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自分が感じてきたことを、順不同で、ああでもない、こうでもないと、かきつらねていきたいと思っている。

トランプの「何を言っているのかわからない」発言の奥底にある差別意識     渡辺由佳里

2018年11月11日 14時19分40秒 | 地理・歴史・外国(時事問題も含む)

アメリカはいつも夢見ている

トランプの「何を言っているのかわからない」発言の奥底にある差別意識

記者会見で、トランプ大統領が日本人記者の質問に「何を言っているのかわからない」と答えたことに対して、人種差別とみる人とトランプ氏の発言を擁護する人とで意見が割れています。アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんは、記者の発言が聞き取りにくかったのは事実だが、これがオバマ元大統領やヒラリー・クリントンなら理解できていただろうとし、この問題の背景にある無意識の差別心を指摘します。

日本人記者に対するトランプの発言は人種差別? それとも記者の発音が悪かっただけ?

中間選挙の結果が出た11月7日、トランプ大統領が記者会見を行った。そこでの日本人記者の質問に対し、トランプが「何を言っているのかわからない(I really don’t understand you.)」と言ったことが日米で話題になっている。

ビデオもあるが、状況を簡単に説明しよう。
日本人記者が「How do you focus on economic…」と経済について質問しかけたところでトランプがそれを遮って「どこから来たの?」と訪ねた。記者が「日本」と答えると、質問の続きを聞こうともせずに「シンゾーによろしく言っておいて。自動車の関税ではさぞハッピーだろうね」と横道にそれた。その後記者がもう一度「日本との貿易と経済問題ではどう焦点を絞るつもりですか? 日本に対してもっと要求しますか?(How do you focus on trade and economic issues with Japan? Do you ask Japan to do more?)」と質問を繰り返すと、トランプは「 何を言っているのか理解できない(I really don’t understand you.)」と言った。

これに対して、数多くのアメリカ人がツイッターで「すごく無礼で、恥ずかしい」、「気配りがない」、「人種差別だ」と嘆いた。なかには、「『お前の言うことは誰も理解できないぞ』と返してやればよかったのに」と言う人もいた。

むしろ私はトランプを擁護する日本人が多いことに驚いた。「あの記者の発音がひどすぎる」、「理解できなかったら、そう言ってどこが悪い?」、「あれを差別と言うほうがおかしい」というものだ。記者の英語力や能力を批判する意見もかなりある。

興味深い現象は、英語圏で何十年も暮らしている在外日本人には記者や彼の英語力を責める人がいないということだ。少なくとも、ソーシャルメディアで私がつきあっている在外日本人の間では「トランプは失礼だった」、「トランプの態度は人種差別を反映している」ということで意見が一致している。

なぜ英語圏で暮らす日本人と、英語を日常的に使わない日本人とでこんなに意見が違うのか? それを考えてみた。

 

オバマ大統領やヒラリー・クリントンなら理解できただろう

まず、件の日本人記者の英語の発音だが、日本人の英語らしくFocusのfがhに聞こえるし、聞き取りにくいのは事実だ。実際にトランプは何を言っているのか理解できなかったのだろう。だが、これがバラク・オバマ大統領やヒラリー・クリントンなら、たぶん理解できていたと思うのだ。

この違いは「心構え」と「体験」にある。

ニューヨークで生まれ育ったトランプは、ニューヨーク界隈で使われている「アメリカ英語」だけが純粋な英語であり、全員がその基準に合わせるべきだと思っているふしがある。先日彼が更迭したアラバマ州出身のジェフ・セッションズ司法長官の、もったりした南部訛りを嘲笑っていたことからもそれが伺われる。こういう考え方の人は、相手が言っていることを聞き取れなかったときに「自分にわかる英語を話すべきだ」と考える。

一方、多様性がある環境で育ったオバマ大統領や、ファーストレディや国務長官として最も多くの国を訪問したヒラリー・クリントンは、英語が「国際語」として使われていることを承知している。国際語としての英語で交流するときには、発音よりも内容が重要であり、相手を理解しようとする努力も不可欠だ。その「心構え」と「体験」があれば、異なる訛りでも理解できるようになる。

日本に住んでいたことがある私の夫は、あの日本人記者の発音がちゃんと理解できていた。日本訛りの英語に囲まれて何年も仕事をしていたので慣れているからだ。インド人の英語の訛りも強いことで知られるが、私が住む町の薬局はインド系の従業員が多いので、住民もそれに慣れて聞き直したりしなくなっている。多様な訛りの英語を話す人々と関わらなければならない政治家、特に「国の顔」である大統領は一般人よりも努力して当然である。それをしないのは怠慢だ。

また、オバマ大統領やヒラリーなら、たとえ質問が聞き取れなくても「I don’t understand you(あなたの言っていることはわからない)」とは絶対に言わない。相手を馬鹿にしているように聞こえるからだ。もっと礼儀正しい尋ね方をしただろう。

