水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-47- 欲

2017年05月27日 00時00分00秒 | Weblog

 無欲になろう…と田原(たはら)は思った。というのも、困ったことに最近、メラメラと燃え盛(さか)るように欲が湧(わ)き出てきたからだ。これではいかん! と身を慎(つつし)むことに専念したが、やはりダメで、ついに田原は禅寺へ籠もることにした。勤めは当然、病休届を出してだ。そんな都合よく・・と、誰もが思うだろうが、田原には友人の医者がいたから、その訳を話して頼み込んだのである。
「ははは… なんだって! 欲が抑(おさ)えられないから病休か?」
「なあ、頼むから診断書を書いてくれよっ」
「俺は外科医だぜ…」
「そこをなんとかっ!」
「まあ、病気と言えなくもないからなっ。お隣りの坂先生に頼んでおいてやろう。一度、診てもらえ」
「坂先生?」
「ああ、欲だらけの先生だが、一応、脳外科医だ。欲は脳が命令を発するんだから、なんとか書いてくれるだろう、ははは…」
「笑いごとじゃないぜ」
 こんなことがあり、会社から病休が認められた田原は、欲を迎え撃つぺく禅寺へ籠もることにしたのだった。
「ほう! 欲が尽きぬ泉のごとくフツフツと湧きなさるのか…それはお困りでしょうな」
 禅寺の住職はそう言って田原を慰(なぐさ)めた。
「そういう訳で、なんとかなればと…」
「熊本ですなっ!」
「はあ?」
「あなたは田原で、診断は坂先生だったとおっしゃった」
「はあ、まあ…」
「二人合わせて田原坂(たわらさか)、西南戦争の田原坂(たばるざか)でござるよ、ほっほっほっ…」
 妙な例(たと)えで住職は笑った。
「欲など俗世(ぞくせ)で生きられるお人ならば、少なからず湧くものでございますよ。大いにお湧かせなされませ。欲のない者など、死人(しびと)同然! なんの生きる価値もごさらぬと拙僧(せっそう)は思いまするがな…」
「なるほど…」
 三日ののち田原は禅寺を出て会社へと戻(もど)った。田原坂の戦いに勝利したのである。田原は今、欲だらけで公私とも大活躍している。

                             完


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困ったユーモア短編集-46- 食えない

2017年05月26日 00時00分00秒 | Weblog

 生産農家である。主人の稲架(はさ)は昔ながらの農業を、ここ数十年続けている典型的な専業農家だった。遠い過去の時代をふり返れば、まあそれなりに無理をしなければ食えたのだが、いつ頃からか十分には食えなくなっていた。食いものを作っている農家が、困ったことに食えないのである。最近、稲架は、このことをよく考えるようになった。
 三男で大学生の麦(ばく)は、アルバイトをしながら経済を学んでいる努力家だが、去年の暮れ、久しぶりに帰省したとき、稲架に漏らしたことがあった。
「父ちゃん、食いものを作っている者が食えない・・というのは、経済学的には怪(おか)しいんだ」
「…ほう、そうか? お前が言うんだから間違いはなかろうが…」
「ああ、G-G´ 等価交換、要するに、物と物との物々交換から人々の経済社会は始まったんだよ」
「なるほど…」
 息子から経済を講義されるとは思ってもみなかった稲架は、頷(うなず)く他はなかった。
「まあ、生活水準が高いからなぁ~。やっていけなくて食えないのは分かるんだけどさ」
「まあな…。戦後、間もない頃の生活水準なら、十分に食っていけるんだが…」
「今は皆、いい暮らしをしてるからね。まあ、生活のレベルを下げることは、ほぼ無理なんだろうけどさ…」
「ああ…。国は借金地獄なんだがなぁ」
「そうそう、困ったもんだよ」
 そんな会話をしながら、二人はブランド牛のステーキを高級レストランで味わった。

