寛之はシロに言う。「今日の仕事は上手く行ったんたぜ!。いつもあんな風に行けばいいけどな。」
シロは何も反応せず、とぼけた顎の裏をこちらに見せ、ひたすら喉を振動させているだけ。
「…ちったぁ反応しろよな、シロ…ちぇっ。」
寛之は八畳間ににゴロンと横たわると、テレビのスイッチを押した。
番組は最近話題の著名人が自分のちょっとした生活の機微や出来事を語ると、一斉にギャラリーが喜び、どよめく内容のものだった。
寛之は思う。(はぁ~日本は平和だね…。それはいい事だけどなぁ…あの著名人もそれなりに苦労はしてるんだろうけど、今、豊かじゃない人の気持ちなんてあんまり著名人やセレブと言われる人達には真に分からないんだろうな…。
日本は今、景気が上向きかぁ…。
全く俺にはそれを感じられない。
それを感じてるのは今テレビに出てるああ言う人達だけなんだろうな…。
望んだ訳じゃないのにこんな家庭に産まれた俺の事…ほとんどの人には分かっては貰えないんだろうな…。)
そして寛之の脳裏には、先程食事を同席した宮上慶子の顔が浮かぶ…。
慶子は寛之よりも2つ年下で26歳。黒く長い髪。小さな顔。鼻筋が通り、顎はシャープにとがり、目は大きく優しい二重。
寛之よりも年下なのに、古風で落ち着いた物言い…。浮わついたものをあまり感じさせない言葉じり。
見た目が可憐なだけでなく、父親の事業を良く理解し、派手な振る舞いはせず、人の話をじっと聞き、優しさのある言葉で答える。
目、鼻、顎から導き出される彼女の透明で可憐なオーラを感じると、寛之は心臓が飛び出るほどドキドキしてしまうのだった。
慶子の身長は150センチぐらい。
寛之にとっては愛らしいとしか言えない女性だった。
またそれは他の多くの男性の目から見ても同じだと言う事を、寛之もしっかりと認識していた。
あの田中も、慶子を見る時、その目は男の目になった。
寛之はまた思う。(俺にもう少し、男としての能力や魅力があれば…慶子さんに…。
…いや…よせ、ウチの兄や父を見ろ。あの人達の遺伝子をしっかりと、この俺は受け継いでしまっているんだ。
「堕落の遺伝子」とも言うべきものを…。
それから抜け出すために俺は頑張ってはいるけど、遺伝子って恐ろしいからな…。
慶子さんと恋する資格なんて俺には無いんだ…。あんなに素敵な女の子はもっともっと優しさや男としての能力に秀でて、素敵な冗談も言える人と愛し合うべきなんだ…。
俺は金も無いし冗談も得意じゃない…あきらめろ寛之…あきらめろ…。)とひたすらマイナス思考になってしまい、自分に言い聞かせる。
しかしまた思い直す。(いや…俺がもっと努力すれば、もっと生まれ変わろうとする気概があれば、ひょっとしたら…?。)
そんな事を思い始めてると、疲れた体を眠りに誘おうとしても何故か寛之は眠気を感じる事が出来ない…。
その時携帯電話が鳴った。
寛之が着信画面を覗くとそこには「ユリカ」という名前が表示されている。
ユリカとは静岡にいる寛之の彼女だ。
島崎百合香と言い、寛之の同級生で、三年前の同級会で再会し、意気投合し、交際が始まった。
痩せっぽちで、スラッとした体型。静岡市内の百貨店の婦人服売り場に勤務していた。
大人びた表情とは裏腹に、とても元気で明るい女の子で、少し影を帯びた寛之とは対象的だった。
だからこそお互いの足りない部分を補える関係だったのかもしれない。
しかし、先日静岡の同級生の友人からは「百合香は他の男性と街を歩いている事が多い」という話も聞かされ、寛之は百合香に対して少し不信感を抱いていた。
しかも静岡を離れて久しい寛之は、最近は百合香の事を思い出す事も少なくなっていた。
寛之は携帯電話を手に取る。
百合香は「もしもしヒロくん。久しぶり」と言う。
「ああ…」
「元気ないね?」
「いや…そんな事ないよ。」
