学校 『攻め』と『連携』

公立小中学校の強みは,家庭・地域と連携できること!
連携のための『攻め』は「学校の誇り」づくりで!
 

脳はいくつになっても成長する

2008-10-24 | Weblog
脳はいくつになっても成長する
加藤俊徳 
20年間、1万人以上の人の脳の写真を分析した結果、いくつになっても脳は変わり続ける。
MRIに情報をやりとりする繊維が写し出される。脳は場所によって異なる働きをする脳番地という。脳は自分の人生体験と全く一致している。受験勉強が終わる二十歳前後では脳の作り込みはまだ半分、仕事や勉強でいくら使っても、「潜在能力細胞」がある。天才や百年ものあいだ長生きしても、潜在能力細胞は使い切れない。

1意図的に脳を育てる
陸上のトレーニングで頭でイメージして挑戦すると、体がその通りになる。「脳に秘密あり」十四歳の八月に知る。猛勉強の末 医学部合格する。 千葉の亀田病院に配属 世界で三台しかないMRIに出会う。脳の病巣を調べるだけでなく健康な脳番地を分析し始める。健康な人の脳も調べて人生に役立つ脳の活用法を模索し始めた。
 ある女性の二十歳の時の脳画像は、十九歳の時と比較して。枝振りの面積がより広く、それぞれの枝先が太く形を変えている。十九歳は引きこもり、一年かけて克服したことが脳にはっきり表れている。脳は呑気にしていたのでは伸びない。ストレスが強すぎても弊害がある。逆境はそれまでの脳の使い方では対処しきれなくなって陥るもの。それまでの脳の使い方を変えなければ、逆境は乗り越えられない。

2成功者の脳の使い方を研究して生かす
 脳が元気に働いている時、脳内で酸素がどのように使われているか。COIという光を使った人体に悪影響のない方法で脳を観察する原理や脳の中の酸素交換を表す方程式を世界に先駆けて発見し、特許を取得した。
 これまで、脳の活性度は、脳内の血流を測って判断していた。このやり方には疑問がある。興奮したり、人前で上がったりしている人の脳がよく働いているとは思えない。将棋の棋士のように優れた頭脳をもつ人たちは、脳をこうふんさせたり、血圧を上げたりせずに、微量の酸素でも脳をつかいこなしている。世の中で成功者の脳を調べどのような脳の使われ方によって成功をなしとげたか、分析している。その人の人格や業績と、脳の状態を照らし合わせることによって、脳をいかに育てていくべきか研究している。「脳の学校」設立

3明確な目標があるから脳番地が活性化される
 目標が定めにくい人は、尊敬する人物をイメージすること その人に追いつき、追い越そうとすれば、脳には容易に一つの方向が与えられる。
 そしたら社会と係わる。社会で生きていくと否応なく様々な脳番地を使う。脳には定年がない、社会が定年を決めているだけ、会社に行くと脳番地が働き脳が鍛えられていた、やめると全く使わない。楽になったと思うのはわずかな期間、しばらくすると、得意だったことすらうまくできなくなる。放っておけば「惚け」早まる。

4枝振りの良い植物には良い花と実がなる
 人には二つの食事あり、一つは喰う、もう一つは脳の食事、これは情報だ。HP一つ見てもいろいろある。情報とは、人間の活動を通じて得られる外からの様々な刺激や、人生体験だ。刺激は体を動かすことから得られる。まして、知的好奇心を保つとたくさん得られる。肉体は加齢と共に衰えるが、思考する能力、知識を得る力は年をとっても衰えず、逆に深まっていく。だから好奇心を旺盛にしてたくさんの情報を得るのだ。また、バケツをかざして、ここに情報を落としてくれと好奇心の窓口を広げると、ますます脳が活性化する。致知よく登場する渡部昇一先生、現在七十八歳、メモなしにどこでも、誰にでも、自由自在にお話しする。先生の脳は知識を習得する脳番地が非常に活性化しており、日々、旺盛な好奇心に基づいて大変よく勉強している。論議することも脳に多くの刺激がもたらされる。九十歳を過ぎた人で俳句を趣味に生きてきた。自分が作った俳句の出来栄えについて家族の皆さんとデス力ションをされている。俳句を創作することもいいが心許せる他者と交流して、刺激を得ることもいい。
社会では肩書きを通して接して人もいる。肩書きがとれる定年後は、人を惹き付ける人間的な魅力が必要になる。年齢や性別、病気のあるなしにかかわらず、誰もが自分の脳を生涯にわたって育てることが可能だ。人間は脳内の枝振りを育てる一生を送っている。枝振りの良い脳には良い花が咲き、実が付く。どうせ一生、積極的に挑戦して面白い人生にしましょう。

