ナチュラルボーンライター

職業:書き手、特技:企画考案…そんな私、夏目幸明がゆるく更新。mixi:ナチヲ twitter:natsumedayo 

講談社新連載

2017-04-26 19:36:11 | 出版人の日常
今日「遊んでるバス」に乗った。「都01」、渋谷を発つと、六本木を経由して、赤坂か新橋に至る。行き先がわかれるのがなんとも味があってよい。

講談社さんサイトでの新連載、コンテンツは様々あれど「サイト内で夏目サンの記事が一番読まれてるわよ」と連絡をいただきテンションUP。編集担当さん、素敵なナイスミドル系女性なのだけれど、周囲に話を聞くと「あの方から鍛えられました(ビシッ!)」といった若手が何人も。彼女も渋谷六本木新橋と歳を重ねてきたのかな。

とりあえず動画みて下さい。動画。
http://c.kodansha.net/futureview/peach/01pa_01.php

マイナビ連載でました

2017-04-08 18:38:45 | 出版人の日常
マイナビの連載「夏目幸明の"スッキリする"カイシャの話 (6) なぜLINEはちょくちょくアップデートするのか」です。

http://s.news.mynavi.jp/series/company_story/006/

結構いいこと書けた自信あり笑。よければご一読ください。

雑感

2017-03-20 13:45:37 | まったくもって個人的な話
毎年、3月20日になると、実家のかーちゃん、ねーちゃん、とーちゃんに電話をする。子どもの頃、誕生日は「お祝いしてもらう日」だった。だけどさすがにこの年になれば「有り難がる日」であって、だからこそまずは、産まれてくるときに散々なご苦労をかけたかーちゃん様に電話をする。ただし残念ながら、NTTを使っても光回線を使っても、いまはまだ、あの世への通話は不可能だ。ゆえに今年はかーちゃんとねーちゃんにだけ電話をした。

「産んでくれてありがとね」と言うと、かーちゃんは「この世はどうだん?」と言う。この言葉の選び方が、本当に親子だと思う。すぐ生きるの死ぬの、話が重くなるのだ。私は「悪くないね」と言い、オヤジのことを思い出した。

彼は死ぬ数年前、こう言っていた。

「おらぁ、昔、占い師に見てもらったことがあるだよ。ハタチ過ぎぐらいだったわ。そんときに『わしゃあいつまでいきるだん?』ってきいてみたら、90近くっていうだよ」

ヤツは87歳で死んだ。ようするに“その時”が迫っていた、というわけだ。

「言われた当時は『まだそんなに生きにゃあかんだか』と思ったよ。でも本当に90近くになると、わしゃあ死ぬのがおそがくてしょうがない。もう死なにゃあいかんだか、って思うとおそがいよ……」

年齢を経て、変わるものはある。例えば少しずつだけど腹が立たなくなってくる。とくに最近そうなのだが「まあしょーがない」「自分のせいだで」「怒ってもなんもかわらーせん」とか思うようになった。いや、やっと思えるようになった。あと、知識は増える。自分が「そんなの当たり前だら?」と思っとることをしゃべっても、自分より年下の人んとーが「なるほどお!」と肯首してくれる。

一方で、私は正直、戸惑う。年齢を経ても、あまりに変わり映えしないことが圧倒的に多いのだ。

何か話せば重くなり、それを言葉にしてひねり出す作業が趣味で、こらえ性がないからものが続かず、忘れっぽいから人に迷惑をかける。悪習は絶てず、よい習慣は続かない。恥ずかしながら人に嫌われるのが怖くて、誉められると調子に乗る。かっこいいと思われたくて、でもカッコ悪くて、現実に気付くと“なんとかならないか”と思うあたりも大変に見苦しい。

やらねばならぬことは放置し、やらなくてもいいことは楽しい。概して体に悪いものはうまく、体にいいものはそうでもない。歯医者さんに行けば痛いからやめてくれと言いたくなり、買い物に行けば、いるかいらんかわからん絶妙な線を買うのがまた何とも楽しい。

