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a breath

何でもアリ、だから私。

VIVA SOUL3 屋台のチヂミ

2009-08-31 23:01:25 | 思い出




これね~~

本当~~~~に美味しかったの!

明洞からちょっと外れたところにある屋台で、
チヂミはキムチとニラとあって、もちろんオデンもトッポッキも
スンデもあったし、焼き菓子?みたいなおまんじゅうを平べったく焼いた
みたいなのもあった。

右奥に写ってるチヂミのタレがこれまたいいっ!!
あまりにも美味しくってビシャビシャになるくらい付けて食べたよww

オデンのスープもしっかりおかわりしちゃいました♪

ちゃんとした?レストラン的なところに行って宮廷料理もいいけど
こういう行き当たりばったり的なご飯もソウルならでは。

美味しいし安いし、いろんなものがある。

これは外れだったな~ってものは今回はひとつもなし!

ホテルの近くの地元の人しかいないような食堂にチャレンジしたんだけど、
そこのオモニは韓国語ONLYで、お客さん達も全然分からなかった。
ものすごくおいしそうだったんだけど、意思の疎通が全く出来なかったので、
諦めて店を出たのね。そこだけは残念だった。
片言の英語と韓国語でなんとかなると思ってたのになー。

でもね、その後に入ったお店では店員の若いお姉ちゃんがとっても素敵だったよ。
おかずもいっぱい出してくれたし、(もちおかわり☆)私達のつたない付け焼刃の
韓国語にも嫌な顔ひとつせず笑顔で対応してくれたの。

そこではチャジャンミョンとキンパッをいただきました。
友達が箸を落として代わりの箸を持ってきてもらった時に
カムサハムニダ って言うつもりで口から出てきた言葉は
アンニョンハセヨ~ だったんだけど、めっちゃ笑顔で
チョンマネヨ~ って言ってくれたし( ̄m ̄〃)

辛いのが平気な私でもこのチャジャンミョンは辛かった~
とは言え許容範囲。もちろん汗かきながらも完食。
友達は異常なほどの汗をかきながら、付いてきたスープをおかわりして
麺を付け麺みたいにして食べてた。

お姉ちゃんも何度も大丈夫?って心配してくれてた。

次回はもっといろんなもの食べまくるぞーーー!!




VIVA SOUL

2009-08-11 01:08:10 | 思い出

SOULへは今年の2月頭に行って来た。

計画性はゼロ。

某旅行会社の初売りフェアのチラシをお正月に見て、限定○名様とかいう
お年玉価格のプランが出てたので友達に電話をかけて
「行っちゃう?行っちゃおうっか?」
的ノリで受付日に携帯3台と家電からかけた。

回線がパンク寸前だったのだろう、繋がっては切れ、を数回繰り返したとこで
1台の携帯が運良く繋がった。

行こうか~~と話してから行く事になるまで1日とかからなかったよ。

すんげー強運というか行き当たりばったりというか・・・

それから友達と共にそれぞれ有休申請とかしての準備。
思い立ったら即行動!さすがワタシ( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ

ソウルは仙台から直行便が出てて、フライトも2時間足らず。
時差もないし、気軽に行ける海外。

それまではソウルにそんな興味って実はなかった。

でも行ってみたら最高に楽しかった!!
何でもっと早くに来なかったんだろうって思ったね。

ちょうど円高で行った時で100円=1500ウォン以上だったから、しっかりと
その恩恵を受けてきたよん。

ちょっとした小金持ち気分♪にわかセレブってーの?( ̄m ̄〃)

だってね、たった2泊3日なのに一番デカイサイズのスーツケース持ってったもん。
ま、これには後日談があるので後ほど。

食べ物も美味しくって日本から予約してた全身エステ&マッサージ&フェイシャルもた~~っぷり3時間半受けてきた。

まさに買い物天国で免税店なんて日本人だらけ!!
ここは日本か?って錯覚しちゃうね、あれは。
やけにそんな光景見てたら興醒めしちゃって、買い漁る程欲しいのがなかった事もありワタシはCHANELの長財布のみGET。
ちょうど財布の小銭入れが壊れてしまい小銭がボタボタ落ちて来てどうにもこうにも不便だったので丁度いいタイミングだったのだ。

でね、ソウルの写真でも。。。と思ったら撮ってきたのは屋台でチヂミ食べてるとこと飛行機の窓からの景色だけだった!

