みこころネット

ファチマ・クルセーダー、昔のカトリック書籍などを掲載します。

ファチマの聖母マリア 2-4

2016-09-28 22:17:33 | ファチマの聖母(考察)
われわれは教会における悪魔の徒党に対して抵抗しなければならない

おとめマリアに信頼する者にとって、悪は「堕落のうちにある」、「不道徳と驕りの誤謬の闇の中に沈んでいる」われわれの世界の中だけにあるのではない。悪はまた教会それ自身の中にも存在する。そこでは、悪魔は、常に「大胆な厚かましさで先頭を切っている」彼の「追従者たち」と彼の「徒党」を持っているのである。彼らに直面して、抵抗する勇気を持たない非常に多くの「臆病な人々」が存在する。そして、シスター・ルシアは多くの司教たちが彼らの中に数えられる、と述べることを恐れない。さらに、それは単に生ぬるさあるいは司牧的な怠慢の問題ばかりではなくて、攻撃されているのは信仰それ自身であるということをシスター・ルシアは明らかに理解させようとしている。彼女は「誤った教義」そして「悪魔的な混乱」「盲目」について語っており、そしてこのことは教会においてまさに「大きな責任を持っている」人々の間に見られるのである。彼女は非常に多くの司牧者たちが「世界に吹き荒れている悪魔的な波によって支配されるままにわが身を委せている」という事実を深く悲しんでいるのである。誰が、サタンがその主人公である世界....へと自らを明け渡した教会の危機をこれ以上によく記述することができるであろうか?

しかし、シスター・ルシアは「聖母は悪魔的な方向逸脱のこれらの時代が来なければならなかったことを知っておられた」と強調している。幻視者のこれらすべての言葉は、そしてわれわれが引用することができる非常に多くの他の人々の言葉は、1917年7月13日にその第三の秘密において聖母が、もし聖母の要求が従われないならば、教会を突然襲うであろうこの「悪魔的な方向逸脱」を特別に予言しておられたとすれば、完全に説明されるのであり、そして非常にはっきりと目立つのである。

聖書によって告知されている「時の終わり」の大棄教

第三の秘密の内容に関して彼女に質問したある人に対して、シスター・ルシアはある日次のように答えた。「それは福音書の中に、そして黙示録の中にあります。それらを読みなさい」と。彼女は同様にまたフエンテス神父に、聖母が「私たちが世の最後の時代にいる」ということを明瞭に彼女にお見せになったということを打ち明けた。このことは、世の終わりの時、そして最後の審判の時を意味するのではないということを、われわれは強調しなければならない。というのは、マリアの汚れなき御心の勝利が最初に来なければならないからである。第三の秘密の内容を慎重にほのめかしているラッツィンガー枢機卿自身次の三つの重要な要素に言及した。すなわち、「信仰を脅かす諸々の危険」、「最後の時代の重要性」そして「この第三の秘密に含まれている」預言は「聖書に告知されてきたものと一致している」という事実である。われわれは、ある日ルシアが黙示録の第8章と第13章を指摘したということさえ知っている。

それが、私が今日そのように無視されたわが主の、聖パウロの、そして聖ヨハネの偉大な教えを、私の書物の最後の二つの章で取り上げる理由である! すなわち、諸困難の告知、異端、そして最後に「最後の時代」に教会の中で起こるであろう大棄教である。そして聖書の、−特に黙示録の−諸預言と、二十世紀の初頭のファチマの聖母の偉大な預言との客観的な比較は実際非常に多くのそしてまったく驚くべき平行を示している。

III. 最終的にファチマの聖母に聴き従うことが緊急である

われわれは教会のすべての信徒たちにマリアの秘密の完全なそして全部のテキストを、その明快な真理性、その預言的な豊かさそしてその神的な透明性において、遅滞することなく知らせることよりも重要で必要でそして緊急なことはないということを理解するために十分に述べた。ここで、この公開の緊急性の基礎となっている多くのそして堅固な諸理由を引用することが適切であろう。

第三の秘密はなぜ明らかにされるべきであるか

1. 「聖母がそれを望まれているからである。」実際、われわれは聖母の意志は、聖母がそれを三人の羊飼いたちに明らかにされた1917年7月13日の恩恵の瞬間以来少しも変化していないし、また聖母がトィイの修道院においてシスター・ルシアに御出現になり、彼女にそれのテキストを書き下ろすように求められた1944年1月2日以来変化しなかったということを知っている。聖母はこの預言的な神命が明らかにされること、それが知られることを望んでおられるのである。そして聖母のメッセージを伝える者であるシスター・ルシアはこの公開を望み続けたし、彼女が許された限り、彼女は権威のうちにある人々からそれを緊急に要求した、ということをわれわれは知っている。

