ついに締めくくりのコンサートが終りました。<ギターと朗読>という新しい試みを始めたのが11年前で、そのきっかけになったのが今回の話でした。「月光は白く河原に降りそそぎ」、これがそのタイトルです。この舞台になったのは南アルプスの深い谷にある河原なのですが、そこに行ったとき私はまだ30代の半ばでした。実は、その頃、ずっと体調が悪く、この分では40代は入院生活かもしれないと感じていました。精神と体が分離しているというか、自分に合わない仕事をしていたためだろうと思いますが…。
最初は手の甲の、ちょうど親指の付け根あたりに小さな水泡が出来て、それが潰れるとそこから透明な体液が流れ出しました。普通なら,それはすぐに固まってかさぶたになるのですが、流れは止まらずポタリポタリ滴になって落ち始めたのです。そのときはちょうど得意先の会社に出向いて仕事をしていたので取りあえずティッシュで押さえておいたのですが、それがすべての始まりでした。このことはまた別に書くこともあると思います。
体力はかなり落ちていたのですが、そのとき胸に迫ってきた想いは、学生時代からよく登っていた南アルプスをもう一度歩きたいということでした。もしかすると体力的に途中で歩けなくなるかもしれないと思っていました。それでもいい、入院生活で徐々に弱っていくよりはそちらの方がいいかもしれないという気持ちもありました。それで一週間の予定でテントを持って出かけたのですが、悲愴な気持ちはまったくありません。もう一度あの自然の中に行けるという嬉しさでいっぱいでした。
山旅は苦しいものでした。ただでさえ厳しいのに体力が落ちているのだからなおさらです。それでも気が張っているので何とか持ちました。そして、山を降りる日がやってきました。3000mの山頂から一気に下りました。ほぼ1日下ったところでぽっかり美しい広い河原に出たのです。そのときの感動は今も鮮明に覚えています。
それから10年以上も経って急にギターの二重奏をすることになりました。その間、4,5年、体調は最悪の日々が続いたのですが、あるきっかけで中国気功のトレーニングを始めることになり、それで劇的に健康を取り戻したのでした。そのお陰で40代の半ばはギターのことを考えることができたのですが、その流れの中で二重奏をする機会が生まれ、曲と曲とをつなぐ話を書くことを思いついたとき、頭に浮かんだのが、南アルプスのあの河原でした。
それ以来、ギターと朗読の話をずっと書いてきたのですが、3年前にそれを発表する機会を自分で作りました。そして、今回でこれまで作ったものをすべて発表することができました。一仕事終えた気分です。第一期終了というところです。今も次の話を書いていますが、これからは自分の色がさらに濃くなっていくと思います。
今回の「月光は…」は、二重奏と朗読の三人でやったものを一人でやるということで、技術的にかなり厳しいものがありました。コンサート前日まで最後まで弾けるかどうか怪しい状態でした。新しく加えた最後の曲は途中で分からなくなる場面もありましたが、全体として描こうとしたことは伝わったと思います。それに、この日は椎の実のクッキーをたくさん焼いていったのでそれだけでも喜んでもらえたのではないかと思っています。ただ内容としては練習が足りないので、これから2,3年、弾き込んで作品を完成させるつもりです。他の作品ももう一度弾き込んで完成させ、録音したいと思っています。
最後に、コンサートの解説から一部を掲載します。
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この話を最初に書いたのは1998年8月のことでした。二重奏をすることになり、その選曲に当たって、前に積まれた楽譜の山、30cmくらいの高さはあったでしょう。その中から私が選んだのはソルの練習曲の一つ、「月光」という愛称で親しまれている曲でした。理由は単純で、前に弾いたことがあり、練習が楽だろうというそれだけのことでした。
実はこの曲、高校時代から知っていたのですが、一度もいいと思ったことがありませんでした。教則本などでは必ずといっていいほど取り上げられる曲で、いい曲だという話はたくさん聞いていたのですが、私にはそれが不思議でなりませんでした。
この練習曲には別の作曲家が何人もメロディーを被せています。そのうち、二人の作曲家のものを使うことになりました。並べて弾けばおもしろいだろうという単純な発想だったのですが、それだけでは物足りないということでアレンジをさせられる羽目になりました。それで仕方なく曲を書いたのですが、今度は自分で物足りなくなり、曲と曲をつなぐ話を書き出してしまいました。誰かこれを読んでくれる人がいれば…、と話していたところ、朗読する人が見つかった、早く原稿を欲しいということになり、途中までの原稿を渡してしまいました。2週間後、初めて合同練習をすることになったのですが、そのときに朗読者の方から「終り方がどうもおかしい」と言われました。途中までだということがきちんと伝わっていなかったのです。残りの原稿を渡し、その日、初めて通し練習をしました。そして、その次の練習が、本番当日のリハーサルということで、今考えると「かなり甘い取り組み」だったと思うのですが、その割にはスムーズに行きました。
今回は、それを一人でやります。私が、<ギターと朗読>という形の活動を始めるきっかけになった話なので特に大切にしたい作品です。ところが改めて見直しているうちに、前回盛り込めなかった部分を書き加えたくなり、そうしたら長さが倍くらいになって、曲数も増えてしまいました。一応、完成はしたのですが、練習が追いつかず苦しい状況です。最後まで辿り着けるかどうかわかりませんが、チャレンジしてみます。
