GRASS FEELS(グラスフィールズ)

グラスフィールズ
長野県を中心に活動するオリジナルロックバンド。

夏の蛙 第四章

2007-09-24 | Weblog
寛之はシロに言う。「今日の仕事は上手く行ったんたぜ!。いつもあんな風に行けばいいけどな。」

シロは何も反応せず、とぼけた顎の裏をこちらに見せ、ひたすら喉を振動させているだけ。

「…ちったぁ反応しろよな、シロ…ちぇっ。」

寛之は八畳間ににゴロンと横たわると、テレビのスイッチを押した。

番組は最近話題の著名人が自分のちょっとした生活の機微や出来事を語ると、一斉にギャラリーが喜び、どよめく内容のものだった。

寛之は思う。(はぁ~日本は平和だね…。それはいい事だけどなぁ…あの著名人もそれなりに苦労はしてるんだろうけど、今、豊かじゃない人の気持ちなんてあんまり著名人やセレブと言われる人達には真に分からないんだろうな…。

日本は今、景気が上向きかぁ…。

全く俺にはそれを感じられない。
それを感じてるのは今テレビに出てるああ言う人達だけなんだろうな…。

望んだ訳じゃないのにこんな家庭に産まれた俺の事…ほとんどの人には分かっては貰えないんだろうな…。)

そして寛之の脳裏には、先程食事を同席した宮上慶子の顔が浮かぶ…。

慶子は寛之よりも2つ年下で26歳。黒く長い髪。小さな顔。鼻筋が通り、顎はシャープにとがり、目は大きく優しい二重。

寛之よりも年下なのに、古風で落ち着いた物言い…。浮わついたものをあまり感じさせない言葉じり。

見た目が可憐なだけでなく、父親の事業を良く理解し、派手な振る舞いはせず、人の話をじっと聞き、優しさのある言葉で答える。

目、鼻、顎から導き出される彼女の透明で可憐なオーラを感じると、寛之は心臓が飛び出るほどドキドキしてしまうのだった。

慶子の身長は150センチぐらい。

寛之にとっては愛らしいとしか言えない女性だった。

またそれは他の多くの男性の目から見ても同じだと言う事を、寛之もしっかりと認識していた。

あの田中も、慶子を見る時、その目は男の目になった。

寛之はまた思う。(俺にもう少し、男としての能力や魅力があれば…慶子さんに…。

…いや…よせ、ウチの兄や父を見ろ。あの人達の遺伝子をしっかりと、この俺は受け継いでしまっているんだ。
「堕落の遺伝子」とも言うべきものを…。

それから抜け出すために俺は頑張ってはいるけど、遺伝子って恐ろしいからな…。

慶子さんと恋する資格なんて俺には無いんだ…。あんなに素敵な女の子はもっともっと優しさや男としての能力に秀でて、素敵な冗談も言える人と愛し合うべきなんだ…。

俺は金も無いし冗談も得意じゃない…あきらめろ寛之…あきらめろ…。)とひたすらマイナス思考になってしまい、自分に言い聞かせる。

しかしまた思い直す。(いや…俺がもっと努力すれば、もっと生まれ変わろうとする気概があれば、ひょっとしたら…?。)

そんな事を思い始めてると、疲れた体を眠りに誘おうとしても何故か寛之は眠気を感じる事が出来ない…。


その時携帯電話が鳴った。

寛之が着信画面を覗くとそこには「ユリカ」という名前が表示されている。

ユリカとは静岡にいる寛之の彼女だ。

島崎百合香と言い、寛之の同級生で、三年前の同級会で再会し、意気投合し、交際が始まった。

痩せっぽちで、スラッとした体型。静岡市内の百貨店の婦人服売り場に勤務していた。

大人びた表情とは裏腹に、とても元気で明るい女の子で、少し影を帯びた寛之とは対象的だった。

だからこそお互いの足りない部分を補える関係だったのかもしれない。

しかし、先日静岡の同級生の友人からは「百合香は他の男性と街を歩いている事が多い」という話も聞かされ、寛之は百合香に対して少し不信感を抱いていた。

しかも静岡を離れて久しい寛之は、最近は百合香の事を思い出す事も少なくなっていた。
寛之は携帯電話を手に取る。

百合香は「もしもしヒロくん。久しぶり」と言う。

「ああ…」

「元気ないね?」

「いや…そんな事ないよ。」

「どうしてるかな?と思ってね。最近全然連絡くれないし。」

「…うん。ちょっと色々あって疲れてるのかな?。」

「どうしたの?」

「大した事じゃないんだ。」

「もう…小さな事でもいつでも話してよね。本当、どうしたの?。」

「ちょっと実家の事でさ…。恥ずかしくてユリカにもなかなか言えなくてさ。」

「…お父さんの会社ね…。また上手く行ってないんだ…?」

「うん…情けなくてさ…。なかなか気分が前向きになれないんだ。…でも、こっちの社長がいい人だから救われてるけどね。」

「…そう…。 ねぇヒロくん、今度の週末、長野に行っていい?。

「え?」


「だってずっと逢ってないでしょ?」

「今は無理だよ。来月15万も実家に送金しなきゃなんだ。節約するために今は社長の家でご飯をご馳走になってる始末なんだ…。だからどこにも遊びに連れて行ってあげられないよ…」

「…そう…。でもどこにも行けなくてもいの。ただ…ヒロくんの顔が見たいの…。」と百合香は少し不安げな声で言った。

「…何かあったのか?」

「ん~。ちょっと…。」

「言えよ…。」

「ヒロくんの顔を見たら話す…。」

「なんだよ…それ?。」

「長野に行っていいでしょ?。こっちは随分暑くなって来たし。避暑にも行きたいの。」

「…ご飯を食べれないよ。節約するために俺、社長んちでメシ食ってるんだから。」

「2日くらいなら私がご飯作ってあげる。そうすれば2日は社長さんにもやっかいにならなくていいでしょ?。食材も安く揃えてあげる。おごりよ!。」

「…なんか本当に自分が情けないよ。そうしてくれるなら…。」

「任せて。」百合香は言った。

そのあと30分ほど地元の話をした後、寛之は電話を切った。

寛之は思う。(きっと百合香の心に何かあったんだろうな…。だいたい分かるけどな…。
多分他に気になる男が出来たんだろう…それは今の俺にとっては悲しくもなければ嬉しくもない。ホント俺は冷たい人間だな…もうどっちでもいいよ…。)