せっかく年下が増えたのだから、少しどや顔で言わせていただこう。

おっさんになっても(たぶんおばさんも同様だろうが)、あんまり変わりません。皆さん、残念でした。いくつになっても煩悩はくっついてきます。多少は枯れ葉舞う秋の趣きも出せるようになったかと思いますが、それは周囲に求められての演技です。ごめんなさい。変わると言えば、上記の通りで、無理に自分の我を通すのでなく、うまいこと自分の我を通そうとするようになった、くらいなものでしょうか。残念でした。ああ残念でした。

次に、生命への執着も変わりありません。周囲に認められたく、おいしいものが食べたく、まったくもって一切死にたくありません。大変に残念ですが、私の父を見るに、人間死ぬ寸前までそうなようです。残念でした。ああ何とも残念でした。

そういえば、こんな私のために、様々な方がプレゼントをくださいました。そのひとつは、写真をアップするのも情けなくなり中断した、「下」に使用すべき品で、これ私、捨てるわけにも行かず大変に困っています。放っておいてください。漏らしません。20代の学生の皆さん、40代って大人に見えるでしょ? 残念、こんなものを贈りあって喜んでいる程度です。勉強になりますね。

ただし、感謝はできるようになったと思います。感謝。ありきたりきわまりないのだけれど、やっぱり生命には宗教的な魅惑があり、それを享受していることに対し、感謝の念が湧いてきます。

春夏秋冬は厳かで、毎日の食事は、人が自然から離れられぬことを教えてくれ、よそさまはいつも私の師であり、私の鏡。自分の小ささを思い知らされたら、落ち込んだり、「そんなことない!」と思うのでなく、「ああ私は小さいのだ」と思わなければ前に進めない。情けない思いをしたときこそ、笑っていなければ次に進めない。そんな「人の道」のようなものをひとつひとつ知っていこうとして、それでも大した人になれない、その過程は、いろいろあるけど大変に魅惑的なのです。

だから僕は、かーちゃんに「ありがとね」と言った。するとこうかえってきた。

「3月19日は日曜日でね、ちょうど大河ドラマみとったころにおなかが痛くなってきてねぇ。あんたが産まれてきたのは3月20日になってすぐだったやあ。いつまで腹が痛いだやあとおもっとっただけど、夜中の12時過ぎくらいには産まれてきてくれてねぇ……」

じみじみ「ディテールまで覚えていてくれてかーちゃんありがとう」と思った。

“生ある間は死なし。死至れば、既に我なし。又、何をかおそれん”。そう、生きてる間は死んでなくて、死んだらもう我はいない。今年も悪いけど、イメージ通りの大人になどならず、フォーフォーとハイテンションに生きていくつもりです。皆さん、そんな恥ずかしく情けない45歳を生暖かく見守っていただければ幸いです。

さらに、私自身もテレビに出ます

2014-05-09 19:35:01 | 文章と取材の技術
さらにさらにですね。5/12(月)18時55分から、テレビに出させてもらいます。愛知県、岐阜県、三重県がエリアの名古屋テレビさんです。夕方のニュースのあと放送中の「哲人の告白」。静岡でも見れます。こちらは静岡朝日テレビで、5/24(土)の17時25分〜です。

http://www.nagoyatv.com/tetsujin/

おお、もう私の顔写真がホームページにアップされとる!すみません、数年前に撮影した奇跡の一枚的なかっこいい写真です。

さあ、録画録画w再び具合が微妙なかーちゃんに、いい母の日がプレゼントできた。豊橋のみんな、見とくれんねー!

TOKIOさんが私の記事で盛り上がってくれるらしい

2014-05-09 19:26:14 | 文章と取材の技術
私が書いた記事が、5/10土の朝、テレビ朝日さんで紹介されることになりました。

――震災対策・インフラを結ぶ「絆」――という記事です。
http://shuchi.php.co.jp/article/1881?