「どうしてるかな?と思ってね。最近全然連絡くれないし。」
「…うん。ちょっと色々あって疲れてるのかな?。」
「どうしたの?」
「大した事じゃないんだ。」
「もう…小さな事でもいつでも話してよね。本当、どうしたの?。」
「ちょっと実家の事でさ…。恥ずかしくてユリカにもなかなか言えなくてさ。」
「…お父さんの会社ね…。また上手く行ってないんだ…?」
「うん…情けなくてさ…。なかなか気分が前向きになれないんだ。…でも、こっちの社長がいい人だから救われてるけどね。」
「…そう…。 ねぇヒロくん、今度の週末、長野に行っていい?。
「え?」
「だってずっと逢ってないでしょ?」
「今は無理だよ。来月15万も実家に送金しなきゃなんだ。節約するために今は社長の家でご飯をご馳走になってる始末なんだ…。だからどこにも遊びに連れて行ってあげられないよ…」
「…そう…。でもどこにも行けなくてもいの。ただ…ヒロくんの顔が見たいの…。」と百合香は少し不安げな声で言った。
「…何かあったのか?」
「ん~。ちょっと…。」
「言えよ…。」
「ヒロくんの顔を見たら話す…。」
「なんだよ…それ?。」
「長野に行っていいでしょ?。こっちは随分暑くなって来たし。避暑にも行きたいの。」
「…ご飯を食べれないよ。節約するために俺、社長んちでメシ食ってるんだから。」
「2日くらいなら私がご飯作ってあげる。そうすれば2日は社長さんにもやっかいにならなくていいでしょ?。食材も安く揃えてあげる。おごりよ!。」
「…なんか本当に自分が情けないよ。そうしてくれるなら…。」
「任せて。」百合香は言った。
そのあと30分ほど地元の話をした後、寛之は電話を切った。
寛之は思う。(きっと百合香の心に何かあったんだろうな…。だいたい分かるけどな…。
多分他に気になる男が出来たんだろう…それは今の俺にとっては悲しくもなければ嬉しくもない。ホント俺は冷たい人間だな…もうどっちでもいいよ…。)
すると梅雨の雨がまた降り始めた。
「ザー…」と音をたてて…。
寛之が窓を見るとシロの喉の動きが一瞬止まり、また動き出したかと思うと、次の瞬間、「グワッ、グワッ、グワッ」とシロは鳴き始めた。
寛之は皮肉な笑顔でしばらくそんなシロを見つめ。
(雨が嬉しいのかな?。)と思った。
そしてシロに声を掛ける「…何か教えてくれよ、シロ、俺はもう何も分からないんだ。何をどうすれば物事が良くなるのか分からないんだよ。お前、人間の言葉なんてもちろん分からんだろうから、言葉は要らないよ。でも俺を導いてくれよ…。
どんな事情があるか分かんないけど毎日ウチに来るんだからさ…。
お前はきっと特別な蛙なんだよ、真っ白な体を授かっているんだからな。
何か俺に教えてくれよ。俺はどうなるんだ?。この先には何があるんだ?。教えてくれよ…シロ。」と。
そしてまた百合香の事を思う。寛之は特段落ち込んだ感情もなく、怒りや悲しみがある訳でもなく、全く淡々とした冷静な気持ちだった。
そんな自分の感情を寛之はひどくつまらなく感じた。
それから3日間寛之は仕事をし、社長の家で食事をいただく日々。
そして週末がやって来た。
土曜日の仕事は午前中で終わり、寛之は百合香を迎えるため、部屋の掃除を始める。今は午後一時三十分、百合香が車でやって来るのは午後3時だ。
忙しい男の独り暮らし、当然の様に部屋は汚れている。
寛之は「…女の子が来るんだし一応は…」と一人言を言う。
掃除機をかけ、溜まっている空き缶や燃えるゴミを片付け、散らばっている成人雑誌を押し入れに突っ込む。
キッキンをクレンザーで磨いていて寛之は思う「ありゃ、このシンク、ホントはこんなに綺麗だったんだ…ピカピカだ…」と。
シンクは見違える様に綺麗になった。
掃除機をかけ、テーブルを吹き、おおよその掃除を終えて、キッキンの椅子に腰掛けて冷たい氷水を飲んでいると、駐車場の方から百合香の車のエンジン音が聞こえた。
