YSPS研究所

2006年3月よりYOSHIO_SEOKAがスタートした保存科学に関する研究所の活動内容紹介(Weekly)

YSPS研究所としてのケミルミ研究会参加

2007-10-28 08:28:30 | Weblog
体調不良により昨日のブログ記載が一日送れたことをお詫びします。

一昨日の10/26、YSPS研究所として東京に出張した。

目的は二つ。
一つは「なんアラ」通巻7号出版に関することでそちらは「なんアラ」ブログに記載する。

もう一つの東京出張の目的は「第3回ケミルミ研究会」への参加である。
場所は上野の東京文化会館。
コンサート開場として有名で付帯施設として楽屋入り口より入る大会議室でその研究会は開催された。

ケミルミは化学発光の略だが、微弱な発光量を捉えて寿命予測に関連付けさせることが出来ればと十数年前から参加しており、この研究会の前身である「CL技術研究会」(CLは勿論ケミルミの略)では2回発表もしている。

今回は研究会会長であるTSさんからの要請もあって参加したが、MLS(マテリアルライフ学会)会員の方々との久しぶりの対面もあってとても懐かしく思った。
YSPS研究所としての名刺交換は体調不良もあって、1名に留まった。

ソニーのYKさんである。
今後のアプローチに期待したい。
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関西出張のYSPS研究所としての成果

2007-10-20 07:29:33 | Weblog
先週の日曜日10/14から出かけたYSPS研究所としての関西出張は多くの成果を持って終了した。

まず主目的の10/15京都工芸繊維大学で行われた複合材料長期耐久性評価センター第9回講演会で「写真用素材の耐久性評価における色素濃度濃縮・微粒化によるモデル化と経時劣化の実際」を講演会のトップを切って講演した。
参加者は約30名で、質問も多く出てオリジナル原稿を作製した甲斐があった。

続いて学生の発表が2件と、私が特任教授を受諾している当研究室長で「なんアラ」執筆者でもあるYFさんの発表で締めくくった。

その後の懇親会を期待していたが大学生協との手続きトラブルで中止となり、当初予定していた名刺交換によるアナログ人脈ネットワーク拡大が行えなかったのが心残りであった。
只私の講演前後で4名の方々と名刺交換を行った。
私と同じ民間出身の京都工繊大特任教授のFRP技術事務所所長TMさん、富士加工部長KNさんの他に京橋メンテックHNさん、オムロンTYさんである。

HNさんとは先日松田町での落下橋の画像を見て議論したり、TYさんとは紫外線耐久試験の是非を話したりしてYSPS研究所としてのステイタスを上げたと思っている。

その他今回の関西出張で10名以上の方々とアポを取って積極的にアナログ人脈ネットワーク拡大を狙い予想以上の成果が得られたと自負している。
今後のこれらの方々へのアプローチ活動を展開していくつもりである。
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YSPS研究所としての関西地区出張:

2007-10-13 07:25:25 | Weblog
明日から10/14-16でYSPS研究所としての関西地区出張予定である。

主目的は京都工芸繊維大学での講義を行ってくることである。
既に予稿原稿も送付してこのパソコン持参し10/15当日に備えている。
昨年度も名刺交換を含めて何人かの方々とお知り合いになったが今回も懇親会での人脈の広がりを期待している。

折角の関西地区出張なのでちょっと欲張って合計約10人と個別にお会いすることのアポを取ってYSPS研究所に対する理解と協力を求める活動を積極的に展開してくるつもりである。

土産話は来週紹介する。
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「プリザベーション・マネジメント」(資料保存の新しい地平)講演会参加

2007-10-06 07:16:05 | Weblog
10/4に両国にある江戸東京博物館で開催された「プリザベーション・マネジメント」(資料保存の新しい地平)講演会に参加した。
情報保存研究会と日本図書館協会の共催シンポジウムであった。
以前から懇意にさせていただいている情報保存研究会会長のTOさんからの誘いである。

この情報保存研究会は設立当初から講演会にはほぼ全部参加していて、以前一度私が講師を担当したことも有った。

今回は図書館協会との共催でさらに規模が大きくなり参加者も350人近くあったらしい。

内容も多岐に渡り、講演者は以前からの知り合いである安江明夫さん、木部徹さんを始めとして4人の講師が講演されて盛りだくさんであった。

特に印象深かったのは資料保存のセンセーショナルな事件であった1966年のフィレンツェ洪水による大量の貴重資料の被災と救助が切っ掛けであったこと。
もう一つは御存知酸性紙問題でスローファイヤーとして現在も継続している問題、そして写真のビネガーシンドロームである。

更に資料の痛みに対する修復は、その資料の貴重さと利用頻度との情報を含めた包括的なプリザベーションの概念を保存ニーズとする考えが最も大切であることを認識した。
YSPS研究所の語源となっているプリザベーションについて改めて考えさせられたとても有意義な講演会であった。
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「YSPS研究所」200708~09まとめ(20071001転記)

2007-10-01 06:54:21 | Weblog
月初めはこの「YSPS研究所」ブログのまとめの日とします。
以下2007年08~09月のまとめ9件
・・・・・・・・・・・・・
20070804>>>塾講師アルバイトのその後とYSPS研究所
6/9のYSPS研究所ブログで記載したがYSPS研究所としてもいろんな活動を継続するためにはどうしても資金的サポートは必須でハローワーク通いを今年2月より行い塾講師として6月より開始した。
現在は週に2回が定着してきて月曜日と水曜日は17-21時までの4時間は連続で3人の個人対象の塾講師を務めている。生徒も中2から高3までこれまでに7名を受け持った。現在は5名が継続中である。科目も国語を除く4科目で主として英語であるが数学、理科(物理)、社会(地理・歴史)も担当している。
夏休みに入って特別講習として火・木・金も一部入り、6,7月の2倍の稼ぎ(?)となる。いずれにしてもこの暑い夏も始まったばかりなので、月末になってバテ無い様に頑張るつもりである。
数日前から家庭教師の話しも飛び込んでいるがさてこちらはどうなるであろうか?
・・・
20070811>>>「カフェ・デ・サイエンス:宇宙の生命」参加申込
6/23のYSPS研究所ブログで「カフェ・デ・サイエンス:生命の起源」参加感想とYSPS研究所について記載したが、その時のレポート(当日の司会者が詳細にまとめられる)がまだ出来ていない状態で、早くも次の参加希望申込が昨日メールされてきた。
先日のブログでも記載したようにとても面白くて、YSPS研究所としても是非継続して参加したいと思っているので早速エントリーしておいた。
今回のテーマは「宇宙の生命」で話しはどんどん広がっていく傾向にある。
開催日は9/8で、抽選日は8/28。
でも前回・前々回のことを考えると抽選で参加できる可能性は約30%くらいしかないので後は運に任せるしか無さそうだ。
・・・
20070818>>>SHさんとYSPS研究所
8/6の「なんアラ」ブログでも記載したが、FF時代を含めてお付き合いいただいていたSHさんが7/27に急逝された。
前述の「なんアラ」出版に関して多くの助言とサポートを戴いたが、YSPS研究所設立からのアイデアなど先輩としてのアドバイスをとても親切に教えていただき、尊敬していた先輩であるだけに残念極まりない出来事であった。
昨日次女のRHさんとのメール交信で来週8/23にお邪魔して線香をあげさせていただくことが決定した。
その様子は又来週記載予定である。
・・・
20070825>>>SHさんとYSPS研究所その2
先週の「YSPS研究所」ブログで記載したが、先月7/27に急逝されたSHさん宅を8/23に訪れ焼香をしてきた。
次女であるRHさんとまだ3ヶ月にしかならない子犬が私を迎えてくれた。
約2時間、SHさんが「YSPS研究所」設立にもいろいろアドバイス戴いた経緯をお話することであらためてSHさんを懐かしく偲ぶ事が出来た。
・・・
20070831>>>「カフェ・デ・サイエンス:宇宙の生命」参加決定
8/11のこのブログで記載していた9/8開催予定の「カフェ・デ・サイエンス:宇宙の生命」参加希望に対する返事が一昨日来て、74名の参加希望中の30名に当選したとの連絡が入った。
このシリーズの3回目で、最初の第1回目ははずれたが、その後2,3回と続けて抽選で選ばれたことになる。この幸運を是非YSPS研究所に役立たせたいと思っている。
「宇宙の生命」とは何とも大きなテーマであり、現在最も注目されている宇宙科学の内容である。
どんな議論が飛び出すかとても楽しみである。
・・・
20070908>>>「カフェ・デ・サイエンス:宇宙の生命」参加当日
8/31のこのブログで記載していた9/8開催予定の「カフェ・デ・サイエンス:宇宙の生命」参加当日となった。
「YSPS研究所」としては大変魅力あるこの行事の本日分のアウトラインは下記の通り
タイトルは第3回 異端児のみる生命 「宇宙の生命」
内容は「われわれは孤独なのか」という問いかけをベースにして、太陽系の探査、地球外生命探査、星間通信、宇宙言語、ETは救世主か、というような話題をとりあげられる予定。
講師: 大島 泰郎さん(東京工業大学名誉教授)
ゲスト講師: 平林 久さん(宇宙航空研究開発機構・宇宙教育センター参与)
モデレーター: 三井恵津子(武田計測先端知財団 プログラムオフィサー)
日時:2007年9月8日(土)午後2時~4時
場所:ギャラリー円月(地下鉄丸ノ内線「新宿御苑前」駅)
そして前回の6/16に参加した議事録をモデレーターが作成されてネット記載されている。
その中で私が質問し、講師が回答されている部分を紹介する。
以下Sは私で、Mは講師である。
S:物理学は全て数学で説明することができると言われますが、生命と数学との関連性はどうでしょうか。
M:結論から言えば、生命と数学は極めて関連があります。ゲーデルの不完全性定理というのがあります。それは、「直感的に正しいということは確信できても、論理的に証明できないものが世の中にはある」というものです。つまり、数学で証明できないことでも、経験的には意義のあることがごまんとあるということを言っている。生命現象はそれではないかと思います。
昼前のロマンスカーで出かけるがワクワク・ドキドキ感を再び味わえることを期待している。そして一言でも質問又は意見が述べられて議論に参画したいと思っている。
・・・
20070919>>>gooブログネット接続不良によるブログ更新不可のお詫び
「YSPS研究所」のブログは毎週土曜日に更新している。
先週の土曜日の9/15のブログはgooブログネット接続不良によってブログ更新が出来ませんでした。
ここにお詫びと御連絡を致します。
トラブルの原因はいろいろある様ですが、goo事務局とのやり取りを約1週間行い、昨夜やっと復旧しました。
次の9/22に改めてブログ記載をしますので御期待下さい。
本日はお詫びのみで失礼します。
・・・
20070922>>>YSPS研究所としてのコンサルタント業務の可能性
先週9/15の「YSPS研究所」ブログはgooサイトの接続トラブルで記載出来なかった。お詫びします。
さて今週のトピックスはYSPS研究所としての事業項目であるコンサルタント業務の可能性が俄かに現実化しそうになってきたことである。
昨年4回にわたって行っていたSO社との定期コンサルタント業務が現在休止中なのでありがたい話である。
「なんアラ」9/20ブログでTSさんの紹介でTMさんとお会いする予定を記載した。
TMさんとも昨日メールやりとりが実現し、9/26にお会いする前に既に当日の見学・話し合いの内容の詰めを行っている。
その中でYSPS研究所としてのコンサルタント業務に発展していきそうな雰囲気となった。
紹介いただいたTSさんからも後押しをしてもらい更にその可能性は大となった。
是非前向きに事が進むことを期待したい。
来週のブログが楽しみである。
・・・
20070929>>>塾講師アルバイトその後及びコンサルタント業務とYSPS研究所
8/4「YSPS研究所」ブログで
YSPS研究所の資金的サポートとして塾講師を6月より開始したことを述べた。
更に週に2回が定着してきて、生徒も中2から高3の5名を継続中で、科目も国語を除く4科目で主として英語であるが数学、理科(物理)、社会(地理・歴史)も担当していた。
さてその後の状況を述べると、8月の特別講義で週に3回(月水金)のパターンが9月も定着して昨日で終了した9月度も合計12日延べ33駒をこなしたことになる。
そして担当科目は高2の現代国語が入り、全ての科目を担当していることになる。
更に新規担当生徒も2名増えて現在は6名(中2が3名、高1が1名、高2が2名)の面倒を見ている。
しかし悩みは相変わらずのドタキャンで、この3ヶ月で延べ14駒に上っている。
実に18%にもなる。その間無策の待機はどうも納得できない。
今後塾長・生徒に対する進言・指導を真剣に考えて行きたい。
さて先週のこのブログでYSPS研究所としてのコンサルタント業務の可能性を延べたが結果としては不成立に終わった。
9/26に懐かしいFF時代の知り合いであるTMさんと再会を果たし、設備見学・話し合いを持ったが、TMさんの要望は単なるコンサルタントではなく、かなりべったりとした技術サポート要員であった。
その要望を受諾すると海外出張を含めて相当な束縛を求められ、現在YSPS研究所として進めている「なんアラ」出版作業にも影響するし、何と言っても上記塾講師継続が不可能となる。
と言う訳で当面のTMさんの要望に対しては残念ながらお断りせざるを得なかった。
ただ要望されている耐久性評価は、YSPS研究所としてとても魅力のあるものなので、何とかコンサルタント業務での可能性を継続して打診している。
むしろ9/26当日の成果は更に4名の方々と知り合いになり、現在電子メール交換を始めたことである。
こちらの今後の発展にも期待をしていきたい。
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「YSPS研究所」200701~4まとめ(20071001転記)