紹介される番組は、テレビ朝日さんの「ニュースなぜ太郎」。石原良純さんと、TOKIOの城島さんが、私の記事をネタに話を弾ませてくれるそうです。ちなみに朝6~8時放送なんですが、そのなかの何時かはわかりません。さあ、録画録画。

http://www.tv-asahi.co.jp/nazetaro/
TOKIO大好き。ミーハー的な意味でうれしいです。

サラリーマン川柳について

2014-02-20 18:41:58 | 文章と取材の技術
サラリーマン川柳の時期になると、少し楽しみで、少し憂鬱だ。
「課長いる?」 返ったこたえは 「いりません!」
「宝くじ 当たれば辞める」が 合言葉

私はユーモアが好きだ。そして、無関係のよそさまに意見を言うのは、余裕がない証拠だとも思っているが、就活の先生としてはまったく余裕がないので発言はしたい。第一生命さま、どうかほっこり部門も作っていただけませんか?

川柳はユーモアを含み、ユーモアの中には自虐もある。だから、会社や夫婦や上司に対するぐちも多くなる。でも、これを読んだ就活生は思うだろう。「あー働きたくねえ」。

しかし、会社ってそんなのばかりじゃないですよね。

私が新卒のとき、怖い先輩がいた。正直、毎日めんたまが飛び出るくらいしかられていて(当然、それに値することをしていた)、会社に行くのが憂鬱だった。でもある日、私が「これ、朝までに仕上げとけよ」と言われ、マックの前に座っていると、なぜか一度帰ったはずの先輩が、カチャカチャ音をさせて戻ってくる。「がんばれよ」という捨て台詞とともに置かれたのは、リポビタンDの6本? 12本? のセットだった。新人時代はみんな同じかもしれないが、誰かに認められたくて仕方なかった。ボクはうれしかった。やるぞ! と思った。

正直に言うと、部長も怖かった。電話がかかってくると内線で回すわけだが、新人ゆえか、うまく部長の席にまわってくれない。ボクがあたふたしていると、部長は電話をガンガン叩きながらこっちをにらんでいる。やばいところに来たなぁ、と思った。

しかし、私が退職するときだ。

私は副部長から見捨てられていたこともあって、自他共に退職も致し方なし、という状態でもあった。だから泣くなど絶対に嫌だと思って、サラッとした気持ちで送別会の会場に行った。しかし、部長がこんなことを言った。「コイツは実は土日を使ってOB訪問の学生を何十人も面倒を見ていた」「コイツは、こんなことをしていた。こんなこともしていた。コイツも俺も言わなかったけど、ちゃんと見てたよ。だから次の世界でもがんばれ」。

恥ずかしながら、泣けて泣けて仕方なかった。

私は何をやっていたのか。こんなに多くの方に様々教えていただいて、ご恩返しもせずに退職するのか。思えば部長は、いつも言葉は多くなかったけど、寸鉄でもって人の心の動きを変える方だった。まさに広告マンなのだろう。

仕事は、やっぱり苦しいときがある。

新人はなおさらだ。役に立てない場合も多い。ある日「交通広告を出す」と言われても、代理店のくせに、クライアントの方より知識がない。これじゃ、代理店に頼む意味はない。何もわかってなくて、役に立てなくて、苦しかった。

だからこそか、先輩の優しさが胸にしみた。

ボクが年賀状を書いた。お得意様にお送りするのに、会社名に御中でなく様をつけるような、基本的ミスをしていた。なんと、書いた100枚以上の年賀状が全部使えない。

入社後、春以来の日々。先輩は心配してくださっていた。

私は、ようやく来た長い休み、ということで、もう最終日の出社を終え、退社していた。

その先輩は、年末の日に、残業して、私の代わりにすべての年賀状を書き直してくださった。そして、年明け、先輩は何もおっしゃらず「年末は楽しめたか?」と聞いてくれ、私の凡ミスについての顛末を聞かせてくれたのは、ほかの先輩からだった。

