若林顕 ピアノ ~ベートーヴェン第九交響曲(全曲) Akira Wakabayashi plays Beethoven/Liszt Sym. No. 9
一昨年コロナでコンサートが中止となり、せっかく練習を積んできたベートーヴェンの第九交響曲が幻となってしまいました。
ベートーヴェンの交響曲の中では最高傑作と思っているこの曲をいつか演奏したいと憧れているのですが未だにその機会は巡って来ません。
金管楽器奏者としてはこの曲を最後まで演奏するにはかなりの体力が必要なので加齢とともに完奏に対しての焦りは募るばかりです。
そんな中で偶然YouTubeでピアノ独奏で第九を演奏している動画を見つけました。
この曲はフルオーケストラにコーラス、声楽ソリストと大規模な曲なのにたった一人で演奏するなんてとても考えられませんでした。
演奏者の技術は相当なものでとても素晴らしい演奏でした。
また、フルオーケストラ曲をピアノ演奏に変換してみると今までに気が付かなかったベートーヴェンらしさが随所に感じられ、この大曲がまるで
ピアノソナタ楽曲の延長として聴いているような気がします。
小説「Obralmの風」
中島の店に到着したのは十時前になっていた。
既に美華は居ないだろうと岳は諦め気分でドアーを開けた。
店内には数組のサラリーマン客が上機嫌で話し込んでいた。
「おーい、久保」
中島の声が余りに大きかったので客達は一斉に岳を見た。
その中に美華の顔もあった。
彼女はカウンター席から岳を見て微笑んだ。
岳は何故かその光景に安心感を覚え、ためらいもなく彼女の横に座った。
「やあ、久し振り。この店にはよく来るの」
岳は以前とは比べものにならないほどの彼女に親しみを感じた。
「お前も隅に置けへんなあ、こんな若い美人と知り合いやなんて」
中島はジョッキーを差し出しながら言った。
「知り合いなんて、ついこの前出会ったばかりやで」
「美華さんこいつはね、皆で身を固めるよう話したんやけど誰が何を言うても乗って来なかったんですわ。でも今その理由が判りましたわ、ハハハ」
「まあどうしてですか?」
美華はアルコールのせいなのか以前に比べると遥かに明るい表情で、視線には妖艶さが少し漂っているように思えた。
「まさか美華さんのような美人の知り合いが居はるなんて知らんかったもんですから」
「おいおい、彼女とは最近出会ったばっかりや言うてるやろ」
岳は飲みかけのジョッキーを置いて彼の意見を否定した。
「彼女にはちゃんとした彼氏が居るんやから失礼やで」
「ええ?そうなんや。美華さんホンマ?」
中島は目を丸くして問いかけた。
「いえ、この前にフラれちゃったの」
「じゃあええやないですか、久保はこう見えても硬くて真面目なんですよ」
「中島、冗談言うなよ。彼女の心はまだ傷ついているかも知れんのやで」
そう言いながら岳は心の内で暴力をふるうような彼氏と別れて正解だと思った。
中島はカウンター越しに料理を置くと気を利かせたのか他の客と話し出した。
「そうか別れたんか・・・、でも何故かホッとしたわ」
「ええ?どうしてですか?」
「だって彼は君に暴力を振るっていたんやろう?僕は前に君からそのことを聞いて怒り狂っていたんや」
「まあそんな・・・、余計なことを言ってしまって・・・」
「僕はどんな事情があっても女性に暴力を振るうことは許されへん。そんな奴らの心境が全く理解出来んわ」
「まあ、久保さん・・・」
美華は少し呆れたような笑みで宙を見上げた。
「ちょっと偏屈なんや。それより例の女性の鳴き声はまだ聞こえる?」
岳は声を落として質問した。
「いえ、ここしばらくは聞こえない」
「そうか・・・僕この前サイパンでまたまた同じ系統の体験したわ」
「サイパンのホテルでまた女性の声ですか?」
彼女は笑いながら岳の顔を見た。
「仲間には一切言ってへんけど、ゴルフの最中に日本兵の英霊に出くわしたんや」
「本当ですか?はっきり見たんですか?」
岳はその時の一部始終を小声で語った。
「その伊藤さんていう兵隊さんの名前をはっきり聞いたのなら、サイパンの戦没者名簿でも調べたら出会いの意味が判るのかも知れませんよ」
(なるほど!)