2. 諸々の霊魂の善のためである。なぜなら、非常にしばしば繰り返された誤りとは反対に、秘密はもっぱら教皇にだけ向けられたものではないからである。二人の先行者たちと同様に、それはすべての信徒にむけられたものである。教会の子として、われわれはすべてマリアの子どもである。われわれはすべてわれわれの天の御母がこの非常に危険な時期に、われわれ−われわれ自身とわれわれの子どもたち、われわれにとって大切であるすべての人々−を救うために、われわれの祖先から受け取った真のカトリックの信仰をわれわれの心のうちに損なわずに生き生きと保つために、われわれに宛てられた救いの警告を知る権利を持っている。

3. この秘密が明らかにされない限り、世界の平和は悲劇的に脅威にさらされたままであり続けるであろう!私はそのことをこう解釈する。われわれは、神がそうであるようにとそれを要求されたように、ロシアがマリアの汚れなき御心に奉献されない限り、ロシアは回心させられないであろうと固く信じる。そしてロシアが回心させられない限り、その無神論的そして迫害的なボルシェヴィズムからそしてロシアを奴隷化している悪魔的な諸力の支配から解放されない限り、核の黙示録の危険は世界に対する一つの恐るべき脅威として残るであろう。

神は世界の平和がわれわれの世紀においては、ファチマに御出現になった神のいと聖なる御母の命令に対する教皇および司教たちの熱心な子としての従順に依存しているということを望まれた。ところで、無原罪の仲介者に対する信仰の、信頼する従順のこの行為−それを通じてわれわれの司牧者たちはロシアの奉献を遂行するであろう−は同様にまた、−私はとりわけ、とさえ言いたいが−秘密の受容と公開を前提とする。それは一つの歴史の教訓である:1960年以来、聖母の秘密の意図的な、無礼な秘匿は聖母の他の諸要求をまさに正確に遂行することの拒否と手に手を携えてきた。他方において、第三の秘密の公開は教会がファチマ・メッセージの神的な確実性と重要性を公式に承認したという明白なしるしであろう。ロシアの奉献に対する主要な障碍の一つはその場合には取り除かれるであろう!

4. 最後にそして特に、教会の善のためである。疑いもなく、教会がその歴史において最も重大な危機を経つつある間に、あらゆる種類の異端が教えられ、広められ、神の民を至る所で毒しつつある間に、1960年以来、パウロ六世の表現を用いるならば、教会の「自己破壊」が続いている間に、そして「悪魔の煙」(注20)が聖なる場所の中に浸透したときに、われわれが経験しつつあるまさにこの「信仰の危機」に関して−おとめマリアの救いに役立つ言葉を無視し、軽視し、軽蔑し続けることは非常に残念なことであり、そして確かに犯罪的でさえあろう。天の元后が1917年という早い時期にその危険を予言されたのであるから、そして聖母が確かにそれの真の原因を指摘されたのであるから、そしてさらに、聖母が効果的な救済策を提示されたのであるから、1960年に公に知らされるように意図されたこれらの救済策がなおわれわれに明らかにされなければならないということは一つの恐るべき恥ではないだろうか?25年間にわたって数百万の霊魂がこの「悪魔的な方向逸脱」において苦しみ、そして天が彼らに提供している例外的な援助をかたじけなく受けようとする教会の司牧者なしに永遠に失われるという危険に曝されてきたということはけしからぬことではないだろうか?

われわれは繰り返し教皇に願わなければならない

今やファチマの秘密の公開のためにわれわれの繰り返しの嘆願を教皇に提出し続けることをわれわれに義務づける非常に多くの理由が存在する。それは聖母の名誉のためであり、われわれの兄弟たちの救いのためであり、世界の平和のため、教会の刷新のためである。最近の偽りの報告がわれわれに信じさせようとしているように、ファチマの秘密は「それが誤解される恐れがある」から公開されることはできないと告げられることがないようにしよう。1917年に、われわれがそれ以来目撃してきた当時予見できなかった非常に多くの出来事を予見し、告知された預言者たちの元后が、聖母の秘密を教会にとって完全に役立たないものとする点まで、この危険を予見することに失敗されたというようなことが可能であろうか?これは考えられ得ないことである!そうではない。聖母の秘密は解釈において少しも曖昧さや困難を持たない明らかなものである、ということについてわれわれは確信を持つことができる。次のように言うことさえ敢えてしようではないか!すなわち、むしろわれわれの司牧者を不安にさせているのはそのあまりにも大きな明瞭性のゆえではないだろうか?それゆえに、教皇が神からすべての障碍を最終的に克服することを彼に許す光と強さを受けることができるようにたゆまずに祈ろうではないか。すでに遅いのであるが、しかし、イエズスはシスター・ルシアを通して「イエズスとマリアに依り頼むのに決して遅すぎるということはないであろう」と告げておられる。

最後に、そして次のことで私は結論を出そうと思う。もし教皇がまだその個人的な権威を行使することによって聖母の最後の秘密を公開する決断をすることがおできにならないならば、彼は秘密は信徒に知らされるべきであるという聖母のはっきりした命令に従うために、少なくとも教皇庁の長官、あるいはレイリアの司教、あるいは幻視者自身に、完全な自由を許されるべきではないだろうか?