写真撮るよりアグレッシブに動き回った私達。
おばちゃんパワーの底力見たり、だわ。

そうそう、アシアナのCAさんでものすご~~~~くイケメンの男の人がいたの!!
この旅一番のHITだったわぁ~♪♪

何回も間違えて呼び出しボタン押しちゃったんだけど(わざとじゃないよ)、
その度爽やかな笑顔で来てくれてさ~~

恋に落ちるかと思ったわ。←残念ながら左薬指に指輪があったけどね

もちろん機内食も噂通りおいしくいただきました。
しっかりビールもおかわりしちゃったし。


その2へ

酒豪時代

2008-03-10 22:32:15 | 思い出

昨夜は「サザエでございまぁ~~す」のナレーションと共に
友達の家へ行くため家を出た。

いや~女3人寄れば何とやら・・・
とはよく言うが2人でも充分に昔話に花を咲かせた。

とにかく昔は飲んでいた。
浴びるほど飲むとはあ~いうのを言うんだろうな、ってくらい( ̄m ̄〃)ぷぷっ!
泊まりに行けばおはようのビールから始まり夜まで飲みっぱなしの時もあった。
一人二本ずつ日本酒をラッパ飲みとかしてたし(笑)
行きつけの店では5、6時間でボトル3本入れてってのを一週間くらい続けた事もある。
それでも次の日は仕事に行っていた。

もちろんお酒での失敗談は数知れず。
コヤツと一番付き合いが深く、お互いがお互いの事を一番良く知ってる仲。
ゆえに昨夜はお酒での失敗談で大盛り上がり♪

だいたいはどっちかがヤバそうだともう片方は同じペースで飲んでても
酔わない。あ~コイツを送り届けなきゃ、って思うと自然と酔えないのだ。
なので二人で飲んでて二人揃って潰れたことはない。

普通に飲みに行ったはずがいつしかSHOT GUN大会?に変わってて
更に炭酸で割るのが面倒だ!とストレートになり。。。
生ライムと塩を片手にテキーラを3本空けた事も。
この時は翌日に全く残らなかった。

で、調子に乗ってスピリタス(96度)、ロンリコ、レモンハート(共に75.5度)
といったお酒というより危険物のチャンポンだった時はさすがに
お店のトイレから記憶がない。
なんでもその時トイレに入れないと他のお客から言われた店員は
まるでツアーのように他の階のお店にトイレを借りにお客達を引率していったらしい。
私は記憶がないが、この友人によると店員がトイレの上部の隙間から入って
鍵を開けたんだって。
あられもない姿でリバースしたものにまみれて寝てたのかと思いきや
便器のふたを閉めてそこを枕に超爆睡してたんだと。
衣服の乱れもリバース物もなくトイレに寝に行ったの?と言われる始末。
トイレからは店員二人に運び出されて、そのままタクシー行きだったと。

あ~そう言えば誘われてカクテル飲みに連れてってもらって
一人で28杯飲んだ事もあったなぁ~
相手の男性は私よりも先にお潰れになりましたわ♪
女はみんながみんなモスコとかフィズ系の甘いけど実はキク~っていう類の
ばっかり飲むと思ってたら大間違い!
私はギムレットとかブルドックとか名前からして可愛くなくて辛い系が好き♪
誘うなら私より強くなってからね~~
な~んて言ったくらいにして(≧m≦)ぷっ!

