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have a nice break

最近の投稿より、書き始めて間もない頃の記事の方がよっぽど面白いと思います(笑)

何故か不人気な「夏のジュエリー」

2011年08月13日 11時59分13秒 | Weblog

 

この時期になると井上陽水の少年時代が聴きたくなる。こんな暑い夏は早く終わったらいいと思いながらも、無意識の内に夏が終わりに向かう寂しさを感じ、同時に子どもの頃の夏の思い出が断片的に蘇ったりして、それが「少年時代」のあの何ともいえない哀愁漂うメロディを追い求めさせるのだろう。

 

人にはそれぞれ好きな歌や、特に好きというわけではないがその季節になると何となく聴きたくなる歌があると思う。私の場合は、夏が近づく頃には松田聖子の夏のジュエリーが、夏が終わりに向かうとこの少年時代が、秋が深まる頃には松任谷由実の木枯らしのダイアリーが等々、といった感じになっている。

 

季節ではないが、そのシーンによって聴きたくなる歌もあり、渋滞時には前にも書いた今井美樹の幸せになりたいが、夜の空港なら今井優子のエアポートが、昼の空港なら松田聖子の時間旅行が等々、とこちらもある程度決まってしまっている。

 

空港といえば、昔からベタなドラマなどは、最後に主人公がアメリカへ旅立って終わったりしているように、別れの場所というイメージもあり、それ故、空港に対して特に思い入れが強い人も多いせいか、先の2曲の他に、八神純子の夜間飛行や角松敏生のモノレールなど良い曲が多い。ちなみに私は、エアポート、時間旅行、夜間飛行の3曲を勝手に空港3名曲と呼び、若い頃、大事な場面でよく活用させてもらったものである(笑)。

 

ところで、「時間旅行」は、松田聖子の最も売れたアルバムSUPREME(松田聖子の中では私の一番好きなアルバムでもある)の中の曲であることから、結構万人受けしており、私と意見が一致するところなのであるが、「夏のジュエリー」があまり好まれていないのが私にはわからない。松田聖子自身もアルバムThe th Wave自体をあまり好んでいないのか、コンサートなどでもこのアルバムから選曲したがらないふしがある。私の中では、SUPREMEに入っている「螢の草原」や「雨のコニー・アイランド」などより、夏のジュエリーの方がよほど良いと思うのだが、歌詞が詩的表現に走り過ぎてわかりにくいから、あまり共感を得られないのだろうか。


イエローキャブ

2011年08月06日 15時34分19秒 | Weblog

今回の内容は、終戦記念日にでも書こうと思っていたのだが、先週からの流れがあるので今日書いている。

 

ここ数年、韓流とやらが流行っている。私と同世代またはそれ以上のおばさん達が、韓国俳優に対して熱を上げている様子がよく報じられている。私は、これらの映像を見ると気分が悪くなるが、そのことを妻に言うと、妻に「あの人達は、あれで人生が楽しいんだからいいじゃない」と言われ、他人の幸せは喜んであげないといけないよなと、自分自身を納得させようとしていた。

 

数週間前に、職人の店で売っているような名前の小僧が来日し、なめた発言をしていた。貨幣価値が何倍も上の先進国へ出稼ぎに来た者の発言とは思えないものだった。同じことを日本人が他国で行えばバッシングされるだろうが、風見鶏のような日本のマスコミは、愚かなことに逆に擁護したりする。

 

今回のように、後進国の小僧にまで馬鹿にされるようになったのは、日本女性の節操のなさによるものが大きな一因であると思っている。

 

インターネットの世界では、日本の若い女性、しかも美しい女性の猥褻画像が蔓延している。ネットの普及前からイエローキャブと蔑まれていたが、ネットが拍車をかけてしまった。これに加えて、韓流俳優を追いかけるおばさん連中のあの醜い映像である。小僧にイエローキャブどもがと見下されても仕方がないだろう。

 