すると梅雨の雨がまた降り始めた。


「ザー…」と音をたてて…。


寛之が窓を見るとシロの喉の動きが一瞬止まり、また動き出したかと思うと、次の瞬間、「グワッ、グワッ、グワッ」とシロは鳴き始めた。

寛之は皮肉な笑顔でしばらくそんなシロを見つめ。

(雨が嬉しいのかな?。)と思った。


そしてシロに声を掛ける「…何か教えてくれよ、シロ、俺はもう何も分からないんだ。何をどうすれば物事が良くなるのか分からないんだよ。お前、人間の言葉なんてもちろん分からんだろうから、言葉は要らないよ。でも俺を導いてくれよ…。

どんな事情があるか分かんないけど毎日ウチに来るんだからさ…。
お前はきっと特別な蛙なんだよ、真っ白な体を授かっているんだからな。

何か俺に教えてくれよ。俺はどうなるんだ?。この先には何があるんだ?。教えてくれよ…シロ。」と。

そしてまた百合香の事を思う。寛之は特段落ち込んだ感情もなく、怒りや悲しみがある訳でもなく、全く淡々とした冷静な気持ちだった。
そんな自分の感情を寛之はひどくつまらなく感じた。


それから3日間寛之は仕事をし、社長の家で食事をいただく日々。


そして週末がやって来た。

土曜日の仕事は午前中で終わり、寛之は百合香を迎えるため、部屋の掃除を始める。今は午後一時三十分、百合香が車でやって来るのは午後3時だ。

忙しい男の独り暮らし、当然の様に部屋は汚れている。

寛之は「…女の子が来るんだし一応は…」と一人言を言う。

掃除機をかけ、溜まっている空き缶や燃えるゴミを片付け、散らばっている成人雑誌を押し入れに突っ込む。

キッキンをクレンザーで磨いていて寛之は思う「ありゃ、このシンク、ホントはこんなに綺麗だったんだ…ピカピカだ…」と。
シンクは見違える様に綺麗になった。

掃除機をかけ、テーブルを吹き、おおよその掃除を終えて、キッキンの椅子に腰掛けて冷たい氷水を飲んでいると、駐車場の方から百合香の車のエンジン音が聞こえた。

「トントン…」とドアがノックされた。

寛之がドアを開けると、そこには随分化粧が濃くなり、髪を茶色に染めた百合香が沢山の食材の入ったレジ袋を手に提げて立っていた。

百合香が先に言った。「久しぶり!。」

「ああ、随分色っぽくなったんだ…」

「そう?普通だと思うけど」

「最後に逢った時と随分感じが違うな、と思ってさ…。上がれよ。」

二人はキッキンのテーブルに腰掛けた。

百合香はレジ袋からビールやパック入りの唐揚げ、ポテトサラダをを取り出し「乾杯しよ!」と言いました。

「ありがとう、うまそうだな、いつも発泡酒ばっかで、ビールなんて久しぶりだな。」

「…そうなんだ。
ねぇ、伊那も随分暑いのね。まだ6月の終わりだって言うのに。」

「…伊那は冬寒くて夏暑いんだ。山に囲まれた盆地で、内陸性気候だからね。
避暑って感じでもないだろ?」

「ううん、随分静岡よりはカラッとしてるよ。」

そして二人はビールの缶を軽くぶつけ、乾杯した。

「夕食は餃子にしようと思って、どう?もちろん冷凍物じゃないよ、手作りだよ。」

「手作り餃子かぁ、久しぶりだなぁ…。」

寛之の地元では各家庭で手作りの餃子を良く作った。それぞれの家庭によって具材や味は様々だ。

百合香は言いました「結構綺麗にしてるんだ?」

「ユリカが来るから慌てて掃除したんだよ…シンクなんて白く曇ってたんだ…」

「その無精髭をみると分かる様な気がする…」と百合香は笑った。
二人は暫く再会の軽い祝杯を挙げ、ひとしきり故郷の友人達の話をした。

晩になると百合香は台所に向かい餃子の仕込みを始める。

百合香は強力粉を練り、餃子の皮を作る。具材は玉ねぎ、ひき肉、ニンニク。そして砕いたクルミとピーナッツを入れるのは百合香のオリジナルだ。

夕食の時間になると百合香は大皿に餃子を並べテーブルに置く。その他、野菜サラダ、ほかほかのご飯、漬物等がテーブルに並べられた。

百合香の餃子は少し大きめで、皮が厚くモチモチしており、具もかなり多い。

さらにクルミやピーナッツの食感が多めの具材にアクセントを加えていた。

寛之は餃子を一口頬張ると「旨い!」と言った。

「ありがとう。」

「地元の手作り餃子なんて何年食べてなかったんだろう?。」

「ヒロくん、静岡には帰って来ないの?」百合香が聞いた。

「先の事は分からないけど今はこのまま…。」

「そう…」


食事を終え、しばらくして二人は八畳間に布団を敷き、横になる。
百合香は寛之の胸に手を当てて「凄い筋肉…」と言った。

「力仕事だもんな。嫌でもこうなっちまう」
百合香は更に寛之に体をすりよせた。

寛之も百合香を抱き寄せる。

寛之は百合香の乳房に手を伸ばした。

百合香は「…あっ」と言い体をこわばらせた。

しばらくして寛之の手の動きは止まった。

長い間二人に動きはない。

百合香が先に口を開いた。

「…やっぱり…駄目なんだ?。やっぱり…」

寛之が言う「…百合香にしてあげられる事が俺にはもう何も無いんだ。そばに居てもあげられない、金もない…。」

「私、プロポーズされたの…」

寛之は百合香に腕枕をしてやりながら言う「…大体俺にも分かってたんだ…こないだサトシから電話があって、他に男が居るんじゃないかって…」

「付き合い始めた訳じゃないの…ヒロくんが好きだし。でもいい人なの、ウチの店の先輩なの…一生幸せにするって言ってくれてるの…」

百合香は顔をあげ、寛之に言う。

「ヒロくん。」

「ん?」

「抱いてくれないんだね…」

「…百合香の事も何となく分かってたけど…俺はとても叶わない恋をし始めてるようなんだ…」

百合香は言った「…最後に抱いて。お願い…でないと…あたし…」
百合香は涙ぐんだ。

寛之は百合香の服を脱がせ、自分も服を脱ぎ肌を重ねた。

この夜シロは来なかった。

まだ6月だと言うのに蒸し暑い夜だった。

次回へ。

夏の蛙 第三章

2007-09-21 | Weblog
宮上設備の社長、宮上今朝男の家は寛之の住む福沢洞(ふくざわぼら)の南を一段登った沢尻と言う所にあった。

この伊那地域の市村界は複雑で、社長の住む地域は南箕輪村の沢尻地区と言い、いわいる南箕輪村の飛び地と言われる地域だ。

伊那市を挟んで沢尻とは全く違う区域に南箕輪村の役場があった。

社長の家は寛之の家から南に歩いて15分の所にあったが、そこはもう伊那市ではなく南箕輪村になる。