今、昔のように飲んだら速攻死ぬ。
350mlのビール1缶で二日酔いになってしまった私。
今ではたま~~に飲むお気に入りの梅酒があれば満足☆

体がついて行きませ~~ん。




懺悔

2006-10-04 01:08:02 | 思い出

お互い恋人がいました。
もちろんその恋人も私達の仲間。
毎日のように顔を合わせ、バカやって遊んでた。

ふとした事からお互いがお互いの事を気になりだして・・・

気のせい、そんなことない。
溢れる思いを押し殺して何事もないように、誰にも気付かれないように悟られないように平静を装っていた。

最低じゃん。
友達の彼氏なのにこんなに想い焦がれるなんて。
そんな女は最低だと思っていた。
だから自分はそんな事ないと思っていた。。。
なのにその最低な女に私はなっていた。

仲間内でお互いの彼氏・彼女には手を出さない。
そんな当たり前のルールを破るようなヤツはいなかった。
私、何やってんの?
そう思う気持ちと裏腹に彼への想いは強まる一方だった。

みんなといても隣にいる彼氏じゃなく視線を重ねるのは彼。
みんなから見えないように手を繋いでいたのも彼。
バイクの後ろに乗るのも彼女でもなく彼氏のバイクでもなく私。

彼は彼氏にはないものを持っていた。
だから魅かれたんだと思う。
そんなの言い訳にしかならないけど。

みんなでいったキャンプ。
彼女はこれなかった。
その夜、彼氏・彼女関係ないテントで偶然?必然?
同じテントだった。
もちろん彼氏も一緒。

私が彼氏と彼の間で寝る事になった。
何も知らない彼氏には申し訳なかったけど
その夜彼の力強い腕に引き寄せられ初めて唇を合わせた。。。

今まで押さえてたいろんな想いが一気に溢れ出して来て
涙が出てきたのを忘れない。
何度も何度もお互いの想いを確かめ合うように唇を重ねた。

だけど彼氏、彼女に対する罪悪感は拭い切れない私達は
一線を越えることはなかった。
その後も人目をはばかり逢瀬を重ねたが最後の一線だけは最後まで越える事はなかったし出来なかった。

彼が不慮の事故で短い人生を終えるまで・・・

顔が変わってしまうくらいの大事故。
病院に訪ね、病室の前まで行っても中に入る事は出来なかった。
仲間達が代わる代わる面会していたけど、
どうしても中に入る事が出来なかった。
彼女は泣き崩れ、その肩を私が抱く。
そんな資格ないのに、、、ごめんね。
でもそんな貴女をほっておけなかった。

私達の願いも虚しく、神様には届かなかった。
彼は眠るように、静かに、そっと旅立って行った。
『さよなら』も言わずに・・・

お通夜、葬儀の時も私だけは彼の顔を見なかった。
最後のお別れなんだから、と言われても頑なに拒んだ。

『最後』って何?

彼の最後の顔は彼であって彼の顔ではなかったと聞いた。
私にとっての彼はそんな彼ではない。
まして一生目に焼き付けておきたいのはあの優しい瞳、唇、
一緒に笑い合ったあの時のあの頃のままの姿。
最後のお別れに彼を見てしまったら、
きっとこの先もその彼が最後の彼として焼き付いてしまう、
そう思ったから。
だから今でも私の中の彼はあの時のあの頃の彼のまま。
ずっとずっとあの時のままで止っている。

彼女が号泣する隣で、その肩を抱く私は涙を流さなかった。
私の中で彼は生きている。
この指にも唇にも髪の毛にも彼の感触が残っているのだから。
みんなが涙を流していても泣かない、泣けない、泣くもんか!

そして彼女への罪悪感。
彼氏への罪悪感。
彼がいなくなり、私一人がその罪を背負った。
当然の報いかも知れない。
それだけの事を私と彼はしてきたのだから。。。

やりきれない思いからか私はその後拒食症のようになり
固形物だろうと水分だろうと口にすると吐いてしまい、
わずか10日程で45kgだった体重が37kgまで減った。

何も手に付かなくなり、ただぼ~~っとする事が多くなり、
彼の事ばかり思い出しては涙が止らなくなる状態が続いた。
フラフラしてこの時期は自分がどうだったかよく覚えていない。

