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萩桐紀

萩原氏、桐生氏、両氏を中心とした甘島(ましま)という国の歴史絵巻。

広寒迷宮 その二

2010年02月28日 | 『萩桐紀』本編
 夕陽が落ちてその名残だけが空の隅を赤黒くしている。夕闇の庭に広がる池には、灯りを乗せた無人の小舟が数隻、揺蕩ている。灯りを浮かべた池の端に、欠けた月が映っている。池の周りの低い木々はきれいに手入れされており、夏の虫の声がしきりに聞こえている。都のはずれに流れる川を背に、この大きな邸は静かに建っている。虫の音に耳が慣れると、かすかに川のせせらぎも聞こえてくるだろう。都随一の大きな邸と言えば、宮城を . . . 本文を読む

広寒迷宮 その一

2010年02月25日 | 『萩桐紀』本編
 夕暮れ時、校書殿の端にある蔵人所は、夏の強い西日が一番奥の書庫へ通じる戸口のあたりまで射しこんでいる。まだまだ暑い空気が漂ってはいるが、紀雅道(きの まさみち)も藤原只寿(ふじわらの ただいき)もそして桐生延安(きりおいの のぶやす)もすでにおらず、理能(まさとう)はどことなく孤涼感もありながら、一人、文机の上を片付けていた。  一昨日、延安が東三条(とうのさんじょう)邸の理能を訪ねて来た時、携 . . . 本文を読む

三思三様 その四

2010年01月20日 | 『萩桐紀』本編
 「楸子(しゅうし)姫の有力な婿候補は、あと誰がいるかな? まぁ、この私を置いて、の話だけど」  と、潤連(みつら)は二人の顔を交互に見て、答えを待っている。  「桐生家にはたくさんおられるのでは?」  理能が洋泉にそう言うと、洋泉は目の玉を上にして考え始めた。  「まぁ、若手出世頭といえば、延安。それから、藤重判官、もしかしたら右衛門だってよいかもしれない。かえって楸子姫を得て出世の道が開かれる . . . 本文を読む

三思三様 その三

2010年01月15日 | 『萩桐紀』本編
 理能(まさとう)と洋泉(ようぜい)が書庫を出ようと思い椅子から立ち上がった時、書庫の戸がどんどんと叩かれた。  「頭の中将(とうのちゅうじょう)殿、頭の弁(とうのべん)殿、陽中将(あきらのちゅうじょう)殿が見えました」  と只寿(ただいき)の声が聞こえた。  洋泉が慌てて戸をあけると、むすっとした顔で潤連(みつら)が立っている。  「ちょっと、聞いてくれるかい、洋泉殿…」  潤連は、そう言うと洋 . . . 本文を読む

三思三様 その二

2010年01月13日 | 『萩桐紀』本編
 「近衛の中将、いかがした」 と、帝がおっとりとした口調で潤連(みつら)に問う。  「い、いいえ、何も」  「ほほう、解かりやすいのう。そちも楸子(しゅうし)姫を所望しているのか」  「あ、いいや、そのう…」  潤連が決まりわるそうにうつむくと、寿楽帝(じゅらくてい)が高い声でお笑いになった。つられて洋泉(ようぜい)も肩を震わせ笑いをこらえていたが、理能(まさとう)は驚きのあまり笑うどころではなく . . . 本文を読む

三思三様 その一

2010年01月10日 | 『萩桐紀』本編
 寿樂帝(じゅらくてい)が三人を呼び出したのは、言うまでもなく人来鳥(ひとくどり)の件である。春からこの方全く進展していないのだ。それに、理能(まさとう)に心境の変化でもあったのだろうか、あの仕事真面目な男が一週間も休んでいた。もしかしたらその休みの間に事態が動いたのではと淡い期待もあるのだが。  朝、六位蔵人の盛先(もりさき)が、御朝餉運んでくるのだが、その時に、蔵人の頭(くろうどのとう)二人と . . . 本文を読む

髪洗心梳(髪を洗い、心を梳る) その三

2009年11月05日 | 『萩桐紀』本編
 夕べの風の対での酒の宴は、終わってみれば夏のゆるゆるとした空気のように気持ちも解けてゆったりできた。  理能(まさとう)と桜子(おうし)は一緒に風の対を退出し、暁の対へと帰ってきた。理能が心配したように桜子は落ちこんで泣くようなことはなかった。理能は、どうやら桜子が、自らそれを心に納めておけるか試しているようであったから、あえてそのことで桜子に言葉をかけることはしなかった。    そして今日。理 . . . 本文を読む

髪洗心梳(髪を洗い、心を梳る) その二

2009年11月02日 | 『萩桐紀』本編
 初夏の朝遅く、相変わらず理能(まさとう)の髪を梳る桜子(おうし)だった。  「夕べは久々にあちらの対でゆっくりお義父上(ちちうえ)と呑んでお話が伺えて良かったよ」  と、理能が言うと、桜子は理能の顔を覗きこんで、笑った」  「そう? 楽しかった?」  「た、楽しい…っていうか」  「楽しくはなかったのね」  「いや、楽しかった」  ――まぁ、最後は明るく和やかに終わったから楽しかったというべきか . . . 本文を読む

髪洗心梳(髪を洗い、心を梳る) その一

2009年10月30日 | 『萩桐紀』本編
 休暇七日目。理能(まさとう)は、桜子(おうし)を起こさぬようそっと御帳台から出てきた。が、幾条かの明かりが射してきているだけで周りは暗い。そうだ夕べは桜子がよく昼寝に使う塗籠に設えた御帳台で寝たのだったなどと思いながら、御帳台に散らかっている小袖を引っ張り出して着直した。塗籠だと日が昇っても暗いから、朝もゆっくりしていられるし、日が射さないだけ涼しい。御帳台も全て巻き上げて、几帳も脇へおいている . . . 本文を読む

人観彼思 その三

2009年10月26日 | 『萩桐紀』本編
 東三条(とうのさんじょう)邸の暁の対に、理能(まさとう)を訪ねてきた延安(のぶやす)が、頼まれて持参した盛先(もりさき)の文には長々と、先日の陶星(とうせい)の件の詫びが綴られていた。延安は、理能が文を読んでいるのを、じっと待っている。盛先が理能に文を、しかも自分に頼むというのはきっと先日の星歌会(せいかのえ)のことに違いないと思っている。思えばあの翌日から、理能はずっと休んでいる。あの星歌会で . . . 本文を読む