数日後、寛之は朝食をいただくため、社長の家を訪れた。

呼び鈴のスイッチを押すと、遠くで電子音が聞こえ、西洋風のドアが開かれ社長の妻の久子が笑顔で迎えた。

「あら!高畑くんお早う。」

久子は時々娘の慶子と伴に宮上設備の事務も手伝っていたのだ。

しかし最初に会社の経理を慶子に教えたのは久子だ。

社長の家は社長宅と言っても一般の家と大して変わらない大きさで、二階建ての普通住宅だった。

しかし最近建て直された住宅で、西洋風の瀟酒な建物だった。

寛之は「すみません、お世話になってしまって」と言った。

「気にしなくてもいいのよ、ウチは三人とも女の子だから、沢山食べるのはお父さんだけ、ちょっと料理を作り過ぎるとすぐ残飯が出ちゃうのよ。娘達はダイエットとか言ってあまり食べないの。さ、上がって」

宮上家の三人娘の上二人は社長と同居していたが、末娘の雅子はまだ東京の工業大学の四年生で、今は下北沢の大学の寮に居た。

「…お邪魔します」
と寛之。

次に社長が顔を出して「おー、ヒロちゃんこっちだ」と言い寛之をダイニングキッチンへ誘った。

食事のテーブルには慶子と妹の千鶴がおり、食パンを食べている。

慶子は「お早う」と言い、少し考えてからまた言った「色々大変なんだってね?」。

寛之は「恥ずかしい話だね…やっぱり社長から聞いてる?」

「お父さん隠し事出来ない人だから…なんで高畑さんがこれからひと月も食事に来るの?って聞いたらすぐに全部喋ったの」

社長は「まずかったか?」と寛之に聞いた。

「いえ、本当の事ですから…、ご飯をご馳走になるのに怪しく思われるのも嫌ですし…。
ウチの実家の連中、本当にどうしようもない男ばっかで…」

「まぁいい、とにかく沢山食って、沢山働いてくれ」と社長は笑った。

着席した寛之は久子に出されたトーストをかじり、コーンポタージュスープ、野菜サラダ、目玉焼きを平らげる。

慶子の妹の千鶴は「うわー食べるの早!」と驚いた。

千鶴は伊那市内の結婚式場に勤める少しイケイケの25歳。

千鶴は「高畑さんウチ来るの久しぶりだよね!男っ気って父さんだけだから、これから1ヶ月楽しみ。よろしくね!」と言った。

寛之は「いや、こちらこそ…」と言った。

社長は毎年の忘年会は社員を自宅に招くのが恒例で、そんな日は社員全員が社長の家で一泊するのだった。


朝食を終え、久子から弁当箱を受け取ると寛之は社長の軽トラックに乗り込み、会社へと向かう。

寛之は「すいません…社長」と言った。
「まぁ…こんなのが俺のやり方え。ヒロちゃんが気を使っちまうっつう事も分かってる、娘達もな…。ヒロちゃんに現金を与えるのは一番簡単で手っ取り早いわなあ…。

でもたった5万円でも次の月、そのまた次の月にはヒロちゃんを酷く苦しめる種になる事がある…。

そんな連鎖が続けばいつの間にか消費者金融の虜になっちまうって訳だ。

そうなりゃウチの会社も苦しい人材を抱える事になるもんで…それは御免だ…。今は辛いだろうが、ヒロちゃん、こんな時は辛抱するのえ。金が無くても食べるものがありゃあ人間なんとかなるのえ。」と社長は言った。

寛之はまた思った。(やっぱりそうだ…こんな小さな会社でも、しっかりと経費を節約し、利益を出し、役所からの評判も良い…。民間からの受注も絶え間ないのはこの人のこんな方法論から来てるんだ…)と。


社長は続ける「今日は公共組で西箕輪だ、下水の連中が仮設管を張るのが遅いって言い初めとる…あと二本張らにゃあな。」


宮上設備で公共組と言うのは寛之が所属する役所発注の工事を主に受け持つ班で、民間の仕事を受け持つのを外注組と呼んでいた。

会社に着くと早速寛之は作業に必要な道具類を車に積み込を始める。


しばらくすると外注組の田中俊之と安藤佑一が姿を見せ、田中が「お早う!」と寛之に声を掛けました。

寛之は「あ、お早う。」と田中に言った。

田中は寛之と同じ歳だが、寛之とはそれほど親しいとは言えなかった。

少しキザで、女性に優しく、その噂も絶えない人物だった。
スラッとした体型にすっきりした色白の顔、いわゆるイケメンだ。

やる事もかなりきちんとしており、周囲からの信頼も厚いのだが、何故か寛之とはあまり馬が合わない…。


安藤佑一は宮上設備一番の年下で24歳、まだ宮上設備に入社して一年。

最年少で小柄なため、他の社員からはいつもいじられてばかりいた。

安藤は「お早うございます!」と元気良く寛之に挨拶した。

寛之は「お早う!安藤ちゃん。…いつもの事だけど、そんなに固くならなくてもいいんだぜ…」と言った。
すかさず田中が「高畑、甘やかしちゃいけんぜ。若い奴らはすぐにいい気になるし、キレるのも早いんだからな」と言う。

寛之は言う。「…そうかなぁ、安藤ちゃんはキレる様には見えないけど…」

「高畑は公共組だから、外注組のこいつの仕事ぶりを知らないんだよ。

気を抜くとお客様にもタメ口なんだぜ。客の顔色が心配だよ」


寛之は「俺も入ったばっかりの時はそれでいつも社長に叱られたよ。でもじきによくなるさ!」と安藤に言った。

安藤は「結構気にしてるんすけど…つい…」と言った。

田中は「ほらね。だから僕がしめてるって事さ」

寛之は「そうか…ならいいけど、安藤ちゃん、あんまり思い詰めるなよ。時間はある程度必要だぜ、俺なんか2年近く役所の人にタメ口を使ってたもんな」と笑った。

そこへ外注組の班長の中村勲がやって来た。

中村は48歳。歳に似合わず立派な体格。もう宮上設備に入社して23年になるベテランだった。


中村は「おう、若え衆。積み込みはできたかえ?」と言う。
「これからっす。」
田中が答える」。

「ほんじゃみんなでさっさと積んで現場いくぞ。」

中村が言うと田中と安藤は2トントラックに鉄製の足掛けを斜めに二本掛け、田中がパワーショベルに乗り込み、ゆっくりと足掛けを登りトラックの荷台にショベルを入れた。


そして塩化ビニール製の細い水道管や道具箱などを積み込むと現場へと向かった。


その後、公共組の唐澤、伊藤、寛之と社長は西箕輪の公共上下水道工事の現場へと向う。


今日は二本の仮設管に水を通す予定なのだ。

午前中から重機で穴を掘り、午後にはその地区一帯に断水をかけ、三時間余りの時間で古い水道管から仮設管に水を切り替えなければならない。
しかも重機で掘る穴は四つあった。