彼との事は誰にも言っていない。
当然言えるはずもない。
私一人がずっと心の奥底に秘めていた。

彼氏と彼女には本当に申し訳ない事をしたと思っている。
だけど自分の気持ちに嘘は付けなかった。
きっと彼も同じ気持ちでいたと思う。
そして私達はズルかったんだと。。。
何も失わず、誰も傷付けず自分達の思いが正しいと感情のままに突っ走っていた。
あまりにも若くて回りの事など見えてなかったんだと思う。

今こうして書こうと思ったのは彼が旅立ってから
かれこれ20年になろうとしている。
当時の彼氏、彼女もそれぞれの家庭を築き、幸せに暮らしている。
面と向かっては言える事じゃないけど私の中ではずーっと燻っていた。



そしてさっき、彼の写真が出てきた。
大切な箱の中に納めたフォトスタンドの中から彼は
何か私に言いたげに微笑んでいた。

一緒に彼の形見も出てきた。
初めて彼とKissをした時に彼が着ていた思い出の洋服。
最近、彼の夢も見ていた。
あの頃のままの彼があの頃の私と笑いながらバイクに乗っていた。

これもひとつの節目、区切りなのではないか、と。
きっと彼が溜め込んでいた誰にも言えないこの想いを
吐き出して楽になりな、と言ってくれてるようで。。。

彼の笑顔を見つめていたらこみ上げて来る涙を止められなくなりました。
思い出というにはあまりにも辛すぎる。
でもきっと乗り越えられたんだ、そう思って。


今度の休みには彼のお墓参りに行って来よう。。。
彼がそう望んでいるような気がして。




※Deepな話ですが、これも私の一部です。
 何でもアリの私のblogらしく書きました。



足が3本事件

2006-09-16 12:04:34 | 思い出

その日は朝から雨だった。

週末、学校で使っていたものを持ち帰るので私は両手にたくさんの荷物を持っていた。
幸か不幸か下校時には降っていた雨も上がり、手には役目を果たさない傘が
ただの荷物のひとつとして握られていた。

友達数人と途中まで一緒に帰り、私が一番その中では遠かったので
みんなと別れた後一人で歩いていた。

家まで200m余り。
あの信号を越えれば我家だ。
荷物は重い。
もう少しだ、頑張れ私。

そう思いながら歩きを早めた。
視線の先には私が渡ろうとする信号が間もなく青に。
気持ちは走っていた。
でも私の足は追いつかなかった。

普通に考えればありえない事なのだが、
ふと自分の足元を見ると私の足が2本。
それに細い足が1本。
あれ?あれれ??

そう、視線を落とした先には足が3本あったのだ。
正確には私の足と手に持っていた傘だ。

一瞬、自分がどう歩いていたのか?
どうやって右足、左足と交互に歩く当たり前の事が
真っ白になった。・・・ような気がした。(笑)

体と気持ちは急いでいる。
自然と前傾姿勢、急ぎの体制だ。
でも足が追いつかない。
そう、私の足は3本なのだから。

まさに一瞬の出来事。
その傘が私の足の間に入り込み、
どの足をどう出していいのか分からなくなるのと同時に
私は顔面からコケた。

しかも歩道の縁石の上に!
両手が塞がっていたため、とっさに手を出すことも出来ず、
素直に顔面から着地した。

その時でさえ、あれ?私今どの足で歩いた??
などと漠然と思っていたのである(笑)

そして現実に戻った時、その自分の惨状に恥ずかしいやら痛いやら・・・

何事もなかったように立ち上がり、荷物を持ち、あと少しの家路を急いだ。
帰宅した私を見るなり母は大丈夫?と声をかける前に笑い出した。

私の額は筋肉マンさながらに盛り上がっていた。
いわゆるタンコブというヤツである。
その自分の顔を見て母をヒドイ!と思う前に私も痛いのに大笑いしてしまった。

その盛り上がった額に「肉」とマジックで書きたくなったくらいだ。
流血こそなかったが、擦り傷とコブ。
バンソウコウの上からシップを貼った。

しばらくはそこに心臓がビックリして移動してきたかのように
ドクンドクンと脈打つように痛んだ。

何故あの時、自分の足が3本あるかのような錯覚に囚われたのか?
魔が差したとしか思えない小学校の頃の思い出。



こだわりの自動製氷

2006-09-09 03:19:41 | 思い出

電化製品の話をしたので家の思い出深い冷蔵庫のお話でも♪


その時の新機種買ってもすぐ新製品でるから電化製品ってタイミングがホント難しい。
それも車でいうマイナーチェンジ程度なら仕方ないか、って思えてもいきなりモデルチェンジしてくるんだよね~(笑)

