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Tosh's 生活Show百科

1950年生れのToshが、慣れない料理をはじめ家事全般についてチャレンジする様子を気ままに綴る体験記

64歳の朝を迎えて

2014-07-18 | Weblog
 まずは、この年になるまで、私を産み育ててくれた両親に感謝いたします。
そして、家族、特に妻には、かけがえのない夫婦としての絆を感じつつ、それを素直に言い表せないことに、いささか申し訳なく思いつつ感謝の念でいっぱいです。
 そして、会社にあっては社員の皆さんに、そしてこのFBを通じて誕生日メッセージを送って下さっている友人、知人の皆さんを始め、日ごろから公私にわたってお付き合いいただいている数えきれないほどの方々の支えがあって今日がある、という思いをもって感謝の気持ちを伝えたいと思います。
 以前、FBにも掲載した、サイモン・シネック(Simon Sinek)の提唱する「ゴールデン・サークル(Golden Circle)」のことを書きましたが、そのときの拙文を再掲し、今の気持ちに代えさせて頂きたいと思います。
 「何のために生まれて、何をして生きるのか 答えられないなんて そんなの嫌だ!(詞:やなせ たかし)

お隣は?

2013-05-01 | Weblog
 フェイスブックの私のカバー写真の「湯ノ島」の写真を見て、「ここも葵区ですか?」という質問からなんとなく行政区別に塗り分けられた地図を見て、改めて気づいたことです。
 意外な「接点」があるんですね!例えば御殿場市は、神奈川県と山梨県(ピンポイントで)接していて、しかも富士宮市とも接しています。
 その富士宮市は、静岡市清水区と隣接しており、新東名高速道路を東進すると、今までの常識では、富士市に入ると思っていると、その前に富士宮市の標識が表れ、開通当初にそのことで大変驚いたことがあります。
 我が静岡市葵区北端部は、東半分は山梨県、西半分は長野県と接し、川根本町と離接していますが、そのちょっと先は浜松市です。
 また、静岡市葵区は、藤枝市と接しつつ、島田市とも隣接しているので、我々が時々自転車で越える「清笹峠」は、その名の通り、静岡の清沢と川根の笹間を結ぶ峠道ですが、ここを使うといきなり島田市に“ワープ”できます!
 近年の市町村合併で、中山間地の地勢図がこのように変わっているに、普段あまり気づかずに過ごしていました。連休中、山に入ったら、こんなところにも注意してみると、思わぬ発見があるかも!? 【出典地図:Google map】
≪注≫この地図ですと、まだ芝川町になっていますが、今は富士宮市です。

I live in SUMPU

2013-04-25 | Weblog
 先日、13:30から静岡市葵区の静岡市民文化会館で開催された、「徳川みらい学会」の設立総会ならびに第1回講演会に出席した。
 設立趣旨などについては、ウェブサイトを参照いただきたいが、司会者曰く「歌舞伎の顔見世」のような、第1回講演会はシンポジウム形式で行われ、今後5回にわたって開講される講義の講師陣がパネラーとコーディネータとなり、それぞれの持論を展開された。
 普段なら、午後2時と言えば、睡魔が襲う魔の時間帯だが、それぞれの講師が限られた時間で、個々の「守備範囲」からの家康あるいは駿河を舞台に、当時のヨーロッパやアジアにも外交の門戸を開いた、世界観をもった「大御所政治」について熱く語られ、大変刺激的だった。
 平成27年が、家康没後400年を期して、このプロジェクトが始動したようだが、単なる「ノスタルージー」としての家康あるいは徳川時代を学ぶのではなく、その優れた「低成長経済のもとで大きく発展を可能にした時代を学び、『未来に活かす』ことをコンセプトにしていることに、大きな期待を持つものであり、だからこそ共に学ばせて頂きたいと思う次第。
 初代の講師陣は、わが国でもそれぞれの分野ではトップを走る方々ではあるが、失礼ながら残された時間はさほど多くはない。今回も、アドバイザー(講師でもある)の静岡文化芸術大学准教授の磯田道史氏などは、新進気鋭の次代をになうべき学者と見受けるが、このような若い世代を数多く輩出し、我が静岡から新しい国の在り方を提唱できるような学会になれば素晴らしいと思う。
 ひとつのジョークだが、何かにつけて話題に上る、このほど国民栄誉賞受賞が決まった長嶋茂雄に、「I live in Tokyoの『過去形』は?」と尋ねたら、「I live in Edo」という答えが返ってきた、という、真偽のほどはわからないが、私が言いたいのは、我が静岡が、なぜか「駿河の府中」である「駿府」の名前を返上し、静岡に「改名」させられたのか、たとえば甲州の府中、甲府は残されたのに、である。
 本来、我々は「I live in Sumpu」と、過去形ではなく、今の私たちを語らなければならないと思う。それが、次世代に誇りをもってわがまちを語ることのできる市民を生み出すことになると思う。
【徳川未来学会ウェブサイト】
http://www.tokugawa-mirai.com/

