あまり素人が政治や経済のことを語りたくはないのだが、あまりにも先行きが暗くなって来たので、今日は政治・経済について苦言を呈することに。
日本の政治が再び混迷している。政治家が馬鹿なのか、国民が馬鹿なのか、それともマスコミの悪意がそうさせているからなのか、いや、全てが要因となっているのか。
私が必要悪というものを認めていることは、前に書いた。帝国主義のアメリカを筆頭に、ロシア、中国、朝鮮、韓国といった巨悪の国々と渡り合っていくためには、「クリーンな政治」ではやっていけないことぐらい、大抵の者は気づいているはずなのに、いつもくだらないことで政治が膠着してしまう。我が子を就職させるためには、平気で手土産を持って政治家へお願いに行くような者たちが、平気な顔をして献金を非難し、内閣支持率を低下させる。何と愚かなことだろう。
経済に目を移すと、上半期好決算を発表した企業は沢山あるが、多くの企業は今後の業績に不安を抱いている。円高による利益の縮小もあるが、デフレと依然として高い失業率が改善に向かわない限り、購買層は委縮してしまうばかりだ。限られたパイの奪い合いでは成長路線は難しく、先行き不安が設備投資を控えさせて内部留保に回り、そのため景気がさらに冷え込んでいく。
経済の発展、そのための合理化、オートメーション化、コンピュータ化は、どんどん「人」、特に賃金の高い「日本人」を不要なものとしている。国内に工場を置いても手作業が必要な工程は海外で行うというモデルが定着してしまった。失業率が改善されないのは、景気が原因なのではなく、必要労働力自体が減り続けているのが主な原因なのである。だからこそ新たな「起業」が重要なのであり、政府も起業支援を行ってきたのだが、インターネットの急成長の前では全く歯が立たない状況となっている。
ネット社会は、これまでの物流システムを崩壊させ、多くの失業者を生んでいる。「いつでも、手軽に、早く」は、それだけ人が介在することを嫌がるのだから、必然的にスリムな超合理的なシステムを誕生させ、従業員の数を必要最小限にまで落としてしまった。さすがにアフターサービスの応対は「人」が行わなければならないとなると、それも全てコールセンターへアウトソーシングしてしまう。そのコールセンターでさえ、正規職員は少なく、低賃金で運営されているから、賃金が改善されていく要素がない。
デフレ脱却、新規産業の育成、雇用の改善など、今こそ強いリーダーシップを持ち、経済界に剛腕を振るうべき政治家が必要なのだが、現状は惨憺たるありさまだ。
ネット産業が拡大すればするほど、泥沼にはまり込んで行くようで怖い。後世では、「諸悪の根源はインターネットの普及拡大から始まった」と記されているかもしれない。「恐怖の大王」はインターネットだったのだと。
私は、ジャニタレが嫌いなわけではない。むしろ好きな方である。近藤真彦にしても、中学の一時期は、好きな女の子が近藤真彦のファンだったので嫌っていたが、大人になってからは特に悪くは思っていない。中森明菜から金を巻き上げて最後に捨てたとかいう噂を聞いても、男女のことは他人にはわからないと聞き捨てている。
でも、このレコード大賞ネタに関しては、嫌悪感を抱いている。詳しくは3月に「昨日の番組」として書いているのでここでは省略するが、何かの賞を与えるのだろうと予測はしていたものの、最優秀歌唱賞というのはどうだろうか。しばらくまともな歌手活動をしていなかったのに、30周年と川内康範の死を利用して、そして遺骨盗難疑惑までも宣伝材料にして、そこまでして取らせなければいけないような賞なのだろうか。
私は今はレコード大賞なんか見もしないが、こんなくだらない賞でも目標に頑張っている歌手がいるわけで、強者のエゴをこんなところでも露骨に見せつけられたようで、非常に不愉快である。
余談だが、「歌手」って書くと自分が非常におっさんになったような気がする。それほど死語になったということか。でも、歌手をアーティストと呼ぶなど私は絶対に認めない(笑)
私は失恋や、昔の恋を懐かしむような歌が好きだ、と前回のブログで深く考えもせずに書いたのだが、書いた後で、なぜそうなのだろうと気になり出した。
失恋というのであれば、私は数多く経験している。何せ、すぐに人を好きになり速攻で告白するものだから、その場で自爆してしまうのだ。
このブログでも、初期の頃に中学1年の時の失恋に触れたことがあるし、昨年3月にも失恋ネタを書いている。他にも玉砕ネタがいろいろあるのだが、こういったこともあった。
