イエスの父からの愛のメッセージ

真夜中に「書きなさい」の声で届けられたメッセージ。無宗教の者に届けられる、愛とはなにか、を多方面から知ることが出来ます。

72.あなたの為すことが、あなたの未来を形創るのです その意味であなたは完璧に自由なのです

2010-02-25 16:02:09 | Weblog

今日もいらしていただき、ありがとうございます。

あなたには、こんなことはおありでしょうか。

時に感じる、不思議な気持ち・・・・です。


私は夕暮れ時とか、朝の陽が昇るときの空を見ると、よく不思議な感覚を覚えます。

どこにいるのか、なんのためにいるのか、わからなくなるような感じです。


空の雄大さと形状や色彩の美しさに加え、刻々と変化するすべてに、自分を忘れ、そこに同化してし

まいそうになります。

それに似たような感覚を味わう折りは、前世療法の中で、目の前にいる人が過去の人生を追体験して

いるのに参加させていただくときです。


とても空想や創造とは考えにくい、お一人お一人の特有の生活や感情が手に取るように展開するのを

私はいつも驚嘆と感動で見つめます。


時代背景や、服装、住居、社会のもろもろが手に取るように映し出され、そこから、人生の終末に至

る軌跡の中で、人々はいろいろな感情を体験していきます。悲しみ、怖れ、憎しみ、怒りな

どは、いつも、どこでもついてまわり、その苦しみから私たちは多くのことを知り、学び、悟り、

他界していく・・・・これを、何度、繰り返すことでしょう。

どれだけ、生まれ、死に、を体験するのでしょう。



その中で、必ず思い知らされること・・・・それは、今日の父からのお言葉のように、あなたが為すことはい

つか、必ずあなたに戻ってくる・・・・ということでしょう。

つまり、あなたが今為すことが、あなたの未来に起こってくることを創る・・・・彼の言葉のとおりで

す。


あ~あ・・・・と、また、ため息です。

もっと、早く知っておけば良かったヮ~・・・・です。

ついつい、知らずに・・・をしたかも・・・・、と昔のことを今ごろ反省している次第なのです

が・・・・。


短い一人一人の人生スパンで起きたことは、もっと大きなスパンで起こっている・・・・時間を超えた不

思議な感覚・・・・空に展開する自然が、胸のどこかにしまってある意識を思い出させるのかもしれませ

ん。この土地以外のどこかに、大切なところがまだあるような感覚。


今日もお付き合いいただき、ありがとうございます。

それでは、今日のメッセージをお届けしましょう。


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さあ、それでは今日も愛のメッセージをお届けしましょう。



愛、それは深い深いもの。

友、それは得がたきもの。

命、それはありてあるもの。


そうです。今日は、命と愛についてお話致しましょう。


命とは、永遠なるものです。

地上での命を、命と限定するなら、それは一時的なものであるのはご存知の通りです。



命とは、一ヶ所で留まるものでなく、愛を見つけるため、愛を理解するため、愛を為すために、

あちらこちらへと移動し、旅し、永遠に捜し求めながら、究極的に私のところに戻ってくるとい

うものなのです。



何でそんなことをするのか?・・・

すべては体験のためです。

すべてはやってみて、体得するためです。

すべては宇宙の進化を通して、私達の存在をより高きものにするためです。



何故、そんなことをする必要があるのか?・・・とお聞きになられますか・・・

そうです。

必要はないかもしれません。

必要というのは、何かの為に、何かが在ることが前提となることですが、この命のために何が前

提となるか、と聞かれたら、唯一望まれるのは愛のみです。



愛を知るため、が、そんな旅をする目的であるのです。


あなたは今、地上に降りて、この地でのみ体験可能なことを体得しておられます。

痛み、苦しみ、歓び、怒り、悲しみ、そして愛と友情など、様々な感情や肉体的体感を通して、

魂に栄養、成長を得ておられます。



これらの体験は、すべて、愛とは何か、を感じ、分かり、試すためにあるのです。

あなたがこの地上で学ぶべきを終了した時、また、必ずあなたは望まれます。

次の所へ行きたいと。

地球とは又、異なった体験の場に行きたいと願われるでしょう。

