急ぎ足の自然散策

天気がよくて元気があればきっといい発見がある。

フウトウカズラ

2015-01-31 | 日記
地球はおよそ45億5000万年前に誕生した。そして今後50億年後に消滅する。最初の多細胞生物が生まれたのは地球誕生から40億年後であった。その後現在に至るまでに5回の大量絶滅を経て新生代になりその後半になって人類が誕生している。だいたい1億年ごとに大量絶滅を繰り返してきた地球の次の大量絶滅は、数千年後の氷河期の時であると予想され、その時に人類も絶滅する可能性が高い。人為的な地球温暖化や核戦争による地球上の生態系の変化なども、惑星としての地球に起こる変化に比べれば小さく、氷河期到来を防ぐことはできない。数千年後に来る氷河期を乗り切るすべを人類の英知は果たして得ることが出来るだろうか?

房総半島は結構暖かいのだろう。外房近くの海の見える山には暖地に生える植物も時には見られる。不法投棄されたゴミの山には目を背けたくなるが、そのゴミ捨て場近くに見慣れないツル性植物を発見した。

フウトウカズラ コショウ科

キヅタかな?と思ったが葉の形が全く異なる。今まで見たことない葉だと思ってうれしくなった。木に右肩上りに巻いている太いツル性植物は別のもの(葉がなくて正体は不明だけれど右肩上りであることからアケビかミツバアケビかなあ)。


キヅタのように気根により岩や樹木にへばりついて這い登る。中央上部に見える右肩上がりのツルはこの葉のものではない。アケビかミツバアケビだろう。


汚れた葉の裏。


特徴のある葉脈。


葉を一枚持ち帰ってネット検索してみるとコショウ科フウトウカズラのようだ。

ウィキペディアによれば、フウトウカズラはよく海岸近くの森林に出現する常緑性で蔓性の木本。枝は緑色で、節があってそこから根を下ろす。樹木や岩に這い上がり、枝先は基盤を離れて往々にして垂れる。花は4-5月に咲く。雌雄異株。穂状花序は葉と対生するように出て柄があって垂れ下がる。花と果実も是非見てみたいなあ。

ユリノキとキリ

2015-01-29 | 日記
嫌なニュースが多い。戦争による犠牲はどこまでも人間の憎悪をかき立て野蛮で残酷な行動を引き出していく。人間の本性が高々2000年位で変わるものではないだろうが、人質を取引の道具にして無残に殺害することは何百年も前の戦国時代の武将が敵国兵の首をとって掲げる蛮行にも劣る。とても人間の行為とは思われない。この前時代的な相手に対して知恵と技術をもって打ち負かし、これまで築き上げてきた人間社会のルールを知らしめてやろう。


ユリノキ モクレン科

公園のユリノキ。見上げると果実のあとがたくさんついていた。




果実は翼果が集合した集合果。個々の果実は細長い「へら型」の翼果で風で飛ばされ散布される。




面白い形の果実のあと。


キリ ゴマノハグサ科

ユリノキの横にはキリの大木が昨年の果実と今年の春に咲く花のつぼみをつけている。キリの木は大木なのに種子は驚くほど小さい。数年前にキリの種子を集めてプランターに植えてみたらたくさん発芽したことを覚えている。




これはつぼみ。薄紫のいい香りの花を咲かせることだろう。

クズの顔

2015-01-22 | 日記
パリのテロ、イスラム国による人質事件などイスラムに絡む事件が多い。この前読んだ「ソフィーの世界」の中でインド-ヨーロッパ語族とセム語族の文化圏の違いを説明していた。

インド-ヨーロッパ語族のルーツは四千年ほど前、黒海とカスピ海の辺りに住んでいた人々でヨーロッパ、インドへと移動した。この文化の特徴は多神教で、世界を善と悪の激しいせめぎ合いと見、回帰する歴史観を持つ。歴史は循環するという考え方。東方の二大宗教である仏教とヒンズー教がこのインド-ヨーロッパに起源を持つ。彼らの住む土地に夏と冬を繰り返す四季があったことが関係するのかもしれない。この二宗教では神はすべてのもののうちに存在し、人間は宗教的な洞察によって神と一体化することが出来る。

一方、セム族はもともとアラビア半島に現れ、世界に大きく広がった。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はセムの背景を持ち、これらは一神教で神が歴史に干渉し、歴史は直線的に進み循環しない。