私が右寄りの考えを持っていること、仕事上痛い目にあったから隣国の民族が好きでないことは、過去に書いた。その一方で、世間で在日又はその血を引くと呼ばれている女優や歌手のファンであることもこれまでのブログで書いているから、隣国の民族が嫌いなのではなく、隣国の民族で、己の利権のためならどんな卑怯な手段も厭わない連中が嫌いだ、とここで訂正しておこうと思う。

 

話を戻すが、おばさん連中が自分の人生を楽しむことは結構だが、そのお金を自分自身で稼いでいるならまだしも、自分の夫又は夫が働く会社の関連企業が卑怯な連中達によってどれほどの痛手を受け、どれほど苦労してそれを補い、そうやってようやく得た収入で楽しんでいるということをわかっているのだろうか。また、自分で稼いだと思っているおばさんも、数々の日本企業の努力があるからこそ、自分で稼げる環境があるということをわかっているのだろうか。

 

2年前、終戦記念日のブログで、特攻などで死んでいった若者たちが望んだ将来の日本はこんなものではなかっただろうと書いた。おばさんたちに問いたい。自分の子どもと同じくらいの年齢の若者が祖国の平和、発展を願って戦争で死んでいった。今の自分の姿をその人たちに堂々と見せることが出来ますか、と。


高岡氏の件について

2011年07月31日 14時44分04秒 | Weblog

今日は軍足(グンソク)のことでも書こうかと思っていたが、今週、高岡蒼甫が話題になっていたので、そのことを書くことに。

 

普通であれば、私も、高岡君よく言った、と賞賛してあげたいのだが、社会人として守らなければならないルールがある。被雇用者は、雇用主の経営方針について、社外で批判してはならないし、雇用主が仕事を得ている企業の経営方針なども批判してはいけない。だから、無責任に賞賛などしない。

 

芸能界で生き、所属事務所から報酬を得ている以上、事務所に迷惑をかけてはいけない。発言が気に入らなければくびにすればいい、確かに高岡個人はそれでいいだろうが、事務所、そこに所属する芸能人や社員、そしてその家族の生活はどうするのか。加えて、妻も芸能人であり、数々のCMを受けているのだから、妻には関係ないと言っても済まされないものがそこにはあり、関連企業等へ多大な迷惑がかかってしまう。

 

彼がどうしても自分の意見を言いたいのなら、まず、事務所を円満退社し、妻と離婚し、芸能界から引退した後であれば、社会通念上許される範囲内で何をつぶやこうが勝手なのだろうが。

 

高岡蒼甫といえば、彼が慕っていた、例の殺害された在日韓国人が浮かぶ人も多かろう。このときも、事務所に多大な迷惑をかけている。世間一般の常識からすれば、元々、脚光を浴びてはいけない俳優なのだろうが、篤姫の人気があまりにも高かったものだから、妻の威光によって今の地位がある。だからこそ、自分の中で葛藤が起き、精神的に病んでしまい、今回の事態に至ったとも言える。そういう意味からすれば、闇世界と強い繋がりのあった彼を使い続けた事務所、業界は、今回の一件を自業自得と思わなければいけないだろう。

 

ともあれ、高岡蒼甫に共感する者は多いだろう。私も民放の偏重放送が嫌いだから、民放はあまり見ない。他の人たちもくだらない番組は見なければいいじゃない、と言いたいところなのだが、それだけでは済まないところまでテレビの影響力は浸透してしまっている。

 

韓流ドラマにはまっているおば様方よ。その前に、韓国有数の企業であるサムスンがどうやってあそこまで大きくなったのか、たまにはNHKスペシャルでも観たらいかがか。

 

来週は、軍足でこの続きを書くことに。


娘の期末テスト

2011年07月24日 16時24分58秒 | Weblog

娘の夏休みが始まった。例によって今回も期末テストに振り回された。物理のテストの前日になって、物理が全くわからない、このままだと0点だと泣きついてきたのだ。

 

娘の学校のカリキュラムでは、理科総合を習っていることになっているが、1学期は物理を教えていたようで、高校物理入門というテキスト1冊がテスト範囲だった。

 

