自然の中で考えるマガジン

自然豊かな山間の町から日々の暮らしの中で考えたメッセージを発信します。

田舎道の暴走運転のドライバーを一喝。

2019年05月03日 06時58分47秒 | Weblog

山間の町に住んでいる。この連休中は観光客の車が狭い県道をぶっ飛ばす。川沿いの先の見えないカーブでそれは起きた。私の車が左カーブにさしかかったところでセンターラインを超えてシルバーの軽四が突っ込んで来た。私は左にハンドルを切り急停車した。あやうくぶつかるところだった。と同時に無謀なドライバーに対して猛烈な怒りが込み上げた。

私は、なにしとんじゃこらー、とドアを開け車を降りて振り向き大声で怒鳴った。するとなんとその車は少し先で停まっていた。こちらの様子が気になっていたのだろう。私は大声で怒鳴ったことを少し後悔した。瞬間、軽四のバックギアに入ったことを示す白いランプが点灯した。バックしてきた。罵倒に切れたやばい奴だったら困る、いやいや無謀な運転を詫びこちらの安全を確認するのか、いろんなことを考えた。

私はあらゆる事態を想定し猛スピードでその場を立ち去った。家族にこの話をしたらゲラゲラ笑われた。でもね、トラブルは無用だしね、これでいいのだ。

 


私の買い物スタイル。

2019年05月03日 06時30分12秒 | Weblog

買い物に時間をかけない。

先日、ジーンズと靴を買った。すりきれてボロボロになるまで同じものを使うので靴もジーンズも限界が来たのだ。

ニューバランスとエドウィンの今と同じものを買うつもりで店に入る。10分で出てきた。靴はモデルが古く違うもになった。ジーンンズは伸縮性のあるものから普通の素材のやつにした。サイズは今と同じでいいからと試着を断る。買い物してると出来るだけ早く済ませたくなるのだ。この性分は治らない。

で、翌日試してみると靴のサイズが大きい。ジーンズは同じサイズでも伸縮性が無いので腹が入らない。がっかりする。これが私の買い物スタイル。しばらくは今までと同じ格好で過ごすのです。


他の部室は焼けてもいいのか?

2019年03月15日 21時57分12秒 | Weblog

数日前の夕方のテレビニュースである高校で火事があったと報じていた。

その高校は甲子園に出たことがある強豪校だそうだ。焼けたのは運動部の部室で焦げた部室のドアのあたりの映像が流れた。そのニュースの最後の方で、幸いにも野球部の部室は別の棟にあり難を逃れた、とアナウンサーが読んでいた。

強豪校の野球部に焦点が当てられているのは明白だ。まるで他の部室は焼けても仕方なかったのだ、野球部は大丈夫だったのだから、とさえ言っているようだった。

この恣意的なニュースの作り方には反吐が出そうだ。気分が悪い。他の運動部の生徒の落胆や悲しみはどんなだろうと思う。ニュースの裏側になにかにすりよった気持ちの悪い意図が見え透ける。

だからニュース番組や新聞が大嫌いだ。公平中立な報道など目指さず自分の旗色を鮮明にしてやってくれた方が見る方も気が楽だ。

その高校の野球部以外の運動部の生徒に謝れよ、テレビ局。


あれは虐待ではなかった話。

2019年03月07日 23時03分45秒 | Weblog

幼稚園から小学校低学年頃まで私は本能のまま暴れて走り回っていたずらをする生まれて数か月目の子猫みたいに生きていた。親の言いつけは守らない、姉とはすぐにケンカをする、物は壊す、ふろしきを首に巻き付けて飛べると信じて崖から飛び降りる、飼い犬の耳をハサミで切る、コンセントの上下対角線の穴にハサミを突っ込み火花をちらしうっとりと見る、などと数えきれないほどのわるさをした。

そうすると田舎にはたいていの家には倉があってそこへ両親や祖母にがっしり抱えられて放り込まれる。私は必死に泣きわめいて手足をばたつかせもがいて大人たちの衣服をびりびりに引き裂いて抵抗する。大人たちも完全にのぼせあがって大声をだしてしかりつけながら私を拘束する。警察に通報されてもおかしくないくらの騒ぎであるが、どこの家でも悪ガキは倉に放り込まれていたので日常のできごとでもあった。