私に川柳をつくる才能はない。

でも、どうか、働く喜び。人の温かさ。そんなものも川柳に入っているといいな、などと思いつつ……

今日します 明日しますと もう師走

こういうのを読んで「あーわかるわかるこの感じw」とか思いながら、毎年、サラリーマン川柳を楽しみにしている。

http://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/

小林カツ代先生が亡くなった

2014-01-28 22:43:35 | 文章と取材の技術
じつは私、小林さんのお店でバイトをしていた時期があった。

飲み会の時、私が意外と慣れた手つきでフライパンをあおるのをご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれない。フライパンのあおり方は高田馬場のハンバーグ屋の店長に教わったもの。これを改良してくれたのが、カツ代さんだった。「あなた、フライパン(の位置)が高いわよ。熱が逃げちゃってもったいないでしょ?」とのことで、まだ学生だった私は、この細かいこだわりが彼女をしてプロたらしめているのだと感じた。

このとき、カツ代さんは私の手を取って教えてくださったことを覚えている。

その手は、もう冷たいのだ。

ありがとうございます、そしてお疲れ様でした。ちいさなことですが、私は今も、フライパンをすごく下の方であおっています。いつか、他の人にも伝えます。それが生命をつなぐことかとも思うので。やすらかに。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140128-00000099-spnannex-ent

無神経な記事

2014-01-27 05:25:40 | 文章と取材の技術
マルハニチロHDの事件、報道で細かく気になることがあった。容疑者は「埼玉県内のバイク店には約3年前から通っていた」そうで、以下は新聞記事の抜粋。

“複数回、15万円程度で改造を重ねたという。支払いは現金で一括払いだったため、店長は「裕福な人かと思っていたので、契約社員と聞き驚いた」”

これって、契約社員の方に失礼じゃないかな。

言ったバイク屋の人も、書いた記者も、たぶん、正社員の方なんだろう。だがこの記者の方、同じ文脈で「裕福な人かと思っていたので、新聞記者と聞き驚いた」とか書けるのだろうか。

別に記者を責めたいわけでなく、文章というのは、こういう無神経さを内包するのだろうか。

「妊娠した女性が重い荷物を持っていた。体が大変なのではないかと思った」

としよう。無神経な文章とは思えないが、ボディビルダーの女性がご妊娠~という場合、彼女は「妊婦がか弱いという固定概念は捨ててほしいな。でも、そう思う人数はきっと少ないから、うるさいことを言うのもなぁ」と思う可能性がなくはない。

ツッコミの「何言うとんねんボケ」も、記憶障がいの方や、その家族には不愉快かもしれない。だが私はいま「記憶障がいに苦しまれている方」と書こうとした。障がい=苦しみ、というのも固定概念で、障がいを持つ方の中には、「個性」と捉えている方も多いと聞く。

他人さまを傷つけずに文章を書く。当然のことだ。だが、細心の注意を必要とされ、言いたいことが言えない世の中も、なぁ。。。

だけど、上記の記事は無責任だ。この新聞社には、とても実力のある先輩たちがいらっしゃり、中には、私がとても尊敬する人もいる。もし「小さな事務所を自営していると聞いたので~」という文脈だったら、自分、少しイヤかも。

政治家の揚げ足をとる前に、こういった誰が見てもよくない文章を載せてはいけないと思う。

エントリーシートの書き方

2014-01-20 11:18:01 | 文章と取材の技術
エントリーシートですべてを説明しようと思うと、文字量が多くなる。エントリーシートは「自分の目次」。面接官に向け「こんな話題で盛り上がりましょう!」と提案する紙。だから「サッカー部で快足ウイングバックとして活躍し、努力の方法を知る。毎日折れず練習を続けるコツは「自分を信じること」にあり」みたいなぶんをつらねていけb

帰還

2014-01-04 08:33:36 | 文章と取材の技術

私には妙な趣味がある。夜明けや夕暮れをボーっと眺めるのが好きなのだ。だから絵画もルネマグリットが好きで、自動車も派手で恐縮なオープンカーに乗っている。

今朝は3時半に実家を出た。写真は備え付けの車載カメラが安全運転中に記録した一枚。私はこれを夜走り(よばしり)と呼んでいる。真夜中から明け方にかけ透明になっていく空を眺めながら走るのだ。

