月の都 太陽の檻

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『月の都 太陽の檻』
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『ミモザとアップルティー』・弐・

2022-03-08 12:16:15 | ss:novelー継国巌勝―

こんにちは。今日も宜しくお願いします~♪

直接連載中です。サイトには13日からUPします(後日schedule調整&報告します)。

暇つぶし・息抜きにどうぞ♪

 

***

 

『継国さん。』番外編

ミモザとアップルティー

・弐・

 

 

 縁壱は柔らかな眼差しを向けてくると、

「兄上」

 囁いた。吸い込まれるようにその場に寄って、

「どうしてここに」

 放った声が裏返った。

 咳き込む。気を鎮めて自身を宥めた。弟が座っている席は、いつも自分が座る席の正面だった。

 仕方なく、向かい合わせになる。

 カウンターから豆を挽く音が聞こえて、恐らく、自分のために淹れてくれているのだろうと察した。オーナーがこちらの言動を遮ることがないのも、通った年月があればこそだ。

「…なんで」

 長い息を吐きながら、二度目の問いを投げた。

 縁壱は巾着袋から冊子を取り出すと、テーブルに置く。

 それは、菫色のベルベット生地のカバー、鍵のかかった分厚いノートだった。

『diary』

 文字の下、ノートカバーの中央には、手作りだろうか。色鮮やかなミモザの押し花を詰めた、ブローチが填められている。

 見覚えはない。

 疑問はそのまま面に出ていたようで、縁壱が言った。

「母上のです」

「!」

「不思議に思っていたのですよ」

 縁壱が微かに首を傾けて、淋しそうな笑みを浮かべた。

「兄上のことです。母上の命日を忘れることなど決してないはずなのに、毎年…墓参りにはいらっしゃらないので」

「……」

「でも、月命日には来てますよね?」

「…よく見てるな」

「ふふ。それで思い立って、蔵に仕舞ってある母上の荷物を整理してみたんです」

『その結果が、それか』

 巌勝は、視線をまた日記にやった。

 手に取ってみる。ずしりと重い。角を使えば鈍器になり得そうなそれに、

「読んだのか」

「いえ。鍵がなかったので」

「あ。なるほど」

 手首をひっくり返して裏を見、

『継国朱乃』

 母の文字を見た。

 やがて、燻る珈琲の香りに、日記を置いてそちらを見た。

「運んでも?」と物語るオーナーの目配せに有難く頷き、しばし間を置く。

 そっと置かれたカップに手をやって、口元に運んだ。

 挽き立ての濃い薫りが、既に美味しい。自然と笑みが零れて、一口含んだ。雨音が耳に届き、静かな午後の外を見る。

 縁壱が続けた。

「もう、遠い昔ですけれど。母上が、ミモザの花が好きだったことを思い出したんです。その表紙を見た時」

 カップをソーサーに戻した。

「この時期になると、墓前にはミモザが飾られていますし。いつだったか、鉢ごと花を供えたこともあったでしょう、兄上」

 巌勝は苦笑した。

「ストーカーか」

「失礼な」

 縁壱は真顔だった。

「お社の霊園の管理者から、連絡頂いたんですよ。『鉢、どうしましょう? お社で植え替えますか?』って」

「…あ」

「ふふ」

「その鉢から分かったのか、店が」

「ええ。あのミモザは迷った挙句霊園の一角に植え替えたんですが、その時花屋さんの住所と店名はメモで残して置いたんですよ。で、先日、そこでここのことを聞いたんです」

 縁壱はふ…と、オーナーを呼んだ。

「アップルティーを。お願いできますか」

「!」

 まさかの名前が出てきて、巌勝は慌てて言った。

「同じものを。俺にも」

「はい」

「兄上…」

 縁壱の瞳が嬉しそうに、一層優しさを帯びた。見つめてくる眼差しに己のそれを重ねて、同時に遠く窓の外を見る。

「こんな雨の日だったんですかね。母上。父上と想いを交わしたの…」

「らしいな。まさか母上の命日に、お前とその日を再現する羽目になるとは思ってもみなかったが」

 縁壱の笑声が漏れた。

 明るいそれに、母の姿が重なる。

『お前の優しさは、母親譲りだな…』

「アップルティーをここで二人で飲んだって、話してましたものね」

「ああ…」

 巌勝は伏せ目がちに笑みを一つ零すと、

「そういや心底驚いたって、父上が仰ってたよ。フラれた後だったから、勇気が要ったって」

「え?」

「え?」

 縁壱の声色に、自身も驚いて彼を見た。

「いやほら。数年越しだろ? 想いが叶ったのって」

「あ。ええ」

「二度も三度もフラれたって話してたぞ? 父上。一度目はバレンタインの翌日、二度目は夏の終わりの継国神社(うち)の境内、三度目は次の年のホワイトデー。母上はもう社にも来なくなって、更に数年後。大学の時、ここで偶然会ったって」