大学3年ぐらいのこと。アルバイトに行くために、朝9時40分頃の電車に乗る時期があった。すると、いつも同じ電車、同じ車両に乗る2歳ぐらい年上に見えるOL風の女性がいた。きれいとか可愛いとかいった言葉では表現しにくい、磨けば光りそうな原石のような魅力のある人だった。私はすぐに恋に落ち、どうしても告白したくなった。でも、ここで声をかけるとただのナンパと同じで、玉砕確率が極めて高い。こちらの誠意を見せるためにも、ここはラブレター作戦で行くことにした。
そして、ラブレターを書き、念のために悪友(このブログで時々登場している商社マン君)に見せたところ、「お前の手紙は偉そう過ぎる。付き合ってあげてもいいよ、って感じではないか。これではだめだ。」と言って、所々修正してくれたのだった。
次の日、緊張しながら彼女に近づき、「すみません。これを読んで下さい。」と手渡すと、きょとんとしながらも受け取ってくれた。もちろん、返信用封筒も同封していた。
数日間、その電車に乗るのを避けていたところ、返事が送られて来た。内容は、このような手紙をもらったのは生まれて初めてで、本当にこんなことがあるんだと嬉しかった。でも、今、付き合っている彼氏がおり、お互い結婚したいと思っている。ごめんなさい。といったようなものだったが、とても丁寧に書かれてあり、誠意の感じ取れる内容だった。以後、私はその電車には乗っていない。
これは明らかに失恋なのだが、今となってはいい思い出となっている。このように、付き合う前の失恋というものには、どろどろとしたものがないだけに、振り返った時にその時の自分に対しての哀れみを楽しめる余裕があるようだ。だから、私は失恋や、昔の恋を懐かしむような歌が好きだなどと簡単に言えるのだろう。
では、付き合った後での失恋は、後で楽しむだけの余裕はないのだろうか。
私にも付き合った後で恋を失ったことが1度ある。これも、一昨年の5月に「平穏だった1年あまり」として詳しく書いている。この時の彼女が、前回のブログで書いた、「暗黒街のふたり」を観て泣いていた彼女なのだが、確かに彼女にふられて辛かった思い出は強烈に残っている、だから彼女が好きだった竹内まりやの曲を聴くと辛くなるのだが、そういった自分を客観的に見ながら楽しんでいる、もう一人の自分がいるのも事実なのだ。それは、初めに別れを切り出したのが私だったからなのか、私があの時以来性格が変わってしまったからなのか、元々私は恋愛に対して非情な人間だったからなのかはわからない。
いや、悲劇映画がヒットするように、世の中の人間の多くは、失った恋を心のどこかで楽しむというか、過去の自分を哀れみながらそのような状況下にあった(又はある)自分に酔いしれるようなところがあるからこそ、失恋や、昔の恋を懐かしむような歌が数多く存在するのではないだろうか。
愛情物語については、なにぶん古い作品なので直接はよく知らなかった。私が知ったのは、布施明の「愛情物語を観ましたか」で、である。
中学生の頃、年の離れた兄が布施明のアルバムを買って来た。何で布施明なのだろうと兄に聞くと、ラジオで「愛情物語を観ましたか」がかかっていたのを聴き、欲しくなったそうである。この辺りはさすが兄弟、私とよく似ている。
それから後、何の気なしに布施明のアルバムを見て、そういえば「愛情物語を観ましたか」が良いって言っていたよな、と思い、実際に聴いてみた。確かに切ない感じのする良い曲だった。私は失恋や、昔の恋を懐かしむような歌が好きなのだが、その傾向は既に中学生の頃には出来上がっていたようだ。
この歌を聴きながら、「愛情物語」ってどんな映画なのだろう。歌の中では、「きっと悲しい映画だったんだろう」と歌われているから、きっと悲劇なんだろうな、などと思いめぐらせ、いつか機会があったら観よう、と思っていたものの、そんなことはすっかり忘れてしまい、ブログを書くようになってから、思い出したのだった。
実際観た感想としては、名作であるのは間違いないが、なにぶん古い映画だけに、演出的にも古さがある。私のように妻子のある者には心打つものがあるが、独身の若者がこれを観ても、ただの古い映画としか思わないかもしれない、といったところだろうか。
そして、次は「暗黒街のふたり」。私は30歳ぐらいまで、好きな映画は?と訊かれると、この暗黒街のふたりを上げていた。好きというのは語弊があるかもしれない。心に残っている映画と言い直す方が適切であろう。
