なすがままならきゅうりがぱぱで

よし奴と申します。かなりマイペースに更新中♪

姪のこと

2008年03月13日 | むかしばなし
姪は4歳のくせに食器洗剤のことを
「ママレモン」と言います。


姉が出産のためにしばらく実家に
いることとなり、姪は途中入園となるが、
近くの幼稚園に今年から通うようになった。

姉の出産が近づくにつれて運転などを控えるようになり、
私が幼稚園へ送り迎えをするようになった。
ママっぽいことができて、私はほんのちょっと
うれしかった。
姉の入院中は私は姪担当。
朝、送って行ってから、家にもどり、
掃除や洗濯、ごはんの準備などをしていると
すぐにお迎えの時間がやってくる。

ほんとママって大変なんだなー。

姪は母や姉は大人だと思っているようだが、
どうやら私は自分と同等だと思っているらしく、
結構上から目線で話してきたりする。
時々とても小憎らしいので、いたずらしたことを
ママ(姉)に時々チクってやったりして
ケンカになったりもするけれど、
本当にとてもかわいい姪だったりする。

ふたごのこと その2

2008年03月10日 | むかしばなし
姉の体調はとても悪いように思えた。
妊娠がわかってからしばらくは悪阻で大変そうだったし、
おなかが大きくなってからはとても息苦しそうだった。

それでも、おなかの赤ちゃんたちはすくすくと
育っているらしく帝王切開だったが
入院したのは手術の2日前だった。

姉が出産するその前日、4歳の姪が風邪をひいた。
私は姪を家で見ていることになり、
病院には義兄と母が行った。

午後3時すぎ、無事に女の子がふたり産まれた
連絡を受けた。
早く赤ちゃんを見に行きたいと思っていたが、
その1日で姪の風邪がしっかりとうつった。
2日ほど熱を出したあと、熱は下がったけれど
咳が出るため、赤ちゃんに会えず、
初めて対面したのは姉が退院した1週間後となる。

最初に見た赤ちゃんたちは少し小さくて
頼りなげだったので抱っこするのがこわかった。

しかし、今はミルクもあげるしオムツも替える。
とてもすくすくと育っている。


おわり


ドンペリ

2005年12月21日 | むかしばなし
お酒の思い出。

一度だけドンペリを買ったことがあります。

それは高校3年の時。

小説で夜の学校のプールに忍び込み、プールサイドで
シャンパンを飲むという話があって、
高校の思い出にやってみようではないかということになりました。
せっかくならば、シャンパンはドンペリでしょうということに
なって、ドンペリを買いました。
高校生の自分にとっては結構勇気のいるお買い物でした。

さすがに夜のプールに忍び込む勇気はなくて、
友達の家で飲みました。

ドンペリは大人の味でした。

実際はそんなにかっこいいものではありませんでしたが、
今となってはいい思い出です。

その後、ドンペリを飲むことはありませんでした。
今飲んだらどんな味なのでしょう。
いつかドンペリとイチゴを用意して「プリティウーマン」みたいに
飲んでみたいな。

初挑戦したこと

2005年12月20日 | むかしばなし
今年ももう少しで終わりなので、書いてみようかなと思いました。

今年、初挑戦したこと。

「つけまつ毛」

友人の結婚式に出席した時に、どうしてもつけてみたくて、
挑戦してみました。
この年まで、つけまつ毛をつけたことがなかったのです。

とは言っても、自分でつけるのは不安だったので、
髪型とともにメイクも友人の美容師にたのみました。
髪型とメイクは基本的におまかせ。

つけまつ毛をつけたら、さぞ派手な顔になるだろうと思いきや、
意外に目が小さく見えました。
ヘアメイクが終わって美容師が一言・・・。

「よし奴さぁ。戦後に米軍に体売ってる人みたいだよ。」

ヘアメイクを担当した美容師の言うことでしょうか。
まぁ、友人なので仕方ない。

披露宴中は私の隣りに座った友人は30分に1度くらい、
私から「ねぇ。まつ毛ちゃんと付いてる?」と
聞かれるはめになります。
つけまつ毛が取れていないかずっと気になりました。