「トントン…」とドアがノックされた。
寛之がドアを開けると、そこには随分化粧が濃くなり、髪を茶色に染めた百合香が沢山の食材の入ったレジ袋を手に提げて立っていた。
百合香が先に言った。「久しぶり!。」
「ああ、随分色っぽくなったんだ…」
「そう?普通だと思うけど」
「最後に逢った時と随分感じが違うな、と思ってさ…。上がれよ。」
二人はキッキンのテーブルに腰掛けた。
百合香はレジ袋からビールやパック入りの唐揚げ、ポテトサラダをを取り出し「乾杯しよ!」と言いました。
「ありがとう、うまそうだな、いつも発泡酒ばっかで、ビールなんて久しぶりだな。」
「…そうなんだ。
ねぇ、伊那も随分暑いのね。まだ6月の終わりだって言うのに。」
「…伊那は冬寒くて夏暑いんだ。山に囲まれた盆地で、内陸性気候だからね。
避暑って感じでもないだろ?」
「ううん、随分静岡よりはカラッとしてるよ。」
そして二人はビールの缶を軽くぶつけ、乾杯した。
「夕食は餃子にしようと思って、どう?もちろん冷凍物じゃないよ、手作りだよ。」
「手作り餃子かぁ、久しぶりだなぁ…。」
寛之の地元では各家庭で手作りの餃子を良く作った。それぞれの家庭によって具材や味は様々だ。
百合香は言いました「結構綺麗にしてるんだ?」
「ユリカが来るから慌てて掃除したんだよ…シンクなんて白く曇ってたんだ…」
「その無精髭をみると分かる様な気がする…」と百合香は笑った。
二人は暫く再会の軽い祝杯を挙げ、ひとしきり故郷の友人達の話をした。
晩になると百合香は台所に向かい餃子の仕込みを始める。
百合香は強力粉を練り、餃子の皮を作る。具材は玉ねぎ、ひき肉、ニンニク。そして砕いたクルミとピーナッツを入れるのは百合香のオリジナルだ。
夕食の時間になると百合香は大皿に餃子を並べテーブルに置く。その他、野菜サラダ、ほかほかのご飯、漬物等がテーブルに並べられた。
百合香の餃子は少し大きめで、皮が厚くモチモチしており、具もかなり多い。
さらにクルミやピーナッツの食感が多めの具材にアクセントを加えていた。
寛之は餃子を一口頬張ると「旨い!」と言った。
「ありがとう。」
「地元の手作り餃子なんて何年食べてなかったんだろう?。」
「ヒロくん、静岡には帰って来ないの?」百合香が聞いた。
「先の事は分からないけど今はこのまま…。」
「そう…」
食事を終え、しばらくして二人は八畳間に布団を敷き、横になる。
百合香は寛之の胸に手を当てて「凄い筋肉…」と言った。
「力仕事だもんな。嫌でもこうなっちまう」
百合香は更に寛之に体をすりよせた。
寛之も百合香を抱き寄せる。
寛之は百合香の乳房に手を伸ばした。
百合香は「…あっ」と言い体をこわばらせた。
しばらくして寛之の手の動きは止まった。
長い間二人に動きはない。
百合香が先に口を開いた。
「…やっぱり…駄目なんだ?。やっぱり…」
寛之が言う「…百合香にしてあげられる事が俺にはもう何も無いんだ。そばに居てもあげられない、金もない…。」
「私、プロポーズされたの…」
寛之は百合香に腕枕をしてやりながら言う「…大体俺にも分かってたんだ…こないだサトシから電話があって、他に男が居るんじゃないかって…」
「付き合い始めた訳じゃないの…ヒロくんが好きだし。でもいい人なの、ウチの店の先輩なの…一生幸せにするって言ってくれてるの…」
百合香は顔をあげ、寛之に言う。
「ヒロくん。」
「ん?」
「抱いてくれないんだね…」
「…百合香の事も何となく分かってたけど…俺はとても叶わない恋をし始めてるようなんだ…」
百合香は言った「…最後に抱いて。お願い…でないと…あたし…」
百合香は涙ぐんだ。
寛之は百合香の服を脱がせ、自分も服を脱ぎ肌を重ねた。
この夜シロは来なかった。