2007-10-01 06:52:21 | Weblog
月初めはこの「YSPS研究所」ブログのまとめの日とします。
以下2007年01~4月のまとめ17件
・・・・・・・・・・・・・
20070106>>>YSPS研究所としての青色申告準備1
今年最初のYSPS研究所ブログ掲載である。
このブログも昨年の1/8スタートだから丁度、丸1年となる。
今年は最初から青色申告の話である。
いよいよ確定申告の時期となり、昨年末に棚卸しをしたが初めてのことなので仕分けが充分理解できず、現在ソフトの会社と税理士に相談中!
又医療費控除のための資料作成にはほぼ半日を掛けてまとめと計算を行い、昨年度よりも若干多くの額申請となった。
それだけ病院に通っている回数が多いと言うことで今年は減らす方向で考えて行きたい。
残るのは電気代・水道料金などのYSPS研究所分(今のところ20%程度の申告にして計算予定)で以上を含めて1/末に訪問戴く予定のSTさんとのやり取りで青色申告そのもののをほぼ完成に持ち込みたいと考えている。
ちょっと甘いかも知れないので事前に電話をして判断を仰ぐ予定である。
・・・
20070113>>>YSPS研究所としての青色申告準備2
先週の「YSPS研究所」ブログで青色申告準備の話をしたが、今週もそのつづきをちょっと述べたい。
昨日昨年末に新しく担当戴いた税理士のSTさんから電話が入り、青色申告の具体的な話をするために来週1/16に再度来訪いただけることになった。
既にお聞きしたい項目がいくつか有ってそれのまとめと、事業主としての申告内容・個人事業そのものの申告内容との関連などこれから出てくる疑問点に対するまとめを当日までに行っておき1/16には青色申告をほぼ完成に持って行きたい。
月毎の伝票の流れを見ていると「なんアラ」出版本の発送荷造り費用がほぼ毎日ほど出て行って、ダイクマ・ノジマなどで購入する事務用品が意外と多く月に数回程度ずつ伝票を切っている。
何か昔の「八百屋」の雰囲気を時々思い出される。
まあちょっとしたミニュチュア店舗のつもりで一年が過ぎたような気になっている。
1/16以後若干の補正・修正を行って正式な青色申告が出来ればと目論んでいる。
さて順調に行くかどうかはこれから数日のまとめにかかっている。
・・・
20070120>>>YSPS研究所としての青色申告準備3
1/16に昨年末に来て頂いた税理士のSTさんと再度お会いしてYSPS研究所としての青色申告の詳細な詰めを行った。
その後発生した疑問点を昨日もう一度電話で確認して新たなことが判明した。
当然とはいえちょっと愕然とした。
つまり青色申告の最大の特典である65万円の控除は年間での最終事業所得が赤字ではまったく適用されず0円であることが判明したのだ。
素人とは言え不覚であった。
もう一つ電話で確認したのは事業所得が赤字となった場合、その赤字は雑所得と相殺できるかと言うことである。
こちらは相殺できるとのことで、雑所得で源泉徴収された税金がいくらか戻ってくることになる。
ではどれくらい戻ってくるかがポイントで、これから昨年の確定申告で提出したA表とは異なるB表の提出に向けて再度いろいろ悩むことになる。
いずれにしても新規なことに挑戦することは楽しみと共にいつまでも悩みは尽きないものだ。
・・・
20070127>>>YSPS研究所としての青色申告・確定申告準備4
いよいよYSPS研究所としての青色申告・確定申告準備は終盤となり、収支バランスの全体像が見えてきた。
更に資料不足であった源泉徴収票がほぼ送付されてきたので実際に上記申告のための数字の埋め込みを始めた。
まだ下書きの段階なので、提出用ではなく控用に鉛筆で書いている。
実は来週の2/1に松田町での説明会が有るのだが、丁度北海道旅行で不在のため2/5に南足柄で開催される説明会に参加して種々の疑問も含めて内容確認をしてくるつもりである。
但しまだ未着の資料2件(大学・技術協会からの源泉徴収票)が最終的には揃う必要が有る。
あと少し時間が掛かりそうである。
・・・
20070203>>>北海道旅行のYSPS研究所としての成果
1/31より来ている北海道旅行も今日が最終日。
初日の1/31は天気が荒れ模様でいろいろトラブルがあったが今日の天気はまずまずで無事神奈川の自宅に戻れそうである。
さて4日間の旅行であったが、YSPS研究所としての成果は一昨日・昨日の2日間でいろいろな人たちとお会いして多くの出会いが有ったことである。
名刺交換も積極的に行い、ホテルより発信したメールもランの発受信の遅さを除けばまずまずの出来で始めての交信も何人かと継続できた。
この出会いを今後のYSPS研究所活動に反映していきたい。
札幌雪祭り会場となる大通りで見つけた氷像を画像添付しておく。
・・・
20070210>>>YSPS研究所としての出張
先週記載したYSPS研究所としての北海道旅行成果に関連して、実は来週の2/16-17で岐阜1泊の出張を実施する。
これらの出張・旅行がYSPS研究所としてどのように扱っているかについてちょっと述べたい。
昨年の1/21のこの「YSPS研究所ブログ」で下記記載している。
YSPS研究所とはいったい何をする所なのか、そのタスクを箇条書きにしてみたい。
1.保存科学に関連する種々のコンサルタント業務を実施する。
2.1/31スタート予定のブログ「文化財的Archival教育」で今後展開していく内容を包括する活動を技術的にサポートする。
3.既に90件に及ぶブログ投稿を行っている「なんでもアラカルト」出版活動を資金的にサポートする。
4.保存科学と言う共通項を情報保存・文化財保存の分野に広げ、学会(写真学会・マテリアルライフ学会など)で発表することにより、真の保存科学を見極める行動を展開する。
5.保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
以上の様に保存科学に関連する講演会などには積極的に参加して情報収集に努めるとと同時にいろんな人とお会いしてアナログ人脈ネットワークを構築していきたいと願っている。
と言う訳で来週の2/16に岐阜羽島で開催されるMLS中部支部講演見学会に参加すると共に、岐阜在住の保存科学の第一人者であるKHさんと直接お会いして種々会談してくるつもりである。
特にKHさんは上記5番目の地球。宇宙規模で保存科学を語れる日本でも数少ない権威者の一人であると尊敬しているので今からワクワクする気持ちで一杯である。
・・・
20070217>>>岐阜出張中
先週のブログで1泊2日で岐阜出張することを述べたが、昨日まず岐阜羽島で開催された三洋電機ソーラーアークでの講演会と見学会に参加した。
講演会では三洋電気太陽電池科学館館長の阪本さんから「結晶系太陽電池モジュールのマテリアルライフ」の話が約1時間半あり、その後巨大ソーラーアーク(東京タワーを横にした長さのノアの箱舟サイズ)見学が実施された。
講演後名刺交換すると共に、エネルギー問題と関連して太陽電池そのもののリユース・リサイクルのための耐久性について議論した。
見学会終了後、岐阜羽島から名鉄で30分岐阜に到着した。
12年ぶりのKHさんとの再会。
お元気な姿にまず懐かしさがこみ上げ握手!
夕食を挟んでKHさんの生涯研究テーマである予測学とYSPS研究所に対する期待との結びつきについていろいろ議論した。
話は約3時間にも及んだ。
KHさんから次の4項目の提案が有った。
1.既存方法・データの整理・再検討
2.新方法の開発(劣化のリアルタイム追跡法など)
3.既存技術の見方を変えた再評価(長寿命化技術・短寿命化技術・保存環境問題など)
4.YS保存学ワークショップの立ち上げ
以上だがいずれも内容はやりがいがあり、充分検討して現在私が考えているYSPS研究所構想との相互乗り入れの可能性を探索することでご返事とした。
KHさんは私より16歳先輩だがいつまでもお元気で我々をサポート願いたいものだ。
今日はこれから岐阜市内見物にお付き合い願えるとのことで、又違ったKHさんが見えてくることを期待したい。
天気がちょっと心配である。
・・・
20070224>>>YSPS研究所タスクの5番目のアプローチ
YSPS研究所のタスクの5番目に下記記載があり、一年間活動してきた中で最も実現していない項目であった。
5.保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
先日2/10に東京で開催された講演会「続く世代に何を渡すのか」に出席し、いろいろな刺激を得て帰って来たが、その後同じ主催者から下記誘いがあった。
そこで上記の5番目の観点から是非参加したいとの回答をした。
但し定員30名なのでどうなるか分からないが、もし参加できれば又このブログで紹介した。
以下に主催者勧誘メールと私の参加希望メールを続けて掲載する。
<以下主催者勧誘メール>
第13回 カフェ・デ・サイエンス開催のご案内
今年度のサイエンスカフェは「生命」がテーマです.
生命の起源、地球外生命、進化などを話題にしながら、
少なくとも6回の開催を予定しています.
「異端児のみる生命」カフェ
第1回 「生命世界の右と左」
 生物の体は左右対称のように見えても厳密には違います.
 生命を構成する分子の非対称性とその生理活性の違い、
 体の左右性を決めると考えられている遺伝子や繊毛の動き、
 シャム双生児の内蔵逆位、魚類の視交差の左右性、等々.
 こうした話をとおして、生命について考えてみましょう.
 日時: 2007年3月24日(土曜日) 午後 2時~4時
    場所: ギャラリー円月(地下鉄丸ノ内線「新宿御苑前」駅)
<私の参加希望メール>
私はあらゆるものの保存科学に大変興味が有り、在職時代・定年後(1.5年)もそれをスローライフとして極めて行きたいと思っています。
最近読んだ本で、中田力著「脳の中の水分子」やマイケル・モーガン著鈴木光太郎訳の「アナログ・ブレイン」を読んでとても今回のテーマには関心があります。
特に疑問と言うよりはいろんな人の考え方を勉強したいと思っています。
よろしくお願い致します。
・・・
20070303>>>確定申告とYSPS研究所関連フォーラム参加
今週はYSPS研究所としてのイベントが2つあった。
まず昨年来小田原税務署に申請したYSPS研究所の個人事業としての活動に対して派遣税理士の協力も有って2/26に無事松田町役場でH18年度確定申告を済ませた。
その場で公的年金に対する控除内容の修正を求められたが、還付金が増える方向だったので喜んで修正を了承した。
これで本年度最初のYSPS研究所としての大きなイベントの一つが終了したことになる。
続いて昨日YSPS研究所としてのタスクの一つである「保存科学」に関連する講演会に参加した。
一部「なんアラ」ブログにも関連記事を掲載しているので重複しない形でこの講演会について記してみたい。
講演会のタイトルは「美しい日本の歴史的風土100選」選定記念フォーラムであった。3/2午後半日をかけて東京霞ヶ関の弁護士会館で800人の参加者を集めて開催された。
そもそもこのイベントは古都保存法が施行されて40年になる今年の記念事業として行われ、既存の世界遺産指定・古都保存制定都市以外で日本全国から「歴史的風土」を選定することにより環境問題に一石を投じると共に村興しに貢献しようと言う目論見だと私は判断した。
そこでこのイベントを通してYSPS研究所としての活動に役立てるべく、情報収集を行うと共に全国各地との人間的繋がりを求めていく切っ掛けになると思い、各市町村から配布されたカタログ類をしっかりと集めてきた。