 「脳の学校」代表取締役 医師・医学博士
 加藤俊徳先生(昭和三十六年 新潟県生まれ)
            文責 高橋潔
 

松実ブログから

2008-10-20 | Weblog
「ネ」と「メ」
2008-10-07 19:00:23 | Weblog
 突然ですが、みなさんに質問があります!
50音順に数えていくと、「ネ」と「メ」って、一体どちらが先にくるのでしょうか。
あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬネの
はひふへほ
まみむメも
…ということで、もちろん「ネ」が先ですよね。
そう。「ネ」が先なのです。
では、花の種を蒔くときを考えてみてください。
最初に蒔く場所を考えます。
次に、芽が出るのに必要な栄養(水)を与え、たっぷりの太陽(光)を浴びさせて、わたしたちは芽がでるのを待ちます。
最初に「根」が生えてから、「芽」が出てくるのです。
「こうなりたい!」「ああなりたい!」
でも、なかなか芽が出ない。
 決意を新たにしても、なかなか変わらない現実に、時には苛立ちや不安を覚えることだってあると思います。でも、大丈夫!
人生も「ネ」が先なのですよ。
現実には何も変わらなくても、花の種と同じように、見えないところでは、あなたの根がしっかりと少しずつできているのです。
そして、しっかりとした根は、より大きく美しい花を長く咲かせていくのです。
人は、変わろうと決意した時点で、もうそれまでの自分とは変わっているのですよ。
「ネ」が先。
言葉だって、植物だって、人生だって、「ネ」が先なのです。
マラソン選手の高橋尚子選手も、次の言葉を大切にしているそうです。
「花の咲かない冬は、下へ下へと根を伸ばせ」
 さあ、みなさんも、根を伸ばそーネ。

こんな校長

2008-10-17 | Weblog
こんな校長さん            野口克海 大阪教育大学

不登校生がいなくなった.
新しい学校に着任した日、教職員を前に校長は一言だけ語ったという。
「子どもの話を聴いたってくれ」
4年前、30人近くいた不登校生が、昨年から、ほぼゼロになった中学校がある。その学校を訪問した。
 校長室にいた何人かの先生は、元気よく話してくれる。校長さんは寡黙の人である。こちらから質問しないとほとんどものを言ってくれない。
「どうして不登校生がいなくなったんですか?」という私の問いかけにも、
「子どもの話を聴いたってくれというのが私の信念です」とだけ返事が返ってきた。どうもよく分からない。周りの先生たちの話から想像していくしかない。                          
「聴く」ということ                             一人の先生が語った。
「それまで、私は朝教室に行っても頭髪や服装の乱れた子がいると、“おはよう”という前に“なんや!そのカッコは!”と言ってたように思うのです」
「いまは“朝メシ食べてきたか?”“お母ちゃん元気にしてるか?”とその子の今日の調子を先に聴くようになりました」                   なるほど、先に聴くことから始める。本当に聴くためには忍耐がいる。相手を理解したいという気持ち、愛情、誠実さが不可欠である。格好良く注意・指導・アドバイスすることは、本気になって「聴く」行為よりはるかにたやすい。
「生徒はこうあるべきだ」と生徒を正そうとする前に、「あるがままの生徒」の姿や心を一歩離れて感じとろうと努力することが「聴く」ということのようだ。                                       居心地のいい学校                              どうしても教室に入れない子も校長室には来る。
「どうしたんや? 今日は元気ないなあ」そんなところから「聴く」ことが始まる。校長室だけではない。保健室や職員室にも生徒たちは「聴いてもらい」にやってくる。生徒たちからいろんな声が聴こえてくる。
「俺、おでんが一番好きやねん」
「よし、今度の土曜日、校長室でおでんをつくって食べようか!」       「障害者の作業所って先生行ったことある?」
「ない、いっぺん連れて行ってくれ」
 子どもの話を聴いているうちに、楽しみが増えてくる。先生たちが生徒との時間を自然に楽しんでいる。当然、「勉強教えて」という声もあがる。
「家に居てるより、学校に居てるほうが面白い」と不登校の子が言いだす。
                     