まだ6月だと言うのに蒸し暑い夜だった。
次回へ。
シロは何も反応せず、とぼけた顎の裏をこちらに見せ、ひたすら喉を振動させているだけ。
「…ちったぁ反応しろよな、シロ…ちぇっ。」
寛之は八畳間ににゴロンと横たわると、テレビのスイッチを押した。
番組は最近話題の著名人が自分のちょっとした生活の機微や出来事を語ると、一斉にギャラリーが喜び、どよめく内容のものだった。
寛之は思う。(はぁ~日本は平和だね…。それはいい事だけどなぁ…あの著名人もそれなりに苦労はしてるんだろうけど、今、豊かじゃない人の気持ちなんてあんまり著名人やセレブと言われる人達には真に分からないんだろうな…。
日本は今、景気が上向きかぁ…。
全く俺にはそれを感じられない。
それを感じてるのは今テレビに出てるああ言う人達だけなんだろうな…。
望んだ訳じゃないのにこんな家庭に産まれた俺の事…ほとんどの人には分かっては貰えないんだろうな…。)
そして寛之の脳裏には、先程食事を同席した宮上慶子の顔が浮かぶ…。
慶子は寛之よりも2つ年下で26歳。黒く長い髪。小さな顔。鼻筋が通り、顎はシャープにとがり、目は大きく優しい二重。
寛之よりも年下なのに、古風で落ち着いた物言い…。浮わついたものをあまり感じさせない言葉じり。
見た目が可憐なだけでなく、父親の事業を良く理解し、派手な振る舞いはせず、人の話をじっと聞き、優しさのある言葉で答える。
目、鼻、顎から導き出される彼女の透明で可憐なオーラを感じると、寛之は心臓が飛び出るほどドキドキしてしまうのだった。
慶子の身長は150センチぐらい。
寛之にとっては愛らしいとしか言えない女性だった。
またそれは他の多くの男性の目から見ても同じだと言う事を、寛之もしっかりと認識していた。
あの田中も、慶子を見る時、その目は男の目になった。
寛之はまた思う。(俺にもう少し、男としての能力や魅力があれば…慶子さんに…。
…いや…よせ、ウチの兄や父を見ろ。あの人達の遺伝子をしっかりと、この俺は受け継いでしまっているんだ。
「堕落の遺伝子」とも言うべきものを…。
それから抜け出すために俺は頑張ってはいるけど、遺伝子って恐ろしいからな…。
慶子さんと恋する資格なんて俺には無いんだ…。あんなに素敵な女の子はもっともっと優しさや男としての能力に秀でて、素敵な冗談も言える人と愛し合うべきなんだ…。
俺は金も無いし冗談も得意じゃない…あきらめろ寛之…あきらめろ…。)とひたすらマイナス思考になってしまい、自分に言い聞かせる。
しかしまた思い直す。(いや…俺がもっと努力すれば、もっと生まれ変わろうとする気概があれば、ひょっとしたら…?。)
そんな事を思い始めてると、疲れた体を眠りに誘おうとしても何故か寛之は眠気を感じる事が出来ない…。
その時携帯電話が鳴った。
寛之が着信画面を覗くとそこには「ユリカ」という名前が表示されている。
ユリカとは静岡にいる寛之の彼女だ。
島崎百合香と言い、寛之の同級生で、三年前の同級会で再会し、意気投合し、交際が始まった。
痩せっぽちで、スラッとした体型。静岡市内の百貨店の婦人服売り場に勤務していた。
大人びた表情とは裏腹に、とても元気で明るい女の子で、少し影を帯びた寛之とは対象的だった。
だからこそお互いの足りない部分を補える関係だったのかもしれない。
しかし、先日静岡の同級生の友人からは「百合香は他の男性と街を歩いている事が多い」という話も聞かされ、寛之は百合香に対して少し不信感を抱いていた。
しかも静岡を離れて久しい寛之は、最近は百合香の事を思い出す事も少なくなっていた。
寛之は携帯電話を手に取る。
百合香は「もしもしヒロくん。久しぶり」と言う。
「ああ…」
「元気ないね?」
「いや…そんな事ないよ。」
「どうしてるかな?と思ってね。最近全然連絡くれないし。」