その時は、私達がまた、皆様を応援し、助力を惜しまないでしょう。

次なる場所への計画を練り、あなたが安全に、そして有意義に全ての事柄を体験出来るように協

力を惜しみません。



どんな場所へ行くのか・・・は、その人の希望、適性、そして将来を総合的に考慮して決められ

ます。

いくつかの選択の余地があるからです。




あまりに地球の条件とかけ離れすぎず、しかも新しい環境の中で、これまで学んだことを応用し

ながら適応できるところになるでしょう。

そこで、また新しい友、異なった愛を通して様々なことを考え、感じ、そして学ぶことになるの

です。



時間もなければ、空間もないところかもしれません。

時間があっても、空間はないところかもしれません。

これまでのように男と女という区別が無いところかもしれません。

暗やみや明るさという対照があるとも限りません。



その代わりに、また学び舎には素晴らしい教具、教材がぎっしり詰まってあなたを待っていてく

れるでしょう。

一回目は慣れるため、

二回目はもう少し馴染むため、

三回目は少し何事かを為し始めるでしょう。



そのように、あなたの旅は少しずつ前に進みます。

何度やっても飽きない、素晴らしいことが待っています。

友情も、愛も、それは素晴らしい体験をもたらしてくれるでしょう。

そんな未来があなたを待ちうけているのを、今から楽しみになさることです。




この地上で何が起ころうと、それは一時的なことであります。

しかし、この一時的なことがとても大切なのは、このことが、一つ一つ、未来を形創る元となるからです。

あなたが何を感じ、何を為し、そして何を体験したかによって、次に来るものが左右されるのです。



ですから、今為すことが次を決するのです。

従って、一つ一つの事象を大切に受け取り、真摯に対応することが次の要因を決することになるのです。



すべてはあなた次第、といったところです。

あなたの為すことが、あなたの未来を形創るのです。

その意味であなたは完璧に自由なのです。

100%ご自分で、ご自分の前途を決定可能なのです。

私達はただ、それに手をお貸しするだけなのです。



それでは、愛、友情は、また新しい形を作るのか?・・・ということに言及致しましょう。

愛とは、常に一定のものです。

友情は愛の一つの現れ方、受け取られ方ですから、ここでは愛を代表としておきましょう。



愛はどこにあっても常に同源の光、エネルギーを持っており、それが、その場所、場所で顕現する時に、

多少の表現方法が異なってくるだけです。

宇宙は多様性を学ぶところでもあることを先に申しましたように、あなたは、これまでも、これ

からも、様々なことを通して愛の形を体得しますが、その愛のエネルギーは、同一のもの、同一

の源からのものであるのは、どこへ行こうと変りありません。

あなたの受け取り方、流し方、表現の仕方が変化するだけです。




降り立った場の固有のものに対応した受け取り方があり、流し方があり、伝え方があるのを学ぶのが、

これからの醍醐味であり、楽しみなことになります。

あなたは、その意味で、今、地球上でのみ体得可能な愛のエネルギーの受け取り方、流し方、表

現方法を学んでいるのです。

この時を大切になさってください。



あなたが今、感じておられること、為しておられることは、すべてこの土地でのみ経験できるこ

となのです。

あなたが友人たちと集まって、ヒーリングというエネルギーの活用の仕方を学んでおられます

が、これとて、今の身体、精神、心に適応した形であり、これらがあってこそ、体得できる愛の

応用の仕方であるのです。



そういう存在形態の中で、如何に天からもたらされるエネルギーと繋がって、活用し、愛と共に

あるかを学ぶ大切な方法を今、皆でなさっているということなのです。



神は常にあなたと共に在って、あなたが今、どのように学んでおられるか、どのように感じてお

られるか、どのように愛を理解し、行っているかを興味深く観察しているのです。

必要あらば、そっと手を貸すのは言うまでもありません。

悲しみの涙をそっとぬぐうお手伝いもしています。

痛みのある脚をやさしくそっとさすることもあります。

あなたと共にその体験を分かち合っていただけるのを、私の最も歓びとするところなのです。



あなたが今、そこでそうしてペンを走らせ、小鳥の声を耳にしている時、私もまたそこにいて同