一時間もすると分厚い土の扉があいて反省したか、と聞かれて外に出される。反省という言葉の意味もわからないけど一応しゅんとしてこくんとうなずいてちょっと媚びる。こましゃくれたガキだったので蔵の中のアオダイショウに食べられてしまえって嘘だよね、とか言って機嫌を取る。

倉の中では玄米と小豆をまぜてやったり大事にしまってある皿なんかにヒビを入れてやったりして楽しんだ。

そんな一連の出来事の中でも一度も殴られたり蹴られたりはしなかったし、命の危険にかかわるようなことはなかった。

今、あれは決して虐待ではなかったと言い切れる。なんでかなあ、そう思う。あの体験による心の傷は無かったし、家族みんなお互いに大好きだったからね。

 

 

 


「あなた」っていう?

2019年02月16日 20時22分36秒 | Weblog

テレビのドラマで奥さんが夫を呼ぶ時、『あなた』と言うでしょ、だいたい。これはまずあり得ないと思う、私はね。

今までたくさんのご夫婦に仕事でお会いしてきたが、あなた、と呼ぶ奥さんにあったことが無い、経験上。あっても『あんた』かな。

ドラマで倒れたご主人に『あなたーーーー』と叫ぶ奥さん、脚本家にセリフを変えてもらいなさいね。


いでよ、現代のQueen 。

2019年01月16日 21時43分45秒 | Weblog
ダイレクトドライブのターンテーブルにダイヤモンド針がゆっくり降りていき、レコード版に到着する。今回はどんな曲を聞くことが出来るのか、と思った瞬間にバスドラムと手拍子にど肝を抜かれた。We Will Rock Youだった。思えば洋楽全盛期とも言える70年代後半から90年代前半まで私は幸せだった。

Queenの映画がヒットしている。当然だ。それにしても、今、Rockはどうしたのか。追いかけたいものが見つからない。

ラジオのAMやFM放送がヒット曲や新曲をどんどん流していたあの時代はなぜあんなに熱かったのだろう。というか実はもうそろそろRockが復権する時期ではないのかと勝手に思っている。

工事用の信号はなぜ赤色の時が多いのか。

2018年11月22日 21時34分56秒 | Weblog

7月の豪雨でがけが崩れ、県道が一車線分川に飲み込まれて削られ、あちこちで道路が危険な状態だ。もうすぐ雪が降っても除雪車が通れそうにない。そんな道はまったく修理される気配もなく放置されている。危険度や優先順位の低そうな法面の工事は次々とやっても、道半分がぼっこり穴が開いてさらに崩れそうな箇所が手つかずなのはどうにも解せない。

当然、そんな道は自動車がすれ違えるはずもなく、危険箇所の上下に工事用の赤青の信号があり、みんなそれに従う。その工事用の信号はたいてい赤だ。青の時間が短いのだろうが、結構なストレスだ。

待ち時間表示があと30秒くらいで先頭の車は動き出す。向こう側の信号はすでに赤になっているからだ。

この見切り発車がエスカレートして残り一分くらいでも動き出すクルマがいる。あまりにこれが常態化してくると待ち時間表示のところをガムテープやベニヤ板で隠してドライバーをがっかりさせる業者さんもいる。川沿いや山沿いの県道をいつまでも修復してくれないので、地元のドライバーはこの待ち時間ロシアンルーレット見切り発車でぎりぎり事故をかわしてスリル満点の酷道ドライブを楽しむのだ。


私に言わせれば。

2018年11月22日 21時21分56秒 | Weblog

私に言わせれば、という言い方は専門家や評論家の話によく出てくる。

だれが私に言わせるのか、私が私に言わせるのか、よくわからない不思議な言い回しだ。

思い切ったことを言うならば、とか、あえてずばり本質を突くならば、などの意味なのかと思う。

(こんな風に使ってみよう!)