「…うん。ちょっと色々あって疲れてるのかな?。」
「どうしたの?」
「大した事じゃないんだ。」
「もう…小さな事でもいつでも話してよね。本当、どうしたの?。」
「ちょっと実家の事でさ…。恥ずかしくてユリカにもなかなか言えなくてさ。」
「…お父さんの会社ね…。また上手く行ってないんだ…?」
「うん…情けなくてさ…。なかなか気分が前向きになれないんだ。…でも、こっちの社長がいい人だから救われてるけどね。」
「…そう…。 ねぇヒロくん、今度の週末、長野に行っていい?。
「え?」
「だってずっと逢ってないでしょ?」
「今は無理だよ。来月15万も実家に送金しなきゃなんだ。節約するために今は社長の家でご飯をご馳走になってる始末なんだ…。だからどこにも遊びに連れて行ってあげられないよ…」
「…そう…。でもどこにも行けなくてもいの。ただ…ヒロくんの顔が見たいの…。」と百合香は少し不安げな声で言った。
「…何かあったのか?」
「ん~。ちょっと…。」
「言えよ…。」
「ヒロくんの顔を見たら話す…。」
「なんだよ…それ?。」
「長野に行っていいでしょ?。こっちは随分暑くなって来たし。避暑にも行きたいの。」
「…ご飯を食べれないよ。節約するために俺、社長んちでメシ食ってるんだから。」
「2日くらいなら私がご飯作ってあげる。そうすれば2日は社長さんにもやっかいにならなくていいでしょ?。食材も安く揃えてあげる。おごりよ!。」
「…なんか本当に自分が情けないよ。そうしてくれるなら…。」
「任せて。」百合香は言った。
そのあと30分ほど地元の話をした後、寛之は電話を切った。
寛之は思う。(きっと百合香の心に何かあったんだろうな…。だいたい分かるけどな…。
多分他に気になる男が出来たんだろう…それは今の俺にとっては悲しくもなければ嬉しくもない。ホント俺は冷たい人間だな…もうどっちでもいいよ…。)
すると梅雨の雨がまた降り始めた。
「ザー…」と音をたてて…。
寛之が窓を見るとシロの喉の動きが一瞬止まり、また動き出したかと思うと、次の瞬間、「グワッ、グワッ、グワッ」とシロは鳴き始めた。
寛之は皮肉な笑顔でしばらくそんなシロを見つめ。
(雨が嬉しいのかな?。)と思った。
そしてシロに声を掛ける「…何か教えてくれよ、シロ、俺はもう何も分からないんだ。何をどうすれば物事が良くなるのか分からないんだよ。お前、人間の言葉なんてもちろん分からんだろうから、言葉は要らないよ。でも俺を導いてくれよ…。
どんな事情があるか分かんないけど毎日ウチに来るんだからさ…。
お前はきっと特別な蛙なんだよ、真っ白な体を授かっているんだからな。
何か俺に教えてくれよ。俺はどうなるんだ?。この先には何があるんだ?。教えてくれよ…シロ。」と。
そしてまた百合香の事を思う。寛之は特段落ち込んだ感情もなく、怒りや悲しみがある訳でもなく、全く淡々とした冷静な気持ちだった。
そんな自分の感情を寛之はひどくつまらなく感じた。
それから3日間寛之は仕事をし、社長の家で食事をいただく日々。
そして週末がやって来た。
土曜日の仕事は午前中で終わり、寛之は百合香を迎えるため、部屋の掃除を始める。今は午後一時三十分、百合香が車でやって来るのは午後3時だ。
忙しい男の独り暮らし、当然の様に部屋は汚れている。
寛之は「…女の子が来るんだし一応は…」と一人言を言う。
掃除機をかけ、溜まっている空き缶や燃えるゴミを片付け、散らばっている成人雑誌を押し入れに突っ込む。
キッキンをクレンザーで磨いていて寛之は思う「ありゃ、このシンク、ホントはこんなに綺麗だったんだ…ピカピカだ…」と。
シンクは見違える様に綺麗になった。
掃除機をかけ、テーブルを吹き、おおよその掃除を終えて、キッキンの椅子に腰掛けて冷たい氷水を飲んでいると、駐車場の方から百合香の車のエンジン音が聞こえた。
