琴「藤堂高虎 出世の白餅」
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お好み寄席/NHK-BS2 #019
2008(H20)/09/30(火) 18:00-18:45
「落語・長講一席」
古今亭志ん五 「柳田格之進」
2008(H20)/08/26(火) 東京・渋谷 NHK放送センター みんなの広場ふれあいホール 収録
司会:中川緑アナウンサー
○「笑いは心の潤滑油 伝統の芸を現代に「お好み寄席」」
●プロフィール(演目前に司会者が紹介)
昭和41年(1966) 古今亭志ん朝に入門 前座名「高助(たかすけ)」と名乗る
昭和46年(1971) 二ツ目昇進 「志ん三(しんざ)」と改名
昭和57年(1982) 真打ち昇進 「志ん五」と改名
平成18年(2006) 落語協会常任理事に就任
古今亭志ん朝一門の総領として御活躍です
◆古今亭志ん五 「柳田格之進」 高座風景
◆インタビュー(内容抜粋)
今年で初高座から40年
昭和43年(1968)1月2日 お正月興行の二日目 上野鈴本演芸場で初高座
師承の古今亭志ん朝のお父さんの 五代目古今亭志ん生が 寄席に出演した最後の興行
その後 志ん生はホールでの落語会には出演したが 寄席は最後の出演だった
後年に その時の根田帳を上野鈴本演芸場の舞台番の人にお願いをして貰って 今は宝物になっている
根田帳の同じページに 最初に「高助」(志ん五の前座名) 最後に「志ん生」と書いてある
志ん朝に入門した当時は 師承が一番忙しい頃
自分の名前の付いた冠番組 テレビ・ラジオ番組 レギュラー番組が週に何本もあり 映画や舞台にも出演
朝 家を出たら夜中に帰って来る様な生活 殆ど家に居ない 志ん生と一緒にいる時間の方が長かった
前座時代 噺は志ん生から教えてもらっていた
覚えた噺を 志ん朝に聞いてもらうが 師承が忙しくて それが大変
例えば 新宿の末広亭の楽屋口に車を停めて 志ん朝師承が一席終えて 次の仕事に行く迄
車の運転席に師承が乗り 自分は後部座席に座り バックミラー越しに噺を聞いて貰い アドバイスを受ける
それが終わると 自分は車を降り 師承は自分で車を運転して次の仕事場に向かう
「それは駄目だよ 親父がよっぽど具合が悪い時に お前に教えたんだ」
「そんな落語に そのマクラは振らないんだ それは親父が間違っているんだ」等 言われた事もある とのこと
一番最初に「道灌」を教わった 「金明竹」「宿屋の富」等 10位の噺を教わった
一番覚えている志ん朝の言葉は
「例え 志ん生でも 間違えは間違えなんだ」 「俺も神様じゃないんだから 俺も間違う時はある」
「お前は聞いていて「あっ! 師承間違えたな」っていう 耳を持たないと駄目だぞ」
自分にも3人の弟子がいる
志ん朝は噺の細かい事は注意しなかった
「お前のやりたい様にやれ」「基本だけは忘れるな」「噺の稽古は忘れるな」「大きな声で お客さんに聞こえる様に喋れ」
*次週 放送予定
「花の落語家六人衆」
※最新の番組表等で確認の事
2008(H20)/09/30(火) 14:00-14:30
八代目 一龍斎貞山 講談「眠り猫」
2008(H20)/07/26(土) 第38回 NHK講談大会 東京・虎ノ門 ニッショーホール 収録
*再放送予定
2008(H20)/10/05(日) 05:15-05:45 NHK総合テレビ
他 初回放送より12日後の 日曜日 03:00-03:30 NHK-BS2でも放送あり(放送時間は変動あり)
※最新の番組表等で確認の事
*次週は 三代目 三遊亭遊三「百川」を放送予定
※最新の番組表等で確認の事
*参考
当日演目:
八代目 一龍斎貞山「眠り猫」 一龍斎貞心「朝顔日記」 神田紅「紅恋源氏物語」 六代目 一龍斎貞水「団蔵と多見之助」
(中入り)
田辺一鶴「高野長英」 六代目 宝井馬琴「藤堂高虎 出世の白餅」
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お好み寄席/NHK-BS2 #019
2008(H20)/09/30(火) 18:00-18:45
「落語・長講一席」
古今亭志ん五 「柳田格之進」
2008(H20)/08/26(火) 東京・渋谷 NHK放送センター みんなの広場ふれあいホール 収録
司会:中川緑アナウンサー
○「笑いは心の潤滑油 伝統の芸を現代に「お好み寄席」」
●プロフィール(演目前に司会者が紹介)
昭和41年(1966) 古今亭志ん朝に入門 前座名「高助(たかすけ)」と名乗る
昭和46年(1971) 二ツ目昇進 「志ん三(しんざ)」と改名
昭和57年(1982) 真打ち昇進 「志ん五」と改名
平成18年(2006) 落語協会常任理事に就任
古今亭志ん朝一門の総領として御活躍です
◆古今亭志ん五 「柳田格之進」 高座風景
◆インタビュー(内容抜粋)
今年で初高座から40年
昭和43年(1968)1月2日 お正月興行の二日目 上野鈴本演芸場で初高座
師承の古今亭志ん朝のお父さんの 五代目古今亭志ん生が 寄席に出演した最後の興行
その後 志ん生はホールでの落語会には出演したが 寄席は最後の出演だった
後年に その時の根田帳を上野鈴本演芸場の舞台番の人にお願いをして貰って 今は宝物になっている
根田帳の同じページに 最初に「高助」(志ん五の前座名) 最後に「志ん生」と書いてある
志ん朝に入門した当時は 師承が一番忙しい頃
自分の名前の付いた冠番組 テレビ・ラジオ番組 レギュラー番組が週に何本もあり 映画や舞台にも出演
朝 家を出たら夜中に帰って来る様な生活 殆ど家に居ない 志ん生と一緒にいる時間の方が長かった
前座時代 噺は志ん生から教えてもらっていた
覚えた噺を 志ん朝に聞いてもらうが 師承が忙しくて それが大変
例えば 新宿の末広亭の楽屋口に車を停めて 志ん朝師承が一席終えて 次の仕事に行く迄
車の運転席に師承が乗り 自分は後部座席に座り バックミラー越しに噺を聞いて貰い アドバイスを受ける
それが終わると 自分は車を降り 師承は自分で車を運転して次の仕事場に向かう
「それは駄目だよ 親父がよっぽど具合が悪い時に お前に教えたんだ」
「そんな落語に そのマクラは振らないんだ それは親父が間違っているんだ」等 言われた事もある とのこと
一番最初に「道灌」を教わった 「金明竹」「宿屋の富」等 10位の噺を教わった
一番覚えている志ん朝の言葉は
「例え 志ん生でも 間違えは間違えなんだ」 「俺も神様じゃないんだから 俺も間違う時はある」
「お前は聞いていて「あっ! 師承間違えたな」っていう 耳を持たないと駄目だぞ」
自分にも3人の弟子がいる
志ん朝は噺の細かい事は注意しなかった
「お前のやりたい様にやれ」「基本だけは忘れるな」「噺の稽古は忘れるな」「大きな声で お客さんに聞こえる様に喋れ」
*次週 放送予定
「花の落語家六人衆」
※最新の番組表等で確認の事