インド-ヨーロッパの人々は「見ること」が重要な意味を持っており神々を絵に描いたり像に作ったりしたが、セムの人々は「聞くこと」が重要で、偶像を禁止する。東方の二大大宗教(仏教とヒンズー教)とは反対に西方三大宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)では神と被造物の間の断絶を強調し、魂が輪廻から救われることではなくて、罪と罰から救われることを目指す。そのために、信仰生活では自分を深めたり瞑想にふけったりすることよりも、祈りと説教と聖典の解釈に重きが置かれている。

ただしキリスト教はインド-ヨーロッパ語族に起源をもつギリシア、ローマの中でで育ったので偶像崇拝している。仏像や観音像をいつも目にしている日本人にとっては、ユダヤ教、イスラム教のように神様の姿がないのは物足りない感じがしてしまう。


クズ マメ科

公園の隅にツル性植物が絡んでいるのを見つけた。右肩上がりで巻きついているからクズに違いない。ユキヤナギも春が待ち遠しくてつぼみを用意している。




ツルをたどって行くと葉痕を発見。クズの葉痕は顔に見えるから面白い。クズは根を用いて食材の葛粉や漢方薬が作られ、万葉の昔から秋の七草の一つに数えられている。真夏の暑い日差しの中で真っ赤に燃える炎のように咲くクズの花にまた会いたいものだなあ。

ムクドリとツグミ

2015-01-21 | 日記
ムクドリ スズメ目ムクドリ科

草むらで鳥が動きまわっている。ムクドリだった。足と嘴が黄色いのが特徴。朝、電線に何十羽もとまっていたり、夕方に大群で飛んでいるのを一年中目にする。昼間は空き地にたくさんのムクドリが降りて地面の上で何やら探して歩き回る。夏になると街路樹に群がって夜はうるさいくらいに鳴くから騒音に近い。




一体何をとって食べているのだろう?草?実?虫?


近づいたら飛んで木の枝にとまった。


ツグミ スズメ目ツグミ科

冬になるとやってくるツグミ。今の季節は野原ならどこにでもいるけれど夏には全く見かけない。


野原で走りまわっている。

アリドオシとツルアリドオシ、そしてヤブコウジ

2015-01-20 | 日記
17日と18日はセンター試験だった。予備校の解説には本年の古典はやさしいようだとコメントされているので試しにやってみたが意外と難しい。以下のような内容。「男君と女君は、人目を忍んで逢う仲であった。やがて、女君は男君の子を身ごもったが、帝に召されて女御となり、男児を出産した。生まれた子は皇子として披露され、女君は秘密を抱えておののきつつも、男君のことを思い続けている。男君は自分と似ている皇子を見ても今更真実を明らかにすることはできないと悩む。女君も帝の寝室に召されるたびに帝の寵愛が大きくなるのを感じ苦しく感じる。そして心の病に伏した男君は女に手紙を出す。。。。」 これは源氏物語の光源氏と藤壺の関係にそっくり。古今東西この手の話は尽きないものだなあ。試験中こんなこと考えている暇はないだろうけれど。


アリドオシ アカネ科 ツルアリドオシ属

山道の大木の下に鋭い刺をもつ常緑小低木があった。


葉は対生し、葉身は1-2cmで卵円形。刺は葉柄とは直角に上下方向に出る。刺は短枝の変化したもの。鋭い刺が手を刺すので十分注意が必要。


これは葉の裏。




赤い果実が実っている。センリョウ、マンリョウに習ってアリドオシの別名はイチリョウ(一両)というらしい。ちなみにヤブコウジの別名は十両、カラタチバナの別名は百両。


ツルアリドオシ アカネ科 ツルアリドオシ属

林床に小さな赤い果実を見つけた。はじめはヤブコウジかなと思ったが、茎は地面を這っている。しかも果実は先端に2個の萼片の痕跡がある。どうして2つの萼の痕があるのか?


