ほろ酔い日記

 佐佐木幸綱のブログです

味な話2 クラクフのタルタルステーキ

2015年09月11日 | エッセイ
 文化庁文化交流史という役で、三か月ほどヨーロッパに行った。三年ほど前のことである。
各地で日本文化に関する講演をしたり、各国の大学生・大学院生を相手に、短歌という日本の伝統詩についてディスカッションしたり、詩作のワークショップを行ったり……。

 ケルン近郊に庭付きの小さな家を借り、リヨンにウィークリーマンションの部屋を借りて、その二つを拠点に,ポーランド、オランダ、スイス等に足をのばした。
 中で忘れられないのはポーランド。訪れたのはポーランド第二の都市クラクフ。アウシュビッツに近い古い都市である。はじめて訪れた国という事情もあったが、二つのことが印象深かった。

 一つは、国立ヤギェウォ大学(日本人には発音がむつかしい)の日本学科の学生がよくでき、古文まで読めたこと。
日本語がよくできる学生はどこにでもいるが、古文が理解できる学生はなかないない。
 もう一つはクラクフのポーランド料理レストランで食べたタルタルステーキの美味さ。
ヤギェウォ大学日本学科のメイヤ教授に連れていったもらった穴蔵ふうのレストランで、これはぜひとすすめられたのがタルタルステーキだった。

 メイヤ教授によれば、ポーランドのタルタルステーキは、タタール人から直接に伝授された本格派だという。
七百年も昔、十三世紀にタタール人の国・モンゴルが、ポーランドに侵攻してきた。そのときにタルタルステーキも入ってきた。それほど歴史と由緒あるタルタルステーキなんだそうである。
 「ただしタタール人は馬肉を食っていた。ポー-ランド人は馬を大切にしていたので食うにしのびず、牛を食うことにしたんです」

 そんな講釈を聞きながら、大いにワインを飲んだ。
 クラクフのレストランでは、肉の周りに、みじん切りのタマネギ、ケーパー、ピクルス、ニンニクなどの小山が置かれ、胡椒、塩、オリーブ油が別に運ばれてくる。つまり、自分で混ぜ、自分で味をつけるのであった。

 それ以後、さまざまな都市のタルタルステーキをたべてみた。タルタルステーキと一口に言っても、いろいろな流儀がある。グ
ルメの街・リヨンのレストランでは、ボーイが客の前でスプーンとフォークをあやつって大きな銀器の中で混ぜ合わせるパフォーマンスをやって、おもむろに小生の皿に盛り上げてくれた。                                        2015年5月 「読売新聞」日曜版


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