先日、うーちゃんのアニマルコミュニケーションを受けました。
まず、お電話でうーちゃんとのコミュニケーションの様子を報告して頂いて、後日、メールに文章にして送って下さいました。
お電話で、凄くすごく強い絆で結ばれていると言っていただいてとても嬉しかったけれど、私の悲しみがうーちゃんを困らせているようで、
しっかりしなきゃとなると、その無理やりな感じもうーちゃんには分かってしまうようで、暫くはかえって混乱してしまいました。
それと怖くて聞けなかったまた会える?ってことについては、今生では再会は無いと言われました。
悲しかったけど、今生では無いけど、来世では必ずどんなかたちかで再会する絆があると言っていただきました。
アニマルコミュニケーションについては色々なタイプがあるようですし、その事自体にも考え方はあると思います。
以下は頂いた報告です。長いです。よろしかったら読んで下さい。
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うーちゃん結果ご報告
内容表記のご説明
太字:コミュニケータが感じたこと 動物さんが伝えてきたことで強く感じた箇所
「 」:動物さんの発言
( ):(コミュニケータが感じたもの、追記情報など)
***うーちゃんの印象***
とても思いやり深い 愛情深い 基本的にフレンドリーだが 相手によってはメリハリのきいた態度で接する お母さんはとても忙しい人 心労が多いタイプ その心労はなんでも抱え込んで頑張ってしまうから うーちゃんはそんなお母さんを 今でも心配している 心配するがゆえに まだこちらと本来行くべき階層とを行ったり来たりしている うーちゃん自身も すごく我慢強い
うーちゃんにコンタクト取ると、心配そうな様子で、お母さんの背後からのぞきこんでいる大きな後姿―そういう映像を、私に見せてくれた。
どの子も、その子らしい動作や日常の風景で登場してくるものなので、うーさんは、いまだにお母さんの傍らにいるのだとわかる。
お母さんは、何か細かい手作業のようなことをしていて、時折うーちゃんを思い出しては泣いている。いまだに、悲しみやご自分の思いの中にとらわれている感が強く伝わってくる。
うーちゃんの思念が静かに伝わってきた。
「私は上には行かなくてもいいと思っているの。お母さんの気がすむまで、こうして何年でもいようと思う」
お母さんの喪失感や悲嘆が大きくて、自分が逝ってしまったことに申し訳なくさえ思っているようだ。
うーちゃんに自己紹介し、お母さんから頼まれて話をしに来たと言っても、ずーっとお母さんの背後に寄り添ったままだ。(話すこと自体は嫌ではないと伝わってきた)
背後から質問をしてみた。
質問① うーちゃんは、今淋しくない?
「私は淋しいなんて思ったことないわ。だって、今も(今までいつも)お母さんと一緒だし、私はやらなければいけないことがたくさんあって、忙しくしているから」
上へ(ここでいう上とは、本来行くべきところの階層)行ったり、こちらに戻ってきたりとめまぐるしく動いている、うーちゃんの映像を受け取る。
上へ行くのは傷んだ身体をエネルギー的に修復するのに必要
存命中は、心臓、身体の中心の臓器(肝臓・脾臓が気になる)に癌があったように感じる。肉体的に痛んだ箇所はエネルギー的にも影響を受けるので、その修復に休むことが必要(充電のようなイメージ)
そうやってエネルギー的に修復するかたわら、こちらに戻って来ては、お母さんを見守っている。
「ああ、もし淋しいというのであれば…お母さんが、そうやって見守っている私の存在に、ほとんど気がついてくれないこと」
「気がつかないって、こんなに絆が深いのに不思議な感じがするけれど」
「時々ふっと、私がそばにいるのじゃないかって思ってくれるんだけど、気のせいかなって…気のせいではないのに。いつも私は、お母さんのそばにいるのよ。ただ単に、私の身体が無くなっただけのこと。私の存在は、亡くなっても無くなってもいないのよ。そのことを、まず、本当に信じてほしいの。そうでないと、私はこうしてずーっと、お母さんについていないといけないし(心配だから)そしてこうしてそばにいても、お母さんの気持ちは一向に晴れないし。そういう意味では淋しい」
「わかりました。うーちゃんの気持ちはちゃんと伝えますね」
うーちゃんは、初めて私の方を向いてくれると、嬉しそうに目を細めた。
「お母さんに伝えて。いつもいつも、ずっと一緒よ。形にこだわらないで。むしろこうして形のない私は、お母さんが望みさえすれば、一瞬でそばに行くし、どこにでもついていけるのよ。その事を、どうかわかってほしい」
質問②お供え物に関しての質問 今のお供え物いがいで、してほしいことあるか?