ネットで検索してアリドオシと同じアカネ科ツルアリドオシであることが判明。ツルアリドオシは6-7月ころ葉腋に白い花を2個ずつつけるが子房が合着しているため、ひとつの球形の果実になるという。このために2つの萼の痕が残る。面白いなあ。


ヤブコウジ サクラソウ科(またはヤブコウジ科) ヤブコウジ属

ヤブコウジも赤い果実をつけていてツルアリドオシの果実と大きさは似ている。ヤブコウジは樹高10-20cm、土中に地下茎が発達して地上茎を出す。地上茎は枝分かれしない。

カゴノキ

2015-01-13 | 日記
カゴノキ Litsea coreana (クスノキ科 ハマビワ属 )

神社の階段を息を切らして昇って行くと途中で斑模様の特徴的な樹皮をもつ樹木があった。しかも樹皮のうねりはまるで大蛇が天に昇って行くようにも見える。カゴノキだろう。こんなところに生えているとは、と驚いた。この辺りではあまり見たことがない樹木のひとつだから、昔誰かが植えたのだろうか?御加護のカゴとかけられるので縁起のいい樹木として神社にうえたのかもしれない。


木の直径は60cm以上ありそう。サルノコシカケの仲間のキノコがついている。


カゴノキは成長すると樹皮がまだらにはげてきて、樹皮がシカの子供のまだら模様のようになることから、鹿子の木と名がついている。雌雄異株。




葉はあまり特徴のない常緑樹。




葉の裏は白い。

 
葉芽は細長く黄褐色の芽鱗に包まれる。

ヤドリギ

2015-01-13 | 日記
ヤドリギ Viscum album var. coloratum (ヤドリギ科 ヤドリギ属)

エノキやケヤキの大木も冬は葉が落ちてその枝ぶりだけがはっきりと分かるから、この季節はヤドリギ観察に最適。




ヤドリギの枝分かれはとても面白い。二又分岐を繰り返している。


肉厚の葉がプロペラ状に枝の先端にだけついている。多肉植物のようにも見える。果実は丸くて先端には花被片のあとが4つある。

ソシンロウバイ

2015-01-13 | 日記
いい天気に誘われて職場から少し郊外へ走り、もっと厄除けしなきゃと思い山奥の神社に向かった。どこか遠くで鐘の音が何度も聞こえる。近くのお寺で初詣の人達が鐘をついているに違いない。日本人は神仏習合だからどちらに初詣しようが問題はないだろう。例年この時期はロウバイが咲くはずなのに今年はまだ見ていないなあと思いながら運転していたら、農家の庭先に満開のロウバイを発見。

ソシンロウバイ Chimonanthus praecox form. concolor (ロウバイ科 ロウバイ属)

空の青とロウバイの黄色のコントラストがとても美しい。






内側の花被片も黄色なのでソシンロウバイのようだ。いい香りが漂う。1月の花はやはりスイセンとロウバイだなあ。

冬の鳥達~メジロ、シメ、シジュウカラ、モズ、エナガ、アオサギ

2015-01-04 | 日記
『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル著)を読んだ。西洋哲学入門書と不思議な国のアリスを混ぜたような本。父からの手紙の世界すなわちソフィーの世界と、現実世界の女の子ヒルデの世界が、いつの間にか互いに通じ合う所がファンタジーとして面白い。

アリストテレス(紀元前384-322年)は、幸せには三つの形があると考えた。幸せの第一の形は快楽と満足に生きること、第二の形は自由で責任ある市民として生きること、第三の形は科学者や哲学者としてい生きることで、この三つすべてが組み合わさったとき、人間は幸せに生きられると言った。

カント(1724-1804年)は、経験も理性もおよばないところがあって、そこが宗教のための場所である。この余地を埋めることができるのは信仰だけだと考えた。

キルケゴール(1813-1855年)は人生には三つの段階『美的実存の段階』『倫理的実存の段階』そして『宗教的実存の段階』、すなわち感覚的快楽の段階、道徳的な世界の段階、そしてその上には信仰の段階があり、人生はその順に跳躍していくと言った。

人間の思考の深さは時代とともに深まってきているのだろうか。2000年以上隔たっても人間は似たようなところで、つまづいて行ったり来たりしている。人は過去の偉大な思想家の考えを勉強することが出来るけれど、実生活、実人生においての苦難は個々様々であり時代により全く異なるものであるから、今生きている自分はゼロから出発して問題に対処していくしか他にない。目の前にある困った問題をどう対処するかで毎日追われているのが現状であり、それを切り抜けなければ何も考えられない。それが日々の生活。歩みを止めてこれまでと全く異なる価値観に目覚めた時に本当の救いがあるのかなあ。


公園には冬の鳥達がいっぱい。見える人には見えて見えない人には見えない小鳥たち。


メジロ スズメ目・メジロ科

メジロが常緑樹の枝に乗ってその冬芽を食べているようだ。この木はスダジイかなあ。


シメ スズメ目・アトリ科

木の枝に何羽かとまっていた。




くちばしが太く、ずんぐりしている形が特長。


シジュウカラ スズメ目・シジュウカラ科

アシの茂みで何やらアシの茎をしきりにくわえて食べている様子。


一体何を食べてるの?