この映画、初めて観たのは小学校の高学年ぐらいだった頃だろうか。これも兄がテレビで観ていたのを、アラン・ドロンが出演しているとわかったので、私も兄の横で観たのだった。ギロチン台の威圧感、最期のアラン・ドロンの表情が目に焼きついたのと、子供ながら、社会の理不尽さに腹が立ったものである。
その後、高校の時に再びテレビで、また、就職した1年目に当時付き合っていた彼女とレンタルビデオで観た。観終わった時彼女は泣いていた。私も目頭が熱くなっていたのだが、彼女に悟られまいと、彼女の涙を茶化したことを覚えている。
この暗黒街のふたりも、最近になって、もう一度観たいな、ブルーレイに保存したいな、ワウワウでやらないかな、などと思っていたところ、NHKで放映された。残念ながらSD画質であるが、BS2のSD画質は、ワウワウのSD画質よりもよほど画質がきれいなので、十分許容できる。
裁判員制度が始まった今、一度は観ておいて欲しい映画だと思う。
GUILTYの文字を見たとき、非常に懐かしい気がした。そう、バーブラストライザンドのアルバム、GUILTYを思い出したのだ。特に、アルバムのタイトルとなっているギルティ、ウーマン・イン・ラブ、恋のプロミスの3曲が好きだった。
こうなるといつもの悪い癖が出る。今すぐ聴きたい、CDが欲しいと。そして早速購入した。歌のうまさはもちろんのこと、アルバム自体の出来もいい。しばらく、当時の思い出に浸っていると、同時期によく聴いていた好きな曲があったことを思い出した。でも、それが何だったのか思い出せない。気になりながら過ごすこと3日。やっと思い出した。ジャニスイアンのユー・アー・ラブである
早速購入!と、アマゾンへ。・・・無い。ではmoraは。・・・無い。それならiTunesならどうか。ジャニスイアンの曲は220曲ほどあるのに、ユー・アー・ラブは無い。復活の日のテーマソングだったから、著作権の問題が関係しているのだろうか。
仕方がないと諦めかけながら、直接曲名で検索すると、YouTubeにアップされていた。これで取りあえず聴くことは出来たものの、何とも物足りない気分である。前にもこういう結果に終わったことが何度かあったような気がする。こんなに便利になっているのに、全ての曲をネットで購入することが出来るというのは、やはり夢物語なのだろうか。
NHKの番組にSONGSというのがある。この3週間は、私の好きな山口百恵と八神順子だったので、忘れずに録画しブルーレイに焼いておいた。
山口百恵については、ブログを書き始めた頃に詳しく書いたはずなのだが、今見ると書いたはずのブログが出て来ないので、どうやら後に削除したようだ。書いた内容にどこか気に入らないところがあったのだろう。削除したり、「草稿」に戻すことは、私にはよくあることなのだ。
そこで、もう一度書くことになるが、私は小学2、3年生ぐらいから中学まで山口百恵の大ファンだった。小学生のガキのくせに、と思いそうなものだが、今でもAKB48などのファンに小学生がいるのだから、特別なことではなかったのだろう。でも、私の中では愛していると言っても過言ではないぐらい、好きだったのだ。
引退してからの30年間のうち、この20年ぐらいは、年に1、2度ぐらいしかCDを聴いていないし、引退コンサートのDVDも観ていないが、CDを聴くたびに当時の恋心を思い出す。
去年の今頃、ザ・ベストテンのDVDが発売されるがDVD故に買うかどうか迷っていること、そして、もしも夜のヒットスタジオが発売されたなら即買いすると書いた。私のように夜のヒットスタジオのファンは多かったらしく、その後本当に夜ヒット版が発売されたので、発表後、即、予約し、買っている。
でも、内容は物足りない。初期の頃の歌が入っていないのだ。私の遠く幼い記憶では、山口百恵が「冬の色」で夜のヒットスタジオに出演し、これからはこんな歌を歌っていきたい、というようなことを言っていたように記憶しているので、冬の色のマスターを持っているであろうと思われるのに、「夏ひらく青春」以降からしか収録されていない。
また、「ささやかな欲望」は1回分しか収録されておらず、しかも2番の前半省略版、「愛に走って」も1回分のみの収録で、それも、バックに三浦友和の写真がずっと映されるという、何ともやりきれないものなのだ。今では、三浦友和が嫌いなわけではないが、大ファンだった私にとっては、素直に楽曲の映像を素直に楽しめる(懐かしく思える)内容にしてほしかったものだ。
引退して30年。30年といえば大昔のようなもの。でも私にとっては強烈過ぎるぐらいの思い出。おそらく、当時の辛い現実を山口百恵にのめり込むことによって封じていたからなのかもしれない。