準備不足で冒険して行き詰まるというのは、子供の頃からの私の行動パターンなのですが、この性格は死ぬまでなおりそうもありません。
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最初は手の甲の、ちょうど親指の付け根あたりに小さな水泡が出来て、それが潰れるとそこから透明な体液が流れ出しました。普通なら,それはすぐに固まってかさぶたになるのですが、流れは止まらずポタリポタリ滴になって落ち始めたのです。そのときはちょうど得意先の会社に出向いて仕事をしていたので取りあえずティッシュで押さえておいたのですが、それがすべての始まりでした。このことはまた別に書くこともあると思います。
体力はかなり落ちていたのですが、そのとき胸に迫ってきた想いは、学生時代からよく登っていた南アルプスをもう一度歩きたいということでした。もしかすると体力的に途中で歩けなくなるかもしれないと思っていました。それでもいい、入院生活で徐々に弱っていくよりはそちらの方がいいかもしれないという気持ちもありました。それで一週間の予定でテントを持って出かけたのですが、悲愴な気持ちはまったくありません。もう一度あの自然の中に行けるという嬉しさでいっぱいでした。
山旅は苦しいものでした。ただでさえ厳しいのに体力が落ちているのだからなおさらです。それでも気が張っているので何とか持ちました。そして、山を降りる日がやってきました。3000mの山頂から一気に下りました。ほぼ1日下ったところでぽっかり美しい広い河原に出たのです。そのときの感動は今も鮮明に覚えています。
それから10年以上も経って急にギターの二重奏をすることになりました。その間、4,5年、体調は最悪の日々が続いたのですが、あるきっかけで中国気功のトレーニングを始めることになり、それで劇的に健康を取り戻したのでした。そのお陰で40代の半ばはギターのことを考えることができたのですが、その流れの中で二重奏をする機会が生まれ、曲と曲とをつなぐ話を書くことを思いついたとき、頭に浮かんだのが、南アルプスのあの河原でした。
それ以来、ギターと朗読の話をずっと書いてきたのですが、3年前にそれを発表する機会を自分で作りました。そして、今回でこれまで作ったものをすべて発表することができました。一仕事終えた気分です。第一期終了というところです。今も次の話を書いていますが、これからは自分の色がさらに濃くなっていくと思います。
今回の「月光は…」は、二重奏と朗読の三人でやったものを一人でやるということで、技術的にかなり厳しいものがありました。コンサート前日まで最後まで弾けるかどうか怪しい状態でした。新しく加えた最後の曲は途中で分からなくなる場面もありましたが、全体として描こうとしたことは伝わったと思います。それに、この日は椎の実のクッキーをたくさん焼いていったのでそれだけでも喜んでもらえたのではないかと思っています。ただ内容としては練習が足りないので、これから2,3年、弾き込んで作品を完成させるつもりです。他の作品ももう一度弾き込んで完成させ、録音したいと思っています。
最後に、コンサートの解説から一部を掲載します。
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この話を最初に書いたのは1998年8月のことでした。二重奏をすることになり、その選曲に当たって、前に積まれた楽譜の山、30cmくらいの高さはあったでしょう。その中から私が選んだのはソルの練習曲の一つ、「月光」という愛称で親しまれている曲でした。理由は単純で、前に弾いたことがあり、練習が楽だろうというそれだけのことでした。
実はこの曲、高校時代から知っていたのですが、一度もいいと思ったことがありませんでした。教則本などでは必ずといっていいほど取り上げられる曲で、いい曲だという話はたくさん聞いていたのですが、私にはそれが不思議でなりませんでした。
この練習曲には別の作曲家が何人もメロディーを被せています。そのうち、二人の作曲家のものを使うことになりました。並べて弾けばおもしろいだろうという単純な発想だったのですが、それだけでは物足りないということでアレンジをさせられる羽目になりました。それで仕方なく曲を書いたのですが、今度は自分で物足りなくなり、曲と曲をつなぐ話を書き出してしまいました。誰かこれを読んでくれる人がいれば…、と話していたところ、朗読する人が見つかった、早く原稿を欲しいということになり、途中までの原稿を渡してしまいました。2週間後、初めて合同練習をすることになったのですが、そのときに朗読者の方から「終り方がどうもおかしい」と言われました。途中までだということがきちんと伝わっていなかったのです。残りの原稿を渡し、その日、初めて通し練習をしました。そして、その次の練習が、本番当日のリハーサルということで、今考えると「かなり甘い取り組み」だったと思うのですが、その割にはスムーズに行きました。
今回は、それを一人でやります。私が、<ギターと朗読>という形の活動を始めるきっかけになった話なので特に大切にしたい作品です。ところが改めて見直しているうちに、前回盛り込めなかった部分を書き加えたくなり、そうしたら長さが倍くらいになって、曲数も増えてしまいました。一応、完成はしたのですが、練習が追いつかず苦しい状況です。最後まで辿り着けるかどうかわかりませんが、チャレンジしてみます。
準備不足で冒険して行き詰まるというのは、子供の頃からの私の行動パターンなのですが、この性格は死ぬまでなおりそうもありません。
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