バイロンはお好き?

バイロンを超現代的に解釈・注釈・日本語訳するブログ

それでも時折

2008年07月30日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
8
それでも時折、しごく興奮して浮かれ騒いでいる気分にあるとき、
不可思議な痛みが、貴公子ハロルドの額にちらつくのだった。
あたかも、互いに殺しあうような深い恨みや、
叶わなかった情熱の思い出が、潜んでいるかのように。
しかし、誰もそのことを知らなかったし、知ろうともしなかった。
というのは、彼の魂は、悲しみを口に出すことで癒されるような、
素直で、無邪気な魂ではなかったからである。
また、彼は相談や、慰めのために友を求めることもなかった。
抑えがたい、悲しみがどのようなものであったとしても。

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原典とその註は以下のとおり

Yet oft-times in his maddest mirthful mood
Strange pangs would flash along Childe Harold’s brow;
As if the memory of some deadly feud
Or disappointed passion lurk’d below.
But this none knew, nor haply car’d to know;
For his was not that open, artless soul
That feels relief by bidding sorrow flow,
Nor sought he friend to counsel or condole,
Whate’er this grief mote be, which he could not control.

(註)
oft-times <often times = often:「しばしば、時々」 pang(s):「激痛、心の苦しみ、心痛、苦悶」
deadly:「致命的な、互いに殺しあう、和解の余地のない」
feud:「不和、確執、宿根、反目」
lurk:「潜む、待ち伏せする」
mote = may:「たとえ~であろうと」

貴公子は父の館から出発した

2008年07月30日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
7

貴公子は父の館から出発した。
それは、広大で由緒ある建物だったが、
あまりにも古いので、やっと崩れ落ちないでいるようだった、
それでも、堂々とした側廊の柱は、力強く立っていた。
堕落した用途に運命づけられた、僧院よ!
そこには、かつて迷信が巣食っていたのだが、
今ではパポスの住民のようにみだらな女たちが、歌い笑うと知られていた。
修道士たちは、自分たちの時代が再び訪れたと考えるかもしれない、
もしも古の物語が真実で、そしてあの聖職者たちへの中傷でないならば。

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原典とその註は以下のとおり

The Childe departed from his father’s hall:
It was a vast and venerable pile;
So old, it seemed only not to fall,
Yet strength was pillar’d in each massy aisle.
Monastic dome! condemn’d to uses vile!
Where Superstition once had made her den
Now Paphian girls were known to sing and smile;
And monks might deem their time was come agen,
If ancient tales say true, nor wrong these holy men.

(註)
hall:「地主の館、邸宅」
venerable:「由緒ある」
pile(s):「大建築物、建物群」
pillar’d <pillar:「柱で飾る、支える」 dome:「壮麗な建物、館」
den:「巣、隠れ家」
Paphian:「(キプロス南西部、アフロディテ崇拝の中心地であった)パポス〈の住民〉の、みだらな」
agen = again:「再び」

そして今やハロルドは

2008年07月30日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
6

そして今やハロルドは、本当のところ、はなはだしく嫌気がさしていた、
そして飲み仲間たちから、逃れ去ってしまいたいと思った。
時に陰鬱な涙が流れ出そうになっても、
自尊心が、涙の粒を眼の中で凍らせたのだと、人は言う。
独りで、彼は喜びのない空想にふけりながら、歩き回った。
そして自分が生まれた国から出てゆき、
海の向こうにある、灼熱の土地を訪れることを決意した。
快楽には吐き気を催して、苦悩に焦がれ、
彼は、転地するためなら、冥府の暗闇さえ求めようとしただろう。

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原典とその註は以下のとおり

And now Childe Harold was sore sick at heart,
And from his fellow bacchanals would flee;
’Tis said, at times the sullen tear would start,
But Pride congeal’d the drop within his ee:
Apart he stalk’d in joyless reverie,
And from his native land resolved to go,
And visit scorching climes beyond the sea;
With pleasure drugg’d he almost long’d for woe,
And e’en for change of scene would seek the shades below.