前に夏木マリの歌について触れたときに、山内えみ子という女優のことを思い出したことも書いた。懐かしいなあと思っていたとき、もう一人、他の番組で生徒役をしていて、当時きれいな人だなと思っていた女優の顔が浮かんできた。われら青春に出ていた、ちょっと突っ張った役柄で、父親役が下川辰平だった女の子である。
早速、あれは誰だったのだろうと検索してみたところ、大原福美という女優さんだった。さらに詳しくと10分ほど検索を続けたが、ほとんど情報が得られない。この前みたいに、興ざめするのも嫌だったので、それ以上検索するのはやめた。
その代わり、われら青春が無性に観たくなってきた。あの当時の島田陽子は、清楚な感じのきれいな女優だったし、何よりストーリーが良かったはずだ。そう思い検索したところ、ブルーレイが出ている。3枚買うと値が張りそうだが、こうなると押さえが利かないのがいつもの私。早速通販で購入した。
先週の連休に早速観たところ、大原福美はもっと美人だったはずなのだが、私が思っていたほどではなかった。当時は年上の女性への憧れが強かったのだろう、数割増しで映っていたのかもしれない。島田陽子については、記憶どおりの美しさで映っていた。
これに出ている高校生役、いったい当時何歳だったのだろう、今のドラマなら考えられないよな、などと思えるところもあったが、懐かしさもプラスされて、感動しながら観続けることができた。途中、中だるみと思われる回もあったが、この辺りから視聴者が離れたのだろう。当初の放送予定の半分で打ち切られたようだ。
私の好きな「雑居時代」にせよ、この「われら青春!」にせよ、その後の再放送での評価が高く、途中で打ち切られたことが非常に惜しい。当時の局の責任者を恨みたい気もするが、当時は恐らくオイルショックの真っ只中の頃。スポンサーからの圧力が厳しかったのかもしれない。
今のドラマは、ほとんどが1クールで終わる。そのことで物足りないと思うことはあまり無いし、評判が良ければ続編として、1年後ぐらいに制作される。飽きっぽい現代人には丁度いいのかもしれない。ただ、アニメの、あの超ロングランは、いい加減にしてほしいところだが。
まず、壁の配線。我が家はスターデジオを視聴するためにスカパーに加入しているが、このアンテナ線をリビングの壁上部に這わせ、目隠しとして白のモールで覆っている。このモール、壁に合わせてオフホワイトとすべき所を、当時店舗に在庫が無かったので鮮やかな白にしてしまっており、これが目につく。また、コーナー処理をしていないため、コーナー部分はアンテナ線が見えてしまい、気に入らなかったのだ。これらを改善すべく思案した結果、アンテナ線は床に這わせることにした。
ホームセンターへ行き、オフホワイトのモール2本と茶色のモールを8本買い、壁のモールを外し始めたところ、確かモールはネジで止めたように記憶していたのだが、実際はネジと両面テープの両方で止めていた。嫌な予感がしたが、案の定、両面テープがきれいに剥がれない箇所がある。剥がれても黄色く変色している部分もあり、合計4メートルほどだろうか。でも今さら後に戻る気分にはなれなかったので、そのまま作業を進め、全て床に這わせて行った。ここまでで1日終了。
次の日、壁の掃除に取りかかる。ネットで検索したところ、粘着部分はアルコールで取れるとのこと。早速アルコールとタオルでゴシゴシ擦っていくと、確かに粘着感はなくなった。しかし、変色したような汚れが取れない。壁クリーナーで擦っても汚れが落ちない。
そこでキッチンハイターを薄め、タオルに染ませて拭いた。数分様子を見たが変化なし。ならば原液ではどうか。・・・変化なし。ならばワイドハイターの原液なら、と次々とエスカレートしていったが、汚れが落ちない。何かないものかとホームセンターへと向かった。
汚れ落としとしては、天然オレンジ抽出液を使用したものが結構並んでいる。そう言えば10年ほど前、スーパーオレンジというものを使ってよく掃除したことがあった。換気扇なんかも結構きれいになったような気がしたので、オレンジも良いかもしれない。そう思いながら物色していくと、「激オチクリーナー強力」というものがある。オレンジ系にミネラル酵素を配合したものらしく、他の2倍以上の980円の値が付いている。漂白剤で駄目だったのだから、何を使っても無駄のような気もするが、私は例の、買って後悔する方を選択する性格なのだ。名前負けしているような商品にも思えたが、他に強力そうな物もなかったのでそれを買って帰った。