母の入院

2013-02-28 | Weblog
長年患っていた母の「外反母趾」。
周囲の反対をものともせず、自分で市立病院に行って勝手に申し込み、今日が手術の日!
順調な回復を祈るのみ。

そこで、ちょっと情緒的に読める…

 八十路踏み 外反母趾の痛みにも 耐えにし母が 手術受くる日(俊)

我が“ミニ”脱出劇

2013-02-26 | Weblog
 昨日第85回アカデミー賞受賞で三冠に輝いた「アルゴ(Argo)」を先日映画館で観終わって、もう30年以上も昔の話だが、仕事でミュヘンの国際見本市からの帰途に我が身に起きた“ミニ”脱出劇を思い出した。
 アルゴのあらすじは、イラン革命真っ最中の1979年、イスラム過激派グループがテヘランのアメリカ大使館を占拠し、52人のアメリカ人外交官が人質に取られた。だが占拠される直前、6人のアメリカ人外交官は大使館から脱出し、カナダ大使公邸に匿われる。CIA工作本部技術部のトニー・メンデスは6人をイランから救出するため、『アルゴ』という架空のSF映画をでっち上げて6人をそのロケハンのスタッフに身分偽変させるという作戦をたてる(by Wikipedia)というものだが、私の場合、見本市が終わり、ミュンヘンの空港に向かったところ、見本市が終了した直後ということもあってか、ロビーは人で溢れかえって、チケットカウンター前には長蛇の列ができていた。
 私は、そのあとフランクフルトまで国内線で移動したのちに、成田行きに乗り換える手はずになっており、国内線に乗れなければ、成田行きに間に合わないという切羽詰まった状況だった。
 当時は、インターネット、携帯電話、クレジットカード(これは自分だけの問題)などがない時代で、途方に暮れながら列についていると、どこにでも「お節介」な人はいるもので、この場合そのお節介に助けられるのだが、一人の中年のドイツ人の女性が、カウンターの担当者に向かって、ドイツ語なのでよく理解できないものの、「この日本人が困っている様子だから、順番を早くしてやったらどうだ!?」みたいなことをまくし立ててくれ、即座に私は最前列に招じ入れられ、列に立った大勢の人からも一切のブーイングもなしに無事チケットを入手することができた。
 しかし、告げられたターミナルにたどり着くと、そこは難民船の船底のような状態で、やはり国内線を待つ人でごった返し、座る場所もないほどだった。そこで驚いたことは、どうやらオーバーブッキングがあるようで、このままでは飛行機に乗れないかもしれないということが分かって、またまた途方に暮れてしまった。
 そうこうするうちに、航空会社のスタッフが、「ファーストクラスの席があと数席あるので、100マルク払えば今すぐ手続きする」という内容を大声で告げた。迷うことなく手を挙げた私だったが、なんとラッキーなことに、出国前なので本来ならマルクは換金しているはずが、ちょうど100マルクほどが財布に残っていたのだった!
 この難民船のような部屋から、一人だけ抜け出すのは、なんだか芥川龍之介の「蜘蛛の糸」の主人公、カンダタのような気分で、嬉しさ半分、申し訳なさ半分の思いはあったが、ファーストクラス最前列の席に着いた直後に機体が動き出したときには、本当に体から力が抜け落ちた気分だった。
 

自分で決める、ということ

2009-03-04 | Weblog
このところ天気の冴えない日が続いているが、ある気象予報士の話によると、これはいわゆる「菜種梅雨」で、いつもより2~3週間前倒しになっているとのこと。

 菜種梅雨とは、菜の花の咲く頃の長雨で、春霖(しゅんりん)ともいうそうで、3月中旬から4月にかけて、本州南岸に停滞する前線によってもたらされる雨のことだそうだ。

 菜の花も例年に較べて早く咲いているのか定かではないが、今年の桜の開花については、一時期今年は早まるような予報(予想)が出たそうだが、このところの寒の戻りで、開花予想も修正されたと聞く。