モズ スズメ目・モズ科

すぐ近くの枝にとまった。黄褐色の色を持ち、するどいくちばしが特徴。


小さくて可愛い。


エナガ スズメ目・エナガ科

高い木の枝先で何羽もすばしこく動き回っている。白っぽく小さくて尾が長いのが特徴。


アオサギ コウノトリ目・サギ科

池のほとりで日向ぼっこしていた。近寄るとゆっくり離れていく。

シナサワグルミと新年のキジ

2015-01-03 | 日記
『ラスト・リゾートLAST RESORT 孤高の戦艦』(2012年~2013年)全13話 を一気に見た。物語は何者かの陰謀によって祖国に宣戦布告することになってしまった潜水艦USSコロラドが搭載した核ミサイルを守りながら、姿の見えない敵に立ち向かっていく。やがて政府、第3の勢力の思惑が絡み合う壮大な陰謀が浮かびあがっていく。アメリカの連続ドラマは面白いなあ。

近くの浅間神社に初詣。おみくじは大吉。縁起物の招き猫が入っていた。すべての邪悪なものが自分と自分の周りから消え去り、春風と共に美しい花が咲き安らかで優しい大いなる恵みをもたらしていくれることを祈りたい。これまでお世話になった人達に感謝し無事と幸福を心から祈願した。


シナサワグルミ  クルミ科

霊園の裏山を登っていくとシナサワグルミの大木が数本出迎えてくれた。




全て葉は落ちて冬芽だけが春の到来を待ちわびている。特徴的な偶数羽状複葉に出会えるのはもうすぐ。


キジ  キジ科



藪を進んで開けた所に出ようかとした瞬間、足もとから大きな鳥が飛び立ったので、びっくりして後ずさりしてしまった。


なんと雄のキジ。こちらも驚いたけれどキジの方も昼寝を邪魔されてさぞ怒っていることだろう。


春先ならよく目にするけれどこんな冬にもちゃんとうろうろしているんだなあ。その色の鮮やかさと美しさに見とれてしまう。キジは何故か新年に相応しい鳥のような気がするなあ。

ニホンズイセンとジョウビタキ

2015-01-02 | 日記
例によって古本屋で買ってきた『「超」勉強法』野口悠紀雄(講談社)を読んでみた。1995年に出版された本だから20年前ということになる。当時はベストセラーだった。筆者は英語の勉強においては教科書の暗記を勧め、文章の書き方や数学の勉強法などに関して筆者の体験に基づいて記述されている。しかし、記憶力が特に弱い自分にとっては教科書を20回音読した位では到底暗記などできないし、この勉強法が誰にでも通用するとは思えない。ただ記憶のメカニズムに関する部分はとても興味深い。よく言われるように記憶には短期記憶と長期記憶がある。すべての刺激はワーキングメモリ(短期記憶)に入り、何もしなければ失われてしまうが、強い刺激や記憶の努力を施すことによりその記憶は長期記憶に蓄えられる。大事なことは人間のワーキングメモリーの容量は非常に小さくて、並列処理はできず、ながら勉強ではワーキングメモリーを有効に利用できないということである。また心配ごとやストレスがあるとワーキングメモリーがそれに占有されてしまうので勉強に使えない。すなわちワーキングメモリーを有効に使うには一つのことに集中することが肝心である。一方、長期記憶のメモリー容量は途方もなく大きく、長期記憶に入った記憶は生涯に渡って消えることはない。思い出せないのは、ただ記憶スペースが広すぎて探し出せないからだという。きちんと整理して記憶すれば引き出しやすくなる。確かにその通りかもしれない。最近人の名前を思い出せないもの記憶の倉庫が広すぎるせいだと思うことにしよう。


ニホンズイセン ヒガンバナ科

農家の庭にはもうスイセンが咲いていた。いい香りが漂う。素朴でいいなあ。


ジョウビタキ ツグミ科

雑木林には小鳥が飛び交っていた。枝にとまって地面に降りてまた枝に戻ってくる鳥がいた。


翼に白い斑、雄は胸から腹が橙色だからジョウビタキだろう。日本の冬に見られる渡り鳥。