機会があったらまたつけてみたいと思っています。
披露宴に一緒に出席した友人は、
「私といない時に・・・。」と言っていました。







仮装

2005年11月14日 | むかしばなし
久しぶりに友達のブログを見てみたら、ハロウィンの写真が載っていました。
彼女はアメリカで生活をしています。
ハロウィンも盛大に行われるようです。
彼女はランボーガール(ミリタリー)の格好をしてパーティーに出ていました。

仮装と言えば・・・。
過去に2回ほど仮装パーティーに出たことがあります。
2回とも結婚式の2次会で、仮装での参加が条件となっていました。

1回目の仮装。
やっぱりキレイ系で行かないとねと思い、セーラー服と看護婦さんの格好を
用意しました。
セーラー服を着て鏡を見て撃沈し、看護婦さんの格好で行きました。
セーラー服は見る限界を超えていましたね。

2回目の仮装。
もう、守るものなどなにもないと思い、ハゲヅラにステテコ姿(カトちゃん
ですね。)で行こうと思ったら、友達たちに必死に止められチャイナドレスで
行きました。娼婦のように見えたのである意味仮装は成功しました。

そんな中、私の友達で妊婦の格好をしてきたコがいました。
彼女はもうすぐ予定日なのなんて言いながら、立食パーティーなのにイスに
座らせてもらったりしていましたね。
本物の妊婦だと思ってあまりにまわりの人たちが気を使ってくれていたので
「実は仮装なんです。」って言えなかったようです。
私も今度仮装パーティーがあったら、おなかにタオルをたくさん巻いて
妊婦の格好で出てみようと思います。


メールって便利

2005年11月11日 | むかしばなし
私が高校生だった頃のことです。
2つ年上の彼氏がいました。
彼は同じ高校の先輩で、私が高校1年生の時に付き合いはじめました。

高校卒業後、彼は東京の大学に進学しました。
遠距離恋愛のスタートです。
そういえば、消費税3%が4月から始まるから早く電化製品買わないと
なんて言ってましたね。なつかしいなぁ。

ひとり暮らしの彼の部屋には電話がひかれていませんでした。
もちろん携帯電話などはまだまだ普及していないころです。
さて、どうしていたかと言いますと、文通ですね。
彼からお手紙が届くのです。
もしくは、彼が家の近くの公衆電話から電話をかけてきてくれるのですね。
とても時代を感じます。
私が彼のお家に遊びに行くなんて時は結構ドキドキしていました。
だって急に予定が変更になった場合なんかもこちらから電話はできないし。
手紙も届くのに時間がかかります。
・・・さすがに電報までは考えませんでしたね~。
あ、伝書鳩も思いつきませんでしたよ。

今は携帯電話やメールがあるからそんな思いもしなくていいんですね。
ポケベルがあったとしても数字で会話をするのにも限界がありますしね。
我が家の電話はその時は黒電話でしたから、「#」がなかったですしね。
あの頃、携帯やメールがあればスマートな恋愛ができたのではないでしょうか。

・・・今、携帯持っててもスマートな恋愛してないから関係ないかな?
携帯があるとかないとかの問題ではなく、私自身に問題があるのかしら???


社長と私

2005年10月18日 | むかしばなし
社長に食事に誘われました。
社長は頻繁に食事に連れてってくれます。
でも、いつも終業時間ちょっと過ぎたくらいの時に、

「・・・食事、行こうかぁ。」と急に言います。

が、今日はめずらしく明日の食事を誘われました。

社長との食事といえば、何度か連れてってくださった
ホテルの地下にあるステーキのお店。

初めて連れてってくれた時は社長とふたりでの食事でした。
コースをオーダーしたのですが・・・。
前菜は勝手にセレクトされて来ます。
やってきた前菜は、社長と私のものは別の内容。

お店の人 「半分ずつ(分け合って)お召し上がりください。(ニコッ)」

・・・何か勘違いされてませんか~?
社長と会社のイチ社員なんですけどぉ。愛人じゃないんですけど~。

また別の時。
今度は社長と私ともう一人社員女の子と3人でこのお店に行きました。

お店の人 「お飲みものは何になさいますか?(ニコッ)」
社長    「ボクはこのワインを・・・。」
お店の人 「かしこまりました。・・・奥様は何になさいますか?(ニコッ)」
全員    「・・・。」

奥様って私のこと~???
ってことはもう一人の女の子はなんなんだ。・・・もしかして娘???