現場には市役所の水道局の職員も立ち会う。

水道局の職員は断水を事前に知らせるのだが、少し間抜けな職員がいると、ちょくちょく全戸に通知を配布出来ず、数件の家は断水を知らされない事がたまにあった。

そのとばっちりを受けるのはたいがい寛之達水道業者なのだ。


寛之は心配した。(役所の人は間違いなく全戸に断水の通知を配ってくれたかな?)と。


午前中は水道管の接続をし直すため、重機で四つの穴を掘り、午後の三時間半で新しい仮設管に水を通すのだ。
午後になり、水道局の職員が姿を現した。

職員の年は38・9。頭は禿げ上がり、短いうぶ毛があり、眼鏡をかけた人物で、とても業者には厳しい職員だ。


寛之は余りこの職員を好きにはなれなかった。


午後1時30分に職員は道路上にふたのある「仕切弁」を開け、長いT文形の棒の様な道具を使い水を止めた。
すると一斉にその地域の蛇口と言う蛇口からは水が出なくなる。

そこで一斉に寛之達は作業を始めるのだ。

断水は3時間30分のみ…。

それを過ぎると午後5時になり、住民は夕食や風呂の支度を始めてしまうのだ。

それまでに水道管を切り替え、水を通さねばならない…。

寛之は1つ目の穴に入り、まだ少し水の流れる水道管をレンチを使い、外し、新しい仮設管にジョイントを付けて行く。

寛之の体はみるみる穴に溜まる水や泥で汚れて行く。

唐澤と伊藤は二つ目の穴で寛之と同じ作業を続けている。

社長は穴の上にいて寛之にレンチやジョイント、ボルトなどを渡します。

…1時間30分程でその穴の水道管の接続を終え、また社長と寛之は3つ目の穴で同じ接続作業を始める。

そして寛之達が3つ目の穴の作業を終えたのが午後4時…。
唐澤と伊藤は2つめの穴の作業を終えて4つめの穴の作業に取りかかっていた。

そこへ寛之と社長が駆け付け唐澤達を手伝う。

全ての穴の作業を終えたのは4時30分。


するとすぐに水道局の職員は仕切弁でゆっくり水を通すのだ。

次にもう一人の職員は管の洗浄作業を始める。

水を数十分側溝に流し続け、管の中の汚れを落とす…。

全ての作業を終えたのは4時50分。

作業を終え皆で休んでいる時、職員は社長に言った。
「さすが宮上さん!四つの穴を時間どおりにやっつけるとはねぇ。今日は穴の数が多いからきっと5時すぎると思ってたけど…さすがだない!」

「いやいや、若え衆がよくやってくれるもんで、あとは唐澤さんのキャリアだない。」と社長。

「これからもよろしく。あー…いつも宮上さんと仕事できたらいいになぁ。」と職員は言い、寛之達にも挨拶をして役所に戻って行きました。

日本手脱ぐいで額の汗を拭きながら唐澤は言った「あの職員、他の業者にゃあ相当厳しいらしいに。
こないだ知り合いの業者から聞いた話だと、断水が遅れて5時を過ぎたら酷く怒鳴られたそうだ。しまいにゃ(役所の仕事はもう取るな!)と言ったらしい…業者の苦労なんて分からんくせに…。」

社長は言う「役所におべっかは使わなくていいで…。ヒロちゃん、段取りは自分で覚えろ、役所の人がどうこう言うからではなくて、自分なりの段取りを掴ましな。

それを掴むのはそう難しい事じゃない。自分の幸せのために頭を使うのえ。」


唐澤は「また社長の訓示が出たよ」と笑った。

社長も照れ臭そうに笑い「唐澤さんにゃかなわんなぁ」といいながらタオルで首の汗を拭いた。


その夜も寛之は社長の家で夕食をとる。

今夜のメニューは豆腐ハンバーグに芋の煮付け、沢山の野菜サラダなどだった。

寛之は遠慮しながらもおかわりをもらう…。
今夜千鶴は友達と夕食を食べるとのことで、このテーブルには居ない。

食事中、慶子は「高畑さん。静岡ってとても住みやすいって言うけどどうなの?」と聞いた。

「そうだねぇ…。あったかいけど夏は酷いよ…湿気が多くてベタベタするし。でも冬は割合過ごしやすいかな?」
社長が聞く「それじゃあ伊那の冬はきついら?」

「…いえ、慣れてしまいましたし、冬休みにもお婆ちゃんの家によく来たし。いとこと良く雪合戦もしました。伊那の冬は確かに寒いけど、小さな時から慣れてるんです。」

慶子は「伊那もいいんだけど、あたし海がいいなぁ」と言った。
寛之は言う。「皆さんを実家に招待したいんですが、皆さんご存知の通りウチはあんなで…。もう少しウチの連中がましになったらきっと皆さんを招待しますよ。」

