ちょっと最近、ストレスを抱え込んでしまい、どーも具合がよくない。
昨日から、半病人状態で、寝たり起きたり、
今も、どうにかテーブルに体を支えてもらいながら書いてます。
(そこまでして書かなくていいって?w)
あまり食べてないのも手伝って、血糖値が下がってるんだろう。
ふらふら。
それに、解離性運動障害が多少出てるので、うまく歩けない。
手足は脱力感でしびれて、指がこわばる。
そして、トイレに行っても、なかなか出ない。
具合が悪くなると、おっしっこの出が80過ぎのおばーちゃんみたいになる。
昔、過労が原因で、解離性運動障害で倒れてしまい動けなくなってしまい
4か月入院してたことがある。
その時、泌尿器科で調べてもらったら、そういう結果。
でも、元気だと、自分の年齢相応に戻る。
そこにまで影響がでるって、脳ってすごいなーってねーw
あっちこっち脳の中で異常だってーことで、反応起こしてイエローカードだ!
とかレッドカードだ!ってお知らせしてくれてるのかも。
それに、浅い呼吸。
はぁはぁと肩で息をする。
過呼吸じゃないから、まだましなんだけどね。
この浅い呼吸は神経症特有の物で、どーにかなるものでもないけど
悪化した時に現れる初期段階のもの。
でも、はぁはぁ言い出した時には、不安が沸き起こり錯乱する2,3歩手前だから
かなり辛い。
だからね、いっつも思う。
なんでここまでして生きてなくっちゃいけないんだろうって。
どうして私はここまで苦しまなければいけないんだろうって。
でも、元気になると、あれをこれをとしたくなって頑張って生きる。
ずっとこの繰り返し。
んでもって、この繰り返しばっかりしてると、もういい加減嫌になってきて、
具合が良くても悪くても、またか~って感じに陥り、生きてること全てに飽きてくる。
もういいやん。
今は元気でもまたすぐに辛くなる。
これを何回繰り返したんだろうって。
もういいやん。
もう十分生きたよ。
ってね。
だから終焉をただただ待つだけになる。
自殺はよほどの悪化しないとしようとしないしねー。
(2年前に死ぬって言い出して家を飛び出し、警察に拉致された)
病気になって自死できるものならしたい。
もし、泉に斧を落としてしまい、女神が出てきて、どの斧を落とした?って聞いてくれたら
「斧の種類じゃなくて、死の選択をさせてください。」
とお願いしそうだ。
その選択は、ひとつになっちゃうけどw
「今すぐ、何も考えない間に、死なせてください。」
だなー。
でも、そういう訳にもいかず、生かされてる。
だから、それもすべて諦めて、生きようと思う。
生きるだけ生きてみようって。
苦しい事も、悲しい事も、辛いこともある。
嬉しい事も、幸せだと思う事も、ラッキーなこともある。
それが生きるってことなんだろう。
最近、心臓の病気をもつ人に出会った。
ショックだった。
私は、死ねない病気だけど、ずっと苦しい。
その人は、もしかしたら死んじゃう病気。
なんだよそれ。
ちょっと羨ましかった。
斧の選択ができるなら、心の病じゃなくて、心臓病を選ぶだろう。
でも、その人はその病気が原因でかどうかはわからないけど
とても美しい心を持っている人だった。
なにかしら、心が動いた。
みな一人一人背負ってるものがあるんだなって。
何独りよがりなこと言って、悲劇のヒロインみたいなこと言ってるんだろうって。
なにガキみたいなこといって悲しみがってるんだろうって、自分の甘さ痛感した。
生きるって、なんだろう。
それは、ただ生きるというだけ。
究極はそこだ。
命が大切とか、死は悲しいとかが通説だけどそうじゃないと思ってる。
宇宙の法則から見たら、人が死のうと生きようとそんなことは問題じゃない。
星が生まれ、無くなり、その繰り返しをしているだけの感情の無い世界。
その世界に私たちはいるだけなんだと思う。
ただ、生きてるだけなんだとね。
だから、生きてる間は、生かされてると認識し、生きればいいんだなって。
生きることに理由もなんもいらないんだよなって。
生きがいを求めるのも、生きる理由を探そうとするのも、人間の我欲。
だから、死にたいけど、死ぬまで生きることにしてる。
それまでは、私は私に絶対に負けないで生きる。
はい。
昨日から、半病人状態で、寝たり起きたり、
今も、どうにかテーブルに体を支えてもらいながら書いてます。
(そこまでして書かなくていいって?w)
あまり食べてないのも手伝って、血糖値が下がってるんだろう。
ふらふら。
それに、解離性運動障害が多少出てるので、うまく歩けない。
手足は脱力感でしびれて、指がこわばる。
そして、トイレに行っても、なかなか出ない。
具合が悪くなると、おっしっこの出が80過ぎのおばーちゃんみたいになる。
昔、過労が原因で、解離性運動障害で倒れてしまい動けなくなってしまい
4か月入院してたことがある。
その時、泌尿器科で調べてもらったら、そういう結果。
でも、元気だと、自分の年齢相応に戻る。
そこにまで影響がでるって、脳ってすごいなーってねーw
あっちこっち脳の中で異常だってーことで、反応起こしてイエローカードだ!