当時社長55歳、私29歳、社員の女の子22歳です。
・・・後妻か。








今思えば・・・。

2005年10月13日 | むかしばなし
6月に付き合っていた人と別れました。
6年以上付き合っていましたが、縁がなかったという
ことでしょうか。

ずっと心残りがあって、忘れることができないでいました。
会えなくなるということが受け入れられなかったんですねぇ。

今振り返って見ると、別れたのは結果的によかったのでは
ないかと思えるようになりました。ようやく。

彼と別れてから車で事故を起こしました。
私が街路樹につっこんでいったのですね。
幸い怪我はありませんでしたが、車は廃車になりました。
でも今となっては、父がいるうちに新しい車を選ぶことができたし
よかったのかなと思えます。
彼と付き合ったままだったら、父の病状が悪化しても、
看病よりも彼と会うことを優先していたと思います。
思い残すことはたくさんあるけれども、病院で付き添うことが
できました。

会えなくなることがとてもつらく感じていたことも、
父の死を経験したせいか、元気で生きててくれればそれで
いいやと思えるようになりました。

やむをえない事情があり、二人で別れを決めました。
二人して泣きながらさよならをしましたが、
これでよかったんだなと思います。

物は考えよう・・・、なのですかね。
久しぶりに物事を前向きに考えられた気がします。

左きき

2005年09月21日 | むかしばなし
携帯でメールを打っていて、なんだか使いづらいなぁと思ったら
左手で打っていました。

私はよくおぼえていないのですが、子供のころ左ききでした。
母に厳しく矯正されて今は右ききです。
右ききになって早数十年・・・。
無意識のうちに左手を使っていることがあります。
例えばはさみとか。でも使いづらいんですけどねぇ。

左ききの人を好きだったことがあります。
その時は私も左ききになりたかった。
中学生の時ですからねぇ。考えは安易です。

好きな人と言えば、めがねをかけている人を好きになることが
多いですね。好みなんでしょうか。

めがねかけてる = 頭がいい、勉強ができる
と、思うのですね。勉強ができる人が好きです。
でも、めがねをかけている人が必ずしも勉強ができるわけでは
ないと最近気付きました。

・・・もっと早く気付くべきでしたね。

A4用紙

2005年09月16日 | むかしばなし
うちの会社は時代に逆行して紙を使用することがとても多いです。
連絡もメールではなく、FAXです。
メールアドレスももちろんあるのですが、ほとんど使用していません。

おかげで私のデスクはA4の紙が散乱しています。
仕事をやっつけてもやっつけてもA4の紙は私のデスクからなくなりません。
おかげで、A4の紙が大嫌いになりました。
ちょっと気持ち悪くなるくらい。

私もアナログな人間なので、メールよりは紙に書いて仕事をするほうが
なじんでいるのですが、ここまでくるとさすがにイヤになってきます。

どうにかなんないかなぁ。
もっと寒くなったら、この紙たち使って焚き火でもしようかな。
・・・きっとお芋なんて焼いちゃったらものすごくおいしいんだろうなぁ。

焼き芋と言えば・・・、私の通った高校は近くに川が流れていて、
ロングホームルームの時間に河原でよく焼き芋大会をしました。
焼き芋はホイルにつつんで焚き火につっこむのですが、
お芋は新聞紙につつんでから、ホイルにつつんで焼くと美味しくなるそうです。
よし奴ひと口メモでした。


・・・迷信かなぁ。


私は一体なんの話をしたかったのでしょう。