現に冷蔵庫の時に経験済みの私。
ちょうど自動製氷が出始めで、冷蔵庫、冷凍庫が2段、野菜室と4ドアが主流になったあの頃ざます。
先のことも考えて少し容量も大きめのものを買った。
家は当時、とにかく居酒屋か?ってくらい飲む人達が集ってた。
来ると分かっている時は数日前から昔ながらの製氷皿で氷を作りためておいたとてあっという間になくなる。ってかみんな焼酎ロック、ブランデーロック、ウイスキーロック、ジンロック、ウォッカロック、、、ジュースもロック(笑)。何にでも氷INだ。そうするとコンビニにいってロックアイスを買ってきていた。
だが今度は当時の冷蔵庫(冷凍庫)は小さかったのでロックアイスの袋を3つも4つも入れておくスペースがなかった。
だからこそ自動製氷に憧れたのだ。
まだまだ冷蔵庫としての役割は充分すぎるほど務められる物だったが
自動製氷機能
ただそれだけが欲しくて買い換えた(笑)
だけど建前は
「子供も大きくなってきたし、O-157(当時流行った)も心配でしょぉ~?あ、そうそうそれにほらぁ~みんな来た時もドサドサと勝手に氷も作ってくれるし、冷凍庫もこんなにおっきいんだよ~。これって家の為に作られたようなもんじゃない?絶対必要!!」
などと抜かしていた。
目論みは成功。そして当時、20万超でお買い上げ。(確か24万程)
しかーし!!
その後自動製氷機能は当たり前のように付いている。
特別なものでもなくなった。
更に氷が溜まるところが別になってたり、水のタンクを冷蔵庫のチルド室脇にではなく埋め込み式?みたいになってたりと進化している。

しかも家と同程度の容量で自動製氷(←こだわりね、コレ)付きで最近のモノを見てると消費電力は少ないわ、いろんな機能は満載だわ、価格は安いわ。。。
10万円を切ってるものまである。(数日前見たものは試しに交渉したら79800円とかって!)
悔やんでも仕方ないのは百も承知だが悔しいものは悔しい。

今ではその自動製氷も壊れてしまい、氷など作られた形跡すら見られない。
メインの冷蔵庫は1階のキッチンにあるので2階の廊下の隅っこでひっそりと
補助冷蔵庫(飲み物、果物、アイスなどなど)として活躍している。

だが、この冷蔵庫。
通常では考えられないが冷蔵庫の扉が落ちたのだ。
前にそんな話を書いたかも知れないが、ホントにホント落ちたのだ。
売り場に並んでる冷蔵庫を開けるとイメージとしてより分かりやすくするために
ペットボトルがいくつも並んでいるプラスチックや紙を見たことはないだろうか?
あれに惑わされてはいけない!
い~や、大抵の人はそんな事はないだろうと思うが(笑)
家はドアポケットに2ℓ、1.5ℓのペットボトルをこれでもか!
と入れていたために扉を支えている分厚い金属の金具が変形し、
そこにハマっていたプラスチックの扉の部分がボッキリ折れた。

誰に話しても冷蔵庫の扉が落ちた事なんてないと言う。

そりゃそうだ。私だってこんな経験はじめてだ。

だけどあの扉が落ちていろんなものが散乱した時、扉が落ちた事よりも
玉子の後処理の方がショックだった記憶が。。。(笑)