                             完


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困ったユーモア短編集-45- うっかり

2017年05月25日 00時00分00秒 | Weblog

 困ったことに、人は誰でも、うっかりしてミスを犯してしまうことがある。若い頃はそうでもなかったものが、年老いて、うっかり忘れていた! と慌(あわ)てる場合などがそれだ。
「このコピーした書類、来週までに内容を精査しておいてくれたまえ。間違いがなければ、先方へ持っていくから。くれぐれも頼んだよ、澄川君」
「あっ! はいっ!」
 澄川は快(こころよ)く課長の岩魚(いわな)から書類を受け取った。生まれついて軽い性格の澄川は、その書類を、さほど重く考えていなかった。まあ、見ておけばいいだろう…くらいの発想である。ところが、その書類は社の命運を左右するほどの重要書類だったのである。むろん、そのことを澄川が知ろうはずがなかった。
 そして一週間が瞬(またた)く間に巡った。岩魚に手渡された重要書類は、軽い澄川の机上ファイル立ての中で、起こされることなく深い眠りについていた。澄川は一度も書類を見なかったのである。というより、うっかり忘れてしまったのだった。岩魚は当然のように岩魚を課長席へ呼んだ。
「どうだったかね?」
「はっ? 何がです?」
「ははは…先週、手渡した書類だよ」
「ああ!」
 このとき岩魚は、手渡された書類のことを思い出した。書類はまだ一度も内容を見られていなかったから、当然、精査されている訳がなかった。だが、うっかり忘れていました…などとは口が裂けても言えない。━ くれぐれも頼んだよ、澄川君 ━ 岩魚の言葉が、澄川の脳裡を掠(かす)めた。
「ああ、あの書類ですよね。よく出来ているように思いましたが…」
「そうか…。なら、いいんだ。明日、先方へ持っていくことにしよう」
「分かりました…」
 まあ、いいか…と、心の中で澄川はまたまた軽く考えていた。
 この展開は、誰もが大失態による会社危機を連想させる。ところが結果は、まったく逆で、澄川の軽さが会社を大成功へと導いたのである。実は、書類にプランニングされた内容には、誰もが気づくような大きな欠陥と思える計画部分があったのである。しかし事実は、その欠陥と思える部分は画期的なオリジナル原案としての価値を持ち、それが先方の重役達に認められることになった・・というのが真相だった。もちろん、そんなことになっているとは、岩魚も澄川も知る由(よし)もなかった。うっかりしたことで成功することもある・・という話である。

                             完


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困ったユーモア短編集-44- 負ける男

2017年05月24日 00時00分00秒 | Weblog

 有名作家の作品に感銘(かんめい)を受けた厩務員(きゅうむいん)の干草(ほしくさ)は、そのとおりやってみよう! と意気込んで、書かれたとおりやってみることにした。ところがどっこい、困ったことに書かれた理想を追ってやってはみたものの、何をやっても思いどおりには至らず、すべてが夢と消えたたのだった。要するに、全敗である。
「ははは…また逆で負けましたよ。世の中、そうは甘くないですねぇ~」
「そうでしたか…。あなたが言うとおりだと思うんですがね」
「いやいやいや、私が負けたんですから、私の言うとおりではないということです」
「正義が勝つんじゃなくて、勝った方が正義だ・・というやつですね」
「そうそう、私のように負ける男は、正義のヒーローではないということです」
「…」
 会話が冷えて凍った。
「ははは…ジョーク、あくまでもジョークですよ」
 そう言って笑う干草だったが、干草がやる飼い葉を食べた馬はどの馬も一度は重賞レースに勝っていた。世話をされる馬が勝ち、世話をする男が負ける。この皮肉な結果が干草のすべてだった。どこか日本の底辺で生きる庶民に似ていなくもない。

