こなれた「理論」でも環境が変われば結論も変わるのですが、現実社会では「過去と同じ環境」を再現する事は不可能と言え、「三体問題」がその良い例で、「質量の相互作用で、理想質点2個迄なら正確にその道程を予測できるが、3個以上になると近似値しか求めることが出来ない。」と云うモノです。たった3個の、しかも大きさを無視した質点ですら正確な動きを予想できないのに、大きさが有りほぼ無限の相互作用を受ける現実世界での「理論」など、殆ど趣味の世界です。
社会現象や政治手法の「トリレンマ」も同じで、①「3個の現象が同時に発生している場合は、一度に総てを解決することは出来ない。」とか、②「互いに影響を及ぼす三個の政策の内、二個までしかとることは出来ない。」と云うモノです。
具体的に言うと、①「インフレーション・失業増加・国際収支の赤字が同時に発生している状態で、需要を抑制しても拡大しても三つを同時に解消することはできない。」とか、②「経済発展・資源の確保・環境保全は同時に達成することは出来ない。」とかです。
「トリエンナーレ」での「表現の不自由展・その後」のその後では、「大村知事・津田監督・東アドバイザー」の三人が其々表面上では「自分なりの謝罪」をしていますが、過去の動画などでの発言を聴くと違和感があります。この三人の「トリレンマ」は「自分の正当性を主張すると、少なくとも他の一人を否定する」事になり、「他人を否定すると、少なくとも自分を含む残りの一人の責任が問われる」事になります。「トリレンマ①②」が同時に生じている、と言えます。「状況そのものに問題が有る」事と「三者同時に解決する事は出来ない」です。
「三体問題」を解決するには、「四次元空間」から考察する能力が必要になるのと同様に、「トリレンマ」はより高度で圧倒的な体制を必要とします。
「トリエンナーレ」の解決方法は、この三者を利用し包含する「裏の仕掛け人」の決断か、裁判以外には有りません。裁判は時間がかかるので、圧倒的な力で「裏の仕掛け人」の「金づるを締め上げる」方法が良いと思います。
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