私に言わせれば、何度も言いますが、中国地方に住む人を中国人と呼ばないなら、

関西人、関東人、九州人というような呼び方もやめるべきなんですよね(評論家風に)。


おばあちゃんとピアノ

2018年09月30日 23時25分31秒 | Weblog

98歳の曾祖母は今年の6月から入院中だ。農作業で鍛えた体のおかげかいまだに生命力は衰えない。ただもう寝たきりで会話はできない。

入院する数カ月前のある日の午後、たまたま用事で自宅に戻ると奥の間からピアノの音が聞こえてくる。はてだれが弾いているのかと部屋のふすまに隠れて覗いてみるとばあちゃんだ。私は部屋を離れて庭を歩いた。なんの曲だったかは忘れたが童謡のようだったと記憶している。なんだかとても元気のいいはずむようなリズムだった。じーんとした。しばらくしてピアノの音は止み、再び様子を見に入るとベッドで寝ていた。

ばあちゃんは私の姉を幼いころにピアノ教室に連れて行っていたが、ピアノができるとはその日まで知らなかった。家に誰もいない昼下がりにピアノを楽しむ98歳の人生を思うと感無量だった。

ばあちゃんは戦争未亡人だ。3人のこどもを育てた。元気なころは毎日仏壇に手を合わせ、今あるのはじいちゃんのおかげですと、いつも感謝を捧げていた。自分たちを守るために戦争に行った夫を誇りに思っていた。じいちゃんの死が直接ばあちゃんたちを守ったわけではないが、多くの若者が結果的には愛する者たちのために戦い、日本を守ろうとした。そのことは戦争を否定したり日本が悪かったたんだと言ったりする前に多くの英霊に感謝と鎮魂の気持ちを持つべきだと私は思う。

私は思う。現在も大切な人を返されずに、取り返しに行くことさえできず、どんなに想像しても及ばないつらい思いをしている人たちのことを。

私は思う。国が相手だから手も足も出せないこの国の仕組みを。国内の誘拐事件などは早く解決しろと声をそろえて報道するのに、国が相手だとまず話し合いましょうというこの国の仕方なさと、それを甘んじて受けながら日本は平和なんです、というこの国のずるい一部の人たちを。

私は思う。誰も夫や息子に戦争に行って欲しいとはこれぽっちも思ってない。それを意訳して戦争のできる国にしてはならない、というのはどういうことなんどろうと。大切な人を当たり前に守り、外国相手でも武力を背景に取り返しに行きますよ、と言えるようにすることがどうして蛇蝎のごとく嫌われるのだろうと。

私が生きている日本を好きで悪いでしょうか。私の住む日本は、芸能人の飲酒運転のひき逃げ現場で倒れている人を横目に見てすたすた横断歩道を歩いて行ったり、愛する人が外国に拉致されているのにいつまでたっても他人事ですませようとしたりする国なのでしょうか。

わたしのばあちゃんががんや脳梗塞やなんかを乗り越えてまたピアノのを弾けるようになったらじいちゃんの話や日本の将来の話をしたい。

 


大人の男か男の大人か問題について。

2018年08月07日 21時52分04秒 | Weblog

よくみるでしょ、大人の男が選ぶ◯◯、とかいう見出しを。なんですかねこれは、男の大人ではダメなんでしょうかね。

大人としていろんな資質を備えた男、うーんかっこいいです。

対して、男の子が大人になっただけ感の、男の大人、というところでしょうか。

大人の女に、女の大人もありですな。女の大人って流行らないかな。

こどもの男と、男のこども、ってどうです。

まあ一番馴染みがあるのが、大人の男、でしょうが、私の場合は大人でこどもの男ですが。


東京オリンピックを10月開催になぜ変更しないのか。

2018年07月31日 21時06分17秒 | Weblog

猛暑オリンピックこそ暑さ対策を見せつけるチャンスだとか北海道開催にしたらとか皆さん言ってますね。

体育の日の起源を知ってますか。

なぜあの時と同じ時期の開催ではないのか、と思っていたら先日の虎ノ門ニュースで青山さんが見事に斬ってくれた。

いろんな大人の事情がおありでしょうが、テレビも新聞雑誌も一切秋の気候の良い時期に勇気を持って変更したらどうか言わない。マラソンのスタート時間を少しくらい早くするんじゃない英断をすることができれば日本はやはり素晴らしい国だよと世界中の人が思うだろう。金儲けを最優先している奴らを除いて。