こういうときに使う礼儀正しい英語のフレーズはたくさんある。
「すみません。おっしゃることがよく理解できませんでした(Sorry, I'm not sure I understand what you mean)」「申し訳ありませが、もう一度質問を繰り返していただけますか?(Excuse me, could you repeat the question, please?)」「すみません。聞き逃しました。もっとゆっくり話していただけますか?(I’m sorry I didn’t catch that. Would you mind speaking more slowly?)」「聞こえませんでした。もう一度言ってください(I didn’t hear you. Please could you tell me again?)」など、いずれも「聞き取れなかった自分のほうに否がある」というニュアンスだ。

 

外国人、マイノリティに対する無意識の差別

とはいえ、トランプが「お前の言っていることはわからない」と口にしたのは、わざと無礼な態度を取ろうとしたのでも、差別のつもりでもないと私は思う。ただ、彼は根っこの深い部分で、有色人種を自分と同等に扱わなければならないとは思っていないのだ。このように、「わざと」ではなく、ふと出てしまう言動がその人の本音を露呈する。本人が気づいていない差別的態度が、偏見の根深さを示しているのだ。

この日、トランプは他にも2人の外国人記者(有色人種)に向かって「言っていることがわからない」と言ったが、私には十分理解できた。トランプが以前にアジア諸国との貿易交渉での訛りを笑いのネタにしたことからも、有色人種の外国人の話し方や訛りを見下しているのは事実だ。

南アフリカ出身で黒人と白人の混血であるコメディアンのトレバー・ノアは、早速自分の番組でこの記者会見をネタに使った。「トランプはアクセントがある人の言っていることが理解できないようだが、辻褄があわない。だって、メラニアと一緒に住んでいるんだろう?」とノアはジョークにしていたが、スロベニア出身で訛りが強いメラニアの英語がわかるなら、ほかの3人の記者の英語もわかりそうなものだ。

残念なことに、自分が持つ偏見や差別心に気づいていない人は、「見た目」が自分の印象や判断に影響を与えていることにも気づいていない。中間選挙後の記者会見でトランプが「言っていることがわからない」と返した記者はすべて有色人種だったが、メラニアは白人だ。

オランダ、イギリス、ドイツの血をひく白人の義母にもそういう癖がある。30年前に初めて会ったとき、私はイギリスでの生活を終えたばかりでまだイギリス英語を使っていた。イギリス英語とアメリカ英語では発音や綴りだけでなく、単語そのものが異なることがある。義母は、そういうときに幼稚園児に教えるような口調で、「Torch(イギリス英語の懐中電灯)は(松明を持つ仕草をして)これ。これはFlashlightと言うのよ」といちいち私の英語を訂正したのだが、義弟にオーストラリア人の恋人ができたときにはまったくそれはしなかった。義母は、自分と似たタイプの背が高い白人の彼女の英語は、「異なるバージョンの英語」としてすんなりと受け入れることができたのだろう。これ以外にも、義母には「わざと」の差別ではなく、本人も気づいていない白人優越主義的な思い込みがあり、それがときどき言動にひょっこり出てくる。悪意がまったくないとはわかっているが、無意識に差別されるマイノリティのほうはちゃんと傷つく。


英語圏に住む日本人が日本記者の英語に寛容なのは、こういった苦労をしてきたからだと思う。安全な場所から「発音が悪い」、「下手くそだ」とけなす人にいちいち注意を払っていたら、英語は上達しない。恥をかきながらも、見下されながらも、悔し涙を流しながらも、質問をし、意見を言い、理解してもらう努力を繰り返さないと、ビジネスや日常生活でコミュニケーションを取れる英語は獲得できない。だから彼らは、失敗しても、馬鹿にされても、平然と発言できる分厚い面の皮も育ててきたのだ。だからこそ、在外日本人は(かの日本人記者を含めて)恥をかくのを覚悟で発言する人をけなしたりはしない。


記者会見の出来事から日本の人に考えてほしいのは、トランプや記者のことよりも、日本での「寛容」と「礼儀」についてだ。

日本人は「礼儀正しい」ことを誇りにしている。だが、私が日本に住んでいたころに交流していた日本在住の外国人たちは「日本人は、自分の知り合いには非常に礼儀正しいが、知らない人には失礼であったり、冷たかったりする」と語っていた。公の場で接するすべての人に対しては寛容ではないし、優しくもないというのだ。

日本人が寛容ではない対象は、日本語がよくできないアジアからの旅行者だったり、赤ちゃん連れで電車に乗るおかあさんだったり、車椅子の人だったり、耳が聞こえない人だったり、太っている人だったりする。自分を「ふつうの日本人」とみなす人々は、「自分とは異なる」人を見下したり、迷惑だと感じたり、嘲笑ったりする傾向がある。テレビではそれが堂々と「お笑い」として消費されている。

それは、有色人種を見下し、白人以外の移民を排除しようとするトランプがやっていることと、根っこは同じようなものだ。

ツイッターのTLに流れる多くの意見を読みながら、これは自分の根っこをじっくり眺める良い機会かもしれないと思った。

 

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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