反日矯正ギプス

 日本に生まれ、育てて頂いたことを心底感謝するおやじが、反日を生業とする人達に、独自の視点で反論します。

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朝日調査でサッパリ分からなかった“慰安婦捏造”の構造が分かったぞ!

2019-01-08 22:09:53 | 朝日新聞嫌い
 “慰安婦捏造の顔”である、植村隆氏が、韓国系左翼誌“週刊金曜日”の社長になった、というニュースを見て、韓国系左翼も“層が薄いな”と感じた次第。
少ない人材の使い回しが酷い。

 おっと、植村氏のことをあまり書くと、裁判を起こされるので、用心、用心。
植村隆と言えば、朝日新聞という、言論界の大樹の陰に隠れて、“嘘まみれの慰安婦記事”を垂れ流してきたが、朝日新聞が慰安婦記事の捏造を認めるに至って、遂に“隠れ蓑”が剥がされて表に押し出された、ある意味、可愛そうな人だ。

 ただ、慰安婦を絡めて韓国で最も先鋭的な反日活動をする“韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)”の元幹部の娘を妻とする植村隆氏が、慰安婦絡みで何を書いても“ウソ臭さ”を禁じ得ないことは変わらないが。
それはさておき、おやじが前々から気になっていたのは、当時の朝日新聞の社内はどうなっていたのか?
という点だ。
一社員の植村隆が、独断でこれだけのデタラメを書けるわけがない。

 このおやじの長きにわたる疑問が、最近、ようやく解けた。
池田信夫氏が、YouTubeで「植村隆元記者は、主役ではない」という動画を公開しているのを見せて頂き、今までもやもやしていたものが、ようやく晴れた。
以下は、池田氏の説明を中心に続けたい。

 池田氏によると、朝日新聞で慰安婦問題を主導したのは、1980~90年代、朝日新聞大阪本社で編集方針決定に大きな力を持っていた、北畠清泰(当時大阪本社論説委員)と、鈴木規雄(同大阪社会部デスク)という男2人だとのことだ。
1977年出版の、自称旧日本陸軍軍属だったという吉田清治の最初のウソ本『朝鮮人慰安婦と日本人』に乗って、大阪で慰安婦ウソ記事を書き始めた朝日新聞は、吉田が1983年7月に済州島で200人の女性を拉致したと証言する『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』発行に勢を得て、ウソ攻勢を強めた。
吉田清治のウソ証言を拠り所にして、数々の慰安婦記事をでっち上げた。

 その間、済州新聞の許栄善記者が、現地調査をして、吉田証言の否定記事を書いたり、歴史家の秦郁彦氏が済州島での調査の結果、吉田証言に根拠がないことを発表したのに、一切取り合わずウソを押し通した。
植村隆は、その尖兵に過ぎない。
鈴木や北畠、特に、当時大阪本社社会部デスクだった鈴木規雄の指示で書いていたにすぎない。

 朝日新聞の“慰安婦捏造記事”の中で、最も悪質な記事は、1992年1月11日、宮沢首相(当時)の訪韓直前に「旧日本軍の関与の資料が見つかった」(研究者の間では、周知の事実だった)と一面報道、さらに「朝鮮人女性を挺身(ていしん)隊の名で強制連行、その人数は8万とも20万ともいわれる」とする悪名高いデマ記事だ。
本記事は、今日現在でも、韓国、北朝鮮、中国が“慰安婦問題”をもって日本を貶める際の根拠となっている。

 朝日新聞の上記ウソ報道により、宮沢訪韓は、ありもしないことに対する謝罪の旅となり、訪韓中に8回も謝罪したと言われ、その後にも大きな禍根を残している。
朝日新聞は、後に本件を“誤報”としたが、日本国内のみの発表(ネット上の訂正記事は、検索ができない仕掛けがされていた)で、海外向けにはダンマリを決め込んでいるため、海外ではいまだに真実と思われている。

 ここで、おやじが注目したのは、このウソ記事を書いた記者だ。
ウソ記事を書いたのは、辰濃哲郎という、“厚生省担当”のお門違いの記者だ。
“慰安婦”の専門家、吉見義明なる者から、研究者間では周知の事実であった「旧日本軍の関与の資料」情報を入手していた辰濃が、首相訪韓という大切な時期に当てて騒ぎ立てたわけだが、この犯罪的報道を裏で指揮したのが、
直前に、大阪から東京本社社会部に転勤してきていた、例の“鈴木規雄”だ。
このことは、“慰安婦問題捏造”の主犯が“鈴木規雄”だったことを証明しており、その背後には、朝日新聞が社を挙げてバックアップしていたことが見て取れる。

 その後、吉田清治が「自らの証言が創作であった」との告白や、植村氏の記事におけるミスの指摘など、ウソ記事に対する風当たりの強まりに対して、朝日新聞は、
1997年3月31日に吉田清治の「著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない」との曖昧な“慰安婦特集”を掲載した。

 この裏では、若宮啓文政治部長(当時)が「吉田清治の証言は虚偽だ」という訂正を出すべきだと主張したが、清田外報部長と鈴木部長が握りつぶして上記、曖昧な記事になったようだ。

それはそうだろう。
鈴木は“慰安婦捏造”犯罪の主犯だし、清田(治史)は、
1982年9月2日、大阪本社発行の朝日新聞朝刊社会面に最初の慰安婦記事を書いた“大阪社会部の記者(66)”=第三者検証委員会・・・その人、つまり“火付け”犯なのだ。

 その後、2014年9月11日、朝日新聞は、
東日本大震災の際の、福島第1原発の所長、吉田昌郎氏の調書が公開されないことを良いことに、また発電所員を貶める“捏造報道”を行ったが、調書が公開されたことにより逃げ場を失った朝日新聞は、社長木村伊量等が“誤報”を認める会見を行った。

憤懣やるかたないのは、
この謝罪に潜り込ませるように、慰安婦に関する“吉田清治”証言がウソだったことも、こそこそと謝罪したことだ。
“吉田”つながりで、“おまけ”に謝ったとしたら、ヘタな漫才以下だ。

 日韓の溝を決定的に広げ、互いに憎しみ合うように仕向け、
他国との間にも、
1996年の国際連合人権委員会のクマラスワミ報告、
1998年のマクドゥーガル報告書、
2007年のアメリカ合衆国下院121号決議
などで誤解を引き起こした、その根源である“朝日新聞の慰安婦捏造報道”を、“おまけ”の謝罪で済ますそうとするとは・・・

 朝日新聞に対する怒りは、永遠に収まりそうもないが、少し救いになるのは、
“慰安婦捏造”の実行犯、
鈴木規雄、北畠清泰、(庇い立てしていた)若宮啓文は、早死に OR 怪死、
清田治史、辰濃哲郎も、世間を避けるようにヒッソリと生きていかざるを得ないことだ。

だが、いずれの者も、閻魔様には、この上ないような残酷なやり方で、舌を抜かれることだけは間違いない。

以上

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