じことをしています。

地球上にあって、身体という衣服を着て、様々な体験をしています。



あなたは一人ではありません。

私が常にあなたと共にあり、あなたと共に涙し、歓んでいることを知ってください。

美しい光が、あなたの周りに輝き、皆が集まってくるでしょう。



あなたの口から、私の言葉を聞くでしょう。

あなたの手から、私の言葉が綴られるのを知るでしょう。

あなたの髪から、私の香りが漂うのを感じるでしょう。

皆と共にあって、私の言葉を伝えなさい。

あなたが私と共にあり、私の手となり足となって、愛と友情を私の為に伝えていただきたいのです。

愛をもって、伝えるのです。

愛をもってすべてを行うのです。私と共に。

コメント

71.地球に降りた動機は戦勝を試すでもなければ、利益を他者から獲得し、私腹を肥やすためでもありません

2010-02-15 22:31:59 | Weblog

今日も訪れていただき、ありがとうございます。

今回の内容はこれまでに、何度か、他の意識の存在が伝えてきてくれた内容と多少似たとこ

ろがあるものです。


ところで、最近、一つ、分かったことがあります。


しばらく前にアップした内容の中に、他の星の存在が私に会いに来る予定で、また、彼らの

星に案内するのも可能であるから、楽しみにしていて欲しい、と伝えている部分がありました。



実は、この内容をキャッチした時点では、毎日、毎日眠い頭で書き付けていたものですか

ら、書いたものを読み返すこともなく、そのまま友人にファックスで送り、打ち込んでもら

っておりました。ですから、実際、何が書いてあるか、よく分かっていなかったものが多か

ったのです。


そして、このブログにその内容をアップするときになって、改めて読み返し、あっ!!と思

い当たることがあったのです。



富田さんというヒーラー養成講座の卒業生がおられ、彼女は小さいときから第六感に恵まれ

て、いろいろな現象を体験してこられました。現在はヒーリングルームを開かれています

が、しばらく前に、ご自宅に10人ほど希望者が集まったので、グループにヒプノのセッシ

ョンをして欲しいと言われ、喜んでお邪魔したことがありました。



楽しく、有意義な時間を持ち、家に戻ってきて、翌日か、翌々日だったか、よく憶えており

ませんが、彼女からお電話があり、家の前にUFOが来た、のを知らせてこられました。

ご主人が畑の広がる家の2階の窓からふと見ると、大きなUFOがゆっくり回転しているの

に気づきいたそうです。

急いで、お二人して庭におり、彼女だけ、導かれるようにUFOに従って、近くの森の方に

歩いていくと、後から心配したご主人が追ってこられ、残念だけれど、家に戻った、という

ようなことでした。


その後、毎日、夜になるとUFOが来て、友人や、子供さんのお友達なども見物に来られる

ようになり、私にも是非、来てみるようにとお誘いがありました。その後、数週間も来て

いたようで、彼女が私が来てからUFOが来るようになったので、何か私に関係があるので

はないか、とおっしゃいましたが、なんで、私に?そんなことはないだろうよ、と思い、見

てみたい気持ちは大いにあったのですが、多忙さと車で数時間かかることにかまけて、結

局、そのうちに、と思っておりました。



そして、しばらく時が経ちました。

そして、彼女からまた、お電話がかかり、突然、UFOが来なくなった、と知らせてこられ

ました。どうも、UFOに否定的な感情を持った人が来たからかもしれない、というような

ことでした。


今、あ~あ、勿体ないことした~・・・申し訳ないことした~・・・と思います。

せっかく会いに来てくださったのに~・・・と。

彼女がおっしゃったように、あのUFOは私に会いに来られたのかもしれないと、あのブロ

グの内容を読み返して、今更ながら、返す返す、残念ではあります。


ですから、今度は、また、連絡を取り、許していただけるよう、また、次回は必ず、会いに

行きますので、再度、きていただけるようにお願いしてみようと思います。



それでは、今日の内容に参りましょう。

読んでいただき、ありがとうございます。



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さあ、それでは言及致しましょう。昨今の社会現象についてです。