…しばらく沈黙が続いたが、すぐに社長が「そうだ今日の仕事は上手く言ったんだ!」と話題を変えた。
寛之は食後30分程お茶をいただき、礼を言い、アパートに帰った。


アパートに着くといつもと同じ様に空気を入れ換えるため、窓を開けると、そこにはまた網戸に貼り付くシロがいた。

寛之は笑いながらシロに言った「またお前かよ…!」。

寛之はほんの少しだけ幸せを感じた…。


次回へ。


夏の蛙 第二章

2007-09-18 | Weblog
寛之はっと気が付いた「俺、蛙になんでこんなにはしゃいでるんだ…?」

少し冷静になり「まぁいいか、とにかくメシメシ!」とシロを後にし、台所に向かった。

寛之はパスタを茹で、レタスやトマトをザックリと切りサラダにした。

買い置きのミートソースの缶詰めを湯煎で温め、茹で上がったパスタにぶっかけて頬張る。


パスタを食べながら椅子に座り八畳間の網戸を再び見るとシロは体を微動だにせず、喉だけを激しくピクピクと動かしている。


「蛙って裏から見るとあんなに早く呼吸してんのかぁ…?いや、呼吸じゃなくて別の目的で動かすのかな?…今からゲロゲロ鳴こうとしてんのか?。なんか健気だなぁ…」


テレビも着けずパスタを八割ほど食べた時、携帯電話が鳴った。

相手は静岡の母親だった。

「もしもし、あー、かーちゃん?。」と寛之。

「ちゃんとご飯食べてるの?」と母親の多美子。

「今食ってるとこだよ。」

「また缶詰め温めただけとかじゃないの?」
「そんなの食べてないよ。」

寛之は内心(ミートソースは缶詰めだな…)と思った。

「いつも送金ありがとうね。」

「ああ」

「言いにくいんだけどね…」

「なんだよ?」

「…来月だけ送金の金額、もう少し増やせる?」

「え!?」

「…本当に恥ずかしいんだけど…」

「まだ足りねーのかよ!今の俺にとって毎月10万つうのは地獄なんだぞ!親父の会社はまた上手くいってねーのかよ!」

「来月を乗り切れば目処が立ちそうなの…お願い…。」

「あのなぁ、俺はこの長野県で車も持てずにいるし、大した遊びもできないんだぜ。友達は週に二・三回は飲みに行ったり飯食いに行ったりしてる!おまけに旅行に行ったりして楽しんでるんだよ!こんな地味な暮らししてるのは俺ぐらいのもんだよ!。兄貴はなにやってるんたよ!しっかりと考えてアートプランを少しでも儲かるようにしているんじゃねーのかよ!。」

アートプランとは父の会社の名前だ。

「恒之は…恒之はね…」

「兄貴がどーしたんだよ!」

「……あの女とまだ別れてなかったのよ…」

「え!もうとっくに終わってたんじゃないのか!?」

「終わったって恒之は言ったけど、最近またあの女から連絡が来たらしいの…身体を壊したって言うのよ…。それでまた恒之にすがってきたの。」

「それであの女に兄貴はまた貢ぎ初めたって訳か…。誰にでも分かるあの女の嘘を兄貴はいつになったら分かるんだ…。」

あの女とは寛之の兄の恒之の高校時代からの彼女で、高校を卒業するとすぐにモデル事務所に所属した程の美人だが、その事務所にも長く在籍せず、その後はキャバクラ嬢に転職した。
恒之に結婚を匂わせながら次々に男を変える女だった。

兄の恒之は彼女に真剣な感情を抱いていたが、周囲の説得もあり、恒之はようやく断ち切れぬ感情を断ち切ったばかりだった。

「お前に話すのを随分迷ったんだけど、今月は社員に支払う給料が5万円ほど足りないのよ…。伊那の幸男おじさんにはかなり借りてしまっているし…もうこれ以上は…。」

幸男おじさんとは寛之の父の兄で伊那に住む寛之の伯父だった。

「…本当に何やってんだよ。兄貴も親父も!社員のためにたった五万円も用意できんのか!?…今度静岡に帰ったら俺が兄貴と話をつけるしかねえか…。アートプランが幾らかでも儲かってくれなきゃ俺は幸男おじさんの家に顔を出せないよ!ばあちゃんの家に顔を出せなくなるなんて……そんなのってないよ!そんなのって…」

寛之は声を詰まらせた…。

亡くなった寛之の祖母の家には伯父の幸男とその家族が住んでおり、祖母の位牌が仏壇で守られていた。

度々幸男の住む祖母の家に行き、線香をあげるのが寛之の安らぎだった。

「ごめんなさい…私が、私がお父さんに独立を勧めたから…」

寛之はしばらく間をおいてから言った「…いや、親父はやり方が昔から下手なんだ。社交は下手、仕事を自分で取ってこようとせず、お袋に任せっきり。おまけにパチンコ、競馬が大好き…負けてばっかだってのに…今でもまだ賭け事にいくんか?」

「私はもう分からない…聞く事も出来ないけど、たぶんまだ…。日曜日には私に無断で出かけるの…」

「はぁー…高畑家に生まれた自分を呪うよ…なんでみんなそんなにだらしないんだ。女と賭け事にはまりきるなんて「絵」に描いたダメ人間達じゃねーかよ。俺だって今時の若者なんだぜ。飲み会だって旅行だって好きにやりたいよ。高畑家にさえ生まれなきゃ、俺は…俺は!」

電話の向こうで母のすすり泣く声が聞こえた。

「かーちゃん……でもなんとかするから…。消費者金融にだけは手を出すなって親父と兄貴にくれぐれも言ってくれ…五万円…なんとかしてみるよ。足りないのは太田さんの給料だろ。」

太田はアートプランの古株社員で、娘と息子をそれぞれ地元の大学に通わせていた。

「すまん…すまんねぇ…お前が会社を継いでくれれば、もう少し違ったのかもねぇ…。
たった5万円の金のためにお前をこんなに苦しめるなんて…」

「またそれを言う…。俺は静岡の高畑家に近づくのはもう嫌だね。だから伊那に来たんだ…親父や兄貴の居る静岡には戻らん!こっちの人達の方がよっぽどいい。社長も俺の事を可愛がってくれとる。俺の親父より全然親父らしいよ!今日、車までくれるって言ってくれたんだ…。維持費も出してくれるってさ。そりゃあんまり悪いから、はっきり返事してんけど…。俺はやっぱり静岡にゃ帰らんでな!。ばあちゃんのお墓がある伊那がいい。」

「…お前のその気持ちは誰にも責めれんもんねぇ…」

涙声の母の電話を切り、またふっと八畳間の網戸を見ると、シロは位置を変えず、ひたすら喉を振動させていた。
それなのにゲロゲロと言う蛙の鳴き声は発していなかった。

「シロ…お前、幸福の蛙じゃないのか?白い蛇は縁起物だけど、白い蛙は疫病神ってことなのか?。お前に出逢った次の日からいきなりお袋からこんな電話が来るなんて…」

そう寛之は一人言を言うと、シロを見たくなくなり薄いカーテンを閉めた。

冷めてしまったミートソースのパスタをゆっくり口に運びながら、ぼおっと自分の生い立ちを思う…。

小さな頃は父も母も兄や自分を愛してくれていた。…今でも多分そうだろうが…。

その頃大手の印刷会社の社員だった父は良く家族で外食に連れて行ってくれた。
ハンバーグ、カレーライス、ソフトクリーム…。父と母が食べさせてくれたそれらの食べ物の味を寛之は今でも忘れられない…。父も母も兄もみんな笑顔だった。

