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『侠』おとこの旅

堅気と極道の狭間を生きる武士<もののふ>なり

第一章木漏れ日の中3

2008年12月19日 00時35分47秒 | Weblog
その後、塚本修翠は、本間格障害で、懲役3年の実刑判決を受けた。野田晶秋は本間格障害で、懲役2年の実刑判決を受けた。相川辰巳は本間格障害で、懲役2年の実刑判決を受けた。龍二は、本間の障害及び入院により、札幌の愚連隊を全員呼び出し今回の事件で北海道全体の抗争を抑えるため行動を控える様通達するのだった。龍二は、札幌市の2軒続き長屋の借家に引っ越した。それから、龍二は、東京浅草のの彫師・通称:彫り吉を呼び、背中に刺青を彫った。背中全体に龍の刺青で、昇り竜、刺青は別名我慢と言われる代物で、大の男が歯を食いしばるくらい痛い代物である。
その頃、塚本修翠は同じ的屋家業の水野四郎と合っていた、
塚本は、『本間をこのまま野放しにしていたら、北海道の家業人も黙っては居ない、殺すしかない』と言い出すのだが、水野は『待て兄弟、俺に預けてくれ』
そう言ってこの喧嘩水野の預かりとなり、水野は関東の大組織稲川会系三井組に話を持っていった。
その頃龍二は、山本武にまな板と出刃包丁を用意させ自分のエンコを飛ばした。
その指を持ち三井組へ向かうのだった。」
三井組の玄関先で『お頼の申します』
玄関先に現れた若い衆は」、仁義を切ることを知らず、あっけにとられていると、
奥座敷から恰幅にいの良い男が現れ、『そちらさんからお控えなすって」』
龍二は『それでは挨拶になりません、そちらさんからお控えなすって』
男は『それでは逆意とはなりますが控えさせていただきます』
龍二は『早速のお控えありがとうございます、軒下三寸借り受けましての仁義失礼さんにござんす、前に広がる大平原、背で泣いてる流氷の
オホーツク、合いはさまれましたる石狩のど真ん中札幌です渡世上縁持ちましたる親分無しの子分無し姓名の儀いちいち校正に発しますは姓を伊藤名を龍二、人呼んで北海の龍と発します、本日は兄弟分本間の代理で参りました』
龍二は懐から自分のエンコを出し『収めてください』
三井組の若い衆は、血に染まったタオルを組長に渡すと組長は『死に指に歯せんぞ』と言って手打ちの段取りをしてくれるのだった。
その後龍二は賭場に出入りをしていた、小樽の博徒関東両国屋小原三代目秋川総長の賭場に居た、
賭場の三下に挨拶すると、
隆二は案内されるまま、空いている座布団に座り、駒<金>を用意し、胴元の掛け声に合わせ駒を張っていく。  『はい!どっちも、どっちも、先、先無いか?先はい!駒そろいました!勝負!・・・・・先ニゾウ、後オイチョ、後と出ました。後の勝ち』。しかし、賭場の雰囲気は一人のチンピラによって一変してしまった。チンピラは、『まて!・・・・イカサマじゃないだろうな!掛けた所が全部外れてるじゃねぇーか!』そう言って38口径のリボルバーを懐からとりだした。胴元の両国屋は黙っていない、賭場荒らしである、その場で殺されても文句は言えない。隆二は静かにしろ!イタズラ<博打場>の場所に飛び道具を持ち込むとは、いい度胸してる。両国屋さん、この馬鹿私に預けちゃぁくんねぇかい。そう言って、チンピラに・・・・付いて来い、そう言って表に連れ出すのだった。チンピラは隆二の背中越し向けて拳銃を構えていた。隆二は『おい!・チンピラ背中から弾くやつは、犬ちくしょうよりも劣る、ここで弾いて俺をとってもお前は一生涯卑怯者と呼ばれるだろう、チャカを下ろせ!』隆二は懐から財布を出しそのまま渡すのだった。もう、馬鹿なまねをするな、命がいくつあってもたらねぇぞ!そう言って、歩き出す。チンピラは、・・・・親分さんはどちらの???隆二は馬鹿に名乗るほどの名前はもっていねェー、そして俺は親分でも無ければ、組長でもない、ただの遊び人だ!チンピラはあっけに取られてしまった。何処かの大親分??と思っていた隆二が、ただの愚連隊だったとは。しかし、チンピラは黙って後をついていくことに決めたのか?隆二の後ろを付いて歩いていた。 隆二はおい!付いてきたっていいことないぞ!チンピラ!、
親分!俺を舎弟にしてください!