壁に向かい、「激オチよ、頼む」と念じながら吹き付けていく。2分後タオルでゴシゴシと。・・・全く変化なし。なぜ、ワイドハイターで駄目だったものに980円も使ったのだろうと後悔する私がいた。
5月5日、GW最終日。壁は気にしないことにして、フローリングのワックスがけをすることにした。このワックスがけもかなりの作業だったのだが、娘が呼んでいるのでここまでということで。多分、昼ごはんのことだろう。結局、丸1日と数千円の費用をかけて、ワックスムラだらけの床が4分の1ほど出来上がっている。
8月の休みまでにワックスがけの研究をしておく必要がありそうだ。
先々週だったか、パソコンの設定をしながらスターデジオをかけていた。何となく古めの曲が聞きたい気がしたので、邦楽の70年代のチャンネルに合わせていた。順番は忘れたが、沢田研二の「さよならをいう気もない」や南沙織の「色づく街」、天地真理の「想い出のセレナーデ」など、私が小学校に行っているか、それより以前かぐらいの時代の曲が流れていた
「あっ、この歌、記憶にある。懐かしいなあ。」などと思いながら、パソコンの設定作業よりも聴く方に集中していたかもしれない。そのうち、加山雄三が出演していた「高校教師」の主題歌である「裸の青春」が鳴り出した。「うわっ、これ夏木マリだったんだ。」と、初めて歌っていた歌手がわかり、これも懐かしさで聴き入ってしまった。
この番組、中学生の頃に再放送で観たのだと思う。生徒の一人に「坂本」という女子生徒がおり、とてもきれいな女優さんで好きだったことを思い出した。誰がやっていたんだろうと、早速ネットで検索したところ、山内えみ子という女優だった。他に何かに出ていたのかと調べていると、ヌードにもなったことがあることがわかり、せっかく懐かしさに浸っていたのに興ざめしてしまった。あまり便利になるのも考えものである。
ところで、この「裸の青春」の歌詞はとても印象に残るものだった。
たった一度の青春を悔い無きようにと言うけれど 春の嵐の過ぎたあと
何もしなかったと嘆くより ああ 過ち 悔やむほうがまし
という、今ではありふれた、臭い詞なのだが、当事、「青春」という言葉に背伸びした世界のような憧れを抱いていた私は、「青春というのはそういうものなのか。青春時代を迎えたなら、何もしなかったと嘆くよりは、過ちを悔やむ方を選ぼう。」などと本気で思っていたのである。
そして、高校へと入学し、青春時代に突入していったわけであるが、前に触れたとおり、アルバイトに追われる毎日で、何もしなかったと嘆くよりは、過ちを悔やむ方を選ぼう、などといった悠長なことを言っている暇などなく、何もしない時間が欲しいぐらいであった。結局、何もしなくても生活に困ることがない者によって、上から目線で書かれた詞であったわけで、私には全く縁のないものだったのだ。
これとは若干ニュアンスが異なるが、やらなくて後悔するよりは、やって後悔する方がいい、という考えがある。その是非はケースバイケースで一概には言えないのだが、時々私はこの考えに賛同して行動することがある。そう、家電製品を買うときである。今買わなくて後悔するよりは、買って後悔してやろうじゃないか、と。
そして、後悔が続くことになる。
娘が、昨日録画していた金曜日のスマたちへを先ほどまで見ていたので、私も何となく横で見ていた。近藤真彦の特番であった。
近藤真彦が二十何年間か封印していたものを今夜明かす、みたいな大そうなことを言っていたので、例のアイドルとの破局の真相でも語るのかなと思っていたのだが、全くくだらない内容だった。
私は、ジャニーズ系のアイドルが嫌いではない。だから、近藤真彦に対しても、悪意は持っていない。しかし、昨日の特番については、なぜあのようなくだらない内容でOKを出したのか、理解できない。
一言で言えば、新曲のプロモーションとTBSのレコード大賞の宣伝、そのために昔のネタを引用しただけ、そう思える番組だった。
今は見るも無残なレコード大賞であるが、近藤真彦が受賞した年には、もう既に世間から見放されていた賞番組だった。そのレコード大賞をあそこまで持ち上げても、当時の状況を知る者にとってはしらけるだけだと思う。
遺骨盗難事件に関しても、あの事件で一番得をするのは、いや、得をしたかったのはどういった者たちか、そう考えると事件の真相が見えてくるだろう。だから封印されたのではないのか。そう考える私は、やはりひねくれているのだろうか。