水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

思わず笑えるユーモア短編集-52- 末吉(すえきち)派

2017年02月21日 00時00分00秒 | #小説

 竹園は占いを信じる一人だが、少し変わっていた。というのは、おおむね籤(くじ)を引いた場合、大吉をよし! としたものだが、竹園の場合は違っていて、末吉(すえきち)を最良と考えていた。続いて小吉、中吉・・と続き、もっとも誰もが願う大吉は、竹園の場合は、凶に次ぐ最悪の八卦(はっけ)だった。なぜかといえば、大吉の場合、危険も大きい・・すなわち、凶に変化する可能性もあると考えたからだ。確かに、大金持ちが一転して借金まみれの奈落(ならく)の底に沈むといったケースがある。大物政治家になれたのはいいが、政治資金で苦境に立たされたり、つまらないスキャンダルで政治家の道を断たれる・・といったケースだってある訳だ。だから、という訳ではないが、慎重で高望みをしない竹園は、未知数ながらも将来や来世を見据(みす)えた吉兆の末吉を最良と考えていた。まあ、外(はず)れた場合でも、小吉ならばよし! と思うくらいだった。
「竹園さん、一杯、どうです? たまには…」
 同僚の松沼が会社帰りに竹園を誘った。
「おっ! いいですね!」
 一も二もなく竹園は了解した。一時間後、小さな場末の飲み屋に二人の姿があった。
「もう一杯!」
 松沼は赤ら顔で手に持つ銚子(ちょうし)を不安定に揺らせながら竹園に酒を勧(すす)めた。松沼はかなり出来上がっていた。
「大丈夫ですか?!」
「ウイッ! わ、私ですかっ? 私は大丈夫ですよ。大丈夫ですよね? …大丈夫じゃないか? ははは…まあ、いいじゃないっすかっ! 一杯!」
「いえ、私は末吉派ですから…」
「はぁ? …」
 訊(たず)ねながら松沼はカウンターへ身体を沈めそうになった。間一髪のところで竹園が松沼の身体(からだ)を支(ささ)え、出されていた料理鉢や小皿、お銚子、杯(さかずき)、箸などは、危うく難を逃れた。竹園が言った末吉派とは、さらに酒を飲んで気分よく酩酊(めいてい)するのは大吉だが、あなたのようにダウン寸前となり凶へ変化する危険もありますよ…という気分を暗に表現した言葉だったのである。案(あん)の定(じょう)、松沼はその後、タクシーで自宅へと返送される人になり、竹園は、ほろ酔いのいい気分で自宅へと帰還(きかん)した。
 すべからく、末吉派は人生や来世を、いい方向へと導(みちび)くようである。

                             完


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