※この小説は、『フィクション』 です。 実在の場所を使用していますが 登場人物、団体は、全て架空の ものです。 ☆この小説の著者は「わたし」 です。 著作権は「わたし」にあり ます。 ☆使用している画像は、各々に 作られた方がおられます。 本来ならば、二次使用のご挨拶 をさせていただくべきですが この場を借りましてご挨拶と 代えさせて

第一章木漏れ日の中2

2008年12月16日 23時09分49秒 | Weblog
龍二は思い出したように、ポツリ、ポツリと話出した。
本間が揉めた的屋は塚本の若い衆だった。
本間は、ススキノのダンスホール「ゴールデンゲート」前で、源清田長江一家・塚本修翠(後の長江一家四代目)の舎弟・富岡淳と口論から喧嘩となった。本間は、ドスと拳銃を、富岡淳に突きつけ、ドスで富岡淳の顔を斬り、重傷を負わせた。塚本修翠の知人が、「ゴールデンゲート」の中にいた塚本修翠に、富岡淳が本間に斬られたことを告げた。塚本修翠が「ゴールデンゲート」を出ると、本間がいた。塚本修翠は、本間に、翌日1対1で話し合うことを約束させた。翌日、本間は、話し合いに来た塚本修翠に拳銃を突きつけ、富岡淳の断指を要求した。塚本修翠は、本間の要求を拒否した。本間は、ドスで塚本修翠の胸を刺した。塚本修翠は軽傷だった。その直後、塚本修翠の舎弟分・山浦安男は、札幌市狸小路7丁目のパチンコ店で、本間の舎弟2人から前後に拳銃を突きつけられ、連行されそうになった。山浦安男は、前の男の拳銃を弾き飛ばし、そのまま走って逃げた。山浦安男は知人宅に逃げ込むと、知人宅に預けていた日本刀を持ち出して、本間の舎弟2人を探し回った。それから、塚本修翠や山浦安男ら長江一家30人ほどが、ススキノの寿司屋「吉野」に集まった。ここで、塚本修翠は、集まった長江一家の者に対して、本間と戦争することを宣言した。翌日、塚本修翠は、塚本の兄貴分・萩原敬士(後の源清田萩原初代)に本間と戦争することを報告した。萩原敬士は、塚本修翠に、小高龍湖を話し合うことを勧めた。塚本修翠は、萩原敬士の提案を受け入れた。このとき、小高龍湖は、東京にいて、札幌には不在だった。塚本修翠は、本間との全面戦争を決断した。翌朝、山浦安男は、S&W45口径を持参して、銭函の海上までボートで漕ぎ出し、海上で射撃練習を行った。
それから、塚本修翠は、襲撃隊を、塚本修翠、松本武男(通称:般若の松)、山浦安男をそれぞれリーダーとする3班に分けた。それぞれの班が手分けをして本間を探した。各班は、本間を見つけ次第、殺害することになっていた。
山浦安男率いる班が、札幌市中央区南七条西5丁目で、数人が入り乱れて喧嘩をしているのを発見した。山浦安男の班は、日本刀を抜いて、喧嘩の現場に突入した。すぐに、松本武男の班も現場に到着した。しかし、喧嘩をしていたのは、本間のグループではなかった。
本間は、舎弟分・山本学を連れて、自宅である小料理屋「華」を出た。同日午後3時前に、本間と山本学は、札幌市中央区南四条西2丁目のビリアード場「錦」に入った。長江一家は、本間がビリアード場「錦」にいることを突き止めた。長江一家は、4班に分かれて、ビリアード場「錦」を取り囲んだ。「錦」の向かいの映画館前には、宮岡淳、山浦安男、森川正治、神山ら10人ほどの班が待機した。森川正治が、山浦安男から、S&W45口径の拳銃を借りた。宮岡淳、山浦安男、森川正治、神山らは関の孫六や備前長船などを持って、ビリアード場「錦」に入った。宮岡淳が、本間に、外に出るように云った。本間は、コルト22口径を、宮岡淳たちに突きつけて、宮岡淳たちや飯山定義とともに外に出た。このとき、本間のコルトには銃弾が入っていなかった。神山が、本間の隙をついて、備前長船の峰で、本間の肩を打った。山浦安男の舎弟が、飯山定義の顔に硫酸をかけた。山浦安男と宮岡淳が日本刀で、飯山定義の左手を斬った。本間は、駅前通りの角の薬局まで、駆けて逃げ、コルトに銃弾を詰め込んだ。それから、本間は、南五条西4丁目のジャンジャン横丁まで逃げた。山浦安男、宮岡淳、森川正治の3人が本間を追った。森川正治が、ジャンジャン横丁入り口の酒房「ジュエル」前で、本間をS&W45口径の拳銃で狙撃した。本間は、腹部貫通の銃弾を受けた。本間も、コルト22口径で森川正治を撃った。本間は、右足貫通の銃弾を受けた。山浦安男と宮岡淳は、止めを刺そうと、本間に近づいた。本間は、コルト22口径を持ったまま立ち上がり、銃口を山浦安男と宮岡淳に向けたまま後ずさりした。山浦安男と宮岡淳と森川正治の3人は、逃走した。本間は、札幌市の保全病院に収容された。
龍二は、岩見沢・志文町の貸元・古峯謹治の賭場にいた。龍二は、本間の舎弟からの電話で、本間が長江一家に襲われて、保全病院に入院したことを知った。龍二は、バイクで保全病院に駆けつけた。