寛之は大人になる事が夢だった。「大人になれば父ちゃんや母ちゃんみたいになれるんだ!美味しいものや、楽しい事がいっぱいあるんだ!」と思いこんでいた…。そんなかつての日々を走馬灯の様に思い出した。

「大人になった現実ってこんなもんか…」

寛之は一人言を言い、残りのパスタを口に運んだ。

そしてまた思う。
「…あんなクソ親父でもクソ兄貴でも血の繋がりだけはどうしょもねぇ…どうしょもねえんだ。俺のなかにも親父や兄貴の血が流れてる…しょうがねぇ…しょうがねぇ…」

寛之は諦めたようにサラダを口に入れ噛みしめた。

(バリッ、バリッ)と虚しくサラダを噛みしめる音は室内に響いた。



次の日、寛之はいつもの様に「お早うございます」と会社の扉を開けるとすでに社長の姿は無く、事務員の宮上慶子が「あ、お早う」と返事をした。

寛之は「あれ?社長は?」と慶子に聞くと
「明け方、手良の現場で仮設管が外れて水が吹いたの、社長は早くからそっちに行ってるわ」と答えた。

「なんで俺んとこには連絡こんかったんかな?」

「高畑さんはこないだから始まった西箕輪の現場に唐澤さんと行ってくれって社長は言ってたの。」

「そうだったのか…伊藤さんは?」

「社長と一緒に手良に行ったわ」

「そうなんだ…」寛之は言う。

すると資材倉庫の方から唐澤がやってきて「ヒロちゃん、茶を飲んだら西箕輪へ行くぞ。今日は二人っきりだでな」と言う。

西箕輪の現場に着くと早速唐澤と寛之は仕事にかかった。

仮設の水道管を各家の水道メーターに繋ぎこんでゆく。

唐澤と寛之は一軒一軒の家に声をかける。「15分くらいお水が止ります。そしてまた水を出すと空気が出たり、泥水が出ますが、一分くらい出しっぱなしにしていればまた綺麗な飲める水が出ますから…」と。

しかしなかには「いまシャワー浴びようとしてたのよ!そう言うのは前もって知らせてよね!」と少し不機嫌に言う若い女もいた。
しかしそんな通知をするのは水道設備業者の仕事ではなく役所の仕事だった。

寛之は「分かりました。シャワーが終わってからメーターに繋ぎますね…」と言うしかない…。
それでも女は機嫌が悪そうだった。

寛之はスコップでメーターの周りを掘り、泥にまみれた手で水道のメーターに仮設管を繋ぐ作業を黙々と続けた。

唐澤も年老いた身体で淡々と寛之と同じ作業を続ける。


昼休み。寛之は現場に置いてある太い水道管の上に腰かけて唐澤と一緒に昼飯を食べている。

唐澤は言う。「ヒロちゃんウチで漬けた胡瓜だけど、食わんかね?」

「あっ頂きます。」

(ポリポリ)

寛之は「旨いっすよ!この塩味がたまんないっす!」と言う。

「おらいもそい思うんだけど、婆さんは失敗したっつうんだ、しょっぱ過ぎるってな、だがこう暑くて汗かくんだからこのぐれぇしょっぱくねぇと旨くねぇよなぁ」

「僕もそう思いますよ。ご飯がすすんじゃいますね!」

「そうけぇ!ははは!」

しばらく無言で二人は昼食を取る。


そしてまた唐澤が口を開いた。

「ヒロちゃん、慶子ちゃんとはどうなんだよ?」

慶子は宮上社長の娘で、宮上設備の事務員だ。

「どうって…なんすか?いきなり」

「見てりゃあ分かるさぁ。ちょっとでも気になってるんずら?慶子ちゃんの事。」

「…いや…別に…ちょっと可愛いなぁとは思いますよ…でも彼女は中小企業といえども社長令嬢ですから…。こんな貧乏社員じゃあ…」

「まぁそう思うの無理ねぇか…。だが男っつうものはハッタリでも自信を持たんきゃいけんのだに。まぁまだヒロちゃんが本気じゃねぇっつう事ずら」

寛之は笑うが、ちょっと胸の動機を覚えた。

実は寛之には静岡に彼女がいたが、伊那に来てからはたまに彼女から電話が来るだけで、寛之からはほとんど電話はしなくなっていた。もう名ばかりの彼女で、遠距離恋愛も終盤に来た様相を呈していた。

そのぶん宮上設備の娘慶子の可憐さに惹かれ初めていた。

午後は梅雨の雲行きから雨になり、カッパに着替えて作業を終えたのは19時近くだった。
会社に戻ると社長も戻った。
寛之は「大変でしたね、明け方から作業ですか?」と社長に言った。

「ああ…でもしゃあないな、あのボルト締めたの俺だからな。役所の人にえらく怒られたよ」と社長は笑った。
しかし数ある市内の水道業者の中でも宮上設備は役所からの評判は良かったのだ。

寛之も笑い、少し間を置いてから社長に言った「…あの…社長…実はお願いがあるんです。」

「車の事か?」

「…いえ、静岡の実家の会社の事です。来月の僕の仕送りでは足りなくなってしまって…給料の前借りをお願いしたいんです」

「…そうか。でもそれじゃまた次の月にしわ寄せがいって結局同じだぞ…」

「分かってます…」

社長はしばらく考えた後。「…こうしよう。これから朝飯、夕飯はウチで食え、弁当もウチで出す。光熱水費の明細も俺に見せろ。給料はいつもの金額だ、あとはヒロちゃんが自分でやりくりして静岡への送金を増やせ。それがヒロちゃんのためだ。こんな問題の時にゃそう言う方法がベストだ。」

「え!?」
寛之は少し驚いたが、しばらくすると思った。(これか…こんな考え方や、やり方が役所からも評判になる理由か…)と。


次回へ。

夏の蛙 第一章

2007-09-18 | Weblog
夏の蛙




平澤光幸




むせかえる様な重く淀んだ空気が田園地帯に漂っていた。


それはもうすぐ梅雨の季節がやって来る事を示していた。


最近少しづつ蛙の鳴き声が聞こえ初めたここ信州の南部地域。


もうかなり暗くなった田んぼの合間を縫うように細い舗装道が続き、電柱に設置された蛍光灯が不安な光を辺りに落とし、増え初めたユスリカや小さな蛾がその周りで何やら楽しげに舞踊っていた。