これからそれらを整理して先週のブログでも述べた「地球・宇宙規模で保存科学を議論できる場の提供」の足がかりにしたいと考えている。
因みに今回の歴史的風土100選・準100選に選定された市町村の中で実際にカタログ類を収集出来た市町村を列挙すると下記になる。
今カタログ類を整理してみると合計22都市町村であった。特別枠が47件、100選が101件、準100選が116件なのでカタログ収集出来たのは全体の僅か8%強なのでちょっと寂しかった。
まず特別枠47件(世界遺産・古都保存制定都市)の内1件で奈良市から「こころの奈良」を入手した。
続いて100選からは101件の内16件入手した。
北から
1.東京都台東区から「にぎわいいきいきしたまち台東」
2.新潟県関川村から「えちごせきかわ四季紀行」
3.富山県高岡市から「タウンマップ高岡文化の森回廊万葉の森回廊」
4.石川県金沢市から「四季のめぐり逢いアート降る金沢」
5.岐阜県中津川市から「山紫水明の地中津川」
6.岐阜県名古屋市から「名古屋近世武家文化への誘い」
7.滋賀県近江八幡市から「歴史街道近江商人のまち近江八幡」
8.滋賀県東近江市から「うるおいとにぎわいのまちこころにごちそう東近江市」
9.大坂府富田林市から「富田林じないまち散策絵図」
10.岡山県倉敷市から「倉敷美観地区夜間景観照明」
11.広島県呉市から「海色の歴史回廊くれ」
12.福岡県北九州市から「門司港レトロ」
13.愛媛県内子町から「えひめ内子紀行」
14.佐賀県佐賀市から「佐賀城下ひなまつり」
15.大分県別府市から「べっぷ湯わく紀行」
16.沖縄県竹富町から「日本最南端大自然と文化の町ぱいぬ島ストーリー」
最後の準100選からは116件中5件しか入手できなかった。
やはり北から
1.千葉県我孫子市から「手賀沼のほとり心輝くまちあびこがおもしろい!」
2.山梨県甲斐市から「甲斐市家族で楽しむ優遊パラダイス」
3.長野県下諏訪町から「いで湯と街道と神々のふるさと信州下諏訪」
4.長野県飯田市から「南信州飯田心揺さぶられる感動の旅」
5.滋賀県長岡京市から「自然と歴史のロマン街道長岡京市」
以上で紹介を終わる。
・・・
20070310>>>修正確定申告とハローワーク
先週YSPS研究所としてのH18年度の確定申告を済ませたことを記載したが今週の初めに松田町福祉課から連絡が入り、お袋の障害者控除申請が認められ扶養控除と合わせて確定申告の修正を3/6に再申請してきた。
やれやれなかなかこの様な書類は完成までいろいろあるものだ。
さてその足で町役場の直ぐ隣にあるハローワークに足を運び、YSPS研究所としての資金調達が可能か最近の求職状況をパソコンで検索してみた。
丁度1年前の3/1にYSPS研究所が正式に発足したわけであるが、それまでに受給していた失業保険受領に通っていた頃が懐かしく思い出された。
その折に求人検索していた気分とは又違った形で情報を収集した。
その結果週に2-3日ならちょっとアルバイト気分でパートをやってみようと考え付いた。
今週3日かけてじっくりと求人検索をハローワークで行い、その結果本日午後から面接を受ける所まで漕ぎ着けた。
履歴書も35年ぶりに記載した気がする。
顔写真を貼っていよいよその成果が試される日だ。
結果は又来週のお楽しみ!
・・・
20070317>>>ハローワーク結果1
先週のブログでハローワークを経過してパートをYSPS研究所としての収入源にしたいことを述べたが、3/10の面接についての詳細を「なんアラ」ブログの3/11に記載したので一部を紹介する。
<「なんアラ」3/11ブログより転載>
求職希望先はYSPS研究所からバイクで約20分の所にある足柄上郡中井町の物流業社である。
所で20社もの求人票からなぜAD社を選択したかと言うと
1.仕事の内容が「パソコン入力業務・メール返信業務」の記載。
2.労働日数が週に3日以上の記載。
3.就業時間が朝、昼、晩の各4時間ごとに分かれていて選択できる。
4.所在地が比較的近い。
以上の理由からこのAD社に決めた訳である。
さていよいよ面接の場面。
面接担当者は実は社長本人の予定で有ったが、丁度不在で専務(?)のYOさんと約20分緊張の面接を実施した。
特にいろいろ考えていったわけでは無いが、質疑応答は比較的スムーズに進行した。
話はいきなりスノボから始まり、陸上競技などのスポーツの話題や親父の仕事ぶりを受け継いでいる話を経由して、FF時代の仕事内容、そして希望の事務作業内容、最後はAD社での営業活動の可能性まで発展した。
満足してAD社を後にした。
求職合否の回答は郵便で3/17までに送られてくるとのことで、又ちょっと期待と不安の1週間を過ごすことになる。<<<
以上であり、一週間待ったがまだ返事が届いていない。
期限は今日なのでいよいよドキドキである。
その楽しみ(苦しみ?)の結果は来週のブログまで先延ばしとなった。
・・・
20070324>>>ハローワーク結果2
YSPS研究所活動のパート部門として始めたハローワークでの検索・面接はいよいよ第二ラウンドに入った。
先週のべたAD社は結局不採用との結果となった。
詳細は「なんアラ」ブログ3/20を参照願いたい。
結局下記条件にスイッチして新たに2箇所の面接を実施した。
1.仕事の内容が現時点でも持ち続けている大型免許が活用できる職種。
2.労働日数が週に2-3日の記載。
3.就業時間が朝早くてもOK。
4.所在地が比較的近い。
結果は
1件目がYSPS研究所(自宅)からバイクで15分程度の所にあるゴルフ場だ。こちらは26人乗り用のマイクロバスでゴルフ場と小田急沿線駅とのピストン運転となる。面接の印象とドライバーに要求される内容で双方共に折り合わずお互いにNGの形となった、
2件目は秦野駅近くにある高齢者マンション居住者の送迎でこちらは中型バス(46人乗り用)で担当者との面接の印象も良く、その後の何度かの電話のやり取りで昨日最終的に3/26に現場で実際に実車して採用を決定するがほぼ内定の状態まで漕ぎ着けた印象である。
さて次週のブログはどんな内容になっているやら!!!
・・・
20070331>>>ハローワーク結果3
YSPS研究所活動のパート部門として始めたハローワークでの検索・面接第二ラウンドも終わってみれば両方とも結局不採用との結果となってしまった。
詳細は「なんアラ」ブログ3/23&27を参照願いたい。
でもどちらの面接・実技試験共に得る所はとても多くあったと信じている。
何らかの形で忘れない内に残しておきたいと思っている。
そして今週は性懲りなくハローワーク第三ラウンドに突入していった。
求職条件は以前の二つのラウンドと大きく変わらないが職種をがらりと変更した。
下記である。
1.仕事の内容を家庭教師・塾講師に限定した。
2.労働日数が週に2-3日の記載。
3.就業時間には拘らない。
4.所在地が比較的近い。
早速反応があって近辺での家庭教師に関して約1週間返事を待つ事になった。
さて次週のブログはどんな内容になっているか今度こそ三度目の正直を信じたい。
・・・
20070407>>>ハローワーク(その4)
YSPS研究所活動のパート部門として始めているハローワーク第三ラウンド。
先週の家庭教師2件は敢え無く沈没。
この1週間も徒労に終わった。
予備校の非常勤講師を加え、場所も横浜・川崎・東京まで守備範囲を広げて検索すると一挙に一桁数が増えた。
そして昨日ハローワークで2件の紹介状を貰った。
2件共東京の新宿及び代々木に本社を置く会社だ。
いずれも履歴書・職務経歴書を郵送しての書類選考から始まる。
本日ポストに投函する予定だ。
この段階はクリアーしないと話にならない。
さてさて来週のブログはどうなっていることやら・・・・・。
・・・
20070414>>>ハローワークその後と特任教授職
先週の「YSPS研究所」ブログでハローワークその4として先月いろいろアプローチしたパート求職の第3ラウンドを開始したことを述べたが、昨日予備校の非常勤講師職の人事担当者から電話で不採用との連絡が入った。
もう一つの家庭教師職の方はまだ返答は無いがやはり難しそうと判断せざるを得ない。
又来週ハローワークに行って地道に活動を継続するつもりだ。
さて今週のビッグニュースは京都工芸繊維大学複合材料長期耐久性評価研究センター特任教授の委嘱依頼が正式に到着してその承諾書を返送したことだ。
これで正式に「委嘱期間がH19.4.11-H20.3.31」
担当内容が「写真の修復・保存技術から複合材料の長期寿命化への貢献」
でスタートすることになった。
具体的には担当教授のYFさんとの話し合いによって決定される。
YSPS研究所としてまずは目出度いことだ。
・・・
20070421>>>「なんアラ」仙台講演会前後の予定とYSPS研究所
YSPS研究所のタスクの大きな位置を占める「なんアラ」出版活動も回を重ねて通巻6号の出版が予定より約半月早まり今週初めに実施の運びとなった。
発行部数は700冊で今後も通算10号までこのペースを守っていくつもりである。
さてその出版のひと月後に計画されている出版記念講演会も同じく回を重ねて今度の5/27仙台講演会で通算6回目となる。
現在参加者の最終調整の段階であるが予定の15名を確保するための努力を行っている。
今回は並行してどうしても参加できない方々から従来の欠席者メッセージとは別に実際に何名かの方々には直接お会いしてお一人5-10分程度のビデオ撮影を行いそれを講演会で御紹介する新しい試みに挑戦しようと目論んでいる。
何でも新規なことはいろいろ困難を極めるが出来上がりの楽しみは倍になって戻ってくると信じている。
さてYSPS研究所としての今後の活動の糧とするために従来も実施してきたが今回の仙台講演会前後でもその土地の方々と一人でも多く懇親を深めたいと考えている。
今回は僅か3泊4日ではあるが東北地方6県全てを廻る計画である。
具体的には初日が福島・山形県、二日目が宮城県、三日目が青森・秋田・岩手県、最終日が再び宮城・山形・福島県を廻って神奈川の自宅に戻る予定である。
詳細は来週以降のブログで又紹介する。
・・・
20070428>>>新年度を向かえての環境変化とYSPS研究所
4月からの新年度がスタートして転勤の知らせや組織改造の知らせが相次いでいる。
下記は昨日メールを戴いたKSさんへの返信メールの一部である。
YSPS研究所として実施している「なんアラ」出版活動を含めてYSPS研究所としての活動の抱負を語っているので紹介する。
<以下本日20070428YSメール>
私の周辺でも企業だけでなくご本人の変革の激しさに戸惑いを隠せないケースが多々あります。
今後もこの様な環境の中で文化財保存を考えていかざるを得ないと思っていますし、YSPS研究所としても微力ながらお手伝いさせて頂きたいと考えております。
「なんアラ」発刊以外の最近の活動としては、古都保存協会主催の講演会やトンボの眼主催の講演会に積極的に参加しております。
又個人的活動としてのトピックスはこの二ヶ月でハローワーク通いを十数回行って「なんアラ」発行継続のための資金的サポートを実施中ですが未だ適当な職種に出会っておりません。
「なんアラ」出版は現在通巻6号で来年10/末には通巻9号を発刊し、その記念講演会を2008/11に奈良県橿原市で開催予定です。
その折にはKSさんにもエッセイ再登場願い、講演会にも是非ご参加下さい。
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「YSPS研究所」2006010~12まとめ(20071001転記)