(註)
sore:「非常に、たいそう」
bacchanal(s):「酒の神バッコス、バッカスの祭司、酔っ払って浮かれ騒ぐ人」
sullen:「陰鬱な、沈んだ」
congeal’d <congeal:「凍らせる、凝結させる」 stalk’d <stalk:「忍び寄る、歩き回る、怒った、あるいは高慢な様子で大股に歩く」 scorching:「灼熱の、焼けるような」
clime(s) = region:「地域、地方、地帯」
drugg’d <drug:「吐き気を催す、嫌悪する」

というのは、彼は罪の長い迷路を駆け抜けてきたからだ

2008年07月30日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
5

というのは、彼は罪の長い迷路を駆け抜けてきたからだ。
過ちを犯しても、償いもせずに、
愛したものは一人だけだが、あまたの女に言い寄った。
そして愛したひとは、悲しいかな、彼のものにはならなかった。
彼女は幸せなのだ! 彼から逃れられて。
あのように清らかなひとにとって、彼の接吻は汚れとなったであろう。
彼は、ほどなく彼女を捨てて、卑しい快楽に乗り換えたことだろう、
そしておのれの浪費の穴埋めのために、彼女の広い土地を台無しにしただろう。
穏やかな家庭の安らぎに、触れることさえなかったであろう。

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原典とその註は以下のとおり

For he through Sin’s long labyrinth had run,
Nor made atonement when he did amiss,
Had sig’d to many though he lov’d but one,
And that lov’d one, alas! could n’er be his.
Ah, happy she! to ’scape from him whose kiss
Had been pollution unto aught so chaste;
Who soon had left her charms for vulgar bliss,
And spoil’d her goodly lands to gild his waste,
Nor calm domestic peace had ever deign’d to taste.

(註)
labyrinth:「迷路」
atonement:「償い、あがない」
did amiss <do amiss: 「やりそこなう、悪いことをする」 left <leave:「捨てる」 gild:「金箔を塗る」gild his waste「彼の浪費に金箔を塗る」は、「彼の浪費を穴埋めする」を意味する。

貴公子ハロルドは真昼の陽射しに寝転がり

2008年07月14日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
4

貴公子ハロルドは真昼の陽射しに寝転がり、
他の蠅と同様そこで気晴らしをしていた。
そして自分の短い日永が終わるまえに
一陣の風が悲惨へと彼を凍えさせるなどとは思わなかった。
しかし、彼の人生の3分の1も終わらないうちに
災難よりも悲惨なことが貴公子にふりかかったのだ。
彼は辟易した。
それから自分の祖国に住まうのを嫌がった。
彼にとって隠者の寂しい庵よりもずっと孤独に思えたからだ。

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原典とその注は以下の通り。

Childe Harold basked him in the noontide sun,
Disporting there like any other fly,
Nor deemed before his little day was done
One blast might chill him into misery.
But long ere scarce a third of his passed by,
Worse than adversity the Childe befell;
He felt the fulness of satiety:
Then loathed he in his native land to dwell,
Which seemed to him more lone than eremite’s sad cell.

(注)
bask: 「日向ぼっこする、寝そべる」。『お気に召すまま』(2幕7場15行)に「この阿呆は寝そべって日向ぼっこをしていた」とある(東中先生のご指摘)。
desport: (vi)「楽しむ、気晴らしをする」
fly:「蠅」
little: 「短い、僅かな」
his: =his life(田吹先生のご指摘)。
worse: (名)「より悪いこと」。
adversity: 「不運、不幸、災難」
befell: <befall、「(~に)ふりかかる」 eremite: 「隠者」
cell: 「部屋、庵」

貴公子ハロルドと彼は呼ばれていた

2008年07月14日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
3

貴公子ハロルドと彼は呼ばれていた――しかし、家名や
由緒ある血筋については言わないほうがいい。
おそらく有名で、かつては栄誉あるものだったとだけ言っておく。
しかし、どんなに昔は権勢を誇っていたにせよ、
ひとりのとんでもない放蕩者が、永遠に家名を汚している。
だからどれだけ紋章官が墓から栄誉をかき集めても、
華麗な散文やお世辞の詩行が
悪行を飾ったり、罪を聖別したりはできないのだ。

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原典とその注は以下の通り。
Childe Harold was he hight: - but whence his name
And lineage long, it suits me not to say;
Suffice it, that perchance they were of fame,
And had been glorious in another day:
But one sad losel soils a name for aye,
However mighty in the olden time;
Nor all that heralds rake from coffined clay,
Nor florid prose, nor honeyed lines of rhyme,
Can blazon evil deeds, or consecrate a crime.

