考えられないこと / 河野多恵子

2018年10月23日 | か行の作家
好き嫌い
歌の声
考えられないこと
詩 三篇
日記

河野多恵子さんの最後の作品集。

ケースから本を出すと、レトロな赤の、雑多なものが整然と収まった写真の表紙が現れます。
まるで秘密の小箱集、女性の心の中か、記憶の中のような。
このレトロな赤がとてもいいです。

私にとっては初めて読む河野多恵子さんの本。
3編の物語と詩と日記。どれもとてもストレートで簡潔。なので、読みやすいです。

「好き嫌い」を読んでいると、小さい頃の自分が頭の中に登場してきて、主人公のハマ子ちゃんはこうだったけれど、私はこんな子だったのよ…、と自分の過去を話し始めるので、短い物語なのに、倍くらい長い物語になってしまいました。
そして、幼い私に会えたこと、幼い私の周りにいた人たちに会えたことが、とてもうれしい。

物語は、不思議です。まったく別の物語を呼び寄せます。
そんな波長の合う物語に出会えたことが、またうれしい。

「考えられないこと」は、戦後結婚した兄が、戦死したはずの友人に会う話。
考えられないことではありますが、ないこともないことだとも思います。

ずっと、忘れ去られずに、何十年に一回でも、誰かの記憶の中に生きていられたらいい…。
なんて、兄の友人は思わなかっただろうけれど。
祝福したかった友人と、祝福してほしかった兄の気持ちが重なったのかな、なんて思います。

それから、物語よりも、河野多恵子さんてすごい!と思ったのが、日記です。
わずか数行で、確実に、その時代のその日に運んでくれます。


本文より

背中と同じように、人間が自分の本当の顔は、自分で見ることが出来ない不思議さ。
鏡やガラスに映る自分の顔は、本当の自分の顔ではない不思議さ。彼女は自分の顔がぶすっとしていることを視覚ではなく、顔そのもののなかから伝わってくる感じによって知るようになったのであった。

「いかんと言ったら、いかんのだ!それからの多い綴り方ほどいかん。ごくたまにそれからでなければならぬ場合がある。そういう時には、それからが一番いいんだ。使うのは、そういう時だけにする」





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