2007-10-01 06:50:53 | Weblog
月初めはこの「YSPS研究所」ブログの前月まとめの日とします。
以下2006年10~12月のまとめ13件
・・・・・・・・・・・・・
20061007>>>学会誌掲載「私の写真史」に対する返信メール
7/8及び7/15の「YSPS研究所」ブログで写真学会誌8月号掲載の「私の写真史」のさわりを紹介した。
先日よりそのPDF原稿を親しい人にメール送付して御意見を戴いている。
本日のブログはその中から何件か取り上げて「YSPS研究所」が今後タスクとしてやっていかなければならない項目の参考としたい。
掲載内容は特に御本人の了解を取っている訳ではないが、問題となるような内容は割愛し、支障の無い範囲で部分掲載しているので御了承願いたい。
<20060916SSさん>
今、アナログ画像の保存を重視しなければならない現実は、これまでの重要な資料
の保護には欠かせない問題であり、私の職場でも日々頭を悩ましていますので、YSさんの主張は大変によく理解できます。YSさんには、画像保存の専門家としてこれからもご指導願うことになろうかと思います。
<20060917RKさん>
アナログ保存は、果てもみえない、みんなに共通の大きな問題であると感じております。先日は、アメリカでアナログ保存の極致とも言える古代の地層をみてきました。本当の駆け足で、遠くから、その威容を感じただけですが。
<20060918HIさん>
従来掲載の「私の写真史」は、毎回目を通していますが、私なりの基準で、「個人の写真キャリアを自分用に記録した自分史」と、「個人の写真キャリアの中で読者の参考になる経験を綴った記録史」という2つのカテゴリに分けており、前者は多分に著者の自己満足であってあまり役に立たないので、読み流し、後者をよく読みました。そのような背景の持ち主の私にとって、貴殿の「写真史」は、後者の部類であり、したがって精読しました。私の印象に残ったのは、自己をよく見つめてひたすらに粘り強く、自己実現に努めてきた姿勢、そしてそのためにはわずかな手がかりもつかんでみるがめつさでした。程度の差はあるが、私の生き方とオーバーラップさせながら、共感的に読みました。
<20060918ATさん>
写真学会誌の記事は、学会誌で興味深く読ませていただきました。漠然と抱かせていただいたYSさんというイメージが、それ程ずれていないことが分かりました。 失礼ながら私には「YSさん=快速列車」というイメージがありました。ポイントとなる駅に止まりながらもできる限り早く目的地を目指す、というイメージです。学会誌の記事を読んで、やはりそうだったか、と感じました。それにしても画像保存に30年、というのはお疲れ様でした。と同時に、それだけ打ち込める対象を持てた、というのは会社のしがらみに惑わされている当方にとって、うらやましい限りです。私個人としては、画像保存に関する興味はつきませんし、写真文化を守って行く義務があると考えています。何とか個人として続けられることは続けて行きたいと考えております。YSPS研究所でお手伝いできることがありましたら、お声をかけて下さい。
<20060920ACさん>
NHKをはじめとする放送業界は、今、デジタル化に向けまっしぐらです。(好むと好まざるとに関わらず、国策ですので従うしかありません)そうした中で、YSさんの「なぜ、今アナログ保存なのか?」という問いかけは、逆に新鮮に感じます。デジタルとアナログのそれぞれのよさを活かして、適材適所に活用していけば良いのに、今の風潮はすべて「デジタル命」のような感じですね。
<20060921KHさん>
写真分野と出版分野の共通点のご指摘に共感いたしました。アナログとデジタルの棲み分けの問題は、最近デジタル化やデータベース化などを担当している身としてよく考えさせられる場に直面しております。やはり歴史研究者の中には、まだまだデジタル化とアナログとの棲み分けを理解されていない方も多い印象があります。私は歴史研究の立場で、今後この棲み分けを考えて、実践していくことが必要だと自己認識しております。
<20060924YMさん>
YSさんの定年を見通したテストを話を見て、あのころ出していた十数年先まである(30年だったような気がしますが)実験伝票を思い出しました。はんぱじゃないなとは当時思っていましたが、こうやって蓄積されてきた事実を思い返せば、この仕事は好きで執念深くないとできないなと、感嘆する次第です。事実は最強の武器であると同時に、何があっても妥協せずに相手を説得し続けてきた、あのころのYSさんの姿勢が思い出され、生きていく中で何が大事かと言う仕事を越えたものを感じさせてくれ、いい人に巡り会えたなと思っています。定年後はこうしたいと言うことも当時から聞いていましたが、そのような姿勢も大いに勉強させてもらいたいです。ともあれますます元気でご活躍の様子、何よりです。自分のことようでうれしい限りです。
・・・
20061014>>>「YSPS研究所」としての「京都講演会」成果
10/11-12の1泊2日で京都に出かけていた。
その中で「YSPS研究所」としての成果を述べたい。
10/11
京都市内で「コロタイプ印刷」の製造販売を一手に引き受けている日本で唯一の企業である「便利堂」のOYさんと約1時間対話を試みた。
毎年2回「コロタイプ技術の保存と印刷文化を考える会」を開催されていて、今度の11/24に東京文化財研究所で6回目の研究会を開催予定とのことであった。
OYさんとは写真学会・マテリアルライフ学会・文化財関連全てに絡むお付き合いを続けている。更には「なんアラ」出版にも参画いただいている。
今回の1時間では「YSPS研究所」のコンサルタント業務としての提携の可能性打診が主目的であったがそれに関連する進展は無かった。
むしろ「コロタイプ技術研究会」の今後の向う方向をもう少し保存技術を科学的に解明するアプローチに力を注ぐべきとの意見を述べて今回は終了した。
続く京都工芸繊維大ベンチャーラボでの「複合材料長期耐久性評価研究センター講演会」(副題は耐久性を機械の観点から、化学の観点から考える)で、私が「文化財保存を意識した長期写真耐久性評価」のタイトルで1時間講演を行った。
私の講演の前に同大学名誉教授のMIさんが「プラスチックスの長期耐久性評価法の一考察」のタイトルで話され、参加者約40名の質疑応答も熱が入っていた。
私の講演はちょっと場違いの感もしたが、続いて行われた懇親会も含めると広い意味での耐久性に多くの方が関心を持たれていることが良く理解できた。
特に1800年前の生脳発見から現在の保存方法、超耐久性保存方法、文化財保存の現状、保存性とベンチャービジネスとの関連など多くの意見交換が出来て「YSPS研究所」としても大きな成果が有った半日であった。
この講演会を主催され、今年4月に同大学の教授として着任されたYFさんは同大学の「教育研究プロジェクトセンター」の中の10個のセンターの一つをセンター長として持たれていて、翌日のYFさんとの会話の中でYFさんから私の特任教授としての可能性打診を戴き今後の「YSPS研究所」としてのステイタス高揚に大いに役立つと期待している。
10/12
翌日は先程述べた今後のYFさんとのお付き合いの具体的進め方の話をしてYF教授室を後にした。
もう一件京都市伏見区にある高校時代の同窓生KOさんを尋ねた。
KOさんは営業肌一筋に勤めてこられ現在30を越えるテナント全体を管轄している営業総務取締役の任に就かれていて、忙しい日々を送っておられる。
今回はどちらかと言うと学会とは一線を画した商売として「YSPS研究所」活動に役立てる話しが貰えるのではとの気持ちから対話をしたが、短い時間ではあったが「なんアラ」出版事業のスポンサーの可能性も含めて今後の展開が期待できる予感が持てた。
以上実り多い2日間であった。
・・・
20061021>>>YSPS研究所本格稼動10>>税理士による個別指導2
7/2の「YSPS研究所」ブログで最初にお願いした税理士HMさんとの「個人事業における記帳指導」の成果を述べた。
そしてその2回目の個別指導に関してHMさんの体調回復を待って次回開催することを9/30のブログで述べた。
その2回目の個別指導が昨日ようやく実現した。
まだHMさんの体調回復は万全でなく大変申し訳なかったが、9/30ブログで記載した次の項目に関しては充分理解できる範囲での成果が昨日の話し合いで出来たと思っている。
1.まず投資金の扱いに関しては当方の考えどおり、事業主借の形の事業資産として記帳することで合意した。
2.次に在庫管理の棚卸しの仕方は実際は年末になるが、「なんアラ」本の在庫、ハガキプリントセットの在庫、シールプリントセットの在庫数及びその原価計算の方法を明確にすることで理解した。
3.次に個人書店及びセブンイレブンにおける委託販売の対応については実際にお金が動いた時点での金額で売り上げ計上することで合意できた。
4.更に謹呈本の扱いは金銭が動かないので、在庫管理の棚卸し段階で帳尻を明確にすることで実施する予定である。
5.最後にスポンサー前払いの扱いはその時点で金銭が動いているので売り上げ計上することにした。
以上が事前に予定していた質問事項であったが、昨日その場で疑問になったことを含めて追加は以下となった。
6.事業主報酬の考え方はちょっと会社方式に対してまだ理解出来ないでペンディングとなった。
7.不明になっている在庫についてはその処理は理解できた。
8.個人事業としてのバランスシートとYS個人としての確定申告の違いについてはまだ実感が無いので次回(来年1月中旬)に具体的に話し合うことで合意した。
9.予定通り次回と次々回(2/中旬)で確定申告に向って最終調整をお願いすることで個別指導を終えるつもりである。
以上今回もHMさんのお陰でかなり納得しながら記帳が進めていける自信がついた。
・・・
20061028>>>YSPS研究所本格稼動11>>大阪・奈良出張と「YSPS研究所」
10/25-27の2泊3日で大阪・奈良に出張して、いろんな活動を行ってきたが、その中で「YSPS研究所」としての部分を取り出して記述したい。
10/25
エル大阪で行われた色材協会関西支部主催の色材講演会「微粒子技術の最前線」で、5件中3番目に「写真プリント系微粒子材料の文化財的長期安定性評価方法」のタイトルで講演した。
聴衆は約30名で、他の4件とは若干異質な内容であったが微粒子の安定性とひの特徴が絡む特異性と言う共通点で議論がかみ合ったと考えている。
YSPS研究所としての宣伝効果は充分得られた。
同時に明治大宮腰教授の「ナノ漆」は文化財保存の観点から非常に興味の持てる内容であった。
10/26
この日は高校同窓生MSさんと橿原神宮でYSPS研究所のタスクと将来の方向について話し、「なんアラ」通巻5号を謹呈して今後の出版活動に対して協力を要請した。
10/27
大学の同窓生KYさん夫妻と35年ぶりに会って友好を暖めると共に上記と同様に、、「なんアラ」通巻5号を謹呈して今後の協力を要請した。
続いて奈良市写真美術館のKSさんと会い、現在実施されている「相田みつを・入江泰吉:書と写真の世界」を鑑賞した後YSPS研究所のタスクである地球規模での文化財保存について議論した。