ただし恐ろしきは冬の寒さである。そもそも駐車場で、車が冷蔵庫から出したてのアイスのように凍っているではないか。私は絶対に屋根を閉めてたまるかと思った。燃費が悪く壊れやすい車の唯一のとりえが屋根を開けられることなのだ。おバカは働きどころ次第で素晴らしい創造力を発揮する。寒さに負け、アイデンティティを崩してなるものかと思ったが、新東名沼津であっさり折れた。寒すぎる、手がかじかむ。じっと冷蔵庫に閉じこもって扇風機にあたっているようなものだ。そして屋根を閉めたら夜が明けはじめた。透明な空色に紅色の雲がかかる。思えば、夜明けは人類最大の天体ショーだ。毎日のことだから意識しないが、巨大な水素のカタマリである太陽が自分自身の重力でギュウギュウつぶれ、核融合が起き、質量欠損した分のエネルギーが光になる。光は大気で屈折し、地上を絶妙な赤色に染める。

変なことが好きだなぁと自分でも思うのだが、おかげで渋滞にはまることはほぼない。そして世の中の多くの人はきっと私同様にどこか変で、いわゆる就職活動の自己分析などというものも自分がどう変かを突き止め、それをどう実利に変えていくかを考える作業でもあるだろう。というわけで東京到着。約4時間の旅。今日から仕事に復帰。さあがんばっていくぞ。

記事のタイトルを入力してください(必須)

2014-01-03 01:18:07 | 文章と取材の技術
今日は友人たちと酒を飲んだ。なんと、小学生のときによく遊び、それ以来になっていた友人たちだ。思ったことは「変わってない」。とにかく変わってない。顔も、感情の流れ方も、笑うツボも。顔を見た瞬間、パッとよみがえる。思い出すなどという生易しいものではない。校舎や、あの頃のわけのわからない笑いや怒りや、中二病未満の夢が、目の前にパッと現れる。

何かを共有している、それってすばらしいことだ。実は心理学上も、たとえば「オレ中日ファン」「オレも!」となった瞬間に「この人はいい人なのではないか」と思うのだそうだ。だから、初対面のかたとは天気の話をするのがよいらしい。私は晴れ、いいや私は雨だ、ということはあまりない。共有しているものを分かち合う、それが人の本性として、幸せなのだろう。

そして我々悪ガキ仲間は、とっくに過ぎ去った時間や、それぞれの恥ずかしいことを共有していた。

思い出すと恥ずかしさでうめきたくなるような何かを、酒を飲みながら話す。これ以上に面白いことがまたとあろうか。

共有。

じつはこれ、重要なテーマだったりする。

就職活動や経済の本質って「共有」なんだと思う。

学生さんによく話すのは「職業があるから文明がある」ということ。

たとえば私はiPhoneを使い、電車に乗るが、iPhoneをつくることはできない。電車を動かすこともできない。

じゃあ、どんな人がつくっているのか。「上手な人」だ。きっとiPhoneをつくった人たちは、電子機器をつくらせれば非常に上手な人たちであるに違いない。だから僕はiPhoneをつくらなくてよい、電車も同じで、僕が動かさなくてもよい。得意な人に任せればよいのだ。一方私も、自分が得意なことで、かつ、みなさまのお役に立てることに没頭すればよい。餅は餅屋。その成果をお互いが分かち合うのが一番良いのだ。

ようするに、人はもたれ合って生きている。難しく言えば、そのもたれあいを「経済」という。全部一人でやろうと思ったら、私は東京から豊橋まで歩いて帰らなきゃいけないし、服もなく、ごはんもない。世界が滅亡して自分だけ生き残ってしまったかのような世の中になる。でも、僕の周りにはiphoneをつくってくれる人や電車を動かしてくださる方がいる。なんてすばらしい世界なんでしょう。

一方、就活の学生さんは、自分が何をした時に活きる人間なのかを想像し、面接や企業説明会やOB/OG訪問で、自分が本当に目指す職に向いているかを確かめておくと、素晴らしい経済人になれるはず。これを難しく言えば(難しい言葉は嫌いですが)「自己分析」とか「企業分析」とでもなるのだろう。