とかレッドカードだ!ってお知らせしてくれてるのかも。
それに、浅い呼吸。
はぁはぁと肩で息をする。
過呼吸じゃないから、まだましなんだけどね。
この浅い呼吸は神経症特有の物で、どーにかなるものでもないけど
悪化した時に現れる初期段階のもの。
でも、はぁはぁ言い出した時には、不安が沸き起こり錯乱する2,3歩手前だから
かなり辛い。
だからね、いっつも思う。
なんでここまでして生きてなくっちゃいけないんだろうって。
どうして私はここまで苦しまなければいけないんだろうって。
でも、元気になると、あれをこれをとしたくなって頑張って生きる。
ずっとこの繰り返し。
んでもって、この繰り返しばっかりしてると、もういい加減嫌になってきて、
具合が良くても悪くても、またか~って感じに陥り、生きてること全てに飽きてくる。
もういいやん。
今は元気でもまたすぐに辛くなる。
これを何回繰り返したんだろうって。
もういいやん。
もう十分生きたよ。
ってね。
だから終焉をただただ待つだけになる。
自殺はよほどの悪化しないとしようとしないしねー。
(2年前に死ぬって言い出して家を飛び出し、警察に拉致された)
病気になって自死できるものならしたい。
もし、泉に斧を落としてしまい、女神が出てきて、どの斧を落とした?って聞いてくれたら
「斧の種類じゃなくて、死の選択をさせてください。」
とお願いしそうだ。
その選択は、ひとつになっちゃうけどw
「今すぐ、何も考えない間に、死なせてください。」
だなー。
でも、そういう訳にもいかず、生かされてる。
だから、それもすべて諦めて、生きようと思う。
生きるだけ生きてみようって。
苦しい事も、悲しい事も、辛いこともある。
嬉しい事も、幸せだと思う事も、ラッキーなこともある。
それが生きるってことなんだろう。
最近、心臓の病気をもつ人に出会った。
ショックだった。
私は、死ねない病気だけど、ずっと苦しい。
その人は、もしかしたら死んじゃう病気。
なんだよそれ。
ちょっと羨ましかった。
斧の選択ができるなら、心の病じゃなくて、心臓病を選ぶだろう。
でも、その人はその病気が原因でかどうかはわからないけど
とても美しい心を持っている人だった。
なにかしら、心が動いた。
みな一人一人背負ってるものがあるんだなって。
何独りよがりなこと言って、悲劇のヒロインみたいなこと言ってるんだろうって。
なにガキみたいなこといって悲しみがってるんだろうって、自分の甘さ痛感した。
生きるって、なんだろう。
それは、ただ生きるというだけ。
究極はそこだ。
命が大切とか、死は悲しいとかが通説だけどそうじゃないと思ってる。
宇宙の法則から見たら、人が死のうと生きようとそんなことは問題じゃない。
星が生まれ、無くなり、その繰り返しをしているだけの感情の無い世界。
その世界に私たちはいるだけなんだと思う。
ただ、生きてるだけなんだとね。
だから、生きてる間は、生かされてると認識し、生きればいいんだなって。
生きることに理由もなんもいらないんだよなって。
生きがいを求めるのも、生きる理由を探そうとするのも、人間の我欲。
だから、死にたいけど、死ぬまで生きることにしてる。
それまでは、私は私に絶対に負けないで生きる。
はい。
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