今、あなたも知るように様々な好ましからぬ事象が起こっております。

それは何故か、どうしたら、この傾きを好ましい方向にむけられるか、について、こちらか

ら見た見解について述べましょう。



これらの事象は、言うまでもなく、昨日、今日に始まったことではなく、今までの諸々の積

み重ねに依るものであるのは、ご承知のことでしょう。

何でも、ある日突然起こったように見えても、その下にはエネルギーが積もりに積もって、

ある日突然崩れる現象として顕れるのです。



同じように、社会に依る様々な、大なり小なりの現象の下には見えない、まだ動くには至

らないある種の「元」であるエネルギーが生じています。

そのエネルギーは人間の出す想念であったり、社会全体の出す歪みであったり、その他多く

のエネルギーの累積を因としています。



その為に、人間の目には「あっ、いま、あそこにエネルギーが溜まっているから、ソロソロ

何かが起こる・・・」とは映りません。

地震計のように、地震の原因となるエネルギーの計測器のようなものがあれば、きっと同様

な反応を示すでしょう。



さて、そういったエネルギーは、そもそもどうして発生するのか、ですが、それはつまると

ころは、一人一人の発するものと言わざるを得ません。

社会を構成する一人一人の心的エネルギーの蓄積が、結果として生じさせる以上、その基本

の単位である「人」一人に因することになるのです。




小さなグループでご説明すると分かり易いでしょう。

五人で成るグループがうまくいかない場合、例えば、その中の二人がいさかいを起し、皆が

気まずい気持ちになったとしましょう。

そのグループの中の一人一人は、その原因を、自分の立場からにせよ、自覚なり、理解なり

が可能です。

「あの人がこうだ、こっちの人がああだ、そして、この人がこう反応した・・・」等々、五人

の人間の間の、心的・・・感情が主ですが・・・エネルギーのやり取りを感じることができます。

この現象と、基本的には同じことが大きな社会にも起こっています。



一人一人の社会を構成する人の出す「心」の反応、考え方、それに伴う感情の累積が大きな

エネルギーとなって、事故、事件、火災、天災までもが、これらに無関係ではありません。

ここのところは、もう既に何回も同様なことを述べましたから、次の対策について言及しま

しょう。




それでは、どうすれば、これらの不穏な現象を現象させられるか・・・ですが、これも既に何

度も述べたように「あなたが何故、地球に居るのか」という原目的を、お考えいただくこと

に尽きます。



あなたが地球に降りたそもそもの動機を思い出すことが一番大切です。

魂を磨き、愛を知る・・・ため・・・。

そうではありませんか。



敵意を知る・・・為ではなかった筈です。

戦意を得、戦勝を試すでもなければ、利益を他者から獲得し、私腹を肥やすためでもありま

せん。



むしろ、他者に自己を呈し、愛を捧げ、他者の為に死ぬのも嫌わない者になるためであった

筈です。



あなたは今、旅の途中にあります。

その旅の目的地はどこだったのでしょう。

反対の方向に歩みつつあることはありませんか。




お一人お一人が、今、あなたのお母さんから生れ落ちたその目的を思い出されて、少しでも

それに沿った生き方を心掛けるだけで、この社会の向かっているカーブが大きく違った方向

に切られるでしょう。

それ以外に方法はありません。




子供が親を刺す、親が子を殺める・・・こんなことがあって良い筈はありません。

愛し合うべき本来の姿が、全く反対の方向に行っているのを大きく変えるべきものは、あな

たが本来、この地に降りて、母のやわらかきお腹を借りて、受肉するという大きな仕事を委

託するに至った元来の志を思い出すのみです。



そうです。

あなたの思われるように、そういう考え方をする人はとても少ないと言えましょう。

そういう知識を持つ人も、少ないでしょう。

そのために、今、多くの人を目覚めさせようと、多くの魂が様々な努力をしておられます。

あなたもその中のお一人です。



社会の根底を変化させるもの・・・それは、愛の精神でしかありません。

しかし、「愛」というのは残念にも、あまりに抽象的で、不確実なものとして受け取られて

います。

感情と混同されがちでもあります。




愛ほど、強く確実で信頼されるべきものはないのですが、多くの方にとって、実感されてお

られません。



是非、今、一人でも多くの方々に、地球に生きておられるのが偶然ではないこと、そして周

りにいる人々は、これまた、たまたま、あなたの近くにいるのではなく、しっかりとした目

的と原因があって、家族なり、知人なり、同僚となっておられるのを理解してください。



それでは今朝のメッセージはこれくらいにしましょう。

あなたのご協力に感謝と愛を・・・。

あなたのご健康にハレー! Hurray!