この質問をすると、今でもすごく綺麗に飾ったうーちゃん専用のコーナーが見えてくる、何かあるごとに〈例えば、今日で3ヵ月経ったとか〉集まり、華やかに飾っている。そんな情報も受け取った。
「その質問に対する答えも同じ。お母さんの気のすむ形でよいのだけれど。いつもいつもそうして形としてお供えすることで、私のことを思い出しては、喪失と悲しみから抜けられなくなっていないのか、考えてほしい。そしてそうなら、いっそのこと、何もいらないくらいよ。私といついかなる時も繋がっているという確信があれば、きっといらなくなると思う。そしてお供えは、記念とかある種の象徴として残しておいてくれるだけでいいの。お母さん、私はもう身体を捨てて(古くて重いコートを脱いだ感じ)魂だけになったのよ。だから、形や物にはこだわらないし、必要ないの。お母さんの愛があれば、それだけでいい。大事なのは、お母さんがいつも笑顔でいてくれて、毎日を楽しんでくれて(うーちゃんがいなくなってから、楽しめていない)希望を持って輝いていてくれること。それが私にとって、何よりの供物、何よりの供養」
質問③ うーちゃんありがとう。とっても幸せだったよ。うーちゃんは幸せだった?
この質問をした途端、私の胸が熱くなり涙が溢れてくる。
そして映像が流れてきた。
うーちゃんが飛びついて喜んでいる姿、顔を両手ではさんでもみくちゃにされている姿、抱きしめられている姿、玩具を加えて、嬉しそうに玄関へ迎えに行く姿、亡くなる前、ほとんど歩けなくなって専用の移動車?(ボブスレーのような)を作ってもらって、そこに満足そうに横たわる姿…
映像が途切れたので聞いた。
「充分伝わってきたけれど、どんな風に幸せだったか、言葉で教えてくれる?」
「私くらい、家族の一人一人に大切にされた犬も珍しいと思っているの」
これはお嬢さんにはお嬢さんのうーちゃんとの絆、息子さんには息子さんだけのうーちゃんとの思い出、お母様にはお母様のうーちゃん像-というように、各人それぞれが、うーちゃんと特別の関係、思い出があるとう意味。
それが本当に、幸せだったと伝わってきた。
猫とも仲が良かったようで、その猫君が、今でも淋しがっているとも伝わってきた。2頭いるうち、どちらの猫君か聞いたところ、デニーロ君とのこと、彼は、うーちゃんを慕い頼っていた様子。
うーちゃんの話は、まだ続いた。
「私が身体を離れるとき、みんなが揃ったところで逝けて本当に幸せだった。最高に幸せだったわ。一人一人に頭を撫ぜてもらって、お別れを言えて、私は苦しみと孤独のない旅立ちが出来たの。安らかで愛に包まれた旅立ちだった。お母さん、私は本当に幸せだったよ。気がかりといえば、お母さんがどんなに悲しむか…それだけだったわ」
質問④ うーちゃんの鳥さんの玩具、どこにいったかな?覚えている?
カラフルな玩具を見せてくれる。加えている姿も見せてくれ、お迎えに行くとき走って持っていき、三和土の上に置く所も見せてくれる。
「玩具はお家のどこかにあるの?」と聞くと、置いた玩具を再び加えた。
「私が一緒に持ってきたわ」
「一緒に持ってきたって、どういう意味かな?」と聞いたが、同じ答えだった。
どなたか、旅立つうーちゃんのお棺の中に入れたのではないでしょうか…確認なさってくださいませ。
何度聞いても、どうしてそんなこと聞くの?という顔で、玩具を加えた嬉しそうな顔を見せてくれていた。
最後に、何か言いたいこと言い残したことはないですか?
「お母さん、私と会えなくなることなんか心配しないで。私たちはこれからも姿・形を変えて、会っていくことは間違いないし、こうして私の身体が無くなっても、もちろんずっと繋がっているの。だから安心して、一度手放して。手放すということは、お母さんにとってとっても大事なことよ。お母さん、ありがとう。私もお母さんのことが、ずっとずっと大好きよ。
お母さんのうーより、愛をこめて」
以上ご報告いたします。
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アニマルコミュニケーションを受けた直後はとても混乱してしまいましたが、娘は「凄くわかる気がする。うーちゃんが居てくれるならそれはそうでも良いんじゃない?」と言ってくれたけど、私はやっぱりうーちゃんに心配はかけたくないし、安心してほしいと思うようになって、
今、模索中です。