「トントン…」とドアがノックされた。
寛之がドアを開けると、そこには随分化粧が濃くなり、髪を茶色に染めた百合香が沢山の食材の入ったレジ袋を手に提げて立っていた。
百合香が先に言った。「久しぶり!。」
「ああ、随分色っぽくなったんだ…」
「そう?普通だと思うけど」
「最後に逢った時と随分感じが違うな、と思ってさ…。上がれよ。」
二人はキッキンのテーブルに腰掛けた。
百合香はレジ袋からビールやパック入りの唐揚げ、ポテトサラダをを取り出し「乾杯しよ!」と言いました。
「ありがとう、うまそうだな、いつも発泡酒ばっかで、ビールなんて久しぶりだな。」
「…そうなんだ。
ねぇ、伊那も随分暑いのね。まだ6月の終わりだって言うのに。」
「…伊那は冬寒くて夏暑いんだ。山に囲まれた盆地で、内陸性気候だからね。
避暑って感じでもないだろ?」
「ううん、随分静岡よりはカラッとしてるよ。」
そして二人はビールの缶を軽くぶつけ、乾杯した。
「夕食は餃子にしようと思って、どう?もちろん冷凍物じゃないよ、手作りだよ。」
「手作り餃子かぁ、久しぶりだなぁ…。」
寛之の地元では各家庭で手作りの餃子を良く作った。それぞれの家庭によって具材や味は様々だ。
百合香は言いました「結構綺麗にしてるんだ?」
「ユリカが来るから慌てて掃除したんだよ…シンクなんて白く曇ってたんだ…」
「その無精髭をみると分かる様な気がする…」と百合香は笑った。
二人は暫く再会の軽い祝杯を挙げ、ひとしきり故郷の友人達の話をした。
晩になると百合香は台所に向かい餃子の仕込みを始める。
百合香は強力粉を練り、餃子の皮を作る。具材は玉ねぎ、ひき肉、ニンニク。そして砕いたクルミとピーナッツを入れるのは百合香のオリジナルだ。
夕食の時間になると百合香は大皿に餃子を並べテーブルに置く。その他、野菜サラダ、ほかほかのご飯、漬物等がテーブルに並べられた。
百合香の餃子は少し大きめで、皮が厚くモチモチしており、具もかなり多い。
さらにクルミやピーナッツの食感が多めの具材にアクセントを加えていた。
寛之は餃子を一口頬張ると「旨い!」と言った。
「ありがとう。」
「地元の手作り餃子なんて何年食べてなかったんだろう?。」
「ヒロくん、静岡には帰って来ないの?」百合香が聞いた。
「先の事は分からないけど今はこのまま…。」
「そう…」
食事を終え、しばらくして二人は八畳間に布団を敷き、横になる。
百合香は寛之の胸に手を当てて「凄い筋肉…」と言った。
「力仕事だもんな。嫌でもこうなっちまう」
百合香は更に寛之に体をすりよせた。
寛之も百合香を抱き寄せる。
寛之は百合香の乳房に手を伸ばした。
百合香は「…あっ」と言い体をこわばらせた。
しばらくして寛之の手の動きは止まった。
長い間二人に動きはない。
百合香が先に口を開いた。
「…やっぱり…駄目なんだ?。やっぱり…」
寛之が言う「…百合香にしてあげられる事が俺にはもう何も無いんだ。そばに居てもあげられない、金もない…。」
「私、プロポーズされたの…」
寛之は百合香に腕枕をしてやりながら言う「…大体俺にも分かってたんだ…こないだサトシから電話があって、他に男が居るんじゃないかって…」
「付き合い始めた訳じゃないの…ヒロくんが好きだし。でもいい人なの、ウチの店の先輩なの…一生幸せにするって言ってくれてるの…」
百合香は顔をあげ、寛之に言う。
「ヒロくん。」
「ん?」
「抱いてくれないんだね…」
「…百合香の事も何となく分かってたけど…俺はとても叶わない恋をし始めてるようなんだ…」
百合香は言った「…最後に抱いて。お願い…でないと…あたし…」
百合香は涙ぐんだ。
寛之は百合香の服を脱がせ、自分も服を脱ぎ肌を重ねた。
この夜シロは来なかった。
まだ6月だと言うのに蒸し暑い夜だった。
次回へ。