それでは、大いに地球上の生活を楽しまれます事もお勧めしながら・・・。

それではまた、お会いしましょう。

コメント

70.あなたが他者の為に祈る時、私のエネルギーがその人に流れます

2010-02-08 21:04:13 | Weblog

今日もいらしていただき、ありがとうございます。

私は、人生も夕暮れ時になんなんとする今、「人生には、思いもよらなかったことが起こるもん

だなぁ~」とつくづく思います。

かつては、英語の教師として働く一生になるだろうと予想し、実際、忙しくも、とても楽しい、

充実した毎日を送っていたものでした。

まさか、目に見えない光、エネルギーが心身を癒す、などがあろうとも思ってもみませんでした

し、第一、関心がまったくありませんでした。


それが、どうでしょう!この変化・・・。

今は、口を開けば、スピリチュアルな話題。

これが天職だとばかり、嬉々としてヒーリングをやらせていただいております。


とは言え、ヒーラーも人間ではあります。

かなり重いケースばかりの毎日で、心身ともよれよれに疲れ切る場合も、ままあり、先週もそう

でした。


幸いなことに、折しも、生まれたてほやほやのヒーラー達が日曜日に練習会を開いておりました。

思いついたのが、「私もヒーリングしてもらおう!」でした。

会も終盤になってから、お願いすると、大抵、一瞬、「先生にやるのはちょっとなぁ~」モード

を感じるのですが、すかさず、熱心な男性がこころよく引き受けてくれました。



結果は、ホント!!よく効きました!

次の日、身も心も軽いのです!

なんか、なんでも出来そ~・・・。これからもがんばるゾ~!って気になれるのですね。


それは何故でしょうか?