山の稜線にはまだ夕焼けの赤い色が少し残っており、それがおぼろ気に浮かぶ。


幅約二メートルの用水路からは絶え間なく「ザー」と言う水の音が響き、舞い上げるしぶきがさらに湿気を強く感じさせた。


最近の気温の上昇とともにこの土地の空気は少し透明感を失い、今、その代わりに空気は重く濃厚な安定感を表していた。


それはあと3・4時間で雨がやって来る事を示しているのだ。


そんな深まった夕刻、高畑寛之は仕事を終え、疲れた体を引きずらせながら伊那の西の上段にある自分のアパートに向かっている。
寛之は長髪で薄い無精ひげを蓄えている。


「いつもの事だけど帰りは坂が多いな…今日の現場も疲れたなぁ…。腹も減ったし、早く風呂にも入りたい…明日も早いのか…」


一人言なのか頭の中だけの台詞なのか?。


疲れにまかせ、ただ頭をぼおっとさせながら歩みを進める。


彼は今年で28歳。


会社から彼のアパートまでは歩いて20分程。彼は毎日この道を淡々と歩き、通勤している。


車は持っていない。


外灯の下に来るたび、顔に近づく小さな虫を右手で払いのけながら、ひたすらアパートを目指す。


伊那の町中から西に行った小さな谷合に寛之のアパートはあった。
勿論周りは田んぼばかり…。


部屋数は八部屋。

名前を「権兵衛荘」と言い家賃四万円。


トイレも風呂も個別に用意され、八畳間と四畳半、結構大きな台所があり、一人で住むには充分な広さがあった。


しかし、もう築40年で地震があるとかなり揺れるのだった。


自分の部屋の前に着くと、買い物袋を左手で持ち、右手をジーンズの後ろのポケットに入れ、部屋の鍵を不器用に探り、ようやく鍵を取りだし、ドアを開け部屋に入る。


手探りで冷たい光を放つ蛍光灯のスイッチをつける。


買い物袋を無造作に台所のテーブルに置き、その袋から買ってきた発泡酒をさっそく一本取りだし、プルトップを開ける。
「プシュッ」と心地良い音がするとすぐに飲み口から白い泡が姿を見せる。


口を付け、一気に飲む。

「はぁ…生き返るよ…」


台所のチェアに腰かけると、そのまま十秒ほどじっと心地よい発泡酒の淡い苦味がゆっくりと消えるのを待つ。


寛之は地元の設備業者に就職して5年半が経つ。


彼は元々伊那の人間ではない。


生まれは静岡。


祖母は伊那にまだ住んでいたが、寛之の父は伊那の高校を卒業するとすぐに静岡の大手印刷会社に就職した。


その会社の女性従業員だった母と、父は一緒になり彼女の勧めもあって後に独立し、自ら小さな印刷工房を立ち上げたのだ。


…しかし当時から社員に給料を与えるのが精一杯で、利益と呼べるものはほとんど出ない。

ただ会社を回しているだけだった。


静岡市で生まれ育った寛之は工業高校を卒業すると、父の事業を継ぐ事になっている兄を尻目に大学を受験するが失敗。
「浪人はさせられない」と言う父の言葉もあり、地元でも大手の派遣会社に就職した。


二年程働くと、全国への派遣の話しが来た。

二年間、主に精密部品関係の仕事に回されていた寛之は祖母の居る長野県の伊那を希望した。


ここ伊那の土地も電子精密部品工業が盛んであったからだ。


寛之は幼いころ祖母の家に毎年夏休みになると20日ほど滞在した。


祖母が蒸してくれるトウモロコシ、冷たいスイカ、トマト、夕食には茄子の油炒め。そこに添えられる苦い麦茶。祖母が入れる麦茶はとっても濃いのであった。


寛之は祖母の出すそれらの食べ物、飲み物が大好きだった。


もう年金暮らしの祖母の家は貧しかったが、寛之が来ると、四百円程の安い車のプラモデルなどを用意して待っていてくれた。


祖母はいつも皺(しわ)深い笑顔で「よくきたなぁ」と寛之を迎えた。


寛之のそんな記憶が派遣会社の人事担当に他県の異動を勧められた時、「長野県の伊那市に行きたいです」と答えさせた要因だった。

祖母の近くに居たかったのだ。


しかしその祖母は、脳出血を患い、長い間半身不随の状態が続き、寛之が伊那に来てから2年目。今から6年前の冬に他界した。
82歳だった。

寛之は傷心したが、やはり祖母がこの世から居なくなっても、なんとなくこの伊那の土地から離れる気が起きなかった。



伊那に来てから二年半ほどの間に二・三の派遣先の工場に勤めたが、地元の友人の勧めもあり、全国への異動が無い地元伊那の水道設備業者に転職したのだった。


その時彼は23になっていた。


それから五年間彼は必死に働いた。休みは月に3日あれば良い方だった。

しかし中小企業の水道設備業者の給料は少なく、更には傾き掛けている父親の印刷工房へ毎月10万円ほど送金しなければならないため、寛之は「車がなければやっていけない長野県」で車を所有していなかった。


勿論免許は取得しており、仕事で現場へ行くため会社の車を運転する事は頻繁にあった。

しかし自分の車を所有すれば、燃料代、車検などの維持費、税金などが生じるため、とても自家用車を持つ事は叶わなかった。


発泡酒を半分ほど飲むと寛之は台所に立ち、簡単にチャーハンと中華スープを作り、椅子に腰掛け、食事を取った。


テレビではナイターやバラエティー番組を放映していたが、どの番組にも興味を持てず、ただテレビをつけっぱなしにしてその音と映像をなにも感じずに聞き、眺めていた。


テレビの音と映像のなか、寛之が思うのは「やっぱ今日はチャーハンにして良かった。うまい…」と言う事だけ。


食事をしながらもう一本発泡酒を飲み、食事が終わると食器を洗う。


次に風呂に入り、上がると八畳間の畳みの上にゴロンと仰向けに横たわった。


すると寛之の目に網戸にへばりついた一匹の蛙が目に入った。


「…そうか、もう蛙が出る季節か…。6月も半ばだもんな。どうせまた緑のアマガエルだな。」


寛之はじっと窓の網戸の蛙をみつめている。


「あれ?いつも来る蛙とちょっとちがうなぁ…。アマガエルにしちゃあ少しでかいな…?。それにハラが随分白いなぁ…。」

林に近い寛之の部屋の網戸には時々クワガタ、カブトムシ、コガネムシ、カミキリムシ、そしてアマガエルなどがへばりついていたが、寛之はそんな生物たちにはあまり関心を持たなかった。