人間関係づくりが基本                            先生と生徒が仲良く、信頼し合える関係をつくる。あたたかい教師のまなざしがあたたかい学級集団をつくりだす。クラスで勝手にハイキングをしたり、誕生会をやったりする。甘やかしているのではない。生徒たちがおだやかになり、学校が落ち着いてきた。生徒指導の問題行動が減った。部活動が活発になり市の大会で優勝するクラブも出だした。文科省の学力テストの学校全体の成績が、先生たちが驚くほど向上した。                                        
教育はチームでするもの                          「聴く」必要性を知り、「聴く」スキルを持っていたとしてもそれだけでは不十分である。「聴きたい」という気持ちがなければならない。聴こうとし、理解したいという気持ちで生徒に接する教師が増えた。教師たちの心に、忙しいけれど安心とゆとりが生まれてきた。
「生徒と過ごす楽しい時間は、この校長さんからもらったように思う」と一人の教師が言った。
決して雄弁でなく、言葉少ない寡黙な校長さんが、一人ひとりの生徒の話を、いとおしく思うまなざしで聴く姿が教職員の多くに共有された時、この学校は変わった。
「子どもの話を聴いたってくれ」 

再・イメージの時代と学びぐせ

2008-10-15 | Weblog
 再・イメージの時代と学びぐせ

「あの携帯はいい」と言いふらされると多くの人が買い換える。
使いこなせないのにさ。
でも、もってないと遅れているみたいに言われる。
「あんたのはせこいねえー」と。
そのたびに思う。
流行に流されるほうが意思的にはセコイとも言える。
「あの塾からいい高校にたくさん合格した」とその塾に子どもをやれば自分の子もできるようになる気がしてしまう。
これも意思的セコさ。
たまたまそういう子が行っていただけではないのかい。
「うちもあの塾にやれば・・・」と思ったらやってみたらいいのだろう。
事実として、塾が学力をつけるのではないことに気づいてみないと証明されない。
塾に通うその子自身が学力をつけるのだということはやってみないと証明できない。
こんなところでも、吉田松陰の『人間存在の教育』は実現を阻まれている。
我が家の3人の子も街で評判の塾に通った。
何が評判かというと、「医者の子どもが通っているから」。
もっとも、お医者さんの子はそのほかに家庭教師がついて、土・日には東京の予備校に通ってというおまけつきだが。
その塾は「勉強ができるようにするにはまず手首を鍛えることだ」という持論の塾長が経営するところでした。
「なるほど!それもいえる」と賛成した。
我が家の子どもたち三人は学習習慣を第一にしたその塾に通った。
そこは前述のとおり、「まず手首を鍛える」ことを重視した。
塾に行くとただひたすら字を書いている。
そこに学んだ長女はいつの間にかきれいな字を書くようになった。
そして、字ばかりでなく机に座ることの耐性には驚かされる。
どんなに長い時間でも机に座っている。
勉強に飽きるとずうっと本を読んでいた。
同じ塾に学んだ次男の方は同じ作業の繰り返しがいやで塾の「便所にずっと籠もっていた(笑)」というので時々先生から電話が入った。
その塾での算数・数学は途中の計算を「頭の中だけでする」学び方だった。
長女は鈍いのでそれが苦手らしく、他の子の何倍もの時間がかかったが「できるまで」根気強く順応した。
長男の方はその学び方に即順応し、イメージ処理的学習法を身につけた。
数学の教科書の問題ページを二~三分凝視する。
その後で教科書を閉じたまま五~十問を解く手法だ。
理屈屋の次男はそういうことに拒絶反応を示したまま最後まで順応しなかった。
当然、不得意教科数学だが、近頃は財政学など専攻し数字をいじくっているからおもしろい。
その子の学びのありようができあがるにはそれぞれ学びの経過があると思ったのである。
携帯と塾の話題から始まったので、塾の例になったが、塾以上に影響力のある学校・教室・教員、そして、学び方のありようが子どもの学び習慣に重要な影響をあたえることはいうまでもない。