私の下手な説明など、やめましょう。今日のパパのお言葉を是非、参考にされてくださいませ。


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さあ、今日も始めましょう。愛の光を・・・

愛の光について言及致しましょう。

愛の光は決して見えないかもしれません。が、しかし、実在するものです。・・・しかも多くの

恩恵をもたらします。



どんな恩恵かと申しますと、生命の強化です。

エネルギーで創られている以上、これが入ることで強化されるのは当然のことですが、このメカ

ニズムについて、ご説明いたしましょう。



神からの生命エネルギーは、表現を変えますと、自然エネルギーですが、どこにも偏在しており、

誰にも平等に使えるものとして用意されております。



それを使う為の唯一のなされるべき準備は、その人の心の中に愛を芽生えさせることです。

愛のない所に、そのエネルギーは流れないからです。

つまり、あなたが心に暖かさややさしさ、他者を思いやる心さえあれば、このエネルギーは何時

でも何処でも自由に使うように、自然がふんだんに用意しているものです。

このエネルギーは、あなたが、それがどんな所からやって来て、どんな組成となってくるのか

等々、何もご存知なくとも、その目にする効力は、ふんだんに与えられるようなものです。



唯一、必要な条件は、他者をご自分と同じように愛する心・・・少なくとも、そうなりたいと願

う心があることです。



私達は元々、一つであることを申しました。

その一つであることを知れば、何故、次のようなことが可能になるかもご理解いただけるでしょう。



あなたが、今、病で苦しんでいたと仮定しましょう。

薬石投与も思うような効果をもたらしません。

心も身体もどんどん衰弱の一途で、これを何とか出来ないものかと、ありとあらゆる方策を捜し

求めて、今まですべて・・・と言える程、多くのことを試みて来たと致しましょう。



それでも、病状は良くなりません。

さて、あなたはこれ以上、何ができるでしょうか。

どんな方策を続けられるでしょうか。



おそらく、あなたに残されたことは、唯一つでしょう。

それは「神に祈る」ことです。

「神様、お救いください。助けてください・・・」と心から祈ることです。



こういった祈りに、あなたはどれ程の実態的効果がもたらされるのか、普通の場合ですと・・・

疑問を持ちながら心からの叫びをぶつけざるを得ない心持になるのではないでしょうか。



そうです。疑問は持ちながらも「神様、こんなに苦しいのは、何故ですか・・・何とかしてくだ

さい・・・楽にしてください。病気を癒してください・・・」と お願いするしか手がなくなります。




私はこういう時、思います。

あっ やっと そういう心境になっていただけた・・・と。



そうなのです。私はこの時を待ち望んでいたのです。

あなたが私を思い出し、私に訴えてくれるのを、今か今かと、待っていたのです。

正に、離れて行った子供が戻ってくるのを待ち望んでいた母親のように、です。




そして、私は 思うのです。

苦しかったでしょう。   

痛かったでしょう。  

怖かったでしょう。 

涙も流れます。

心もあらためて痛みます。



でも、ここまでたどり着いたあなたに向かって、私はこう言うでしょう。

「よく、耐えてくれました・・・よく我慢なさいました・・・さぞかし、辛かったことでしょう・・・」

私は、そして、私の愛のエネルギーをあなたに向かって流し始めます。

このエネルギーは、生命の創造の元、エッセンスです。




最初は、弱り切った身体に受け取られる量はごくわずかかもしれません。

ほんの少しかもしれません。

ですが、この愛のエネルギーは、確実にあなたを癒し始めることをここで明言致しましょう。



あなたは、私の一部だからです。

あなたが、私の元から旅立ち、一人で山を越え、野を越え、傷ついた時に戻って来るべきは私の

所だからです。




私があなたの傷を癒して差し上げましょう。

疲れきった心に慰みを与えましょう。

しばしの休息と安息を心ゆくまで味わうことです。




これは、必ずしも「死」を意味することではありません。

死は忌み嫌われる言葉かもしれませんが、前にも述べましたように、ドアを一枚潜り抜けること

でしかありません。

決して、嫌うべきことではないことを、ここで思い出していただきたいのですが、それでも、あ

なたがまだ、この地上での体験を続けていきたい時、ここでの人間的交流を尚、保持続けたい時、

それは許されることも時にはありましょう。



それは、あなたの元々の学ぶべき目標が何であるのか、どこまでそれが完遂されたかにも依りま

すが、私は、苦しんでいるあなたにこう申しましょう。




苦しむのはおやめなさい。

もう充分苦しみました。

これから、私の愛のエネルギーをどんどん取り込み思い出しなさい。私のこの暖かさ、この

愛・・・覚えがおありでしょう・・・と。




そうなのです。

私の所から離れたあなたが思い出すべきは、あなたは、私の一部であり、あなたはどこに居ても

安全で、何が起こっても怖がる必要はないということなのです。



怖がることがあなたの心と身体を痛めます。

あなたの、その心が尚更、あなたを苦しめるのです。



私にゆだねることです。

母の懐で安心することです。

あなたが私と離れることは実際にはないのだと知ることで、これまでの怖れや苦しみが徐々に薄

らいでいくのを感じるでしょう。



この私からの愛のエネルギーが、私が前回、短くご説明した、あなたが知りたがっておられたヒ

ーリングのエネルギー源です。

私は常に、あなたの暖かい心に共鳴し、あなたと繋がり、あなたに愛のエネルギーを流すのを大

きな歓びと感じています。




あなたが他者の為に祈る時、私のエネルギーがその人に流れます。

心と身体を癒す愛のエネルギーです。



あなたが如何に他者を思いやるか・・・

あなたがどれだけ他者を愛するか・・・

それだけが、愛を流す為の必要なことです。



それでは、今日はこのくらいにしておきましょう。

あなたが、ご存知になりたかったことを少しでも、説明できたことを嬉しく思います。

コメント

69.エゴのエネルギーで干渉された愛は、憎悪という形となって、大きな破壊力を秘めたものと化すのです