東京地方のテレビを見ない。

2018年07月11日 22時05分40秒 | Weblog

私は東京以外を地方と呼ぶことに反対する。それにはいろんな思いが今まであったが、今回ばかりは許せない。

なにが偉いんだか知らないが、今回もまた豪雨地域を軽視するかのような、豪雨只中のそしてその後のテレビの番組構成はまったく腹が立つ。

これが東京近辺の出来事だとしたらこんな報道ぶりではないはずだ。そう断言する。

私はもう地上波のテレビ放送は不要だと考える。誰かや何かの、ある意思がはっきり感じ取れる。

東京も愛媛も広島も岡山も同じ日本ではないですか?

私の住む町の有線放送が、豪雨のタイミングが週末から日曜にかけてだったこともあり、土砂くずれや川の氾濫や避難情報をいっさい流さずい

つもの録画番組を延々と流していた。緊急情報を求めて町が関わる有線テレビにチャンネルを合わせたという人が何人もいて、そして

みんなその無関心な町の意識の低さにあきれ返ったと口をそろえた。なぜ24時間体制で町民向けに生放送をするという英断ができなかったの

か。

中央とやらの放送も、土日は仕事をしない町のテレビ局も、なにか大きな勘違いをしているのではないか。たぶんおそらく情報発信の姿はだん

だん様変わりするのだろうと思っている。


許せないけど許す方法

2018年05月23日 21時53分55秒 | Weblog
理不尽で一方的に責められ苦情を言われて、ワーワーわめいて怒鳴って叱られて、超ムカついた時に、

その嫌なキライな相手との関係を劇的に修復する方法がある。

目に見えて実際に改善する場合もあれば、その人やその場面がまったく気にならなくなり、自分の落ち度

や至らない点や調子に乗っていたことを冷静になって反省して感謝できるようになる場合もある。

効果は絶大だ、私の経験上は。ただこれは秘法なので、全部は公開できない。実際にある作業をするのだ

が、今後いつか書いてみよう。あ、ヒント言ったかも。

あー疲れてない。

2018年05月22日 21時32分56秒 | Weblog
わたしは、疲れた、と口に出して言わない。絶対に言わない。ヘトヘトになっても言わない。

そのかわり、あー疲れてない、と言う。3回くらい繰り返す。もしうっかり、あー疲れた、と言ったら、

あわてて声に出して打ち消す。と言うのはウソでぜんぜーん疲れてない、と。

実は、もう最近休みの日がない。丸一日休んだのは半年前だろうか。自分の選んだ道だから文句は無い。

だから、毎日、超楽しい。いつでもめっちゃ楽しい、と言っている。そして疲れてない、楽しい、と

そのへんにある紙にいつも書いている。

LINEとwechat このメンタリティの違いを探る。

2018年04月26日 09時34分49秒 | Weblog
メッセージアプリでLINEを使う人は多い。だがスマホに向かって音声でしゃべり、相手とやり取りをする人は少ないように思う。相手メッセージを再生するとスマホのスピーカーから他の人にまる聞こえの場合もありなかなかこの手法は人気がない。

ところが日本にいる中国人のみなさんはwechatというアプリをつかい、音声でバンバンやりとりをしている。漢字変換が大変なのかどうだか知らないが彼らは伝える内容をしゃべり、届いた音声を平気で再生する。言葉のわかる同じ中国人の他人がいてもだ。

私はこの違いをとても興味深く観察している。
留守番電話にメッセージを残すことさえ緊張した声になる私の両親などは音声アプリを使えないだろう。

連絡や会話など自分達の便利さを大切にして、会話音声が他に漏れてもまったく気にしないことと、やり取りは文字や写真や絵文字で視覚的に伝え周りに配慮すると同時に聞かれると恥ずかしいという、この両者のメンタリティの違いはとても面白い。

音声アプリでにぎやかに通信する日本人が増えるといいねとは思わないが、自分たち以外の文化や精神性を理解するのは決して無駄ではないと思う。