常々、英語と数学は教えてやるが、他の教科は自分でするよう言って来た。私は、共通一次を生物、地学で受けており、化学など全く記憶に残っていないし、高校物理に至っては、習ったこともない。中学時代の知識と娘の中学入試に付き合った時に覚えた知識、そして大学で学んだ相対性理論ぐらいしか思い出せない。だから、高校の物理に関わる気など微塵もなかったのだ。

 

でも、0点と言われるとさすがに放って置くわけにもいかず、テキストを流し読みしてみた。不思議なことだが、社会人を20年以上も続けていると、数々の難所をくぐり抜けて来ただけあって、ある程度の要点はつかめるものである。お父さんの言うとおりにしたら最低30点は取れるからと、焦る娘を落ち着かせ、テキストから重要と思われる公式を9つ抜き出し、その例題を説明しながら公式の使い方を教えた。そして、寝るまでに9つの公式を全て暗記するよう言っておいた。

 

次の朝、9つ全部覚えたか聞くと、3つがどうしても覚えられないと言う。それなら、テスト直前の休み時間10分間はその3つだけ覚えることに専念し、テスト開始と同時に、どこか余白にその3つをすぐに書きなさい、と娘にアドバイスした。私が高校の時によくやった方法である。

 

テストが終わり、結果、娘の点数は62点だった。平均点が44点というから御の字であろう。でも、これだけ平均点が低いということは、女子高生がいかに物理を苦手としているかの表れなのだろう。

 

しかし、今回はたまたま私のやまが当たっただけで、これで娘に、いざとなったら理科も父に頼ればいいなどと思われてもいけないので、今後は一切、理科には関わらないと念を押しておいた。実際、センター試験で物理や化学を選択することはないだろうから、推薦を考えない限り、定期テストでこれらを何点取ろうが関係ないのだ。

 

それにしても、娘の要領の悪さには困ったものである。


J-POP青春の’80

2011年07月17日 15時26分57秒 | Weblog

私はこのブログで、70年代後半から90年代前半にかけての音楽をよく聴いていると何度も書いてきた。その理由について、ちょうど中・高・大学の時期と当てはまり、最も影響を受けたからなのだろうと考えていた。でも、どうやら社会現象的にもこの年代の音楽を懐かしんでいるようである。

BSプレミアムで、「J-POP青春の’80」という音楽番組をやっている。’80と題しているが、実際は70年代後半から90年代前半にかけての楽曲を取り上げている。このことから、世の中、私のような人たちが多いことが伺える。

90年代中頃はCDが最も売れた時期で、今なら10万枚も売れないであろう曲が100万枚以上売れたりした。バブル景気は終焉を迎えていたのに、レコード業界だけがバブル状態という不思議な時期だった。

私は、このCDバブル期以降、つまり小室サウンドと日本のヒップホップ系音楽が幅を利かせていた時代を私にとっての失われた10年だと、2年前に書いている。書いた当時は、これを読んだ人は怒ってるかも、と思いながら書いたものであるが、たとえBSとはいえ、「J-POP青春の’80」のような番組がゴールデンタイムに放映されるのであるから、案外的を射ていたのかもしれない。

ところで、この番組でひと月ぐらい前に中西保志が出演していたとき、80年代に最も印象を受けた歌手として松田聖子を挙げており、司会の大友康平も「楽曲が良かったですからねえ」というようなことを言っていた。やはり、同じミュージシャンから見ても、松田聖子の楽曲の良さは羨ましいぐらいの出来だったのだろう。

私自身、いろんなアルバムを聴いているが、松田聖子の「SUPREME」を超えるアルバムは無いと今でも思っている。青春が終わってしまった今となっては、これは死ぬまで変わらないのだろう。


センター試験の数学

2011年07月02日 17時43分37秒 | Weblog

前々回、娘の数学を見ているときに音楽を聴いていると書いた。数学に関しては、2年ほど前に書いたことがあるので、今日は、その後の私の数学がどうなったかについて書くことにする。