しかし何故かこの夜、寛之はその蛙に興味を持った。


寛之はムクッと起き上がり、工事現場で使う白熱球の懐中電灯を持つと、蛙が怯えないようにそっと網戸を半分ほど開け、上半身を窓の外に出し、蛙の背中を照らしてみた。


するとその蛙の背中は新しいスケッチブックのページの様に真っ白だった。


「へぇー、こりゃちょっとびっくりだな!真っ白な蛙かぁ。」
寛之は一人言を言った。


そして何故だか寛之はいい気分になった。


「神様の使いみたいだな。白い蛇は縁起がいいって言うけど、白い蛙かぁ…」


そして寛之は蛙が怯えない様にまたゆっくり網戸を閉め、布団を敷くとまた横たわり、白い蛙を見つめた。


「おなかを全部こっち向けてやがる…ホント笑える奴だなお前は。両側に広がる間抜けな目玉…。ほとんど漫画だなお前って。モズや蛇に見つかる前に田んぼにお帰り。」


ほろ酔いに任せ寛之はひとり事を言った。


「ああ…眠い…明日は6時に現場かぁ…。もう寝よう…」


寛之は時間をかけ歯を磨き、布団に横たわると、まだ白い蛙はお腹をこちらに向けてひたすら網戸にへばりついている。


「なんだよ、おまえまだいるのかよ?。俺は寝るぜ…」


寛之は長く伸びた蛍光灯のスイッチをつなぐ紐を二回引っ張り、灯りを消すとすぐにまどろんでいった。


寛之が眠り一時間ほどすると、窓の外では今年最初の梅雨の雨が降って来た。


「ザー…」


雨は夜明けには止んでいた。



目覚ましの電子音で寛之は目を覚まし大きく伸びをして朝の支度をした。


窓に鍵を掛けようと網戸をみると白い蛙はもう居なかった。

「そりゃそうだ、ヘバリつきっぱなしじゃ干からびちまう…」


そう思いながら部屋を後にし、小走りで会社に向かった。


寛之の会社は事務員を合わせて8人。

「宮上設備」とすすけた看板の下の扉を開け、「お早うございます。」と仲間に声をかける。


社長の宮上が「おー、お早う。さっそくだが車を用意してくれや。あ、あとポリの30メートル巻きも一つ頼む」

「ポリ」とはポリエチレン製の黒いパイプだ。

「はい」


寛之はすぐに会社の資材置き場にある2トントラックに近づく。


もうそこには同僚の伊藤孝が道具箱を車に積んでいた。


「伊藤さん相変わらず早いな~。今日は伊藤さんより早く来れたと思ったのに」


伊藤は「な~に40にもなると早いうちから目が覚めちまうのさ。」と笑った。


「ポリ取って来ます」と寛之。

「ああ」と伊藤。

今日の現場は下水道工事に合わせて古い水道管を敷設し直す工事で、現場は始まってまだ数日しか経っていなかった。

現場で作業が始まると寛之は30メートル巻きのポリを一人で引き延ばしてゆく。


太さは五センチ、かなり硬くて重い。



午前中の作業を終えて昼をみんなで現場で食べる。


もう60になる宮上設備の古株 唐沢滋が寛之に言った。


「ヒロちゃん、髪型なんとかならんのか?。
今時の若者はそんな見た目が好きなのか?。オマケにヒゲと来てる。なんだっけ?、そう言うのを「渋谷系」つうんだっけ?」


伊藤は言う「シゲさん、渋谷系っつう言葉ももう死語じゃねーの?。なぁヒロちゃん」


「まぁ、多少流行っぽくしてるって事にして下さい。実は金がなくて散髪にいけないんっすよ。ヒゲはファッションのつもりっす。」

唐沢滋は「それがファッションかい?」と笑った。


しかし唐沢は別に寛之を卑下しているのではなく、自分の息子のように思っているのだった。


午後の作業は6時半までかかった。


いつものように社に戻り、タイムカードを入れて上がろうとした時、宮上社長が寛之に声をかけた。


「ヒロちゃん…まだ車がないとはねぇ…俺のところで余った4ナンバーの軽のワンボックスを貰ってくれんかい?」

「ぼく、車の維持に回す金がないんす…。色々あって…。」


「とーちゃんの会社のことか…。維持費は俺がなんとかしてやってもいいんだぞ。もう五年以上ウチで頑張ってくれとるしな。」


「ありがとうございます、嬉しいです。…でももう少し考えさせてください」


「そうか、必要だったらいつでも譲るからない」

寛之は社長に頭を下げるとまた家路に向かう。


帰り道にあるスーパーに立ち寄り、二本の発泡酒、レタス、トマト、パスタを買い、また家路を急ぐ。


「今日は雨こそ降らなかったが、どんよりとした雲が立ち込めた1日だったな…。

こんな時は作業もはかどるが、梅雨が明ければ仕事は更につらくなるな…。」


そんな事を考えながらアパートに着き、むせかえる空気を入れ替えようと窓のサッシを開けると、そこにはまた昨日の白い蛙が網戸にへばりついていた。

「またきたんかぁ~!なんのつもりだ?おまえ。餌なんかないぞぉ。田んぼにおった方が蝿やバッタがおるじゃんか」と寛之は一人言を言うが、嬉しくてたまらない。


「おまえとは長い付き合いになるかもしれんなぁ。名前を付けよう…ん~安直だけどシロだ、今日からお前はシロだ!よろしく頼むぜ」



次回へ。

六本木ライブ

2007-09-02 | Weblog
9月1日(土)東京六本木ブレイブバーにてライブしてきました!。

大学時代は一応東京で過ごしたのですが、生活の拠点は小田急線の経堂で、良く遊びに行ったのは下北沢、新宿、渋谷、楽器をあさりに御茶ノ水などで、これまた六本木には行った事が無かったんです。


同じ大学のボディコン(懐しい…)の女学生達が講義の最中、六本木のディスコの話しをしてるのをダンボの耳をして聞いてましたね(笑)。


六本木と言う事で緊張してライブに望みましたが、評価はなかなか良かったようです。


サオリ姫も相変わらずの美声!。


演奏をはじめると長野でやるように適度な緊張感のなか、楽しくできました。


たまに「ちょっと敷居が高いかな?」というところで演奏するのはいい刺激になりました!。


しかし夏の六本木のおねーさん達って薄着…(嬉しいけど。)