every word is just a cliche

聴いた音とか観た映画についての雑文です。
全部決まりきった常套句。

ルーツ(根)の無い木は腐る

2009-03-10 | 雑記
坂本 基本的にアメリカはヨーロッパ型に近いと思います。高尚なことだけではなくて、例えば、ロックの受容のされ方を見ても、「厚み」というのを大事にしている。今の10代のアメリカ人の子たちも、僕や僕の上の世代が聞いている「クラシックロック」をちゃんと聞いていて知っているんです。下手すると、親子三代でツェッペリン見にいくとかね。それも割と馬鹿にしない。そういう伝統がありますね。その点がずいぶん日本とは違う感じ。

 僕が見聞きしているところはすごい狭いところかもしれませんが、見知った日本の若いバンドはだいたい「ミスチル」(Mr.Children)とかを目指してやっているんですね。でも、そこで終わっているような気がする。ミスチルは、例えば、エルビス・コステロとか、元になっているネタがいろいろあるわけですが、どうもそこまで想像力が及ばないんじゃないかなと、そう見える感じがします。映画でも、もしかすると文学でも、ずっと過去の引用の積み重ねになってますよね。
ミスチルを目指して終わるな──坂本龍一かく語りき



大滝詠一のいう分母・分子論を思い起こした。
要するに歴史認識がなく視野が狭いのだ。

この国のカルチャー市場(音楽にせよ、マンガにせよ)の特徴は日本国内で殆ど完結できる市場規模を持っている。

だから、ミスチルの背景にはコスレロがいたりというような奥行きを持った背景が見えなくても充分なのだ。


島国であること、日本語というこの国に関わる人間ぐらいしか使わない言語を母国語としていることが背景にあるのだと思う。

イギリスのダブステップ、ニューエキセントリックやアメリカ(の一地方の)ハイフィーやボルティアモア・ブレイク、あるいはブラジルのバイレ・ファンキなどなど……Myspaceなどを通じて音は国境を越えていくのに、シーンの求心力はドメスティックに向いていくのはgoogleやAMAZONなどに顕著な多様性を反映した状況だとは思う。

が、それらには歴史認識というものが欠かせない。
マッド・マイクが言うように「ルーツ(根)の無い木は腐る」のである。

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