前に、私が数学を勉強していたのは約30年ほど前になるため、復習用に「数学1・Aの点数が面白いほどとれる本」を買ったがあまりにも問題数が少ないためチャート式を買うことにし、そのチャート式は赤青黄白に分かれていたので、黄チャートを買ったことまでを前に書いた。

その後、空白期間もあったが、結局、数学1・A(例によってローマ数字は表記できないようなので算用数字表記をしている)の黄チャートは、やり終えた。でも、娘が持って帰る数学の宿題は、黄チャートの内容だけでは解けない。そこで新たに赤チャートを買おうとしたが、赤チャートの内容を見てもこれだけで宿題の内容を網羅出来るとは思えなかった。

そこで私が買ったのは、「本質の研究 数学1+A」、「安田が選ぶ センスをみがく良問54 数学1・A」、「大学への数学 1対1対応の演習/数学1・A」であった。「本質の研究」はなかなか良く、私に合っていたのかほとんどやり終えたが、他の2冊は所々を参照する程度に使用している。これで、娘の宿題にも対応できているため、私の感触では、センター試験程度ならこれだけで十分のように思えた。

そこで、それが本当かどうか確かめるため、実際に私がセンター試験の過去問を解いてみることにした。噂では、1年おきに難易度がかわっているらしいので、今年と昨年の2ヵ年分の数学1・Aと数学1の、計4科目分をやってみた。結果、一応すべて解くことが出来、答えも合っている。でもこの「一応」が問題となった。

2ヵ年4科目全てにおいて、90分以上かかってしまったのだ。実際の受験では、60分でやらなければならないため、単純に6掛けすると60点ということになってしまう。夜にハイボール片手に解いたとはいえ、時間がかかり過ぎている。出題は計4題であるから、1題につき15分が目安で、5分考える時間が必要とすると10分で計算してしまわなければならない。1題につき4問程度あるから、かなりのハイペースで計算しなければならない。

実際の話、私が受験するわけではなく、娘に教えることさえ出来ればいいのだから、何分かかろうが解けて説明が出来さえすればいいのだが、解く糸口さえ見出せず、いまだに「坂田アキラの○○が面白いほどわかる本」シリーズにしか興味を示していない娘を、あと2年半で80点から90点ぐらいを取れるようにするのは、至難の業にしか思えない。これでまだ数学2・Bまでしなければならないとなると、ぞっとしてしまう。

この夏は娘に自分の将来について真剣に考えさせ、志望校そして受験科目を絞っていかなければ、大都市圏の国公立などは夢に終わってしまうかもしれない。


学習リモコン

2011年06月25日 14時02分58秒 | Weblog

先週、ウォークマンを買った話を書いた。でも、一昨年の夏以来、私はソニーファンではなくなったはずだから、もう寝返ったのか、と思われるかもしれない。そう、少しだけ寝返ったのである。

話は去年の暮れにさかのぼる。年末にブルーレイレコーダーの値段が下がったこともあり、3台目のブルーレイレコーダーが欲しくなった。本当は、ソニーを買いたかったが、まだ私の怒りは収まっていなかったので、今回もパナソニックにすることにした。ちょうど、BW690が6万円を切っていたことも後押しした。

実はこのBW690世代から、ブルーレイディスクからハードディスクへの書き戻しが出来るようになっている。私のBD-REの数は非常に増えてしまったので、かねがね整理したいと思っていたが、コピーやムーブが出来ないので整理のしようがなかったところ、そのムーブが出来るようになったのである。ソニーのおまかせ自動録画機能も同じくらい捨て難かったが、ここは意思を貫き、パナソニックにしたのだった。

しかし、相変わらずDIGAのリモコンは反応が悪く、非常にストレスを感じるのだ。リビングのBW730よりは若干ましな気もするが、BW690のリモコンはBW570のリモコンと全く同じものだった。

反応が悪いのは本体が悪いのか、リモコンの出力が弱いからなのかネットで調べていると、ソニーの学習リモコンにすると感度が良くなったとの報告事例がある。同じリモコンを2つ使うのもややこしかったので、やむなくソニーは買わないという禁を破り、ソニーの学習リモコンPLZ430Dを買ってしまったのだった。