この相田・入江のコラボは「なんアラ」にも非常に近い位置づけでとても議論にも熱が入った。
・・・
20061104>>>YSPS研究所本格稼動12>>画保セミナーでの活動
11/2に恵比寿の東京都写真美術館で日本写真学会・画像保存研究会主催のH18年度「画像保存セミナー」が開催された。
一時期開催場所が東京工芸大中野キャンパスに移動した時もあったが是非この場所で定着して欲しいものである。
YSPS研究所活動の一環としての参加であるのでそれに関連する内容をピックアップして述べてみたい。
最初のジョージイーストマンハウス国際写真博物館マーク・オスターマン氏の話は写真の保存修復に関する歴史的技法の研究と実践の具体的解説でこの分野の人に取っては大変有意義な内容となったであろう。
次の3件(東大史料編纂所谷昭佳氏、歴博勝田徹氏、奈文研井上直夫氏)の画像保存ケーススタディはアナログ・デジタル保存の併用社会での苦悩が滲み出ていた。特にこの3年間での激変における戸惑いが肌で感じられた。
福井県文化財調査センター本田達也氏、堀内カラー川瀬敏雄氏の福井豪雨での被災写真原板救済は生々しく天災に対する人間の無力さが伝わってきた。
国会図書館木目沢司氏、NHK小納谷雅明氏のデジタル画像保存の話はデジタル活用・アナログ保存を強く印象付けるものであった。
全体でYSPS研究所のタスクを意識した立場からの質問を2件行ったが、特に今後大規模レベルのみならず個人・小規模博物館/美術館におけるデジタル画像保存・活用は益々重要なポイントとなるのでこの画保研究会・セミナーを通してその方向のリーダーシップを取れる内容を持続できることを期待したい。
休憩時間・昼食・懇親会を通してYSPS研究所活動の現状を理解いただけるよう20人を超える多くの方々と話し合えたことは大いなる成果となった。
・・・
20061111>>>YSPS研究所本格稼動13>>来年度年賀状購入
来年度の年賀状が11/1から発売開始され、事前に650枚を予約しておいた。
昨日それを郵便局に取りに行った。
従来は400枚だったので、今回のYSPS研究所としての250枚増加分を入れての数となる。
果たしてこの増加分250枚、YSPS研究所としての収入増加に繋がるかどうかは不透明だが、将来を見越しての投資額12500円也!
YSPS研究所名で領収書を発行してもらった。
これから半月ほどかけて従来の400名の住所名登録に加えて、新たに250名分をソフトに登録する作業が始まる。
これも結構大変な作業である。
丁度時期を同じくして、外の天候は雷雨でこの寒冷前線通過を境に山では雪が降り始めそうだ。
今年も後ひと月半、健康に留意して頑張ろう!
・・・
20061118>>>税理士TMさんに哀悼及び新税理士要請
YSPS研究所の経理の相談をさせて頂いていたTMさんが11/7に突然逝去された。
ここに謹んで哀悼の意を表すると共に御冥福を心からお祈りいたします。
TMさんは小田原税務署からの要請を受けて小田原税理士協会より派遣戴いたのが6/28のことだったからそれから僅か4ヶ月余りで亡くなられたことになる。
先日10/20に2回目の記帳指導を戴いただけに今でも信じられない気持ちである。無理をされてお越しいただいたのではとちょっと悔やまれる。
小田原税務署からは新しい税理士を派遣してくれるように税理士協会に依頼したとの電話連絡が有ったが、このような突然の状況なので引継ぎも全く出来ていないのが現状である。
今までの状況説明を行いたいので、早期に新税理士を派遣いただきたい旨要請をしておいた。
・・・
20061125>>>YSPS研究所本格稼動14>>「なんアラ」鳴門講演会とYSPS研究所
YSPS研究所のタスク5項目の内の重要な位置を占めている「なんアラ」出版活動。
一昨日の11/23無事、鳴門市民会館で通巻5号の出版記念講演会を終了した。
参加者は14名で、家族的な雰囲気で4時間半はあっという間に過ぎてしまった。
途中の懇親会ではバックナンバーを含めた「なんアラ」出版本を9冊、ハガキサイズイラストプリントセットを3冊、シールプリントセットを2冊購入願い、YSPS研究所としての資金面でも御協力いただいた。
この場を借りてお礼を申し上げたい。
又これから半年後となる「なんアラ」通巻6号の出版(2007/4/末)、仙台講演会(2007/5/27)に注力を注ぐことになる。
・・・
20061202>>>「YSPS研究所」のための新税理士さん派遣
11/18のブログで記載したが、3/1に正式発足した「YSPS研究所」経理をサポート戴いていたTMさんが先月お亡くなりになり、小田原税務署には新規税理士さんの派遣をお願いしていた。
数日前に小田原税理士協会よりお電話があり、来週12/8にこちらに来ていただけることが正式に決定した。
いずれにしても又振り出しに戻ることが煩わしいが、前日の12/7に青色申告のための説明会が税務署主催で実施され、それに出席するのでその結果とも合わせてこの難局を乗り切ろうと思っている。
・・・
20061209>>>青色決算説明会出席と新規税理士STさん
先週のこのブログで紹介したとおり、一昨日小田原税務署主催の青色決算説明会に出席した。
6月の新規青色記帳説明会と内容はかなり重複したが、出席者は前回の2倍以上の20名程度で確定申告時期が迫っていることが肌で感じられた。
内容はやはりかなり難解で出席者の何割が理解されたのか疑問を感じる。
約3時間に及ぶ説明はとても疲れたが無料でやってくれるのだから文句は言えない。
6月の説明会と合わせてかなりの知識過剰気味の感は否めない。
その翌日となる昨日、先日お亡くなりになったTMさんの後任と言うことで小田原税理士会からSTさんに来て頂き引継ぎを詳細に確認した。
STさんはTMさんより数歳年上だが、質問に対してはっきりと自分の意見を述べて戴けるのでとても好感が持てた。
収穫は従来から気持ちの中でモヤモヤしていた赤字決算に関すること、及びYSPS研究所個人事業分の経費計上に関することが明確になりスッキリした気分で約2時間の話し合いは終了した。
次回の1/末までに青色申告決算書の下書きをしてSTさんとの2回目の個人指導に向うことにした。
いずれにしても年末の棚卸しが最初の関門だ。
・・・
20061216>>>仙台方面出張とYSPS研究所
今年も後余すところ半月となった。
YSPS研究所としての正式事業発足は3/1なのでまだ1年にならないが、この「YSPS研究所」ブログは本年1月の最初の週から始めているので、年末で丁度1年となる。
今週の12/10-13で仙台方面にYSPS研究所として出張した。
つまり交通費などの経費はYSPS研究所から出費したことになる。
先週・先々週のブログで記載した青色申告記載もその線で実行中である。
さて今回の仙台方面出張でYSPS研究所としての成果を述べてみたい。
まず12/10の便利堂主催「コロタイプ印刷研究会」仙台フォーラムでは、文化財的長期Archivalに該当する講演・質疑が懇親会を含めて実施できてとても満足できるものであった。
特に懇親会では5名の方との名刺交換及び5分程度の挨拶を通してのYSPS研究所としての活動を認識していただいたことは有意義な時間となった。
もう一つの成果は大学における講義の可能性探索で、初日のSIさん所属の仙台・宮城大学、二日目にお会いしたYMさん所属の山形・東北芸術工科大学、そして三日目にお会いする予定で会談は実現しなかったがMMさん所属の米沢・山形大学について今後地道にフォローを実施していく予定である。
更に人脈の開拓によるYSPS研究所の活動範囲の拡大を図る行動は、初日の研究会とその後のSIさん、二日目の東北電子産業のお二人、エスペック仙台営業所TIさん、三日目のYMさんに加えて米沢のTKさん、HKさんと予想以上の多くの方々と交流が達成できたと喜んでいる。
今後この実績を是非アナログ人脈ネットワークとして確実なものにして行きたい。
・・・
20061223>>>名刺リストと年賀状
いよいよ今年も後1週間となった。
YSPS研究所として今年中にやらなければならないことは多い。
その一つに人脈のまとめがある。
人脈ネットワークはやはり名刺の整理から始まる。
今年も数多くの方々と名刺交換をした。
まずその数を今数えてみると103枚有った。
この中から新たに年賀状送付に加えたのは僅か6枚に過ぎない。
と言うことはほとんどが電子メールのやりとりで済ませていることが良く分かる。
数年前に比べる全くの様変わりである。
と言う訳で年賀状の数が減ったのかと言えばそうではなく、今回倍増となる650枚の年賀状を昨夜作製をやっと終えたところである。
つまり電子メールだけで済ませる関係のデジタル人脈ネッワークと年賀状を実際に手元に届けて人としての人脈を作って行きたいと思っているアナログ人脈ネットワークとは自ずと異なることを意味している。
勿論この両者でオーバーラップされている方々も多く居られるので一概には言えないが又どこかでその分布を調べてみると何か面白い結果が得られるかも知れない。
・・・
20061230>>>YSPS研究所設立1年目を振り返って!
いよいよ今年も残すところ後2日。
今年はYSPS研究所を3/1に設立した。
その2ヶ月前の1/8にこの「YSPS研究所」ブログを立ち上げ、実際のYSPS研究所設立前の状況を1週間に一度土曜日に継続して掲載してきた。
YSPS研究所設立後もこのブログは一度も休まずに週一度のペースを保ちながら本年末を無事迎えることが出来た。
ここで1年を振り返って見ようと思う。
YSPS研究所は小田原税務署にも正式に個人事業として3/9に正式に開業届けを出している。
その内容は
1.保存科学に関連するコンサルタント業務
2.保存科学に関連する本の出版業務
3.保存科学に関連する教育活動業務
である。
1のコンサルタント業務は主としてOS社の社員の方々に「保存性に関する評価一般」を延べ4回に亘り講演を行いその後質疑応答を実施した。
来年も継続して実施予定である。
2の本の出版活動は「なんアラ」通巻4&5号を4月、10月に発刊して、その翌月にあたる5/28と11/23にそれぞれ米子、鳴門で出版記念ミニ講演会を実施した。
3の教育活動は定例の東京工芸大で12/1に約100名の学生対象で「文化財を意識した保存性一般」の講義をしたのを始めとして、10/11に京都工繊大で、10/25に色材協会関西支部(大阪)で、5/25に技術情報協会(東京)でそれぞれ講演を行って「各種マテリアルの保存性概論」を流布した。
その他の活動として日本写真学会誌8月号に「私の写真史」としてFF社在職中の活動概要とYSPS研究所への流れを記述して掲載された。
以上の活動を個人事業として税理士さんの指導の下に来年度始めて青色確定申告をすべく準備中である。
現在出版物の棚卸し、YSPS研究所として使用した固定資産税配分、電気代・水道代の計算をして今年の締めくくりとしたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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「YSPS研究所」200608&9まとめ(20071001転記)