そう、まさにこの扉の落ちた冷蔵庫が今も現役なのである。

ちなみに自動製氷で出来た氷がたまるところには保冷材が山のように
大、中、小といろんなサイズがカチンカチンに固まって入ってます(* ̄m ̄)




愛してる

2006-03-31 20:12:56 | 思い出

高校1年の春。

実年齢よりもはるかに年上に見られていた私に
当時24才の友達以上恋人未満の彼が言い続けた言葉。

愛してる

重かったね。

愛されなくてもいいよ、まだ遊んでいたい。

そうとしか思っていなかった。

だって彼氏じゃないし。
私の気持ちは彼に向かっていなかった。
それなのに繰り返される愛してるの言葉。

追いかけられると逃げるもんです、女っちゅーのは(笑)

食事に行けば、
こんなに食べられないよ~
っていうくらいたくさん注文してくれたり、
遊んだ帰りに足がなくなればどんなに遠くてもどんなに遅くても
車かっ飛ばして迎えに来てくれた。

ものすごく大事にしてくれた人だった。
手を握るのにも彼はドキドキして手に汗かいてたりしてた。
もちろん手なんて出してこない。

あ~、あれいいよね
とか
コレ、可愛いよね
なんて何気なく言った私の一言を覚えていて
次に会った時にはプレゼントしてくれるような人だった。

だけど私は15才。
彼は24才。

いくら年上好きな私でもさすがに恋愛対象としては見れなかった。
(注:彼の名誉の為に付け加えますが、決して彼はロリではありません。私が老けていたため、後から私の年齢を知って驚いたそうです)

呪文のように繰り返されるその言葉は
段々と重みを増してきて当時の私には受け止められなかった。
彼の事を好きだと思う気持ちがあったならこれ以上嬉しいことはなかっただろう。



桜の時期になるとその彼の事を思い出す。
一緒に夜桜を見に行った秘密の場所は
暗闇の中で桜のピンク色が浮かび上がってすごく幻想的だった。
あの景色は今でも覚えている。


もう2度と会うことのない人だけど
元気でやっていますか?

あなたのような人に思われる女性はきっと幸せなことと思います。






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下着ネタに乗っかり~

2006-03-23 01:01:29 | 思い出

noriさんの下着ネタに乗っかりと言う話題で(笑)

私は下着を着けるのがイマイチ好きではない。
いや、だからって露出狂ってワケではないので、あしからず。

今は義母がいるのでそうそう前のようにはいかないが、
以前は帰宅するとブラとおパンツはすぐ脱いでしまっていた(笑)
あの開放感♪
・・・キツイ下着を着けてるからじゃないですよ(*≧m≦*)

そして部屋着というかいつものどーでもいーよーなトレーナーやパーカーに着替えるので特に支障はなかった。

高校時代も共学高なのに2年間も女子クラスだったのでノリは女子高。
当然ノーブラで通学でしたわ、私(笑)
何かある時だけブラを着けるか、持って行くか、みたいな( ̄m ̄〃)

noriさんも書いてるように私も自分の筋力でバストアップってすると思うのね。
自分が実践した結果みたいな。。。
いや、実践っていうような立派なもんじゃなくただメンド~だぁ、ってしてなかっただけなんだけどね。
壁|* ̄m ̄)ノ彡☆ププププ!!バンバン!☆

動きによってだけどノーブラだと胸は上下左右に揺れるでしょ?
これって胸の筋肉を鍛えてる事になるんじゃないかな~って。

牛乳も全く飲めない私の胸がここまで大きくなったのにはその高校時代のノーブラが良かったのか?としか思えないし。

ただ、お風呂に入った時はマッサージだけはしてたの。
身体を洗いながら左右の胸の回りを外回り、内回り~と数回ずつ。
そして胸の上の部分も同じくマッサージ。
湯船に浸かりながらお祈りポーズで合わせた手に力を入れて、ってのを数回。