このPLZ430D、非常に使い勝手が良い。劇的に反応が良くなったわけではないが、ストレスの軽減にはなる。しかも、AVアンプの操作もほとんど学習させられるので、これ1台で、アンプ、レコーダー2台、テレビの操作が可能になり、純正リモコンたちは倉庫行きとなった。このリモコンを買ってしまったことにより、ソニーへの嫌悪感が和らいでしまい、前回のウォークマン購入へとつながったのである。

だが、先週の日曜日、ちょうどブログの投稿が終わり、録画済みの映画でも観ようかとリモコンを操作したところ、ブルーレイの操作はできるがアンプとテレビの操作ができない。なんと早速修理行きになってしまったか、やはり今のソニーとは相性が悪いということか、などと考えながら、何気に電池を新品に入れ替えてみた。すると、うそのように全て操作可能になった。どうやら、アンプとテレビを操作するためには、レコーダー操作よりも強力な出力が必要とされ、弱った電池では出力不足となるのだろう。もう少しで、ソニー製品購入禁止が復活するところだった。

でも、電池は二ヶ月ほど前に換えたばかりのような気がする。ということは、6ヶ月で2回、マンガン電池なら約3ヶ月しか持たないということになる。そんなリモコン聞いたことがない。私は、まめにCMカットなどしているから、使用頻度が高いということが原因なのだろうか。

とりあえず、今回はエボルタでも入れて様子を見ることにしよう。


娘のミニコンポを買った

2011年06月18日 17時34分38秒 | Weblog
娘の誕生日が来たので、何が欲しいかと聞くと、CDプレーヤーと言う。娘が使っているのは、私が10年ほど前に某スーパーの福引で引き当てたハローキティのCDラジカセで、これが早送り、早戻しが出来ないらしく、英語のCDを聞くのに不便らしい。

元々、音楽を聴くには音が良くないと言っていたので、音楽を聴く時にはウォークマンをスピーカーにつないで聴きなさいと、私がパソコン用に使用していたオンキョーのスピーカーGX-30AXを渡し、外部入力端子に娘のウォークマンを繋いで使わせていたのだった。これはこれで良かったらしいのだが、同時に充電出来ないのと、いちいちミニプラグを刺すのが不満らしかった。

そこで、ウォークマンドックを備えたCDオーディオでも買ってやろうかと家電売り場へと出かけると、iPod用はたくさん機種があるのに、ウォークマン用は極めて少ない。手頃な価格で、ソニーのNAS-V5というのがあったので、早速試聴してみた。

音はそれほど悪くないのだが使い勝手が悪い。漢字の曲名が正しく表示されないのと、聴きたい曲を探すためには、何度スクロールさせないといけないことか。娘もこれには閉口したようで、直接ウォークマンで操作するほうがよほど良いと言う。他にCMT-E350HDという機種もあったが、こちらは日本語の曲名表示は正しくされるのだが、やはり曲選択の使い勝手は悪い。

この際、iPodに乗り換えさせようかと思い、iPodを見に行くと、iPod nanoは小さすぎておもちゃのようで、娘もこれならウォークマンのほうがいいと言う。

それならばと、ウォークマンドックを備えたスピーカーと、CDプレーヤーとを分けて買ってはと提案してみた。これなら、ウォークマンを聴くときの音質は落ちるものも、聴きながら充電ができ、操作はウォークマンで直接できるし、ミニプラグを抜き差しする必要もなくなる。CDプレーヤーについても、選択の幅がぐっと増える。

でも、ウォークマンドックを備えたスピーカーってそんなにあったかなと思いながら探して見ると、ソニーのRDP-NWD300とマクセルのMXSP-1200WMが展示してあった。両方ともウォークマン本体での操作が出来、簡易リモコンも付いている。音を聴いて見ると、マクセルのほうが娘には合っているとのことで、これを買うことにした。