 桜は、まるで意思を持っているかのように、少々の天候の変動には気を懸けずに自ら定めた時に咲くと言っているようだ。

・・・と書きながら、いつも気持ちが大きく揺れることへの戒めにしようとしているのであります。

「考える」について

2009-02-15 | Weblog
 最近、物事をあまり深く考えない癖がついてしまったように思う。
自分が考えていることって、他人には見えないので、「考えている振り」をしていれば何となくそう見えるので、それに慢心してしまうとともに、自分自身でも考えている積りでいても、実は大して深く考えていないことが多いのではないか。
 長い間生きていると、経験してきた積み重ねにより、考えなくても判断に困らなかったり、先が見えると思ってしまうことが多いように思う。
 しかし、よくよくわが身を振り返って見ると、思慮の足りなさに気付くのだ。というか、何を考えて良いのかわからない、といったケースもある。
 哲学とは言わないが、思索に耽る時間というのも必要だと思う。自分で自分に課題(テーマ)を与え、それについてあれこれ「考え倒す」、思考のバトルが時として大切になる。
 頭脳を使うと大変なエネルギーを消費するというが、痩せるほど考えることをしないと真理の探究はできないだろう。
 そんなこと書いていながら、何やら考えているうちに居眠りするようじゃ、こりゃダメだね!

駿河竹千筋細工の灯篭

2009-02-15 | Weblog
最近、呉服町の「ちぐさ」店主のY本さんに伺ったお話しから・・・
 毎年3月後半に、京都の青蓮院から清水寺までの散策路に灯篭などでライトアップする「東山花灯路」というイベントがあります。
そこで使われているのがこの灯篭ですが、枠の部分は、静岡市の伝統工芸の「駿河竹千筋細工(するがたけせんすじざいく)でできているということで、随分たくさんの数の灯篭が、早春の京都の夜が華やぐ演出に一役買っているということです。
地元のわが静岡でも、このようなイベントを行ったら楽しいでしょうね!

 この写真は、その時にお店に置いてあった灯篭です。

近況 (その後)

2009-02-15 | Weblog
最近は、料理らしい料理からは遠ざかってしまいました(テヘヘヘ)

別に嫌になったわけでもないのですが、取りあえず苦手意識は解消でき、妻のアシスタントとして、米を研いだり、肉や野菜を切ったり、いろいろできるようにはなりました。
でも、自発的に動けるのは、米を研ぐことくらいかな?

ブログも、気がつけば、趣味の自転車、会社のトップページには、ウィークデイには毎日欠かさず書いている「カフェ・タイム」、藁科コミュニティサイト「HatoriWorld」、葵区コミュニティサイト、とちょっと収集がつかない数です。

これが、ここの更新頻度が落ちている言い訳ではないのですが・・・

このBlogを始める理由(わけ)

2008-05-19 | Weblog
 この歳になるまでに料理らしいことと問われれば、小学校の家庭科で習った「ほうれん草のバターいため」や、今でも時々途中から参加する牡蠣フライやビーフシチュー、それにビーフステーキ(料理か?)やカレー(これも下ごしらえしてある)程度で、洗濯や家庭内のこまごましたこと、例えば夏冬物のそれぞれの衣装の収納場所や方法も知らなければ、アイロンがけも経験がない(威張ってどうする!?)。
 このまま老後を迎えるには、いろいろな意味で「無防備」であることは承知の上でここまで来てしまった。
 最近、別のブログを書きながら、このブログの機能を活用して、料理をはじめ自分の知らないことを妻に教わりながら、その都度そのレシピや手順を書きとめておけば、後々の参考になるし、その後気付いた修正点や改良点もどんどん追記できるので、これは紙に書きとめるよりも便利ではないかと思い付いた(いつも思いつきで始めてしまう悪い癖)。
 もしかしたら、外国に行っても、そこでこのブログを開けばOK!ということも…(ちょっとあり得ないか!?)
 また、同じような境遇のどこぞの誰かさんの役に立つならば、それはそれで面白いじゃないか、ということで始めてみようと思った次第。
 どこまで行けるか分らないが、まあ完璧を極める必要もないので、気楽に作って行こうと思っている。