第三の秘密は「禁書目録に載せられている」のか?

なぜなら、25年間以上にわたってファチマの秘密が、そしてそれだけがある仕方で禁書目録に載せられているということは一つの驚くべき事実だからである(注21)。シスター・ルシアが、そして彼女だけが沈黙を強いられている。1966年11月15日に教皇パウロ六世は教会によってまだ承認されていない新しい御出現、啓示、あるいは預言を認可なしに広める書物やパンフレットの公刊を禁じた教会法法典の第1399項と第2318項とを廃止された。そしてこの新しい廃止は今や新しい法典の中にあるのである(注22)。その結果、1966年以来この最もすばらしい啓示を誰でも公刊しキリスト者の間に広めることができる。いかなる欺瞞も、そして悪魔的な行為も、何一つもはや禁じられていない。あらゆる事柄は公刊することを認可されている。そして「虚偽の君」は世界中に偽の御出現といかさまのメッセージを増やすことによって巧みにこの認可を利用している。それらは至る所に自由に広まり、そして無数の信徒を迷わせている。最も確実にそして最も問題なしに神からのものであるファチマのメッセージ、秘密だけが公刊することを破廉恥にも禁じられている唯一のメッセージである。

結論は明らかである。ファチマの幻視者に語らせるべき時もまた到来しているのである。そして彼女を通して無原罪のおとめ、神の母でありわれわれの母、われわれすべての愛すべきそしてすべてのものが愛している仲介者そして共なる救済者も語られる時が来ているのである。聖母に聴くことは緊急のことである。というのは、聖母が1917年7月13日に御自身でわれわれに告げられたように、「聖母だけがわれわれを救うことができる」からである(注23)。

われわれの最後の希望−ファチマの聖母

聖母の三つの秘密は実際、神が聖母にゆだねられたその三重の力と三重の使命をわれわれに明らかにしている。神はわれわれの世紀に聖母のこの使命を最も人目をひく仕方で明らかにすることを望まれた。神が霊魂、すべての霊魂を回心させ、それらを救おうと望まれるのは聖母を通してであり、地獄の幻視と聖母の無原罪の御心の啓示、第一の恐るべきそして驚くべき秘密を通してである。なぜなら、聖母は「憐れみの御母」であり「天の門」だからである。神がキリスト教世界を救い、恐るべき諸戦争と共産主義の奴隷化からわれわれを救い出すために求めておられるのは聖母を通して−聖母の第二の秘密における命令、約束、脅威を通してである!なぜなら、神は聖母を「平和の元后」として立てられたからである。さらに、神が教会の上に押し寄せてきているあの「悪魔的な波」、聖所においてさえ支配権を持っている不信仰そして現代の棄教を広めそして助長しているあらゆる暗黒の諸力を今日克服するために望んでおられるのは聖母を通して、聖母の第三の秘密の預言を通してである。なぜなら、聖母は「真の信仰の擁護者」であり、そして聖母だけがその御子から全世界における諸々の異端のすべてを克服する力を受けられたからである。すなわち、'Cunctas haereses tu sola interemisti in universo mundo!'「あなただけが全世界において全異端を克服された!」

われわれの大きな希望!

そして聖母の偉大な秘密がわれわれに明らかにしている無原罪の仲介者のこの三重の使命は同様にまたわれわれのくじくことのできない希望のための揺るがすことのできない基盤である。確かに、聖母の秘密が最終的に完全に明らかにされ、そして真正のものとして認められるとき、ロシアが最終的に聖母に荘厳に奉献されるとき、そして初土曜日の償いの信心が公式に承認されるとき、忠実で力強いおとめ、「信じる者の童貞」、「力ある童貞」がそのすばらしい約束を果たされるということをわれわれは確信することができるのである。

喜びに満たされてわれわれはそのときイエズスの聖心の普遍的な支配を準備する聖母の汚れなき御心の勝利を目撃するであろう。めざましい回心の奇跡を通じてその悪魔たちから解放されたロシアはローマの統一の羊の群に戻るであろう。カトリック信仰がすべての諸民族に説かれるであろう。そして無数の霊魂は一人の牧者の導きの下にキリストの唯一の聖なるカトリックの使徒的ローマ教会における救いの泉へと喜びのうちに進むであろう!