2007-10-01 06:49:28 | Weblog
月初めはこの「YSPS研究所」ブログの前月まとめの日とします。
以下2006年8&9月のまとめ9件
・・・・・・・・・・・・・
20060805>>>YSPS研究所本格稼動1>>建屋の地固め
先週のブログで、下記表明をした。
週末ごとにリニューアルしてきたこのブログの副題「YSPS研究所始動」も今回で20回目を迎えたので始動の文字は今回のブログで終了とし、次回からは本格稼動と改名して新たにスタートする予定である。
では早速と内容に入るつもりで有ったが、この一週間はYSPS研究所の建屋の地固めに時間を費やしたのでその話をまず最初にすることにした。
これはひと月前に遡る。
ここ数日の猛暑とはうって変わって梅雨空が続く日々であった。
玄関の扉を開けた家内が「噴水だ!」と叫んでいる。
行ってみると確かに上水道のメーター付近から水が噴出しているのだ。
猛暑の今なら見ただけで涼しげな感慨にふけられたが、その時は大雨の中だったので最初は鉄砲水と勘違いしたくらいだ。
市役所の水道課に電話したら半時間後には駆けつけてくれた。
原因は水道本管と家屋水道メーターとを繋ぐわずか数メートルの鉄管(約35年前に敷設された直径15mm程度の)が腐食して徐々に漏水しこの大雨で一度に噴出したらしい。
その日は応急措置で屋内給水には何ら支障は無かったが、水道メーターの前での漏水のため上水道管理(この地区は管理が上水道は秦野、下水道は松田に分かれている。)の秦野市役所のお役所仕事としては珍しく早急に本管接続変更工事をしたいとの要請が数日前に水道業者をつれてやってこられその翌日から大掛かりな工事が始まった。
自宅前の6メートル道路を通行止めとして、丸2日を要して昨日ようやく繋ぎ替えが終了した。
作業としてはまず6メートル道路のどの位置に本管が有るのかが不明でコンクリートを切削・掘り進みほぼ中央で地下1.5メートルで上水道本管を発見。同時に下水道・雨水・温泉(今は使用されていないが昔はこの配管がされているユニークな団地であった)・ガス配管の全ての位置が判明した。
まず本管から新規な接続配管を自宅前まで埋設する作業で1日。そして漏水している旧接続配管の本管元を再度掘削探し当てそれを元で止水する作業に1日。
昨日やっと終了し、現在は無事新規接続配管を経由した水が勢い良くYSPS研究所兼我家を流れているが、まだ最後の修復作業(玄関前の階段)が残っていて今朝の9時から始まる予定である。
これでやっとYSPS研究所の事実上の地固めが完了したことになる。
YSPS研究所のタスクの一つに地球規模の保存科学があるが、最初に地面の下に問題が隠れていたとはちょっと皮肉なスタートとなった。
いずれにしても文化財とは到底考えられないが、人間が生活していくうえで避けて通れないマテリアルの耐久性評価に関係する「保存科学」そのものであると考えている。
いずれYSPS研究所としても取り上げたいテーマの一つでもある。
最後に1枚大掛かりな作業風景を掲載してこの話を終了としたい。
・・・
20060812>>>YSPS研究所本格稼動2>>日経新聞からの活動ヒント
昨日の「なんでもアラカルト」ブログで一部取り上げたが、本来はこの「YSPS研究所」ブログの内容であるのでこちらで本格的に取り上げたい。
2006年8月10日日経夕刊の「記者手帳」と言うコラムで、森山真弓衆議員が日本の近現代を捉えた写真の保存活動に力を注いでおられるとの内容を見つけた。
これはYSPS研究所のタスク下記4&5に関連する内容である。
4.保存科学と言う共通項を情報保存・文化財保存の分野に広げ、学会(写真学会・マテリアルライフ学会など)で発表することにより、真の保存科学を見極める行動を展開する。
5.保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
つまり森山氏の「日本写真保存センター(仮称)」を設立してテーマ・写真家毎に資料を整理し希望者に有料で貸し出すという構想に共感を持った訳である。
又森山氏はデジタルカメラ時代に敢えてフィルムカメラを使い撮影の緊張感の必要性を強調すると共にその撮影されたネガフィルムには歴史の記録と言う文化的な値打ちが有るとされている。
流石元文部大臣の言葉だけに重みがある。
このくだりにも大変共感できるものがあり、是非お会いして「YSPS研究所」が抱いている構想も入れた対談が実現できればと考えている。
具体的には首相官邸写真室のTKさんを通してのアプローチを考えているが、果たしてスムーズにことが運ぶだろうか?
まずは当たって砕けろ精神で行ってみよう!
この様な対談はあくまでも対等であることが必要で、こちらのお土産は過去に写真学会などで強調してきた数編の論文記事である。
後はいつ実行するかであるが、国会もいろいろあってタイミングを見つけにくいがまずはTKさんと電話で話してみよう!
・・・
20060819>>>YSPS研究所本格稼動3>>日経新聞からの活動ヒント2
先週自民党森山真弓衆議員の写真の保存活動に力を入れ、「日本写真保存センター(仮称)」設立構想を持っておられるとの日経記事を紹介したが、昨日のやはり日経夕刊に今度は「SPレコードの音楽や演説」をデジタル化して遺す民間活動の財政支援を政府・与党が考えているとの記事が掲載された。
僅か一週間の間に同類の内容の記事が日経に立て続けに掲載されるのも偶然では無いと理解できる。
つまりこのなんでもありの時代に人間は何を遺し、何を実行すべきなのかを真剣に考えていこうとする兆候であると理解したい。
上記二つの活動は決してYSPS研究所の活動と切り離せない、むしろ協調して進めて行きたい内容である。
規模の違いは承知の上で、YSPS研究所しか出来ないユニークさをたもちながら受け入れられるところは受け入れ、利用できるところは利用していきたいと願っている。
具体的に何をするかは先週述べた直接担当者との人としての会話が最も手っ取り早いと思っているが、この政局の変化の大きい波の中でタイミングが難しく少し考えをまとめてアプローチしたいと思っている。
・・・
20060826>>>YSPS研究所本格稼動4>>最近の読書からの示唆
先週・先先週と日経新聞から「YSPS研究所」活動に対するヒントを得たことを述べたが、今週は最近の読書からの活動ヒントを述べてみたい。
最近並行して3つの本を読んでいる。
河出書房新社・歴史の謎を探る会編「世界の三大宗教」
岩波書店・土屋賢二著「ツチヤ教授の哲学講義」
筑摩書房・野崎昭弘著「不完全性定理」
いずれもまだ読書は完了していない。
何か共通点が有るのかと言うと特に購入時は関連性は無かったように思う。
そしていずれもまだ読書中と言うほど難解でもページ数が多いわけでも無い。
ここ数日読んでいて感じるのは本の中で共通してプラトン・アリストテレス・デカルトと言った哲学者の名前が出てくることである。
「・・・哲学講義」や「・・・宗教」は題名から容易に想像できるが、「不完全性定理」からもほぼ読書中の同じ時期に同じ名前が登場したのにはちょっと驚いた。
しかしよく考えてみると哲学・宗教・数学は大きなくくりから考えるとジャンルは同じであって不思議ではない。
これらの読書からYSPS研究所のタスクの5番目に掲げている
保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
に大いに得る所があり、上記読書はYSPS研究所としての活動には大変参考になるし、この様な情報の収集とそれからの具体的活動への展開を進めて行くことを継続していきたい。
・・・
20060902>>>YSPS研究所本格稼動5>>読書の秋>五感の定義
YSPS研究所とはいったい何をする所なのか、そのタスクに関しては何度か過去のブログで紹介しているが、その5番目に
「保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。」が存在する。
9月に入り一度に秋が来た感がするが、秋といえば読書が一番に想像される。
YSPS研究所に関連する書物をここ数年何十冊と読んできたが、含蓄がある本の一つが本日紹介する一冊「感性の起源」である。
この本は2004年11月25日に中央公論新書から出版されたもので、著者は都甲潔さんである。
YSPS研究所が掲げる上記タスクの議論を8/30に偶然ではあるが我が町松田で約5時間に渡り元FFの先輩TSさんとイタリアンレストランで行ったことが切っ掛けである。
話題が「五感の定義」に至ったとき、約2年前に読んだ上記「感性の起源」を思い出しその話にのめり込んで行った。
五感の内、視覚・聴覚は最も我々人間が重視して発達させてきた感覚であるが、他の3つ触覚・嗅覚・味覚は果たして対等に考えられる位分かっているのであろうか?
この本の中で、最初の部分に「アメーバーの様な単細胞生物も感性を持つ」と言うショッキングなタイトルのくだりがある。
中身は我々人間とは逆に単細胞生物は視覚は無いが、味覚・嗅覚を発達させてエサに対して「近づく」、「逃げる」と言う行動だけでなく、「好き」「嫌い」「おいしい」と思う(であろう)感性が存在するというのである。
この様な話から何と2-3時間は議論が続いた。
最後の結論は出なかったが視覚・聴覚だけでなく、触覚・嗅覚・味覚も入れた五感を同時に感じられるイベントが出来ると楽しいなあと話しながら、実際に今行っている対談がそれに相当すると分かって笑ってしまった。
更には五感以外の感覚についてももっと感性を磨いて感じられれば良いなあと話し合いながら人間の業の深さに呆れてしまった。
本日は閑話でした。
・・・
20060909>>>YSPS研究所本格稼動6>>第二東名とYSPS研究所
YSPS研究所のタスクの中に
4.保存科学と言う共通項を情報保存・文化財保存の分野に広げ、学会(写真学会・マテリアルライフ学会など)で発表することにより、真の保存科学を見極める行動を展開する。
5.保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
があるが、高速道路開発と「保存科学」とは切っても切れない関係にあると考えている。
なぜなら道路の新設時には必ず文化財発掘が絡んでくるし、以前にも話したかも知れないが鳥取県の青谷上寺地遺跡も山陰高速自動車道開発時に発見されたもので、この開発が無かったら1800年前の生の脳の発見は無かったことになる。
と言ったわけで、以前から第二東名には一般的に言う環境問題も含めて大変関心があり、約10年前に実施された環境アセスメント説明会にも積極的に参加してきた。その後神奈川県側での説明会はピタッと無くなったので静岡県側で既に進んでいる第二東名の神奈川県側建設は凍結されたものと思っていた。
突然先週の土曜日(9/2)に我が町松田で第二東名事業概要説明会が開かれたので何はさておきそれに参画して来たのでその様子と私見を述べたい。
内容は日本道路公団の民営化に伴い、この第二東名は中日本高速道路(NEXCO)が担当して開発を進め、静岡県側は6年後のH24年に完成、最後となる神奈川県側の西部地区はそれから更に8年遅れてH32年に完成する予定との概要説明があった。
約10年前の環境アセスから説明会が途絶えた理由を質問したが明確な回答は得られなかった。又環境アセスデータ(通常は有効期間が5年らしい)の有効性も議論されたが第二東名としては建設が継続されているので、神奈川県側のデータも13年前になるが有効であるとの見解であった。
大きなくくりからするとこの第二東名の必要性は賛否両論があり、必要悪と言ったところで痛み分けの感がある。
東海地震等の非常時に有効との方向に持っていかれるとちょっと違和感があるが流れとしては仕方が無いことかも知れない。
それよりは「保存科学」としての遺物発掘が気になるが、神奈川県側は80%近くがトンネルでその場合の遺物発見はどのように扱われるのかちょっと不安が残る。
いずれにしても少し勉強をする必要が有りそうである。
・・・
20060916>>>YSPS研究所本格稼動7>>コンサルタント業務と健康管理
YSPS研究所のタスクのトップは
1.保存科学に関連する種々のコンサルタント業務を実施する。
を掲げている。
このコンサルタントはどのあたりまでを含めるのかは難しいが、
実行動としては大学、学会、企業で「保存科学」に関する講義・講演を実施し、その見返りとしてYSPS研究所の収入の部分を確保することになる。
実際来月は関西で2件(10/11京都工繊大・10/25色材協会関西支部)の決定に続いて、10/18にはOSでの企業コンサルタントとしての今年第4回目となる講演会を実施することが決定した。
11/2のセミナー参加(こちらは支出になるが・・・)や12/1の東京工芸大での講義も決定しており、まさしく勉学の秋と言ったところだ。
所でこの様な活動を継続するためにも健康管理が最も大切であることには違いない。
そこで9/13&14の両日この付近の市町が主催している「保健医療セミナー」の4つの講演に参加してきた。
タイトルは
1.「メタボリックシンドローム」とは何ですか?
2.「しびれ」でお困りでないですか?
3.家族を過労死させないために
4.増えてきた軽症うつ病
どれも身につまされる内容で、何件か質問もさせてもらい有意義な2日間であった。
・・・
20060923>>>YSPS研究所本格稼動8>>資金投資
YSPS研究所が設立されたのが、今年3/1。
それに先立ち「YSPS研究所」ブログを立ち上げたのが今年1/8。
いずれにしても半年以上が経過している。
やはり資金面、とくに収益が気になってくる時期だ。
この時期にYSPS研究所にYMさんより投資の打診があり、快く了承した。
経理面での扱いは又税理士との相談としたいが、いずれにしてもありがたいことである。
・・・
20060930>>>YSPS研究所本格稼動9>>税理士との打合せ?
YSPS研究所の活動としての財政面での運営サポートのために小田原税務署経由で小田原税理士会から派遣戴いたHMさんから記帳指導を戴いている。
1回目を6/28に実施し、2回目を9月に実施予定であった。
所がHMさんが2ヶ月あまり入院されていて連絡がつかず、昨日やっと税務署からの連絡で本日退院とのことであった。
種々お聞きしたいことがあって、HMさんからの連絡を待って以下の項目を話し合う予定にしている。
1.投資金の扱い
2.在庫管理の仕方
3.セブンイレブン委託販売の対応
4.謹呈本の扱い
5.スポンサー前払いの扱い
などである。
いずれにしても始めて出くわすことばかりで戸惑っている。
HMさんの回復が待たれる。
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「YSPS研究所」200606&7まとめ(20071001転記)