俳句を選ぶ

2008-10-14 | Weblog
 小学生が詠んだ俳句の中から20点を選ぶことになり困りました。
 自分で勝手に基準をきめて選んでしまいました。
 基準は万葉集的表現「直情直叙」にしました。
 かなり難しい。

赤とんぼ 草にとまって ひと休み    
秋がきた キレイになったね 夕暮れが  
かれ落ち葉 ふんだら鳴るよ さくさくと 
赤とんぼ 夕日の色と まざり合う   

栗を食べ 見つめていたら もう秋か   
ぶどう食べ 服に汁とび ママ怒る    
思い出の 夏にさよなら 虫の声     
秋風や なんかさびしい 気がするな   

紅葉は 期間限定 秋の色       
自転車で 空をあおげば 赤黄色     
夏過ぎて 私の心 入れ替わり     
もみじの葉 落ち着きもなく 散っていく 

夕暮れに 照らされひかる 赤とんぼ   
草むらの 鈴虫たちの 大合唱     
イチョウの葉 下を向いたら 落ちていた 
セミがなく 遠くに叫ぶ セミがいた   

秋の空 もみじの色の 夕焼けだ     
栗の木を 突っつき落として 栗ごはん  
いいにおい さんまの網焼き おいしそう 


教育報道出版者の「論壇」から

2008-10-14 | Weblog
坂田昌一博士と松陰の指導法 
 
 ノーベル物理学賞受賞三氏が名古屋大学で学んでいたということで、名大の教育が話題になっている。名大物理の指導方法は、坂田昌一氏がその基盤を創ったと言われてている。
 坂田氏は、朝永、湯川と並ぶ素粒子論の大家である。
 坂田氏が用いた指導法は、課題を中心にして自由闊達に討議を行う形式であったと言う。
 当初は、「話し合いによって、どんな物理の知識が身に付くのか疑問だ」という批判の声も聞かれたが、現在でもこの指導法が貫かれている。講義によって知識を伝達するのではなく、語り合うという社会構成的手法を中心とした教育が名大では行われていたのである。
 坂田氏は、こうした学習によって、知識を確かめ合い、問い合い、創りあう力を伸ばそうと考えたのであろうか。

 この原型とも言えそうな指導法を用いていた人物がいる。かの、吉田松陰である。
 一冊の書物を輪読し、話し合いを通して、意見の共通点や解釈が異なる部分を整理してゆくのである。
 こうして互いに考えを整理し合う行為を通して、それぞれが資料の要点を自分のものにしていくのである。この指導法は抄録法と呼ばれているが、協働による知の再構成を活用した学ばせ方だと言えるだろう。
 伊藤博文や山県有朋、高杉晋作という、行動する思想家を生みだした松陰の指導法と、ノーベル賞受賞者を生みだした坂田博士の指導方には共通点がありそうな気がする。

 考えてみれば、孔子、仏陀、ソクラテス、キリストという四聖人も、師弟や他者との語り合いで指導を試みた人達であった。協働によって人と知が高い次元で結びつくという作用は、昔から経験的に知られていたのではないだろうか。(2008/10/10)