第一章木漏れ日の中

2008年12月03日 22時51分27秒 | Weblog
一体俺はどこに流れて行くのか、一日釣りをして、自宅へ帰る、そんな一日を過ごしているある日東京から俺を訪ねてきた山田と言う男『北海の龍さんですか?』誰だお前?『山田と言います東京でxx月刊誌の編集をしてる者です』それが俺に何の用だ!『実は伝説の侠と言う企画で回想録を書いていまして、お聞きしたいことがあってお尋ねしたところです』何を聞きたいのかは判らんがそんな本売れね~ぞ『いえいえ、六本木の方からのご紹介もあってわざわざ来ました』そいで、何が聞きたいんだ!『北海の龍さんはいつ頃この世界に足を踏み入れたんですか?』そうだな~18才からお祭りで、的屋の手伝いしたりして、不良してたから18からだけどな~そのころから愚連隊みたいことしてたな、札幌には的屋も博徒も林立していて、一口に愚連隊と言っても一人じゃ~潰されるか、殺される、寄らば大樹の陰じゃないけど、土地土地の親分に可愛がられる男じゃ生きて行けない当時小樽や岩見沢、苫小牧と言った名門博徒の博打場に顔を出してはあそばせてもらったその際土地の親分に仁義を切って挨拶する訳だ!時代が流れる中、仁義を切る愚連隊や極道など居なかった。そんな中、珍しくもあった愚連隊、北海の龍は土地土地の親分に可愛がられてた。そんな折龍二の兄貴分本間 格が的屋の兄いと揉め事を起こしてしまった。この本間 格も又札幌の愚連隊だった。 ※この小説は、『フィクション』 です。 実在の場所を使用していますが 登場人物、団体は、全て架空の ものです。 ☆この小説の著者は「わたし」 です。 著作権は「わたし」にあり ます。 ☆使用している画像は、各々に 作られた方がおられます。 本来ならば、二次使用のご挨拶 をさせていただくべきですが この場を借りましてご挨拶と 代えさせていただきます。