乳のサイズは昔から大きかったので垂れるのがイヤだったから
ノーブラでも胸筋だけは鍛えとこうかな、って。

これくらいなら運動ってほどじゃないし、続ける事が出来た。

さすがに今となっては年齢と共に重力に逆らえない部分が正直出てきた。
だけどペロ~ンと垂れ下がるほど垂れてはいない。
ブラを着けた時とノーブラの時とではトップの位置が違うのは当然の事と割り切っている。
かえって多少の垂れがない方が不自然だ。
○姉妹のようにどんな格好をしても形が変わらないような肉の塊になってしまう。

あ、もちろん私は天然物ですからね!( ̄m ̄〃)

ちなみにノーパン健康法ってのも一時期流行ったような記憶が。。。

高校時代から妊娠するまではず~っと寝る時は素っ裸でしたから、私(笑)
何度も父や母、兄弟達に見られた事かヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆

話はそれるけど、酔っぱらって帰って来てもとりあえず素っ裸になってベッドに倒れ込む私。部屋の戸も開けっぱなしのままなんてしょっちゅう。
夏なんてタオルケット一枚すら掛かってない状態で寝てる事も多々。

父は黙って部屋の戸を閉めてってくれたそうです。。。(笑)
しかも全裸なので母は父に聞かれたそうです。
「何でアイツは素っ裸で寝てんだ?」
と。
母は
「いつもよ、あの子。知らなかったの?酔ってる時だけじゃないのよ。
いつもよ、い・つ・も!」
と答えたそうな・・・。
父は
「見たくないもの目に入るんだ!部屋の戸ぐらい閉めて寝るように言え!」
だって!!
見たくないもの。。。って何じゃい!!

確かにいつも全裸だったけどさ(笑)


ということでノーブラだと形が崩れるって事もないと思う。
大事なのは胸の筋肉を鍛える事がバストアップ、垂れさせない事へ
繋がると思うのであった。






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秘密の写真

2006-03-17 11:33:05 | 思い出

先日の出来事。

帰宅してリビングに行くとなぜかそこには10年ほど前に北海道旅行をした時の
当時流行ったパノラマ写真があった。
そこには元気だった頃のまだ若かりし亡き義父や義母、姪っ子達。
そして可愛い盛りの息子と人生最大値を記録した頃の私の姿があった(笑)

懐かしいね~、若いね~、可愛いね~なんて写真に見入りながら義母と話し込んだ。
息子が持ってきたんだな、と言う事は分かったがさほど深く考えていなかった。

2階に上がり、寝室の脇にあるPCルームへと向かった。

; ̄ロ ̄)!!
あんた、見ちゃったのね。。。
いや、見つけちゃったのね。。。

それもご丁寧にミニアルバムとただまとめていた写真の束との両方も!
しっかりPCデスクの上に置かれていた。

当の息子はさっさと遊びに行ってしまっていた。

一番見られたくない写真達。隠していたのに、何で見つけるかなぁ~

そこにはv( ̄ー ̄)vv( ̄ー ̄)v言わせてた頃の(もう死語だよなぁ)私がいた。
太眉、真っ赤なルージュが流行ったそうあの頃の私だ。
イケイケボディコンルックの私が日めくりカレンダーのようにたくさんいた(笑)
うぅっ。。。
更には声を掛けられ写真撮影に行ったが身長が足りなくて出来なかったけど記念にいただいた某所のレースクイーンのカッコの写真(爆)
まだまだ出てくる~~~
バニーガールの写真もあったよ・・・(>▽<;;
今で言う、ちょっとしたコスプレ写真の数々。

これはヤバイっしょ(笑)

私であって私でない写真の数々。
まさかこんな形で見つかるとは!

ついつい懐かしくって見入っちゃったけどね(*≧m≦*)>プッ

いや~しっかし腹出しルックとかそれはおパンツか?ってくらいのホットパンツ姿とか某地元雑誌に載った時の写真とか見ると若さはちきれんばかりだわ~(笑)
毎日が楽しくて仕方ない!みたいに眩しく見えちゃったりして。

でもどの写真見ても真っ黒( ̄m ̄〃)
腹出しルックの写真で見る腹だけが白かった。

帰宅した息子はニヤニヤしながら
「母ちゃんってさ、昔うさぎの耳とシッポ付けて水着みたいの着てたんだ~」
と義母の前で言いやがった!