                             完


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困ったユーモア短編集-43- 無理

2017年05月23日 00時00分00秒 | Weblog

 昔からよく言われる言葉に ━ 過ぎたるは及ばざるがごとし ━ というのがある。限界を知らず無理をした結果、何もしなかった方がよかった・・と思える結末を迎えるから、物事はほどほどにして無理をしないのがよい・・という戒(いまし)めだ。だが、人というのは困ったもので、どうしてもその限界を越えて行動してしまうのである。
「雨漏(うろう)さん、そろそろ帰られた方が…」
「ああ、どうも。ですが、あと少しですから…」
「そうですか? かなりご無理をされておられるようですが…」
「ははは…なんの、これしき!」
 職場仲間の受鍋(うけなべ)に声をかけられた雨漏だったが、『無理無理!』と囁(ささや)く内心を押さえ、意地を張って返した。
「そうですかぁ~? それじゃ、私はこれで…。これから一杯どうかと思っておったのですが…。残念だなぁ~、あとの戸締りは頼みます」
「はい! お疲れさまでした」
 雨漏は、しまったぁ~! と思った。実のところ、雨漏も一杯、飲みたかったのである。それは疲れた体の生理的要求でもあった。…というより、ただ飲みたかったのである。
 受鍋が課を出ると、手元の蛍光スタンドに照らされた雨漏だけが一人、孤独の人! みたいに格好よくデスク椅子に座っているのだった。どうよ! 俺は頑張ってるんだぜ…とアピールしたい気分の雨漏なのだが、誰もいない・・という図だ。雨漏の疲れはすでに限界に達していた。いつの間にか雨漏の意識は遠退いていた。
 気づくと雨漏は、とある店で受鍋と杯(さかずき)を傾けていた。
「ははは…ご無理はいけませんよ。もうこの辺(あた)りで…」
 雨漏は格好をつけ、銚子をあと2本、追加しようとしていた。それを受鍋が止めたのである。
「いや、まだまだっ!」
 フラフラと立ち上がった雨漏は、無理に注文しようとした。そのとき、雨漏の意識は、ふたたび遠退いた。
 意識が戻(もど)ったとき、雨漏はデスクに突(つ)っ伏(ぷ)して目覚めたところだった。このとき初めて、無理はダメだな…と、雨漏にも思えた。
 帰りで買った缶ビールを、実に美味(うま)い…と雨漏は感じた。缶ビール一本で無理はどこかへ引っ越した。無理は無理をしなくても、安上がりで有理になるようだ。

                             完


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困ったユーモア短編集-42- 退屈な日

2017年05月22日 00時00分00秒 | Weblog

 いつもは忙(いそが)しく、いろいろとやることがあるのに、困ったことにその日に限り、ポッカリと穴が開いたように何もすることがない退屈な日がある。
 予定を立てて開けてある日ではないから、出かけるにしては時間が遅(おそ)く、かといって、することもないからグデェ~~ンと寝ているというのもいかがなものか…と思え、太根(ふとね)は困っていた。ふと思いついたのは、食べたかったが食べられなかった食いものである。要するに、太根の心に食い気(け)が湧(わ)いたのである。退屈まぎれに、その中の一品でも作るか…と勇(いさ)んでキッチンを覗(のぞ)いたが、考えていた一品ではなかったから食材は揃(そろ)っていなかった。これから買いに出よう・・というほどの食い気でもなかったから、太根は自案をボツにしてグデェ~~ンと和室の畳に転(ころ)がった。
 気づけば、夕方だった。太根はいつの間にか、疲れて眠ってしまったのだった。それにしてもよく眠ったな…と太根は思った。太根にとって退屈な日は、その程度のものだった。ただ、久しぶりに思う存分眠ったためか、身体(からだ)がスゥ~~っと浮き上がるほど軽かった。見た夢は『押し倒し、押し倒して食材の勝ち』だった。太根川は負けていた。

                             完


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困ったユーモア短編集-41- 馬鹿な国

2017年05月21日 00時00分00秒 | Weblog

 困ったことに、某国の国民は虐(しいた)げられているにもかかわらず、怒らず、じっと耐える奇特な国民だった。いやむしろ、虐げる政治家に間接的に恩恵を与えていたと言っても過言ではない。間接的とは直接、恩恵を与えていた訳ではないものの、虐げている者達に結果として有利になる恩恵を与えていたからだ。不投票などの無為無策な行為がそれで、それらの無行為が積もり積もって馬鹿な国になってしまったということだ。その国は、見た目には高度文明を築き、反映しているかに見えた。車が飛び交(か)い、人々は自由で高度な生活を謳歌(おうか)していた。ならば、それでいいではないか…と見た目には思えた。だがその実、その国は多額の未償還国債残高という累積債務を抱えて喘(あえ)いでいたのである。一家庭が、返せない多額のサラ金[サラリーマン金融]地獄に陥(おちい)っている姿に酷似(こくじ)していた。馬鹿な国を助ける、いい手立てはないものか? その方法は、あるにはあった。だが、その事実をまだ馬鹿な国の国民は気づいていなかった。それはアホだったからである。その某国がどこの国なのか・・それは読者諸氏のご想像にお任せしたい。

