今朝、12日に亡くなったことを聞きました。すい臓がんだそうですね。残念です。悔しいです。寂しいです。もっともっと会話がしたかったと思っています。あの明るい笑顔、眼をくるくる回しながら話す声、元気な立ち居振る舞い、ひと際目立つ大きな歌声、おしゃれな雰囲気……。常に前向きで、周りを明るくしていました。いっぱいお世話になりました。いっぱいの「有難う」をお伝えします。何度言ってもきりがありません。
思い出はたくさんあります。読んだ本の交換や、いただいた本も数冊あります。気にいった言葉があると教え合ったりしました。私の愛唱する詩、サミュエル・ウルマンの「青春」が同じく好きとのことで意気投合したものです。
そうそう、春の桜もちや柏餅をラジオ体操仲間全員に振る舞っていたことも忘れられません。心から人を喜ばせようとする意志の表れだったのでしょう。
改めてお礼を言わなくてはなりません。私の身内のために行動してくれたことです。
次女が転職してエステの店に行きました。茅ヶ崎市内です。店のパンフレットを手渡すとすぐにお客として行ってくれました。
もう一つ、孫息子が人気の整体師としてアンアンとという雑誌に掲載されました。その記事を見せると、すぐに東京の医院へ行ってくれましたね。孫息子を指名して施術を受けてくれました。本当に嬉しかったです。その行動力に驚かされたものです。
追加します。これだけは書かなければなりません。私が大臣表彰が決まったときのことです。自分のことのように喜び、早川のお馴染みの料理屋へ招待してくれましたね。夢のようなひとときでした。そして、そのお返しにもう一度同じお店に行く約束をしました。その約束が果たせなかったことが悔やまれます。
もう会えなくなってしまったことが信じられません。でも悔やんでばかりもいられません。今までの交流の中から学んだことを少しでも生かしていこうと思います。あなたに恥じない生き方をしたいと思っています。あの世でお会いした時に「私も精一杯頑張ったけど、あなたも頑張ったわね!」と言われるように生きたいと思います。
お線香をあげて合掌しました。
今、啓子さんとの最後のメールと返事がなかった自分からの送信メールを再読しています。
9月4日 ~~啓子さんから~~
「メールありがとう! (絵文字)体調を崩しています。(絵文字)決して花火大会の疲れではありません。楽しかったし、美味しかったし、(絵文字)何よりもニューヨークの五番街で一目ぼれして買ったワンピースを着られた♪東京で1回古賀農園花火大会で2回着ることが出来ました。しばらく海岸活動をお休みすることになりましたが、茅ヶ崎海岸 柳島、本当にリラックス出来て美しい良いエリアですね。暫く治療を東京で主治医さんと東大病院で続けます。花火大会の後からのお休みだったから『花火大会の疲れじゃない?』と誤解をされたかもしれませんがけして違います。私から古賀さんには連絡が取れませんので、そのところは前田さんからお伝えお願いします。前田さんもお身体ご自愛お願いいたします。では又、(絵文字)ありがとう!(絵文字)」
9月18日 ~~啓子さんへ~~
夜分すみません。
雲間からホンモノの十五夜の月が見えます。(絵文字)月は人への思いを強くします。その後いかがお過ごしでしょうか? 心配しております。
コーラス部の皆さんと共に黙とう

話題のサルが目の前に出現


美人薄命そのもの、行動力ある方でしたね。ご遺族への連絡の術もありませんから、浜辺で時折思い出を語り合い、お好きだった歌を歌い続けましょうと、話し合いました。合掌
今朝の猿ですが、東海岸南にあるテニスコートにいた時、カラスのギャアギャア異常な声がしました。道路を見ると、あの左手のない猿が歩いていました。10時頃のことです。無事に山の仲間の元に帰れるといいのですが、、、
啓子さんの分まで明るく元気よく過ごしましょう!
それが供養になると思います。
自分も弟の分まで生きようと思っています。
コーラス部の歌声を響かせてくださいね!
まさしく平和の象徴ですよ!