(注)
whence: 先行詞を含む関係代名詞。「~から出てきた場所」
lineage: 「血縁、子孫」
long:「由緒ある」
suit: 「~に好都合である、~の気に入る」
Suffice it, that: 「~とだけ言っておこう」
of fame: =famous
sad: 「とんでもない、けしからぬ、ひどい」
losel: 「ろくでなし、放蕩者」
for ay(e): 「永遠に」
mighty: 「権勢のある、強大な」
herald: 「紋章官」
coffined: 「納棺された、密閉された」
clay: 「土塊」、つまり肉体。
florid: 「華麗な」
honeyed: 「お世辞の、甘い」
blazon: 「~を飾る、描く」
consecrate: 「(神聖なものとして)分離する、聖別する」

かつてアルビオンの島に

2008年07月06日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
2

かつてアルビオンの島にひとりの若者が住んでいた。
彼は美徳の道を行くことを喜ばなかった。
むしろひどい放蕩に日々を送り、
「夜」の物憂い耳を快楽で苛立たせた。
ああ! 本当に、彼は恥知らずな男だった。
もっぱら酒宴と神をも畏れぬ歓楽にふけった。
情婦や好色な連中や、
身分を問わずこれみよがしに飲み騒ぐ者を除いては、
地上のものはほとんど彼の考えには賛同しなかった。

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(注)
アルビオン:イギリスの古名。

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原典とその注は以下の通り。

II.

Whilome in Albion’s isle there dwelt a youth,
Who ne in virtue’s ways did take delight;
But spent his days in riot most uncouth,
And vexed with mirth the drowsy ear of Night.
Ah, me! in sooth he was a shameless wight,
Sore given to revel and ungodly glee;
Few earthly things found favour in his sight
Save concubines and carnal companie,
And flaunting wassailers of high and low degree.

(注)
Whilome: 「以前、かつて」
Albion:イギリスの古名。
dwelt:「住んでいた」
ne:=not。
Virtue:「美徳」
riot:「放蕩、馬鹿騒ぎ」
uncouth:「粗野な、無礼な、異様な」
vexed (with~):「(~で)苛む、苦しめる、苛立たせる」
mirth:「楽しみ」
drowsy:「物憂げな、眠たい」
me:(間投詞的に)悲しみや驚きを表す。「ああ!」
in sooth:「本当に」
wight:「人間、男」
sore:「激しく、ひどく」
given to~:「~にふける、夢中になる」
ungodly:「ひどい、とんでもない、罪深い、神をも畏れぬ」
glee:「歓楽」
concubine:「情婦、妾」
carnal:「好色的な、色好みの」
flaunting:「これみよがしの、派手に」
wassailers:「大酒飲み」
degree:「身分」

あぁ、おまえ! ヘラスでは天の生まれとされた者よ

2008年07月06日 | チャイルド・ハロルドの巡礼第1編
1

あぁ、おまえ! ヘラスでは天の生まれとされた者よ、
詩神よ! 詩人の意志に従ってつくられた伝説の者よ!
地上では後の竪琴によりあまりに頻繁に辱められたので、
私の詩では、聖なる丘より呼び出すことはしないでおこう。
しかしそれならと、おまえの名だたる小川のあたりをさまよってきた。
そう! デルポイの長い間打ち捨てられた社で溜息をついた。
そこでは、消え入りそうな泉のほかは、すべてがおし黙っている。
私の竪琴に疲れきった詩神たちを呼び覚まさせて、
大変陳腐な物語――私の素朴な歌を飾らせたりはしない。

*************
(注)
ヘラス:ギリシアの古名
詩神:ミューズ。ゼウスが記憶の女神ムネモシュネと9夜続けて枕を交わし、生れた9人の女神たち。アポロに率いられて暮らしている。ギリシアのパルナッサス山の断崖の裂けた奥に霊泉が微かに湧いているらしく、彼女たちはそこを住処としている。
デルポイ:アポロの神殿のあるギリシアの町。

**************
以下、原典と注です☆
I.

Oh, thou, in Hellas deemed of heavenly birth,
Muse, formed or fabled at the Minstrel’s will!
Since shamed full oft by later lyres on earth,
Mine dares not call thee from thy sacred hill:
Yet there I’ve wandered by thy vaunted rill;
Yes! sighed o’er Delphi’s long-deserted shrine
Where, save that feeble fountain, all is still;
Nor mote my shell awake the weary Nine
To grace so plain a tale - this lowly lay of mine.

(注)
Hellas:古代ギリシア
fabled:「伝説的な」
Minstrel:詩人
lyre:竪琴。詩の象徴。
thy sacred hill:Parnassus山のこと。
thy vaunted rill:Castaliaのこと。rill→小川。
Delphi:デルポイ。町の名前。
save that~:「~を除いては、ほかは」
feeble:「微かな、弱い」。転じて「小さい」の意。
mote:=may(許可)。
shell:竪琴。古代の竪琴は亀の甲羅でつくられた。
the weary Nine:詩神の9人の女神たちのこと。
grace:「優美に飾る」
lowly:控えめな
lay:「歌、物語詩、歌物語」