次は、CDプレーヤー。ラジカセ型よりもコンポ型のほうがいいかといろいろ見ていたが、今度は機種が多過ぎて決まらない。それなら音重視でと、予め用意しておいたUSBメモリ内の曲を再生して行くと、当然のことながら値段が高くなるほど音が良い。しかし、娘にとってはデザインや大きさも大事らしく、私がいいなと思っていたオンキョーやパイオニアの製品は却下されてしまった。段々面倒くさくなってきたので、大きくなくて、3万円前後までで、女の子向けにお勧めはどれかと店員に聞いてみた。

人気は、パナソニックらしく、確かにデザインはいいし音もそこそこなのだが、横幅が長過ぎる。次は、ビクターのピンクのコンポを勧められたが、デザイン、大きさは娘も気に入ったようなのだが、音がもうひとつといった感じだ。それならばと、ヤマハのMCR-040を勧められた。

確かに音は悪くない。デザインも女の子向きだ。若干奥行きがあり過ぎる気もしたが、その分高さがないだけに圧迫感はないだろう。唯一の欠点は、娘のこだわる早送り、早戻しがリモコンでしか出来ないこと。リモコンが壊れても買えばしまいだろうが、リモコン受信部が壊れると修理するまで早送り、早戻し等の操作が出来ないことになってしまう。迷うところだったが、いい加減私も娘も疲れていたので、このヤマハの機種に決めることにした。

今回、結構出費してしまったが、私にも良いことがある。オンキョーのスピーカーGX-30AXが戻ってきたことだ。パソコンにつなぐ気はさらさらないのだが、私のウォークマンにつないで聴きたかったのだ。ウォークマンのイコライザーを低音重視に設定し、このスピーカーにつなぐと、わりと小さな音でも結構良い音で聴けるのである。娘の勉強を見るために、数学などの問題集を夜遅くまですることが多くなっており、その際、私のシステムコンポで音楽を聴くことがあるが、なにぶん音を小さくする(真夜中である)ため、パンチのある音が出ない。その割に消費電力も馬鹿にならない。その点、ウォークマンとGX-30AXのコンビはちょうど良いのである。

しかし、こうなると欲が出るのがいつもの私。持っていたウォークマンは1GBしかなかったので、収録できる曲が少ない。我慢できずに、4GBのウォークマンを買ってしまったのだった。

ドルチェグストを買った

2011年05月22日 11時18分05秒 | Weblog

政治、経済を批判をする投稿が何度か続いてしまった。もとよりこれらを批判するのが私のブログの目的ではなく、私自身にまつわるくだらない出来事を書くためのものだったのだが、創作的な文章を書くよりも今あるものを批判する方が簡単なもので、これは私に限ったことではなく、他のブログや政治家、マスコミなどを見ていたらよくわかる。

特に政治家、その中でも少数人数しかいない野党などは、批判するだけで高給を得ている。実現可能な対案を持たない批判などは全く意味を持たないものであり、当の本人たちもよくわかっているのだろうが、彼らの本音は政権に就くことではなく、現状の地位を確保し続けることであり、つまり、政治家という名誉職に就き、高給をもらい、それでいて政治的リスクは全く負わないという、何ともうらやましい代表権のない会長職みたいなものなのだ。

と、また批判から始まってしまったが本題に。

私はコーヒーが好きで、スタバやタリーズなどをよく利用している。だが、本音を言えばマクドナルドのコーヒーが一番好きなのだ。でも安いコーヒー一杯を買うのは恥ずかしいので、コーヒー単品でマクドナルドへ行くことはない。

家では、節約のためにブルックスのドリップバッグを飲んでいるが、その度にマクドナルドのコーヒー、又は同程度以上においしいコーヒーが恋しくなっていた。以前は、コーヒーメーカーで煎れていた時期もあったのだが、片づけが邪魔くさいのと、好みの豆に行き着かなかったので今は使っていない。

