
昨晩は仕事のことで興奮していたのか寝られず、ただ目をつむってベッドに横になっていた。
今朝5時頃、やはり寝付けないので、コンピューターに向かい、インターネットにアクセスし、ポータルサイトをネットサーフィンしていると、東北地方で地震が起きたというニュースを目にした。
震度7!?大地震である。
両親が住む茨城県南部も震度6弱と表示されていた。
急に心配になり、いつものようにスカイプで日本の実家に電話をかける。つながらない。2回目はつながったが、「おかけになった地域はただいま混雑しています」とかの音声アナウンスが入り、つながらない。
さらに心配になり、3回目にチャレンジすると、やっとつながり懐かしい父親の声が聞こえてきた。
良かった。無事だったようだ。
父親は、家の本棚の本がドアがついているのに、中にあった本のほとんど全部が部屋中に散乱した、今でも震度2・3の揺れが2・3分おきに続き、気分が悪いと言う。
でも、命に別条はない。まずは、安心だ。
9時に職場に出勤すると、マスコミからこの地震の件に関する問い合わせの電話が殺到した。上司は公式にテレビのインタビューに答えていた。
そして、僕も日本で地震の被害があった地域に肉親を持つ日本人ということでテレビのインタビューを受けた。RBSというブラジル最大のテレビ局GLOBO系列のテレビ局である。
また、SBTというテレビ局のリオグランデドスル州の部署からもテレビ出演を依頼され、12時のお昼のニュースで声だけの出演で生放送に出演した。1分ほどの出演で、早口で話さなければならないので、もしかしたらどうでもいいことを口走ったかもしれない。
こちらの朝5時に初めてニュースを見た時点では、犠牲者の数はまったく公表されていなかった。しかし、現在このブログを書いている時点で死者133人、行方不明者は530人、負傷者は722人。これからどんどんその数が増えて行くかと予想する。
本当に嘆かわしい現実である。
16年前の阪神大震災の時もそうであった。当時大学生だった僕は、日本時間の朝方に地震で起きた。神戸で起きた地震なのに、茨城でも地震を感じたのである。
第1報では、死者数や負傷者数は不明。一体何が起きているかさえ分からなかった。まだ携帯電話もインターネットも普及していない時代のことである。PHSはあったと思うが、つながらず、唯一の通信手段はラジオであった。
そして、時間とともに増える犠牲者の数。心がいたたまれなくなった。
阪神大震災が起きたのは朝方。しかし、今回の地震が起きたのは日中であることから、ガスの火からの火災などの2次災害が心配である。また、阪神大震災と違って津波によって起きた2次災害、さらには原子力発電所の放射能漏れなど、心配要因が多い。
16年前は多くのボランティアが日本各地から集結し、神戸の復興に尽力した。今回は前回の経験を生かして、最低の内閣支持率を示している管内閣に迅速な対応・救出作業を通じて犠牲者の増加の抑制に尽力してほしい。
地球の反対側のブラジルにいる僕が言うのも無責任ではあるが、今は日本国民が一致団結して乗り切るしかない。
また、今回の大地震でお亡くなりになった方、そのご親戚・ご友人の方には心よりお悔やみ申し上げたい。
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