「…はい?」

 縁壱の面が微かに怪訝そうになって、考え込むように俯いた。

 空いた間がなんだか胸奥をたわしで擦られるようで居たたまれず、

「父上から」

「母上から」

「話を聞いたんだよな?」

「話を聞かなかったのですか?」

 同時に言っては、きょとんと顔を見合わせた。

 刹那、笑声が重なる。

「ちょっと待てよ…?」

 巌勝が無理矢理笑い収めながら言うと、縁壱が、

「母上は、その、バレンタインのずっと前から父上に片思いだったそうですよ?」

「なんだって?」

「住む世界が違うし、遠目に見ていられればそれだけで幸せだったんだけどって」

「嘘だろ…三度もフラれたって話は? じゃあ…」

「バレンタインの時の話は、母上、よく話してくれました。バレンタインの日に、飼ってた猫が死んでしまったそうです。それを、いつも傍にいられていつでも会いに来られる、大好きなミモザの木の根元に、翌日、埋葬したって」

「な…」

 巌勝は、これでもかと言うほどに目を丸くした。

「それを、見られたんだそうです。どこから見られていたかは分からなかったらしいですけど、学校に埋めたって言う罪悪感と、泣き顔と、それも好きな相手に見られたって三重苦で、逃げ出したそうですよ」

「そうだったのか……!」

 しばし、顔を見合わせたまま双子は固まった。

 互いに口を開きかけた時、巌勝が笑って「どうぞ」と言わんばかりに手を差し出す。

 縁壱は微笑んで、

「二度目の、その…夏の終わりの社の境内のことは私は知りませんが、三度目の、ホワイトデー。それ、兄君の結婚式だったんじゃないですかね?」

「…は?」

「ホワイトデーに結婚式を挙げたんですよ。伯父さん」

 巌勝は、片肘を突いて頭を抱えた。短髪をぐしゃっと握りしめては乱雑に掻いて、

「じゃ、なんだ。姿を現さなかったのは、単に式に出席していたからで、その後、社に来られなかったのは…」

「それも単に、忙しかっただけでは? だって大学進学前の春休みでしょう。母上、県外に進学したんですよ」

 二人はまた、見つめ合ったまま固まった。

 不意に、

「どうぞ」

 と、いつになく満面の笑みを浮かべて、オーナーがアップルティーを運んで来てくれる。その表情は、諸々知っていそうなそれだった。

 縁壱と一緒に彼を見上げたまま、卓に並ぶアップルティーが優雅な香りを運んで来た。

 ついと手元を見た隙に、オーナーはくすくすと笑いながらカウンターへ戻ってしまう。呼び戻すにも別の客に呼ばれて、彼は、忙しなくし始めてしまった。

 巌勝は縁壱を見て、

「そんなこんなで、よく俺たちが産まれたな…」

「確かに。母上も、本が好きな物静かな方でしたし。見ているだけで幸せって、話してましたしね」

「剣道バカで無口な父上だったんだぞ? その上フラれたって勘違いしてて、よく口説けたな? なんて言ったのか想像すらできん」

「兄上の話からすると、あまりにも接点がなさ過ぎますよね? だって父上が、母上が『社に来ている』って気付いたの、バレンタインの後なんでしょう?」

「ああ。俺はそう聞いた」

「でも、母上は小学生の時に、既に一目惚れだったそうですよ? 学年が二つも上だから、父上はすぐ卒業。って事だったらしいですけど。それからは社に、ほぼ毎週、通い詰めだったそうで」

「ええっ!?」

「だから、見ているだけで幸せって。小さく小さく胸に点った、本当に微かな光を、両手で優しく包んでいたんです」

「気付かれないように…」

「ええ。恐らくは」

 二人見つめ合ったまま同じ方向に首を傾げて、まるで鏡を見る様に肩を揺らした。

「ますます謎だ…」

「ですねえ…」

 よもや、何か知っていそうなここのオーナーが一役買ったか? と、二人は同時にそちらを向いた。

 カウンターに戻ったオーナーは一段落着いたようで、巌勝が渡したミモザのブーケを、ドライフラワーとなってしまった一年前のそれと、交換しようとしている。

 思い出したように、縁壱が言った。

「兄上。この後、一緒に墓参りに行きませんか」

 巌勝はアップルティーを一口含んで、

「そうだな…」

 カウンターに掛けた、白いパラソルを見た。

 その傍には、やはり、アップルティーが置かれている。二脚だ。互いに互いを引き寄せ合うように、湯気が螺旋を描いて昇っていた。

 じんわりと熱いものが込み上げてきて、

「行くか。父上にもちょっと、言いたいことできたし」

「ふふ!」

 それからは、しばらく無言で紅茶を楽しんだ。オーナーには礼を言って、縁壱と店を出る。

 手にはまた、白いパラソルが握られていたが、開く必要はなかった。

 二人一緒に空を見上げて、笑顔になった。

 石畳へと軽快に、一歩を踏み出した。

 

続く。

 



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