2007-10-01 06:48:04 | Weblog
月初めはこの「YSPS研究所」ブログのまとめの日とします。
以下2006年6&7月のまとめ9件
・・・・・・・・・・・・・
20060603>>>YSPS研究所始動12>>保存科学研究に関する協調
先週のブログで京都講演会に関して述べたが、その折に現在京都工芸繊維大学在籍のYFさんと半年振りにお会いしていろいろ旧友を暖めた。
その折に本日のテーマである「保存科学研究に関する協調」の話が持ち上がった。
つまり大学で上記テーマに関しての共同研究およびセミナー講師の提案であった。
昨日それに関して具体的な話がメールされてきた。
内容は当大学で複合材料長期耐久性評価研究センターを開設し、その記念イブニングセミナーを開催するとのこと
協賛はマテリアルライフ学会関西支部、関西FRPフォーラム、強化プラスチック協会耐食部会(予定)であり、詳細は下記のごとくである。
日時:2006.6.16(金) 17:00~19:00
場所:京都工芸繊維大学 ベンチャーラボ 1階ラウンジ
費用:無料 (但しビール代カンパとして1000円徴収)
テーマ:長期使用GFRPの劣化事例とセンターの構想
2006.6.1より京都工芸繊維大学にて複合材料長期耐久性評価研究センターが開設されることになりました。開設にあたり、取り組み内容のご説明および皆様方のご意見をお聞かせいただき今後の運営の参考にさせていただきたいと考えます。
今回は別件も有り出席を見送らせてもらったが、YFさんとはYSPS研究所として今後親密にお付き合い戴くべき相手であることを再認識した。
又YFさんは「なんでもアラカルト」通巻2号の執筆者・通巻3号講演会出席者であり、大学での講義が実現すると「文化財的Archival教育」とも関連して3つのブログ共通して切っても切れない関係に有る方となる。
今後とも宜しくお付き合い願いたい。
・・・・・・・・・・・・・・
20060610>>>YSPS研究所始動13>>新規青色記帳説明会
昨日「なんでもアラカルト」のブログで一部紹介したが、この「新規青色記帳説明会」はYSPS研究所の課題であるので本日ここで詳細な報告をしたい。
4/22のブログで、会計ソフトを購入したことと、3/9に小田原税務署に申請した簡易簿記申請から複式簿記申請に変更することを記載した。
一昨日の6/8に小田原税務署のほうから南足柄商工会議所に出向いてきて個人事業対象者向けに説明会が有った。
上記4/22の変化点に関しての更なる知識取得、Q&Aを目的として説明会に望んだ。
会計ソフトに関しては実際に使用しているこのパソコンを持参して具体的な疑問点を投げかけてそれに対する回答をその場で得られたことは大変助かった。
又コンサルタント業務と出版事業の繋がりを税務署に説明してある程度の理解を求めたが、今後年末の段階で備考欄にその繋がりの内容を具体的に記載することを勧められた。
税理士の方からは簡易簿記から複式簿記に変更することのメリットなどを確認すると共に、税務署からのアンケート申請で要求した「個別指導」を今後具体的に進めて行くことを確認できたことは大きな成果であった。
・・・・・・・・・・・・・・・
20060617>>>YSPS研究所始動14>>学会誌執筆記事構想
日本写真学会誌の8月号に掲載予定の「私の写真史」執筆依頼を受けている。
原稿締め切りは7/5である。
そろそろ構想を練って執筆に取り掛からなければならない。
この原稿はYSPS研究所として対外的に出て行く最初の公式文書と考えている。
今のところプロローグでは私が写真と出合った最初のエピソードを入れるつもりだ。つまり親父から譲り受けた最初のカメラについてである。
本文はまずFF社に就職後なぜ「写真保存」の分野に足を踏み入れたのか?その切っ掛けは何だったのかを振り返ってみたい。
そして30年近く「写真保存」一筋で会社内は勿論、日本写真学会・マテリアルライフ学会・文化財関連研究会の分野を駆け抜けた実情を詳細に話したい。
その間並行して「写真分野と出版分野の共通した問題点」を考え続けて来た理由と現在に至る実情を述べる。
最後にエピローグとしてこの「私の写真史」とYSPS研究所がどのように繋がっていくのかを述べて締めくくりたい。
まあ以上のような構想を現時点で抱いているが、どの様な報告文となるか執筆者本人にもまだ分かってはいない。
乞うご期待である!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・
20060624>>>YSPS研究所始動15>>学会誌執筆記事進行中
先週に続いて学会誌投稿文進行中なので途中経過を・・・・。
まだあらすじだけだが・・!
日本写真学会誌「私の写真史」
「なぜ今アナログ保存なのか?」
写真はどこから来て、どこに行こうとしているのか?
写真は今どこにあって、これからどこに残って行くのか?
写真はどんな環境に存在していて、今後どのように変化していくのか?
1.プロローグでは私が写真と出合った最初のエピソードを入れるつもりだ。つまり親父から譲り受けた最初のカメラについてである。ミノルタ製レンズシャッター式コンパクトカメラ
ブリキ製幻灯機
最初のカラー写真
一眼レフフジカST801.初の1/2000秒
ミノルタアルファー7000
2.本文はまずFF社に1971年就職後なぜ「写真保存」の分野に足を踏み入れたのか?その切っ掛けは何だったのかを振り返ってみたい。
1974-1976のカラーレントゲンプロジェクト
3.そして30年近く「写真保存」一筋で会社内は勿論、日本写真学会・マテリアルライフ学会・文化財関連研究会の分野を駆け抜けた実情を詳細に話したい。
1980年アメリカ、1984年カナダでの海外発表
光堅牢性評価法確立のための屋外写真市場調査
一般ユーザー暗保存性評価法確立のための写真保管市場調査
4.その間並行して「写真分野と出版分野の共通した問題点」を考え続けて来た理由と現在に至る実情を述べる。
1996年、「写真の保存・展示・修復」編集委員と出版会社との仲介役、1000冊完売
2003年、500冊増刷
2002-2004年で「写真と文化財の関係」特集担当編集委員
5.最後にエピローグとしてこの「私の写真史」とYSPS研究所がどのように繋がっていくのかを述べて締めくくりたい。
「なんでもアラカルト」企画・編集・出版構想、通巻10号まで!
「なんでもアラカルト」出版記念講演会構想、国内10都道府県巡回
「アナログ保存とデジタル活用」の概念確立へ
YSPS研究所設立と夢の達成へ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
20060702>>>YSPS研究所始動16>>税理士による個別指導1
先月6/10のブログで記載した小田原税務署からの通知で新規青色申告のための記帳指導を個別に実施してもらうことが決まり、6/28に南足柄市の税理士TMさんに初めて自宅を訪問願った。
3/1にスタートしたYSPS研究所の今までの流れをざっと説明して、コンサルタント業務と出版事業の関連性をまず理解願った。
その後パソコンに順次記載している内容に関して個々にチェックをしてもらいアドバイスを受けた。
ポイントは3月度の立ち上げ時の集中記載に問題が無いか?資本金などの事業主借の処置の仕方を当日のメインとして、「なんでもアラカルト」の本を謹呈した場合と執筆者への執筆料として相殺した場合に原価で売り上げそれを事業主が事業必要経費として使用したことで帳簿記載をしてみるようにアドバイスを貰った。
このパターンの数はかなりあるので、次回の9月までにテスト記載をしてそれのチェックを受けることで合意した。
又個別指導は今回を含めて合計4回(後次回9月、年末、確定申告前)受けることで了解願った。
いよいよ経営的にも本格的にスタートした感じである。
・・・・・・・・・・・・・・
20060708>>>YSPS研究所始動17>>学会誌執筆記事完成
先日より執筆活動を続けていた日本写真学会用記事「私の写真史」が完成し、学会に提出した。
その中で最初のプロローグを下記に記載する。
「私の写真史」YSPS研究所
「なぜ今アナログ保存なのか?」
「写真はどこから来て、どこに行こうとしているのか?」
「写真はどんな環境に存在していて、今後どのように変化していくのか?」
1.プロローグ(私とカメラ・写真感材との関係)
私が写真と最初に出合ったのは親父から見せられた戦時中の生々しい白黒写真だろうか?それはロバート・キャパの有名なノルマンディ海岸での写真を思い起こさせる。  それから次に大きく記憶として残っているのはやはり親父からのもので、まだ小学生の高学年の頃だろうか自分の宝物とも思える最初のカメラを親父から譲り受けた時である。それはミノルタ製レンズシャッター式コンパクトカメラでこの「私の写真史」にはイントロとして是非その姿を紹介したいと思い家捜ししたが見当たらなかった。数度にわたる引越し時に失くしたものと思われる。次に印象的なのはそのコンパクトカメラで最初にカラー写真を撮ったときである。それはもう大学生活も後半の1968年頃と記憶しているがこちらも最初のカラー写真の現物は見当たらなかった。
それでは明確に手に出来る形で残っている最初はカメラでは1971年に富士フイルム入社後最初に大枚を叩いて購入した一眼レフフジカST801(写真1)で日本(否世界?)初の1/2000秒シャッターを持ち合わせていた。これで噴水やジェットコースターなどの写真を撮って自慢していたことが昨日のように思い出される。
カラー写真ではそれより少し前の(従ってカメラはミノルタコンパクトカメラ)1970年に四国で撮影したものでプリントが同年3月21日、ネガフィルムが同年9月6日が最も古いもの(写真2)であることが今回の調査で判明した。いずれも若干の退色やカビに侵食されてはいるものの当時を思い起こすには充分な資料である。このときフィルムに撮影されてプリントされている女性が現在の家内であることはまだ富士フイルムへの入社前であるだけに感慨深いものがある。
そして富士フイルムが一眼レフから撤退して修理部品もなくなった時点で、ミノルタα303si(写真3)を購入し現在もアナログ写真はこれで撮り続けている。そのコニカミノルタもカメラ部門から撤退してこの先の部品在庫も含めていつまで撮り続けられるか不安である。
もう一つの「私の写真史」としての趣味の流れは動画である。かなり早い時期から8ミリフィルム(フジカシングルエイト)を愛用していて、今その編集したフィルムを取り出してみたがリーダーテープ(何故かTACベース)は変色・カーリングをおこしているものの中身のフィルム(PETベース)は問題なく残っている(写真4)し、先日映写機で撮影してみたが映像は問題なかった。但しこちらもカビは問題であり、着色材料の長期保存の観点からも低湿保存庫3)による保管が望まれる。又映写機のランプの確保、ゴム使用のプーリーに対する配慮など管理に注意しなければならない点は多い。
では8ミリフィルム用カメラの方はどうか言うと3台を使いこなした。特に水中も撮影できる完全防水カプセルAX100用フジカマリン8(写真5)はその当時は自慢の機種で磯に潜っては撮影したものである。これもスプリングは錆びているもののまだ使用できる状態で残っていた。でもまさしく博物館入りであろう。
この8ミリフィルムも磁気テープ8ミリビデオに置き換わり、そのアナログ磁気テープもデジタル用となった。 そしてその記録メディアがフラッシュメモリーにほぼ置き換わった。完全デジタル化の嵐である。ここでそのアナログ/デジタル両用のビデオカメラとしてソニーDCR-TRV300(写真6)を購入して現在撮影は元よりアナログテープのデジタル変換器として愛用している。これも既にディスコンになっていると思う。
プロローグとしてはかなり長文となってしまったが最後に現在愛用しているツールとしてのカメラを紹介する。静止画・動画兼用ビデオカメラであるバナソニックSV-AS30である。この特徴は何と言っても80gの軽量で電池寿命もかなり長くレンズヘッドを廻すことにより相手・自分を簡単に撮れ、現在はまっているスノボを滑りながら撮るのにぴったりのものである。上述の写真1-6もこのSV-AS30で全て撮影した。
プロローグの結論として静止画写真にしろ、動画にしろ保存としてはアナログメディアを、日常の仕事・遊びにおけるツールとしてはデジタルメディアをタイミング良く最新の機種で楽しむのがこの時代の生き方であろう。
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20060715>>>YSPS研究所始動18>>学会誌執筆記事校正とYSPS研究所との関連
先週のブログで日本写真学会誌の8月号に掲載予定の「私の写真史」のプロローグ部分を転載したが、一昨日その校正依頼が京都の印刷所からPDF形態で送られてきた。
早速英文タイトル、YSPS研究所の住所、そして15箇所の訂正を電子文として校正回答した。
本当に便利な時代になった。
切手を貼って投函する手間も無く、控えも必要ない。
これぞデジタル時代の最も得意とする分野か?
でも何か物足りなく、何か失われていっている様な気になるのは私の思い過ごしだけであろうか?
それはともかく、本日のブログは前回のエピローグに続き、この「私の写真史」のエピローグを転載したい。
なぜなら内容がこのブログにぴったりであるからだ。
ではご覧下さい。
エピローグ(「私の写真史」とYSPS研究所の関係)
最後となったがここまで述べてきた「私の写真史=写真保存研究」とYSPS研究所がどのように繋がっていくのかを述べて締めくくりたい。
私事で大変恐縮であるが今年3月に設立した個人事業YSPS研究所のタスクは以下の5項目である。
(1)保存科学に関連する種々のコンサルタント業務を実施する。
(2)「文化財的Archival教育」で今後展開していく内容を包括する活動を技術的にサポートする。
(3)「なんでもアラカルト」出版活動を資金的にサポートする。
(4)保存科学と言う共通項を情報保存・文化財保存の分野に広げ、学会(写真学会・マテリアルライフ学会など)で発表することにより、真の保存科学を見極める行動を展開する。
(5)保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
以上を若干補足すると私は「なんでもアラカルト」を企画・編集・出版構想を行い、2009年4月までに年2回(4,10月)のペースで通巻10号まで出版する計画を実行中である。執筆者は上記「私の写真史」に登場された多くの方々からも選出している。そして出版の翌月(5,11月)に「なんでもアラカルト」出版記念講演会を実施(既に神奈川県松田町・東京都千代田区・京都市・鳥取県米子市で既開催)し、国内10都道府県巡回(徳島県鳴門市・仙台市・福岡市・札幌市・橿原市・さいたま市を予定)することにより、上記「私の写真史」に関連された方々の土地で「保存科学」とは何かを一緒に語り合える場としたいと思っている。更に言うならば「アナログ保存とデジタル活用」の概念確立を目指すことにより、これまでの御支援のお礼としたい。そして地球規模・宇宙規模での「保存科学」を考えていくことにより、YSPS研究所の夢の達成を目指したい。
以上大変独断と偏見の文章となったが読者の皆様のお役に少しでも立てれば望外の喜びである。
・・・・・・・・・・・・・・・
20060722>>>YSPS研究所始動19>>新規年金受給者講習会
YSPS研究所活動と直接関係無いと思われるかも知れないが、YSPS研究所をこの3/1(ブログはそれより2ヶ月早い1/8スタート)に開設し個人事業としてここまで活動して来れたのは収支バランスにおける収入がある程度確立しているからである。
その最も大きなものが年金である。
勿論公的年金だけでは到底やっていけないので私的年金も重要な位置を占めているが・・・。
今回その内、公的年金の受給に関する講習会が遅まきながら社会保険庁「社会保険業務センター」小田原支部の主催で7/20に開催されたのでそれに出席してきた。
まずは神奈川県警の婦警さんから交通安全に関する話が約15分あった。
何が関係あるのか不思議に思っていたが、交通事故にあってしまうとその年金受給も危うくなるとの主旨かららしい。この講習会の帰りにでも交通事故にあってしまう確率も無きにしも非ずとの実感を持った。
それは神奈川県内で9分に1件人身交通事故が発生し、50所帯に1所帯の割合で交通事故による被害者が存在しているらしい。
本題の新規年金受給に関する講習は約1時間有ったがその内容は既に理解している部分が90%程度でかなり退屈な時間を過ごしたが、何点か役立つ部分があってよかった。
「年金受給権者現況届」は2年目の誕生月に送られてくること。
65歳になると再度受給申請をしないと年金が受給できないこと。
源泉徴収の仕組みの複雑さ。
不明点はこまめに社会保険事務所に赴いて聞くことが必要との思いは以前から持っている。
失業給付後の年金受給へのスムーズな移行ももう少し前から確認を取っておけば良かったとの反省が今回の講習会への積極的な出席となった。
いずれにしても権利と義務のバランスの中でサラリーマン時代は義務的にかなり多くの出費を余儀なくされたと実感しているので、YSPS研究所の個人事業としての収入を確保するためにもこの権利を有効に行使する必要性を感じている。
今週はYSPS研究所の活動資金母体の話しでした。
・・・・・・・・・・・・・
20060729>>>YSPS研究所始動20>>発足5ヶ月後の見直し
「YSPS研究所」を3/1に立ち上げて早いもので5ヶ月が経過した。
このブログも1/8にスタートし、下記「YSPS研究所」のタスクを1/21に表明したのが嘘のようだ。
週末ごとにリニューアルしてきたこのブログの副題「YSPS研究所始動」も今回で20回目を迎えたので始動の文字は今回のブログで終了とし、次回からは本格稼動と改名して新たにスタートする予定である。
そこで「YSPS研究所始動」の内容をここで振り返ってみたいと思う。
<1/21のブログ>
1.保存科学に関連する種々のコンサルタント業務を実施する。
2.1/31スタート予定のブログ「文化財的Archival教育」で今後展開していく内容を包括する活動を技術的にサポートする。
3.既に90件に及ぶブログ投稿を行っている「なんでもアラカルト」出版活動を資金的にサポートする。
4.保存科学と言う共通項を情報保存・文化財保存の分野に広げ、学会(写真学会・マテリアルライフ学会など)で発表することにより、真の保存科学を見極める行動を展開する。
5.保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
ここで上記1/21ブログ掲載のタスク5項目に関し、この始動時期に充分トライ出来たのかを見つめてみる。
1のコンサルタント業務はまずは順調で今後とも「YSPS研究所」の収入源でもあり更に分野を広めて行きたいと思っている。
次の2の「文化財的Archival教育」で今後展開していく内容を包括する活動を技術的にサポートする部分はちょっと技術サポートまでは行かず、具体的行動の部分を年内までに数回実施することでフォローしていきたい。
3の「なんでもアラカルト」出版活動を資金的にサポートする部分は最も力を入れている所だがやはり予定より約半分のサポートに留まっている。
4はこの8月での学会誌発表で当面の形は繕えたが新規性の部分で不満が残る。
5は2&4共絡むが10/11に京都工繊大で講演予定のタイトル「文化財保存を意識した長期写真耐久性評価」の中でその構想を始めて明かしたいと思っている。
以上が「YSPS研究所」開設以来5ヶ月の見直しである。
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「YSPS研究所」200604&5まとめ(20071001転記)