岳が今まで思いもしなかったことを彼女は言った。
だけど岳に残されている時間はどれだけか判らない。
たとえ時間を費やしてその兵士の存在が知れたところで何を展開させて行くべきなのかと考えると先が見えなかった。
「久保さんどうかしました?顔色が悪いですよ」
「いやどうもしないよ、少し考え事があって・・・」
時計の針は十一時を廻っているのに彼女は腰を上げようとはしないのが不思議に思えた。
「美華さんは今ご家族と一緒に住んで居るんですか?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「そやかてこんな時間まで飲んでいるのは、けっこう自由が利くんやなあと思ったから」
親しそうに話しているが彼女とはこの前一度お茶を飲んだだけで、しかも彼氏からの電話で話もろくに出来なかったのだから、互いの視覚以外の情報は知らない。
「一人住まいです」
「そうか・・・」
「どうしたんですか?」
「いや、どうもしないよ、ただ頑張っているんあyなあと関心したんや」
彼女は黙って首を横に振った。
「久保さんはどうして結婚しないのですか?」
「どうしてって、何か邪魔くさくって。でも誤解せんといてな、俺変な趣味はないから」
美華は手を叩いて笑った。
「いやだ、久保さんの変な趣味想像しただけで笑っちゃうわ」
賑やかだった店内はいつの間にか客が居なくなり、岳と美華だけになっていた。
「おお、もうこんな時間か。俺は勤め人やないから時間は無制限やけどレディの時間はとっくに廻っているわ」
「明日は店の定休日やし、ゆっくりしてええよ。お互いにええ雰囲気になっているし」
中島はあと片付けをしながら言った。
「ありがとう、でももう帰るわ」
岳は美華を促して店を出た。
一昨年コロナでコンサートが中止となり、せっかく練習を積んできたベートーヴェンの第九交響曲が幻となってしまいました。
ベートーヴェンの交響曲の中では最高傑作と思っているこの曲をいつか演奏したいと憧れているのですが未だにその機会は巡って来ません。
金管楽器奏者としてはこの曲を最後まで演奏するにはかなりの体力が必要なので加齢とともに完奏に対しての焦りは募るばかりです。
そんな中で偶然YouTubeでピアノ独奏で第九を演奏している動画を見つけました。
この曲はフルオーケストラにコーラス、声楽ソリストと大規模な曲なのにたった一人で演奏するなんてとても考えられませんでした。
演奏者の技術は相当なものでとても素晴らしい演奏でした。
また、フルオーケストラ曲をピアノ演奏に変換してみると今までに気が付かなかったベートーヴェンらしさが随所に感じられ、この大曲がまるで
ピアノソナタ楽曲の延長として聴いているような気がします。
小説「Obralmの風」
中島の店に到着したのは十時前になっていた。
既に美華は居ないだろうと岳は諦め気分でドアーを開けた。
店内には数組のサラリーマン客が上機嫌で話し込んでいた。
「おーい、久保」
中島の声が余りに大きかったので客達は一斉に岳を見た。
その中に美華の顔もあった。
彼女はカウンター席から岳を見て微笑んだ。
岳は何故かその光景に安心感を覚え、ためらいもなく彼女の横に座った。
「やあ、久し振り。この店にはよく来るの」
岳は以前とは比べものにならないほどの彼女に親しみを感じた。
「お前も隅に置けへんなあ、こんな若い美人と知り合いやなんて」
中島はジョッキーを差し出しながら言った。
「知り合いなんて、ついこの前出会ったばかりやで」
「美華さんこいつはね、皆で身を固めるよう話したんやけど誰が何を言うても乗って来なかったんですわ。でも今その理由が判りましたわ、ハハハ」
「まあどうしてですか?」