さらに言えば、人殺しが犯罪なのは、自分の一部を殺しているからだ。善行は、他人を自分の一部とみなしたときに生まれる、とも信じる。

ようするに、こういうことが言いたい。

2014年も、人類が平和で繁栄し、私の周りのみんなが幸せであれかし。

また返していないメールがたまってしまいました。仕事しまくって、飲みまくってました、大変恐縮です。今日は眠いので明日お返事申し上げます。おやすみなさい。

大阪でセミナー開催中

2013-12-02 12:53:10 | 文章と取材の技術


今日は大阪でセミナーの講師をつとめる。たこ焼き食べていざ出撃である。学生はん、お役に立たせていただきまっせ(エセ関西弁)

私の飲み会で新商品誕生

2013-11-27 08:33:18 | 文章と取材の技術
私がちょくちょく開催している飲み会から、新商品が生まれました。「合格だるま豆乳湯とうふ」。あの「ザクとうふ」の相模屋食料×旺文社のコラボ。
相模屋食料の社長さんと、旺文社のヒットメーカーが、私の飲み会に来てくださったんですね。
しかも、下のサイトで引用されているPHP研究所の記事、ふらっとリンクを踏んだら、自分が書いたものだったw
あらためて、すごい人たちに来てもらっていたんだなぁ、と実感。

http://togetter.com/li/595244

11月のババア祭り

2013-11-23 14:08:42 | 文章と取材の技術
昨日、京都出張のついでに実家・豊橋に寄り、ババア祭りを開催した。

仕事を終え、いろいろ寄り道して孤独のグルメなどを楽しみ、終電で豊橋に帰ったわけだが、なんと、名古屋方面から豊橋に着く最後の電車はは1時を超えた時間に豊橋に着く。
ここから、徒歩15分ほどの実家へ向かう。そして、門を開けたあたりでふと思い出した。私は、家に入れるのだろうか?

うちの母は、目が悪い。悪くして以来、少し病的なまでに心配性になり、前回は家の扉という扉に鍵をかけ、古いけど広いわが実家をダンジョンにしてしまっていた。鍵を探さなくては、自分の部屋にたどり着けない。ドラクエである。

鍵を取り出す。あける。

扉は開かない。

やっぱりである。これはもう強制突破するしかないかとも思ったが、中のオヤジが起きていればなんとかなるかもしれないとオヤジの部屋の前に行き、近所迷惑にならないように、オヤジ―オヤジ―おれだよおれだよーと言いながらガラス窓を叩くと、数分後に「おお、ユキアキか」となってオヤジがひょこひょこ玄関の方に向かう音がした。中でつっかえ棒を外す音がして、私が窓を開けた。その瞬間、大音響でサイレンが鳴り響き隣の田中さん向かいの中島さんよ起きるなら今だと言わんばかりの勢いでポーポーポー家宅侵入ですポーポーポー家宅侵入ですと抜かす。いい加減にしてくれと思って、音源に目をやればセコムの報知器が鳴っている。消そうと思っても、暗証番号を入れてくれと表示され、やかましいそんなの知るかと母の誕生日などを入れるが、その間ずっとサイレンはポーポーと鳴りっぱなしで、最後に、さすがに田中さんや中島さんだけでなく、この勢いでは山崎さんにまで迷惑がかかると思い、あーあーあーあーあーと慌てふためいていると父が

「お前はあわてると頭に血がのぼるでかんよ(いけないよ)」と言う。

もっともだと思ってセコム豊橋支店に電話してみると、なんと人がいた。消し方を聞こうと思ったが、そういえばと思い「警備員の方が向っていたりしますか?」というと「急行しております」という。「捕まえないでください」という単語を口にしたのは生まれてはじめてであった。いろいろ聞かれ、納得してもらったものか、私は捕まらずにすむことになり、ポーポーも消せた。疲れた。即座に寝た。

そして今朝である。セコムの営業さんがきてくれた。

ババアと私と、営業さんで話した。ババアは、セコムがあると安心なんだそうだ。私は、ボタン一つで隊員さんや救急車が呼べるという点にいたく感心し、そんな便利なサービスがあることを知らず、いざとなったら電話一本で駆けつけねばと思っていたから非常に助かった。さすが飯田さんの会社だ。月に5000円で、しかもババアの気が休まることを考えれば安い選択だ。