2007-10-01 06:46:34 | Weblog
月初めはこの「YSPS研究所」ブログのまとめの日とします。
以下2006年4&5月のまとめ9件
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20060402>>>YSPS研究所始動4>>コンサルタント業先輩の話と研究/事業/教育
何度か述べているように「YSPS研究所」のタスクは下記5項目である。
1.保存科学に関連する種々のコンサルタント業務を実施する。
2.1/31スタートのブログ「文化財的Archival教育」で今後展開していく内容を包括する活動を技術的にサポートする。
3.昨年10/26よりブログ投稿を行っている「なんでもアラカルト」出版活動を資金的にサポートする。
4.保存科学と言う共通項を情報保存・文化財保存の分野に広げ、学会(写真学会・マテリアルライフ学会など)で発表することにより、真の保存科学を見極める行動を展開する。
5.保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。

昨日のエイプリルフールの日に思いもかけない人からメールが届いた。
私の尊敬するKHさんである。
「寿命評価」の大先輩である岐阜在住のKHさん宅を訪問したのはかれこれ10年前であろうか?
既に第一線を退かれ自宅に「K&Mアルスラボラトリウム」と言う名の表札を掲げられひっそりとリタイア後の生活を楽しんでおられるのを見てこれだ!と確信を持った。
その時の強い印象がまだ目の前から離れない。
その時に既に10年後の私がぼんやりと描けていたことは今から振り返ってみると間違いないようだ。
そのKHさんからまさかメールが届くとは思ってもいなかった。
まずそのメールの長さに驚いた。
何と3000字を越える長文が届いたのだ。
しかも私の「YSPS研究所」開業を心から喜んで頂けているようでとても嬉しかった。
更に続く文章の長さも驚いたがその内容の充実振りに目を見張るものがあった。
改めて大先輩の勉強現役には頭が下がる思いがした。
ちょっとそのメールの一部を掲載してみたい。
KHさんには後で掲載に関するお断りをしておきたいと思っているが・・。
<前略>
ご専門の保存科学、小生も大変関心を持っております。
何しろ既に50年は経た木造家屋に住んでいて、始終取替えに悩まされます。
昔人間はものを大切に、使えるものは修理して、壊したり、捨てたりすれば、"可哀想”、ですから、この前お越し戴いたときの陋屋のまま、変化なしです。
殆どすべての材料、製品に"寿命"と言う人間用の言葉を使って、あまり抵抗を感じることもなくやってこれたのは、洋の東西を問わず、それぞれの繊細な文化に、大きな差がないためではないかと思うのです。
こうしてメールを書いているこのパソコンもかなりの年代ものでもういつも故障に悩まされます。いい加減に買い替えを勧められてはいるのですが、確かに、いつもご機嫌を伺いながら、自らの趣味と愛着を笑いながら頑張っているのです。
この機械、今日は素直にS様のところヘ、メールを届けてくれるかどうか、本当は疑わしいのですが、数回トライすれば何とか送れるだろうと"痩せ我慢"しながら、書いています。
<後略>
何とこれだけでも充分エッセイになりそうですね!
「なんでもアラカルト」投稿推奨に意欲がわいてきました。
本日のブログの最後に「K&Mアルスラボラトリウム」名前の由来についてちょつと触れてみます。この名前って理解しがたいですね!実はKはKHさんの名前のイニシャルで、Mは奥様のイニシャルらしいです。私が「YSPS研究所」と名づけたのもこれに触発されたことは確かです。
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20060408>>>YSPS研究所始動5>>植田正治作品展トークショー参加記録
本日の話題は上記4項目目に関連する。
私には現在お付き合いしている親友(勝手に私が思っているだけかも知れないが・・・)の中に、京都便利堂OYさんと植田正治事務所KNさんがおられる。
そのお二人が関与され共同制作された写真展が東京中野の「ギャラリー冬青」で開かれていて、しかも写真評論家の飯沢耕太郎さんとKNさんがトークショーを行うとの情報を得て急遽昨日それに参加してきたので報告したい。
タイトルは「コロタイププリントで楽しむ植田正治作品展<童暦>の世界」で、参加者は40名弱、約1時間ちょっとだったがとても楽しいトークであった。植田正治は2000年に急死したがそれから5年を過ぎてもまだ身近にその存在が感じられる「コロタイププリント」の写真印刷技術であり、トーク内容であった。
デジタル化が進む昨今の情勢の中で、写真・印刷関連業界がアナログ人間を再度見直すきっかけの一つとして、YSPS研究所としても注目していきたい。
便利堂さん、植田正治美術館さんの両方に関与していたことを誇りにしたい。
今後も保存の立場から双方の方々と更なるお付き合いを深めていくつもりである。
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20060415>>>YSPS研究所始動6>>コンサルタント業務のトライアル
本日の話題は上記1項目目に関連する。
4/11東京メトロ半蔵門駅近くにあるJCIIビルでの会合において、「YSPS研究所」としての最初のコンサルタント業務を行ってきた。
写真感光材料工業会のYSさん主催で、KMのKKさん、MSのSOさん、FFのKAさんらに混じって当YSPS研究所のYSが参加したわけである。
内容の詳細は省くが、要は昨今のデジタル一辺倒の日本国内事情からアナログ写真需要を掘り起こすためには今何をやるべきかを企業間の垣根を越えて議論する2時間であった。
結論はデジタルに正面から反対する立場で対抗するのではなく、しっかりとデジタルを受け入れながら人類にとっていかにアナログが必要不可欠であるかを素人・専門家を問わず理解出来る資料作りが重要であるとのことで合意した。
今後もコンサルタントとしてのYSPS研究所のスタンスを保ちながら協力を続きたいと思っている。
勿論YSPS研究所は事業として行っているのでコンサルタント料・交通費は支給願うつもりである。
今回はYSPS研究所コンサルタント業務としてのスタートなのでコンサルタント料はサービスで、交通費のみ至急願った。
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20060422>>>YSPS研究所始動7>>会計ソフト購入と所得税申請書内容変更
2006年3月1日、「YSPS研究所」は予定通り発足・開業し、そろそろ2ヶ月経過する。
YSPS研究所としてのタスクも徐々に始動しつつあることはこのブログでの紹介でお分かりいただけると思う。
いずれにしても個人事業として成立するにはやはり経済的観念が明確でないとダメと考え、会計ソフト購入に踏み切った。
いろいろ考えたが、アフターフォローが充実していそうな「ピクシス情報技術研究所」の「わくわく財務会計2スタンダート」を4/4に12600円で購入した。
それから半月試行錯誤して何とか使いこなせるレベルに来た。
まだ記載方法や帳尻が完全では無いが修正を加えることで何とかなりそうなことが判明したので3/9小田原税務署に申請した「青色申告承認申請書」記載事項の変更を、先週税務署に電話で連絡した。
つまり簿記の種類を簡易簿記から複式簿記に変更したいと言う連絡である。
電話での回答は別途修正申請をすればOKとのことで
備付帳簿名を
「現金出納帳」
「売掛帳」
「買掛帳」
「経費帳」
「固定資産台帳」
に加えて
「預金出納帳」
「総勘定元帳」
「仕訳帳」
「振替伝票」
を申請予定である。
YSPS研究所としての上記会計処理業務は個人事業としては必須のことで、現時点では「なんでもアラカルト」に関する現金・預金の出し入れ業務が主となっている。
しかしコンサルタント業務・保存科学に関するセミナー、学会誌への投稿など今年前半で実施すべきことも目白押しである。
まずは順調に滑り出したことに対して自分を誉めてやりたい?!
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20060429>>>YSPS研究所始動8>>保存科学の宇宙規模的思考
本日は最後の5番目の項目、「保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する」に関してちょっと触れてみたい。
この項目はあまりにスケールがでかくて当の本人も戸惑いを隠せないが、まずは勉強しかないと考え現在読んでいる2つの雑誌・単行本を紹介する。
一つは「ニュートン」2006年5月号の中の記事「我が銀河の姿」である。
この内容は3年前に既刊の別冊「日経サイエンス」140号「見えてきた宇宙の姿」に記載されている「外から見た銀河系」を更に詳細に説明した最近の成果紹介である。
付属の3Dメガネをつけての観察は更にすごいスケールで我が銀河系が迫ってくる様子が現実のものとして捉えられる。
この現状を踏まえて毎日を大切に生きなければとの感を強くしてくれる雑誌である。
もう一つは1989に初版され、今年の4月に新装改訂版として東京図書より出版された森毅著の「指数・対数のはなし」である。
この本を読んでみようとした理由は、上記宇宙を考える上でのスケールを対数的に考えることがきっかけとなっているが、この本の副題が「13歳から95歳まで楽しめる風景」であった。
まだ1/3程度しか読んでいないが、内容はかなり高度な部分もあり数学が苦手な人には難解な感じも受けると思うが対数スケールで考える意味を分かりやすく語っている。
この辺りの勉強から「保存科学」へのアプローチに繋げたいと思っている。
因みに昨年末日本写真学会誌(68巻6号501頁,2005年)に掲載した小生の「写真はどんな形でいつごろまで保存されれば良いか?」の中で「長期保存の実例は対数スケールで何桁まで遡れるのか?」タイトルで紹介しているので参照して戴ければ幸いである。
貼付画像は「なんでもアラカルト」創刊号(2004.10.31出版)P.34記載のINさん作のイラストである。
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20060506>>>YSPS研究所開設後2ヶ月経過
早いものでこのバーチャル「YSPS研究所」ブログの実体である「YSPS研究所」そのものを3/1に開業して2ヶ月があっと言う間に過ぎ去った。
「YSPS研究所」のタスクは下記5項目である。
1.保存科学に関連する種々のコンサルタント業務を実施する。
2.1/31スタートのブログ「文化財的Archival教育」で今後展開していく内容を包括する活動を技術的にサポートする。
3.昨年10/26よりブログ投稿を行っている「なんでもアラカルト」出版活動を資金的にサポートする。
4.保存科学と言う共通項を情報保存・文化財保存の分野に広げ、学会(写真学会・マテリアルライフ学会など)で発表することにより、真の保存科学を見極める行動を展開する。
5.保存科学を地球規模・宇宙規模で語れる場の提供を考案する。
この2ヶ月を経過した「YSPS研究所」活動報告を関係者に通知をしている。
本日のブログはその内容を少々アレンジして以下に掲載する。
次の活動報告まとめは半年後ぐらい後になるだろうか・・・・。
<活動報告>
3/1に門出しましたYSPS研究所も順調に推移しております。
約2ヶ月の活動報告を致します。
1.YSPS研究所としてのコンサルタント業務は、感工協に対して先日(4/10)「アナログ写真の保存性をアピールする手段」に関してのアドバイスを実施しました。又一般企業に対しても独自に「種々のメディアの長期保存性」に関するコンサルタント業務を継続して実施しております。
2.YSPS研究所としての教育活動は5/25に情報技術協会主催のセミナー http://www.gijutu.co.jp/ で「インクジェットシステムを含む各種アナログメディア画像の長期耐久性評価方法」のタイトルで講義予定で現在資料作成中。又種々の文化財関連講演会に出席(3/18昭和女子大、4/9早稲田大)して文化財の長期保存問題を学習中。
3.YSPS研究所としての学会活動では日本写真学会誌8月号掲載予定の「私の写真史」の執筆準備中です。
4.YSPS研究所としての「なんでもアラカルト」出版活動は通巻4号を4/末に刊行し、4/22より個人書店銀座店(貼付写真参照)・大阪店で店頭販売を本格的に開始しました。今回の通巻4号では本当にいろんな方々に執筆戴き過去4号の中で始めて執筆者がダブっていない25名のエッセイストを達成できました。今後もこの「なんでもアラカルト」拡販に御協力いただければ幸いです。お知り合いにお知らせいただければ光栄です。
5.同じく「なんでもアラカルト」通巻4号出版記念講演会は5/28米子市コンベションセンターで開催すべく現在準備中です。現時点での出席予定者は今井書店会長(通巻4号)NN様、鳥取大医学部教授(弥生人の生脳発見者)TI様、鳥取市在住・写真家(通巻3号)YI様、松江市在住(現島根県文化財団)学芸員(通巻2号)NM様、境港市出身(創刊号~通巻4号)JA様、米子市出身(通巻4号)AK様、鳴門市在住(創刊号・通巻3号)RB様、植田正治写真美術館学芸員(通巻5号予定)KK様、大社町手銭記念館(通巻5号予定)AS様他まだ数名の方々からの返事を待っていますが予想以上のメンバーの御出席でかなり格調高い講演会になりそうです。
以上「YSPS研究所」活動概略を報告いたしましたが、今後とも御指導御協力をよろしくお願い致します。
・・・・・・・・・・・・・・・
20060513>>>YSPS研究所始動9>>保存科学に関するTNさんとの対談
本日は5番目に関して、5/11にTNさんと約1時間対談できたので紹介する。
TNさんとは「なんでもアラカルト」ブログでも昨日紹介したが久々にお会いして「なんでもアラカルト」執筆・購入・販売に関しての話題で随分盛り上がった。
その中で保存科学そのものに関しても議論が及んだ。
まずは物事を対数的に考えることによりよりスケールの大きい考え方が出来ることをお互いに確認しあった。
身近な山の高さや都道府県の面積の最初に出てくる数字、つまり桁が違う数字を並べたときにその分布は対数的に支配されると言う現象である。
次に現在問題になっている高松塚・キトラ古墳のカビの問題で文化庁を含む官庁に本当に保存科学と真剣に取り組む姿勢があるのだろうかと言う懐疑的な議論も登場した。写真の分野でもカビの問題は私自身扱ったことがあるが、その歴史は200年も無いのである。それに対して文化財としての上記古墳は1000年を越えての保存科学となる。
しかし実際にカビの繁殖が進行するのは僅か数年のレベルであることも事実として歴然と残っている。やはりこの問題も対数スケールで考える必要があると考えられる。
最後はデジタル技術が正しくアナログの代表である保存科学に力を貸すことが出来るのかどうかについて議論が及んだ。
勿論その中には人が何のために生まれてきて何を残していくのかと言う宗教的な議論も話題として登場したために、この話題は次の機会に又取り上げることとして際限の無い対談に終止符を打った。
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20060520>>>YSPS研究所始動10>>体調管理と京都講演会
YSPS研究所が始動して2ヶ月半が経過し、ちょっと気の緩みも有ったのが今週始めからちょっと体調を崩し、回復はしてきたのですがまだ本調子ではありません。
本日から1泊2日で京都で開催の便利堂主催の「コロタイプ技術の保存と印刷文化を考える会」に出席してきます。
この研究会は今回で第5回目となり、YSPS研究所としても研究会発足当時から関与していて今後も積極的に参加していきたいと考えています。
詳細は又次週述べますが、講演をされる便利堂のOYさんは「なんでもアラカルト」の通巻2号執筆者でもあり、京都で昨年開催した「なんでもアラカルト」通巻3号出版記念講演会では会場を含めていろいろ御足労戴きました。
と言う訳で今回のOYさんの講演内容に関して少しばかりデータ供給・環境機器借用などのお手伝いをさせていただきました。
本日の講演が楽しみです。
と同時にその後の懇親会と2次会もお付き合い戴けることが嬉しくて、体調管理は更に重要となります。(?)
それでは行ってきます。
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20060527>>>YSPS研究所始動11>>京都講演会と東京セミナー
今週のトピックスは先週のブログで紹介した京都便利堂さんが主催された「コロタイプ印刷技術の保存を考える研究会」と東京でのセミナーについて。
5/20に上記研究会は京都市内平安神宮近くで開催され、約60名の参加者で種々の議論が交わされた。
この研究会は上記3の「なんでもアラカルト」講演会とほぼ同じテンポで半年に一度5,11月に京都・東京交互に開催されている。
内容的には4の文化財保存のジャンルに位置づけされるが、出席者の中には文化財とは少し離れた出版業界の人たちも多く見受けられた。
懇親会ではこれらの人たちとの交流がYSPS研究所としては重要な成果であった。
今後もこの研究会には継続して注目して行きたいと思っている。
続いて5/25に東京テレコムセンターで開催されたインクジェツト関連セミナーで「各種アナログメディアの長期耐久性評価方法」の講義を実施した。
これは上記ずばり2に対応する内容で、詳細は今月末のブログ「文化財的Archival教育」で述べたい。
今回の講義の参加者は6名と少なかったがそれなりにパーソナルな雰囲気で約1時間半の発表を終えた。
参加者との講演事後交流も電子メールで開始した。
既に昨日も3名の方から返信メールがあった。
この講演料収益もささやかながらYSPS研究所資金に加えた。
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