その通り、この時間は来るであろう。しかし、われわれ自身愛をもってこの瞬間以後聖母のすべての要求を遂行することによってそれを早めなければならない。

なぜなら、聖母はわれわれを必要としておられるからである。聖マキシミリアノ・コルベがいつも言っていたように、「現代は悪魔によって支配されており、そして悪魔は未来にはもっと多くさえなるであろう....無原罪の聖母だけが神からサタンに対する勝利の約束を受けられた。しかし、天の栄光のうちにおられる聖母は聖母と共に働くわれわれを今日必要としておられる。聖母は御自分に完全に奉献され、聖母の手の中でサタンを克服する一つの力となる、そして聖母の導きの下に神の国を確立するための効果的な手段となる霊魂を求めておられる。」

脚注

1. 付録を見よ。
2. フレール・ミッシェルの書物『第三の秘密』、33-56ページおよび467-478ページを見よ。
3. これは少なくともマザー・パスカリーナがジャーナリストのロベール・セルーに1957年5月14日にヴァティカンでの写真報告集会の機会に確証したことである(『第三の秘密』、484-486ページ)。[マザー・パスカリーナは教皇ピオ十二世の世話をした数人のシスターたちの監督をしていた]。
4. 『第三の秘密』、486-502ページ。
5. 巡礼の像の行列の間に、鳩が放された。ときどき鳩たちは飛び去るよりもむしろ像の足下に群をなした。(『第三の秘密』、99-103,251,533,534ページ)。
6. 『第三の秘密』、578-586ページ。
7. このつじつまの合わない主題は『科学と諸事実』、381-434および482-528ページにある。[ダニス神父は彼が最初に1944年にこの主題を公刊したとき、ルーヴァン大学の神学教授であった。基本的に、彼はシスター・ルチアの覚え書き(1935-1941年に書かれた)は信頼できないものであると主張した。]これは上に注記したように、フレール・ミッシェルによってその第1巻において完全に反駁されている。
8. 『第三の秘密』、721-734ページ。
9. 枢機卿の「ヴァリエーション」からわれわれが引き出すことができる結論については『第三の秘密』、818-840ページ。
10. この日に教皇ヨハネ・パウロ二世は世界をマリアの無原罪の御心に奉献したが、世界のすべての司教たちに彼らの関係する教区からこの行為に参加するように求めた後に、ロシアについては(名を挙げずに)間接的に言及した。
11. 『第三の秘密』、英語版642-663ページ。
12. 『チヴィルタ・カットリカ』の1960年6月の版。
13. フエンテス神父へのこの宣言は、アロンゾ神父と私もまた示しているように、確実に真正なものである。私はこのことを私の書物『第三の秘密』、503-510、549-554ページにおいて論証した。それについて私が、アロンゾ神父に従って、その議論の余地のない真正性を示している、1957年12月のフエンテス神父へのシスター・ルチアの宣言(『第三の秘密』、503-510、549-554ページ)はファティマのメッセージの一つの際だった綜合である。私の友人たちへの書簡において1962年に公刊され、そして再び1974年に『二十世紀におけるカトリック反宗教改革』(No.87,p.12,フランス語版)においても公刊された、このテキストは常に非常に時宜にかなっていたが、広まり続けるに値するものである(テキストについては『第三の秘密』、504-508ページを見よ)。
14. それによって世界平和がもたらされるであろう主たる超自然的な手段は、1925年12月10日と1929年6月13日に聖母によって要求された、教皇と世界の全司教とによるマリアの無原罪の御心へのロシアの奉献と初土曜日の償いの聖体拝領(付録を見よ)である。
15. 地獄の永遠の火から救われるためには各々のカトリック者はその信仰を失ってはならないということはカトリック教会の教義であるから、司教はそのように強い声明を出すことができた。明らかに身体的な絶滅は永遠にわたっての地獄への霊魂の喪失ほどには悪いものではない。それが第三の秘密において宣言されたこの懲罰が戦争や死よりも悪い理由である。
16. 『第三の秘密』、683-693ページ。
17. われわれの知識によれば、ただアントニオ・マリア・マルティンス神父とゲラルデス・フレイレ神父だけが他の仮説を主張し続けている。それによれば第三の秘密はポルトガル、その海外植民地そして全世界への共産主義の拡大に関わっているとされる(『第三の秘密』、735-744ページ)。
18. 『第三の秘密』、694-720ページ。
19. 『第三の秘密』、745-762ページ。
20. 教皇パウロ六世は1968年12月7日に行った教会の「自己破壊」を嘆いた。1972年6月29日のある説教において教会に入り込んだ「サタンの煙」に言及した。『第三の秘密』、849ページ、注1および2を見よ。
22. 新教会法法典は1983年1月25日に公布された。
23. 一つのファティマの秘密の三つの部分はこの日付で与えられた。われわれはそれらを(一つの話し方において)三つの秘密と呼ぶことができるであろう。

終わり
96/11/27 三上 茂 試訳

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