与謝野、海江田、両閣僚の発言に思う
2011.04.29
転載
http://www.the-liberty.com/article.php?item_id=1850
この国の政治家は、東日本大震災の打撃をどこまで
自分たちの責任や痛みとして捉えているのか?
そう思いたくなる発言が、二人の閣僚の口から出た。
与謝野馨経済財政担当相は28日の閣議後会見で、
3月の鉱工業生産指数が過去最大の落ち込みと
なったことについて「相当衝撃的な数字だ」と評した。
そのうえで「予想よりも早い段階でサプライチェーン
(部品供給網)は回復する」と期待感も示しはしたが、
「相当衝撃的」という言葉は何のために口にしたのか?
例えば医者が患者に「検査結果は相当衝撃的な数値です」
と言ったら、患者はショックで病状が悪化しかねない。
「大変だぞ、悪くなるぞ」とマイナスの可能性を
強調するのは貧乏神や死に神のやることで、
一国の盛衰に責任を持つ政治家の言葉としては
不適切だ。
閣僚の言葉が国民の心に与える影響をもっと
考えてもらいたい。
また海江田万里経済産業相は同じく28日の閣議後会見で、
原発事故に伴う賠償金などを捻出するため
東京電力が行った役員報酬の半減について
「一律50%カットでは足りないのではないか」と述べた。
東電は部長級などの年収も3割前後カットする方向で検討、
労働組合に対しては年収の約2割削減を提案している中での
言葉だった。
東電の役員報酬が半分カットでも足りないと言うなら、
東電の原発事業を監督規制する原子力安全・保安院
の職員約800人も、事故の監督責任をとって
手当や給与をカットすべきではないか。
同保安院が所属する経済産業省の幹部や海江田大臣、
さらには政府全体の責任者である菅首相も同様だ。
少なくとも、自分たちの収入は安泰のまま東電にだけ
「もっとカットを」と言うのはおかしくないか。
民主主義社会では政治家は国民の代表であり、
官僚は国民への奉仕者(civil servant)であって、
決してお上(かみ)や特権階級ではない。
国民の気持ちを我が身のこととして感じる姿勢を
公務の原点としてほしい。(司)
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海江田さん・・へんなこと言ってるなぁ。と思って聞いてた
妙なことを、わざわざ言うもんですね。。
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