                             完


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困ったユーモア短編集-40- 持ちつ持たれつ

2017年05月20日 00時00分00秒 | Weblog

 世の中は双方、二つの立場で成り立っている。それは、個人対個人の場合もあれば、組織対組織、さらに大きくなれば国家対国家といった規模、いや地球対・・という途轍(とてつ)もなく大規模なものにまで拡大する。だが、それらすべてに通じるのは、単独では成立しない・・平たく言えば、双方の持ちつ持たれつ・・といった関係が双方を存続させるということを意味する。片方だけではダメになるということだ。
 とある会社の社長室である。社長と専務が話し合っている。
「君、誰か他にいないのかね? 社のことを思って社を引っ張るような人材は?」
「そう言われましても社長。労派法で人件費が助かると言われ、終身雇用制から転換されたのは社長なんですから…」
「確かにそれは私だがね。しかし、最近の社員は度を越しとるよ。金目的だけで働く・・といった体(てい)たらくだ」
「仕方ありませんよ。派遣社員や嘱託、パート、アルバイトの社員が大半なんですから」
「正社員を3分の1にまで減らしたのは失敗だったな。企業力はガタ落ちだよ!」
「はあ。しかし、私に愚痴られましても…」
「会社のために働く・・という社員がいなくなれば、あとは落ちるだけだな」
「会社も社員も、持ちつ持たれつ・・なんでしょうね」
「そうだな…」
「いよいよ傘下落ちで吸収合併ですね、ぅぅぅ…」
「ぅぅぅ…」
 二人は持ちつ持たれつで慰め合い、よよと泣き崩れた。          

                             完


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困ったユーモア短編集-39- ものの考え方

2017年05月19日 00時00分00秒 | Weblog

 同じ内容でも、ものの考え方で物事は大きく変化する。困ったことに、悪い方向で物事を捉(とら)えると益々、悪くなるといったケースが多い。
「料亭(りょうてい)さん、勘定は払っといたよっ! 実に楽しかった! また、頼むよ」
「ははは…そうですか? それは、ようございました!」
 料亭は赤ら顔でフラつきながら店の外へ出た酒盛(さかもり)に愛想よく言った。管理課長の料亭は次期の人事部長ポストを狙(ねら)い、人事部長の酒盛は料亭と同じく、次期の人事局長ポストを密(ひそ)かに狙っていたのである。ところがどっこい、世の中はそう甘くない。
 翌日、人事局長室に酒盛は呼ばれていた。
「酒盛さん、実は次の異動で君を局長に推挙(すいきょ)しようと思っとったんだが…。まあ、この先は言わずにおこう。まだ、可能性はなくもないからね、ははは…」
 人事局長の尾頭(おかしら)は美味(うま)そうに笑い、暈(ぼか)した。酒盛は意味深(いみしん)な尾頭の言葉を、どう考えたものかと部長室に戻(もど)って悩んだ。━ まだ、可能性がなくもない ━ 尾頭の言葉が耳に甦(よみがえ)って響いた。よく考えれば、可能性が残っているのだし、悪く考えれば、ほとんど昇任は無理だと思えた。実はこのとき、優秀な他部局の脇息(きょうそく)が片肘(かたひじ)ついて寛(くつろ)いできたのである。いや、局長候補として新(あら)たに割り込んでいたのである。むろん、そんなことになっていようとは、局長以上の者以外、知る由(よし)もなかった。
 ここは大臣官房の次官室である。
「尾頭さん、実は次の異動で君を次官に推挙しようと思っとったんだが…。まあ、この先は言わずにおこう。まだ、可能性はなくもないからね、ははは…」
 次官の汁物(しるもの)は美味(うま)そうに笑い、暈(ぼか)した。尾頭は意味深な汁物の言葉を、どう考えたものかと部長室に戻(もど)って悩んだ。━ まだ、可能性がなくもない ━ 汁物の言葉が耳に甦って響いた。よく考えれば、可能性が残っているのだし、悪く考えれば、ほとんど昇任は無理だと思えた。 
同じ内容でも、ものの考え方で物事は大きく変化する。困ったことに、悪い方向で物事を捉(とら)えると益々、悪くなるといったケースが多い。
「料亭(りょうてい)さん、勘定は払っといたよっ! 実に楽しかった! また、頼むよ」
「ははは…そうですか? それは、ようございました!」
 料亭は赤ら顔でフラつきながら店の外へ出た酒盛(さかもり)に愛想よく言った。管理課長の料亭は次期の人事部長ポストを狙(ねら)い、人事部長の酒盛は料亭と同じく、次期の人事局長ポストを密(ひそ)かに狙っていたのである。ところがどっこい、世の中はそう甘くない。
 翌日、人事局長室に酒盛は呼ばれていた。
「酒盛さん、実は次の異動で君を局長に推挙(すいきょ)しようと思っとったんだが…。まあ、この先は言わずにおこう。まだ、可能性はなくもないからね、ははは…」
 人事局長の尾頭(おかしら)は美味(うま)そうに笑い、暈(ぼか)した。酒盛は意味深(いみしん)な尾頭の言葉を、どう考えたものかと部長室に戻(もど)って悩んだ。━ まだ、可能性がなくもない ━ 尾頭の言葉が耳に甦(よみがえ)って響いた。よく考えれば、可能性が残っているのだし、悪く考えれば、ほとんど昇任は無理だと思えた。実はこのとき、優秀な他部局の脇息(きょうそく)が片肘(かたひじ)ついて寛(くつろ)いできたのである。いや、局長候補として新(あら)たに割り込んでいたのである。むろん、そんなことになっていようとは、局長以上の者以外、知る由(よし)もなかった。
 ここは大臣官房の次官室である。
「尾頭さん、実は次の異動で君を次官に推挙しようと思っとったんだが…。まあ、この先は言わずにおこう。まだ、可能性はなくもないからね、ははは…」
 次官の汁物(しるもの)は美味(うま)そうに笑い、暈(ぼか)した。尾頭は意味深な汁物の言葉を、どう考えたものかと部長室に戻(もど)って悩んだ。━ まだ、可能性がなくもない ━ 汁物の言葉が耳に甦って響いた。よく考えれば、可能性が残っているのだし、悪く考えれば、ほとんど昇任は無理だと思えた。
 