安心した。だからババアを放り込むようにしてタクシーに乗せ、また回転寿司を食べに行くことにした。

ババアはエビが好きである。エビ関連のメニューを端から端まで頼んでエビ攻撃にあわせると、ババアはここのエビはスシローに比べるとこうでくら寿司に比べるとこうでと評論をする。グルメを気取っているのかもしれないが、いかんせん比較対象が庶民的である。そしてこんな話をする。
「あんたに回転すしを教えてもらってから、よく行くだに。この前もスシローに行ってきただよ。でも回転すしは頼み方がわからんもんでねぇ」

なるほどババアにタッチパネルは厳しかろう。関係ないが、昔、ババアにパソコンを買ってやったとき、私が使い方を教えやった。そのとき「マウスでここをカチッとやって」と画面を指したら、ババアはマウスを持ちあげ、おずおずとマウスでカチンと画面を叩きやがった。物理攻撃を加えやがったのだ。
いずれにせよ。その次の一言が衝撃だった。
「だもんで、わたしゃ、エビが出てくるまで待っとるだに」

ババアいわく、大好きな近所のジイサマ(私の父ではない)と一緒に寿司に行き、2人で、気が長いことに、好きなエビが出てくるまで待っているというのだ。
「この前は、せっかくエビがでてきたでとったら、向かいの若い子に「そりゃ私のです」ってゆわれたもんだい、だれのだって決まっとるだねと思って、こりゃ困ったねと思ってねえ」
カーちゃん、それは あ ん た が 悪 い 。

「店員さん呼べばいいのに」
「呼べるだか?」
「呼べるよ」

一時期、かなり悪くなったババアの病気。病気は気持ちまで蝕むのか、ずいぶん顔色も悪かった。だが、このまったく予期できないことをやってくれるあたり、気持ちもすっかり回復したとみていいだろう。

中トロを頼み、もう腹いっぱいだと言うババアの口に押し込むようにして食わせた。ささやかながら、昨晩の復讐である。

で、ババアと、ババアが大好きな近所のジイサマ(繰り返すが父ではない)の話をした。次第に話は昔の恋愛の方へ行き、ババアはなんと、ニタニタしながら「じつはわたしゃーねぇ、いろんな男の人にねらわれとっただよ」と抜かした。2、3発殴ってやろうかと思った。

「よっぽど結婚しようかと思った人もおっただけど…」。やばい。私がピンチである。「おばあちゃん(母の母)に、あの人はやめときんと勝手に断りの電話を入れられちゃって」。ひどい話だが、ばーちゃんナイス!

もし、ババアがほかの人と結婚していたら、私など、この世に痕跡すらとどめていないはずだ。そう考えると、光がまぶしい。

「でもまあねぇ」

母も、いろいろ思うところがあるのだろう。

最後に、ジジイにも分け前をくれてやろうと、ヤツが好きな助六寿司を持って帰ったら、ユキアキ帰る前に一言ある。おまえはあわてふためくとすぐ頭に血がのぼるでいかんと、昨日の再放送が始まった。そして、電車に乗り遅れ、現在に至る。

出張中!

2013-11-22 18:48:12 | 文章と取材の技術
思いっきり自慢ですが、最近、ドラマにもなった「働きマン」に登場する方と仕事をさせてもらっている。

豪胆社の週刊JIDAIとは、当然、講談社の週刊現代。その方は話していると元気になる綺麗な方で、今日は取材の話で笑い転げさせてもらった。

やっぱり、仕事って楽しい。

じつはあのマンガには夏目センセーも登場するんですよ。締め切りを外すキャラ。私は多分関係ないのですが、2007年当時も私は連載をしていたので、名前は参考にしていただけた?などとも。

さあ、私は締め切りを守らねば。がんばるよ。

http://www.amazon.co.jp/働きマン-モーニングKC-999-安野-モヨコ/dp/4063289990