3月31日の教育テレビである。
午後2時ごろ、テレビをザッピングしていると「日本の話芸」の始まったところ。鈴々舎馬風の「粗忽長屋」をやるというので、リモコンの手を止めて見入る。噺ももちろんだが、枕が面白いので子どもの頃から好きな噺家である。
その後、始まったのは「あの人に会いたい」というNHKアーカイブから往年の著名人のインタビューなどを編集した10分番組。紹介されたのは彫刻家イサム・ノグチ。ふむふむ、なるほどな、などと眺めて、そろそろ仕事に掛かろうかと思った矢先、次も「あの人に会いたい」。今度は武満徹。再びテレビに呼び戻される。
武満徹がノヴェンバー・ステップスを作曲したときの話をしていた。
田舎暮らしをしていると農村だから有線放送が屋外のスピーカーから流れる。その声や音は山にぶつかってかえってくる。山には風に吹かれた木のさやぐ音が聞こえる。そのうち「誰々さん、誰々さんから電話よ」という声が聞こえる。そういういろんな音が全く自然に存在しあう。
ノヴェンバー・ステップスはそういうのを、つまり、西洋の管弦楽が風や木の音が絶え間なく聴こえるように存在し、その中で異質な和楽器の音が存在する。それらが溶け合うのではなく自然にそれぞれある、そういうのを作りたかったらしい。
自分はこの曲を、単なる新しい表現の一つのうちに位置づけていたので、このインタビューには驚嘆した。
また、戦後すぐ働いていた米軍キャンプの跡地に長女ときて、なぜ音楽の道に進んだのかを話していた。終戦直前頃、兵民共同で貯蔵庫のような穴掘り作業をしているとき、兵隊が蓄音機で敵性音楽であるはずの西洋音楽(シャンソン)を手回し蓄音機が聴かせてくれ、その美しさに強く心打たれたという。
長女は全然そんな音楽を作ってないじゃない、と指摘していて面白かったが、武満本人は、しかし気持ちはその歌のような美しさを表したいのだと述べていた。ここでも感性と美とその表出との一個一個がつながり、しかし全く同じものは存在し得ないというような印象を持たせる重い言葉のように思えた。




午後2時ごろ、テレビをザッピングしていると「日本の話芸」の始まったところ。鈴々舎馬風の「粗忽長屋」をやるというので、リモコンの手を止めて見入る。噺ももちろんだが、枕が面白いので子どもの頃から好きな噺家である。
その後、始まったのは「あの人に会いたい」というNHKアーカイブから往年の著名人のインタビューなどを編集した10分番組。紹介されたのは彫刻家イサム・ノグチ。ふむふむ、なるほどな、などと眺めて、そろそろ仕事に掛かろうかと思った矢先、次も「あの人に会いたい」。今度は武満徹。再びテレビに呼び戻される。
武満徹がノヴェンバー・ステップスを作曲したときの話をしていた。
田舎暮らしをしていると農村だから有線放送が屋外のスピーカーから流れる。その声や音は山にぶつかってかえってくる。山には風に吹かれた木のさやぐ音が聞こえる。そのうち「誰々さん、誰々さんから電話よ」という声が聞こえる。そういういろんな音が全く自然に存在しあう。
ノヴェンバー・ステップスはそういうのを、つまり、西洋の管弦楽が風や木の音が絶え間なく聴こえるように存在し、その中で異質な和楽器の音が存在する。それらが溶け合うのではなく自然にそれぞれある、そういうのを作りたかったらしい。
自分はこの曲を、単なる新しい表現の一つのうちに位置づけていたので、このインタビューには驚嘆した。
また、戦後すぐ働いていた米軍キャンプの跡地に長女ときて、なぜ音楽の道に進んだのかを話していた。終戦直前頃、兵民共同で貯蔵庫のような穴掘り作業をしているとき、兵隊が蓄音機で敵性音楽であるはずの西洋音楽(シャンソン)を手回し蓄音機が聴かせてくれ、その美しさに強く心打たれたという。
長女は全然そんな音楽を作ってないじゃない、と指摘していて面白かったが、武満本人は、しかし気持ちはその歌のような美しさを表したいのだと述べていた。ここでも感性と美とその表出との一個一個がつながり、しかし全く同じものは存在し得ないというような印象を持たせる重い言葉のように思えた。
ご質問ありがとうございます。
残念ながら、BGMのピアノ曲にまで注意してみていませんでしたので、曲名はわかりません。お役に立てず申し訳ありません。
ところで、どちらさまですか?
上記のイサムノグチの件で質問させていただいた者です。ご返事ありがとうございました。
やきめし様とはなんの面識もないものでございます。イサムノグチの番組のBGMの曲名を知りたくて検索していましたら、たまたま、やきめし様のブログを発見したしだいです。
どうもお騒がせしました。