
山奥の一軒宿。
煙草を吸いに外に出る。
冷たい空気。
月明かりに照らされる山の稜線。
真っ暗な世界にひとつ。
宿の明かりは生きる灯火。
どこへも行けない。
何もできない。
ひとり。
暖かさも明るさもありがたくいただく。
集まってたかる夜の虫たち。
自分もそのひとつ。
今夜ここから足を踏み出し、
足下すら覚束ない真っ暗な世界に足を踏み出したら
自分は一晩中畏れに苛まれるだろう。
生きたいという欲求に。
月を見上げて
幾星霜の先人を想う。
静かだ。
穏やかだ。
ありがたい。
生きるのに不自由のない場所がある。
すこし躰が冷えて
すこし震える。
心。
温かい布団に帰ろうと思った。
火を消す。
部屋に帰る。
今日の寝床に。
朝が来るまで。
眠る。
朝とは何か改めて気付いた。
朝とは
陽が昇ること。
そこで目を覚ますこと。
静かで
穏やかで
ありがたい。
朝。
やがて光は
例えようもなく美しい
金色と朱の秋を照らし讃えていた。
あたたかい朝。