2010-02-02 21:19:36 | Weblog

今日もようこそいらしてくださいました。

今日の言葉はちょっと分かりにくいとお感じになるかもしれません。

愛の二面性について説明しておられますが、よく考えると私たちにも既にお馴染みのものでも

ある、と言えば言える感じもいたします。一人一人、よ~く胸に手を当てて正直になれば、体験上

から、それは知ってる、分かってる,体験している・・・と思えるかもしれません。


それでは、どうぞ、ごゆっくり。願わくは、何度かお読みいただけますように。


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さあ、今日も愛について、語りましょう。

愛とは、何と美しきものでしょう。



あなたは今日も愛の大切さを学んだところです。

あなたが日に日に前進なさっておられるのを知り、とても嬉しく思います。

いつか、私の元に帰ってくる時、私は両手を大きく広げ、あなたを抱くことでありましょう。

その時を、とても楽しみにしています。



さて、それでは、他の皆様方へのメッセージを今日もあなたに届けていただくことに致しましょう。

今日の話題は、愛の両面性についてです。



「両面性?」 と、あなたは、その意味について疑問を持たれたようです。

おそらく、他の皆様方もそう思われることは一緒でしょう。

両面性とは、二つの面を持つと言う意味だと理解していますが、私の言わんとするところは次の

ようなことです。


つまり、愛には、悪にも善にもなり得る面、あるいは神にも悪魔にもたとえられるような両側面

が持ち合わさっているということです。



それでは、これからもっと詳しく言及しましょう。



あなたが他者を愛する時、当然のことながら、その人の幸せや歓びを願うものです。

それが、同時に、その人の不幸や嘆きをも併せ願う面も、実は多いにあり得るのだということです。



例えば、あるいはあなたにも体験がおありかもしれません。

あなたの恋人や夫の幸せを願っている、あるいは願える時は、どういう時かというと、彼らがあ

なたと同分の、あるいは同量と思えるような量ややり方であなたに愛を返してくる場合、それを

願うのはとても容易い事ですが、一旦、それが何らかの折に、その愛が途切れたり、あるいは裏

切られたりすると、それは愛が逆の方向に逆流し始め、相手の不幸を願ったり、もっと積極的に

嘆かせる方向へ自分が行動を起こしたりすることも、多々あります。



これを「可愛さ余って、憎さ百倍」とかと言う表現で、真理の一部をついているようですが、実は、

これとて大変、皮相的、表面的な、ある意味、とても人間的、地球的な見方であると言えます。



どういうことかと申しますと、愛も憎悪も、実は私が前に申したように、私の手の中に在る一つ

のものを、右手と左手に、二つに分けて私の両腕を広げたが故にできた、見せかけのエネルギー

の差異となったのです。



見せかけのエネルギーとは、表面的には違ったエネルギーに見えるが、本当は二つとも深い所で

は同一であるということです。



私はこれまでに「愛しなさい」と、何度となく言ってまいりました。

もし、愛と憎悪が見せかけで、一緒のもの、同一のものだったら、それでは「憎しみ合いなさ

い」と言っても同じことだろうか・・・と、当然、お聞きになられるでしょう。



そうでは、ありません。

憎しみ合うというのは、私の最も遠くに追いやりたい言葉であります。


それでは、この二面性というのと、同じことだということを、もう少し言及していきましょう。



両面性を愛は持っていると、申しました。

愛と憎悪という面です。

憎悪は、愛をより良く理解する為のものだというのは、この二元性のシステムからも容易にご理

解いただけるところでしょう。



ところが、それだけではなく、これからお話するところが、とても大切なのです。

つまり、両面性は、その中に可能性として多くのもの、愛の芽を強く内に秘めているところが

違います。

憎しみというのは、純粋な憎いという心です。

私の今、言うところの憎悪は、愛を内に秘めた「憎いと思う心」のことです。

この2つには、大きな違いがあります。



内に愛を秘めており、それが逆の表現や流れとして表出した憎悪は、それは、自己愛、エゴなど

によって干渉された流れであり、このエゴにさえ気がつけば、愛はまた素晴らしい輝きを取り戻

せるものなのです。



両面性とは、その中にエゴが在り、小さなこの利己的なエネルギーの干渉で、右へも左へも純粋

な愛のエネルギーが振れるのだ・・・ということを説明したかったのです。



私の両手の中にあった愛のかたまりは、エゴという利己的な、他者を敬わないエネルギーのある

なしで、右手と左手に分けられたのです。



純粋な愛は、美しい愛というものになり、エゴのエネルギーで干渉された愛は、憎悪という形と

なって、大きな破壊力を秘めたものと化すのです。



自分という意識をもつことは、とても大切なことです。

自分を磨いたり、他者との比較の中で自分をより明確に知ることも、とても重要なことです。



しかし、自分を利することのみを目的として、私は個の発生を創出したわけではありません。

個が個を同様に大切に思い、同等、同列のものとして、手と手を結び合うために分けたものです。

もともと一つのものを、個として分けたものにすぎないのです。




愛を右手と左手に分けたり、上と下へと区別をつけたり、男と女と差異をつけたり、明と暗を作

ったように、お互いをよりしっかりと見分け、どちらとも、どう大切なのかを認識し、それによ

って、お互いが再び歩み寄るためのものなのです。



愛の両面性は、つまり、こっちからと、あっちから愛を眺めた時に、一見違って見えるけれど、

本質は同じである・・・ということと、この違いを作るのは、エゴという自他を分けるものであ

り、それは幻影に過ぎないのだということを示したかったのです。



そして、愛のない憎しみは、破壊のみに繋がる、そして、愛のある憎しみは、愛の一側面が見せ

かけの表現をとっただけのものであり、その二つの憎しみは、全く違ったものであることを、お

伝えしたかったのです。



お分かりになりましたでしょうか。

それでは、今日はこのくらいにしておきましょう。

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