まさにダメ出し罰ゲームのようだった。

もちろんその後は絶対に見つからないであろう
インテリアコーディネーターの教材の入った箱にしまい込んだ。
ψ( ̄▽ ̄)ψイヒイヒイヒイヒ
ここなら間違っても開けないだろう。

はい、再封印♪






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突然の告白

2006-03-08 22:35:42 | 思い出

買物に出掛けた先のお店で偶然に同級生(♂)に会った。

かれこれ会うのは15,6年ぶりくらいになる。
声を掛けられるまで全く気付かなかった。

あの頃の私とは風貌もすっかり様変わりしてしまったので
気付いてくれると思っていなかった。

ちょっとだけ嬉しかった。
お互い時間もあったので少し店の外で話した。
もんのすごく強風が吹き付けるので寒かった。。。

あの頃のあの彼が今はどっから見ても中堅サラリーマン(笑)
爽やかさは変わってなかったけどね。
昔話から同級生達の話題、そしてお互いの近況。。。

不思議だね~
何十年経っても昔の話してるとあの頃にタイムスリップする。
そして記憶の断片を紡いでひとつの形になる。

その彼がご馳走してくれた缶コーヒー飲みながらしばし気持ちは
10代のあの頃に戻っていた。

今は結婚したけど子宝になかなか恵まれなくてなかば諦めている事や
奥さんとの価値観のズレがだんだん大きくなっている事を感じ始めているらしい。

そんな相談?を受けながら突然

「俺さ、youの事好きだったんだぜ」

だって。

「あっ、そう。。。」

と言ってからもう一度

「えっ?何々??もう一回」

何て聞き返してしまった(笑)

そんないい言葉、あの頃に聞きたかったよ~~
いや、だからと言ってあの頃に聞いていたとしても付き合ってたかどうかは別問題だけどね。

よく、男が女をくどく時に奥さんと上手くいってても上手くいってないような事を言うじゃない?
まぁ、仮にあったとしても私は乗せられないけどね( ̄m ̄〃)

それに思う事のひとつにそういう男は同じ事を繰り返す!
と思っているのだ。
その彼が、っていうのではなくそういうもんじゃない?

とりあえず私は

「遅かったね~。気持ちは嬉しいけど、今じゃーどうしようもないしね~。」

と答えた。
だって事実だもん。

その彼は笑ってた。

「そー言うと思ってたよ。あの頃は言えなかったからさ、10何年越しの告白だな。おまえ、俺の手に負える女じゃないしな~(笑) でもすっきりしたわ。」

だって。
ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ、手に負えない女ってどーゆー意味じゃ!?

別れ際、携帯の番号を聞かれた。
それは深い意味じゃなく友達として。
でも奥さんの立場からすればただの友達としても旦那の携帯に女の名前があるのは気持ちのいいもんじゃない。
それにスレ違いを感じ始めてるのなら尚更だ。
小石に蹴躓いて大怪我をする事だってあるのだから。

そんな告白を聞いた後だから余計にそう思った。

携帯番号を教えない理由をきちんと説明したら彼はまたもや

「そー言うと思った!やっぱりおまえだ~(笑)」

だってさ。
やっぱりおまえ、って何だよ~~~~!!

「youと付き合いたかったな~。あの頃俺が告っててもし結婚なんてしてたら今の旦那以上に幸せにしてやる自信あるぞ」

なんて言うじゃないの!
でも私はさ~ひねくれてるから「幸せにしてやる」ってーのは素直に喜べないんだな(笑)
それは男のエゴだっちゅーの。
「幸せにしてやる」の「やる」は余計だ。
それに「幸せ」かどうかは自分が感じることであって他人に決められる事ではない。

あぁ、悪いが万が一付き合ったとしても結婚はしてなかったと思うよ(笑)
やっぱり思い出は思い出のままとっておこう。


ちょっと驚いた風の強い午後の出来事。。。






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