美華はアルコールのせいなのか以前に比べると遥かに明るい表情で、視線には妖艶さが少し漂っているように思えた。
「まさか美華さんのような美人の知り合いが居はるなんて知らんかったもんですから」
「おいおい、彼女とは最近出会ったばっかりや言うてるやろ」
岳は飲みかけのジョッキーを置いて彼の意見を否定した。
「彼女にはちゃんとした彼氏が居るんやから失礼やで」
「ええ?そうなんや。美華さんホンマ?」
中島は目を丸くして問いかけた。
「いえ、この前にフラれちゃったの」
「じゃあええやないですか、久保はこう見えても硬くて真面目なんですよ」
「中島、冗談言うなよ。彼女の心はまだ傷ついているかも知れんのやで」
そう言いながら岳は心の内で暴力をふるうような彼氏と別れて正解だと思った。
中島はカウンター越しに料理を置くと気を利かせたのか他の客と話し出した。
「そうか別れたんか・・・、でも何故かホッとしたわ」
「ええ?どうしてですか?」
「だって彼は君に暴力を振るっていたんやろう?僕は前に君からそのことを聞いて怒り狂っていたんや」
「まあそんな・・・、余計なことを言ってしまって・・・」
「僕はどんな事情があっても女性に暴力を振るうことは許されへん。そんな奴らの心境が全く理解出来んわ」
「まあ、久保さん・・・」
美華は少し呆れたような笑みで宙を見上げた。
「ちょっと偏屈なんや。それより例の女性の鳴き声はまだ聞こえる?」
岳は声を落として質問した。
「いえ、ここしばらくは聞こえない」
「そうか・・・僕この前サイパンでまたまた同じ系統の体験したわ」
「サイパンのホテルでまた女性の声ですか?」
彼女は笑いながら岳の顔を見た。
「仲間には一切言ってへんけど、ゴルフの最中に日本兵の英霊に出くわしたんや」
「本当ですか?はっきり見たんですか?」
岳はその時の一部始終を小声で語った。
「その伊藤さんていう兵隊さんの名前をはっきり聞いたのなら、サイパンの戦没者名簿でも調べたら出会いの意味が判るのかも知れませんよ」
(なるほど!)
岳が今まで思いもしなかったことを彼女は言った。
だけど岳に残されている時間はどれだけか判らない。
たとえ時間を費やしてその兵士の存在が知れたところで何を展開させて行くべきなのかと考えると先が見えなかった。
「久保さんどうかしました?顔色が悪いですよ」
「いやどうもしないよ、少し考え事があって・・・」
時計の針は十一時を廻っているのに彼女は腰を上げようとはしないのが不思議に思えた。
「美華さんは今ご家族と一緒に住んで居るんですか?」
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「そやかてこんな時間まで飲んでいるのは、けっこう自由が利くんやなあと思ったから」
親しそうに話しているが彼女とはこの前一度お茶を飲んだだけで、しかも彼氏からの電話で話もろくに出来なかったのだから、互いの視覚以外の情報は知らない。
「一人住まいです」
「そうか・・・」
「どうしたんですか?」
「いや、どうもしないよ、ただ頑張っているんあyなあと関心したんや」
彼女は黙って首を横に振った。
「久保さんはどうして結婚しないのですか?」
「どうしてって、何か邪魔くさくって。でも誤解せんといてな、俺変な趣味はないから」
美華は手を叩いて笑った。
「いやだ、久保さんの変な趣味想像しただけで笑っちゃうわ」
賑やかだった店内はいつの間にか客が居なくなり、岳と美華だけになっていた。
「おお、もうこんな時間か。俺は勤め人やないから時間は無制限やけどレディの時間はとっくに廻っているわ」
「明日は店の定休日やし、ゆっくりしてええよ。お互いにええ雰囲気になっているし」
中島はあと片付けをしながら言った。
「ありがとう、でももう帰るわ」
岳は美華を促して店を出た。