この前、タイヤ交換に行ったところ、作業待ちのあいだにコーヒーを出してくれた。その時、何かカプセルのようなものをセットしているのがちらっと見えた。出されたコーヒーを飲んでみると、おいしいではないか。もしかしたら、これが噂に聞いたネスカフェのドルチェグストというものなのだろうか、後で機械を確認してみよう、と思っていたものの、作業終了までの1時間、八日目の蝉を読んでいたらすっかり確認するのを忘れてしまっていた。

一週間ほどするとあのコーヒーが気になりはじめ、ネスカフェのホームページを覗いてみた。ドルチェグストの本体が何種類かあり、一番安いのでピッコロの11800円、カプセルが1回当たり50円ほどである。このくらいなら失敗してもしれているし、もしおいしければマックの半分で済む。第一、コーヒー一杯だけでは買いに行けないので滅多に飲めていなかったのが、飲みたいときに飲めるのだ。などと、無駄遣いするときに自分に言い訳をするいつもの私が現れ、結局衝動買いしたのだった。

そして実際の味であるが、十分満足のいく味である。難を言えば、少し温度が低いのですぐに飲めてしまえ、簡単に二杯目に手が出てしまうところか。それでも100円で済むのだから安いものだろう。もしもネスカフェがここまで計算して抽出温度を80度に設定したのだとすれば、ネスカフェ恐るべし、である。


反省しない米国

2011年05月03日 16時49分07秒 | Weblog
ビンラディンが死んだことに米国民が狂喜している。9.11から10年かかってやっとのことであるから、さぞやうれしかろう。でも、米国民がこんなだからこそテロが起きたということを、この国の人たちは考えようとしないのだろうか。

私は米国に対して、好意的な面と批判的な面を持っている。日本人のようにこせこせと貯蓄ばかりして経済の悪化を招きながら、その責任を政府にばかり押し付けるようなことはしない。欲しい物はどんどん買うし、自国の政府を批判しながらも心の底では誇りに思っていることがすぐにわかる。このような国民気質には好感が持てるが、彼らの中に脈々と流れている征服民族の血、根っからの帝国主義気質は大嫌いだ。

歴史的に見て米国というのは、己の欲を満たすために、次々と虐殺を繰り返して大きくなった国である。開拓の名の下、先住民族を追放し、逆らう者は容赦なく殺害していった。その結果広大な土地を手に入れたものの、管理できないとなるとアフリカから何十万人もの人々を奴隷として連れ帰り、逆らう者はこれまた殺害している。

自国が豊かになるために大量生産を行い、自国内だけでは消費が賄えなくなると、新たな市場を求め植民地化していく。そもそも日本が戦争へと突入していったのも、綿製品の輸出先である中国市場を米国と争ったのが発端であり、競争力で日本に負けた米国が力任せに日本を締め出そうとしたからではなかったか。

それなのに、米国はさらに史上稀に見る大虐殺、二度の原爆投下を行っている。今回の震災で、米国のヘリコプターに放射能反応が出たときにいち早く空母を退避させたことは記憶に新しいが、このように被爆国である日本以上に放射能に敏感な米国が、二度も原爆を使用しておきながら、ほとんどの米国民は原爆投下は正しかったと今でも言っているのである。私から言わせれば、No more Hiroshima!などではなく、Remember Hiroshima!なのだ。

基幹産業である自動車で、日本車が米国を席巻し始めた時には、日本車を叩き壊したり日の丸を燃やしたりする映像を大々的に流したりした(いや待てよ、日の丸を燃やしたがるのは米国ではなく、例の国で、米国はしなかったかもしれない)が、日本が逆の立場になったとしても節度ある日本国民はそのような愚行をしないだろう。

何か話がそれてしまったが、米国が中東に介入したのは、自由主義のためでもキリスト教のためでもなく、「石油の利権」のためだけであり、自国の産業に必要な石油を確保するために帝国主義政策を行ったからこそ、イスラム急進派の反感を買ったということを反省すべきではないのか。米国政府は米国が抱える闇の部分があるから、表立って反省など出来ないとしても、国民から反省する姿勢が現れてこない限り、テロとの戦いは終わらないだろう。