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萩桐紀

萩原氏、桐生氏、両氏を中心とした甘島(ましま)という国の歴史絵巻。

人観彼思 その二

2009年10月20日 | 『萩桐紀』本編
 理能(まさとう)が文の入った箱を開けると、まことに均整のとれたしかし覇気のない筆跡で短く、「昨夜は兄が失礼をいたしまして申し訳ございません。つきましては、午後にお詫びを申し上げに伺いたく存じます」との文章。五位蔵人の桐生延安(きりおいの のぶやす)からであった。  「これは、珍しいな。これから一番年若い五位蔵人がこちらに来るそうだ」  ぼんやりと水浴びする子ども達を眺めていた桜子(おうし)は、理 . . . 本文を読む

人観彼思(人を観て彼の人を思う) その一

2009年10月17日 | 『萩桐紀』本編
 理能(まさとう)の休暇、六日目。  休暇のほとんどを、この東三条(とうのさんじょう)邸で過ごしている。朝も、昼も、夜も。  桜子(おうし)のもとに通うようになって五年経つが、未だに、ここが我が家だと実感したことがない。このご時世、夫が妻の家にいりびたるのは夫の扶持が少ないとか、妻に親兄弟が居ないとか、成り行きでころがりこんだとか、そういうあまり芳しくない理由の者だ。逆に妻を自分の邸に迎えるのは、 . . . 本文を読む

妻娶才長 その三

2009年09月19日 | 『萩桐紀』本編
 夏夜の虫の声が前栽のまだ葉だけが青々としている萩の植え込みから染み出るようである。理能(まさとう)と洋泉(ようぜい)が廂で月明かりに照らされた前栽を眺めながら飲み始めて間もなく、女房が先触れにやってきた。  「理能様、ただいま潤連(みつら)中将様がおみえになります」  理能と洋泉は顔を見合わせた。  「わかりました、すぐに座を設えて、潤連殿をお通しするように」  理能にそう言われた女房は足音を立 . . . 本文を読む

妻娶才長 その二

2009年09月15日 | 『萩桐紀』本編
 萩原(はぎはら)一族の総領、左大臣・萩原公展(はぎはらのきみのぶ)の“花の萩原家”は、長らく宮家と縁戚を結んできた。公展(きみのぶ)の今は亡き正妻は蓮花の宮蓮子(はすはなのみや れんし)。公展の母は女四の宮と呼ばれていた公子(きんし)。  祖母も、曾祖母も宮家の出であった。次男や三男が婿に行った先、あるいは花の萩原家の姫君達の婿の多くは月の萩原や、縁の深い紀家である。ただ、どういうわけか花の萩原 . . . 本文を読む

妻娶才長 その一

2009年09月12日 | 『萩桐紀』本編
 休日五日目。  日中は三つ子の小い姫に、御伽草子などを読んできかせる理能(まさとう)だったが、まだ三歳の三つ子が暑い中でじっと話など聞いているはずもない。十分と経たないうちに、一の姫は這ってきて草子を持つ両手の下をくぐり、しっかり父の膝という特等席に座った。これはまずいな、と理能は思ったが、おとなしい二の姫が、ひんやりしている日陰の床に座ってきちんと理能の読み聞かせを聞いているようだったから途中 . . . 本文を読む

賜暇過楽(休暇を賜り過ごす楽しみ) その四

2009年08月10日 | 『萩桐紀』本編
 休日四日目。この日は一段と暑くなった。東三条(とうさんじょう)邸の理能(まさとう)一家が暮らす東の町の暁の対には、薄い布一枚を巻いただけのような格好の小さい三人の姫達の笑い声が響いていた。廂に大きな盥を用意してそこに水を張り、小い姫達は盥に入って水遊びをしている。部屋の中から理能と桜子(おうし)は水しぶきをあげる姫達を眺めていた。  「午後に少し涼しくなったら、久々に二人でこっそり抜け出さないか . . . 本文を読む

賜暇過楽(休暇を賜り過ごす楽しみ) その三

2009年07月26日 | 『萩桐紀』本編
 休日三日目。朝の早いうちから風の対の家人は、客人を迎える準備に忙しかった。公展(きみのぶ)と東風の方(あいのかた)も万端整えて、姉と妹、そして義理の姪を迎えようとしていた。義理の姪にあたる御息所もいらっしゃるというので風の対では失礼と、寝殿に迎えることになった。  昨晩遅くまで稽古した東三条邸の三姉妹は少々寝不足顔で、寝殿に集まった。今日は夜の宴ではない。女人方にとって、雨の季節が終り久々に陽の . . . 本文を読む

賜暇過楽(休暇を賜り過ごす楽しみ) その二

2009年07月15日 | 『萩桐紀』本編
 理能(まさとう)が、公展(きみのぶ)から呼び出されたのは釣りを楽しんできた後だった。もちろん、この日の夜は桜子(おうし)と三人の小い姫のいる東三条邸で過ごす予定ではあったから、遅かれ早かれ向こうの邸(やしき)に向かうつもりではいた。夕方、天白邸(あましろてい)の自室戻って着替えなどしていたら、珍しく俊見(としみ)が公展から届いた文を持ってきた。  「今夜、まずは風の対に出向くようにとのご伝言も」 . . . 本文を読む

賜暇過楽(休暇を賜り過ごす楽しみ) その一

2009年07月11日 | 『萩桐紀』本編
 理能(まさとう)が一週間も出仕しないのは実に珍しい。前に半月休んだことが一度あったが、それ以来の長期欠勤だ。以前は桜子(おうし)のお産の時だ。三つ子のお産はそれはもう難産で、まる二日かかった。理能は東三条邸でその間、寝ずに待った。桜子が苦しんでいる様子が廂にいてもわかり、だからといって何もできず、真話に出てくる萩の甘露といわれる霊験あらたかな山中の湧水を汲みに行かせて桜子に持っていくことで、なん . . . 本文を読む

痣射噂的 その三

2009年06月20日 | 『萩桐紀』本編
 公展(きみのぶ)は小い姫を膝に乗せて、姫の頭をなでている。その様子がなぜだか理能(まさとう)に、外つ国の伝承劇の美猴王(びこうおう)を思い起こさせた。きらびやかな衣装に機敏な動きで魅了する妖術を使う猴の王様だ。  ――いくら華麗で逞しいといってもサルの王様では、あまりにも失礼か…な? と、ぼんやり思っていると、公展がちらりと一瞬理能を鋭く見た。  「そなた、陶星(とうせい)を呼ぶということ、女子 . . . 本文を読む