                             完

 ※ 人事異動は地震対応のため、見送られたそうです。


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困ったユーモア短編集-38- 成(な)せば成る

2017年05月18日 00時00分00秒 | Weblog

 朱鷺岡(ときおか)は辛(つら)い人生を生きていた。まあ誰しも人生は辛く苦しいものなのだが、困ったことに朱鷺岡の場合は例外中の例外と言えるほど辛い人生だった。通常の場合、ほとんどのことは成(な)せば成るのだが、朱鷺岡の場合、なに一つとして成らなかったのである。取り立てて朱鷺岡が不器用とか不運な男ではなかったのだが、成らなかったのである。原因はどこにあるのか…と朱鷺岡は50の坂を越えた年になり、ふと考えてみた。だが、今までの人生でコレ! という決め手になる原因は掴(つか)めなかった。朱鷺岡は占ってもらうことにした。
「ウウッ!! … …ほう!! なるほど…」
  夜の街頭の片隅である。年老いた八卦見(はっけみ)は、筮竹(ぜいちく)を起用に操(あやつ)って手別け、ひと声、唸(うな)ったあと、しずかに頷(うなず)いた。 
「先生、何か分かりましたかっ!!」
 八卦見に対峙(たいじ)して座る朱鷺岡は、静かに訊(たず)ねた。
「この卦は! …驚きなさるなよ。あなたはこの世に生まれるようなお方ではなかったのじゃ」
「? …どういうことでしょう?」
「あなたは天界からの遣(つか)いとして、この世に生み落とされたお方でしたのじゃ。今までなに一つとして思いが叶(かな)ったことはなかったと申されたが、それはそういうことでござるよ」
「どういうことです?」
「そういうことです」
「いやいやいや、ですから、その訳をお訊(たず)ねしておるのです」
「分からぬお人じゃなっ! でござるによって、今、申したのが原因でござるよ」
「今、申したとは?」
「あなたは天界からの遣(つか)いとして、この世に生み落とされたお方でしたのじゃ。今までなに一つとして成しても成らなかったと申されたが、それはそういうことでござるよ」
「どういうことです?」
「そういうことです」
「いやいやいや、ですから、その訳をお訊(たず)ねしておるのです」
「分からぬお人じゃなっ! でござるによって、今、申したのが原因でござるよ」
「今、申したとは?」
「あなたは天界からの遣(つか)いとして、この世に生み落とされたお方でしたのじゃ。今までなに一つとして成しても成らなかったと申されたが、それはそういうことでござるよ」
「どういうことです?」
「そういうことです」
「いやいやいや、ですから、その訳をお訊(たず)ねしておるのです」
「分からぬ人じゃなっ! でござるによって、今、申したのが原因でござるよ」
 同じ内容の会話が延々と繰り返され、いつの間にか、夜は白々と明けていた。朱鷺岡は、やはり成せば成る男ではなかった。

                             完


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