先日、13:30から静岡市葵区の静岡市民文化会館で開催された、「徳川みらい学会」の設立総会ならびに第1回講演会に出席した。
設立趣旨などについては、ウェブサイトを参照いただきたいが、司会者曰く「歌舞伎の顔見世」のような、第1回講演会はシンポジウム形式で行われ、今後5回にわたって開講される講義の講師陣がパネラーとコーディネータとなり、それぞれの持論を展開された。
普段なら、午後2時と言えば、睡魔が襲う魔の時間帯だが、それぞれの講師が限られた時間で、個々の「守備範囲」からの家康あるいは駿河を舞台に、当時のヨーロッパやアジアにも外交の門戸を開いた、世界観をもった「大御所政治」について熱く語られ、大変刺激的だった。
平成27年が、家康没後400年を期して、このプロジェクトが始動したようだが、単なる「ノスタルージー」としての家康あるいは徳川時代を学ぶのではなく、その優れた「低成長経済のもとで大きく発展を可能にした時代を学び、『未来に活かす』ことをコンセプトにしていることに、大きな期待を持つものであり、だからこそ共に学ばせて頂きたいと思う次第。
初代の講師陣は、わが国でもそれぞれの分野ではトップを走る方々ではあるが、失礼ながら残された時間はさほど多くはない。今回も、アドバイザー(講師でもある)の静岡文化芸術大学准教授の磯田道史氏などは、新進気鋭の次代をになうべき学者と見受けるが、このような若い世代を数多く輩出し、我が静岡から新しい国の在り方を提唱できるような学会になれば素晴らしいと思う。
ひとつのジョークだが、何かにつけて話題に上る、このほど国民栄誉賞受賞が決まった長嶋茂雄に、「I live in Tokyoの『過去形』は?」と尋ねたら、「I live in Edo」という答えが返ってきた、という、真偽のほどはわからないが、私が言いたいのは、我が静岡が、なぜか「駿河の府中」である「駿府」の名前を返上し、静岡に「改名」させられたのか、たとえば甲州の府中、甲府は残されたのに、である。
本来、我々は「I live in Sumpu」と、過去形ではなく、今の私たちを語らなければならないと思う。それが、次世代に誇りをもってわがまちを語ることのできる市民を生み出すことになると思う。
【徳川未来学会ウェブサイト】
http://www.tokugawa-mirai.com/
設立趣旨などについては、ウェブサイトを参照いただきたいが、司会者曰く「歌舞伎の顔見世」のような、第1回講演会はシンポジウム形式で行われ、今後5回にわたって開講される講義の講師陣がパネラーとコーディネータとなり、それぞれの持論を展開された。
普段なら、午後2時と言えば、睡魔が襲う魔の時間帯だが、それぞれの講師が限られた時間で、個々の「守備範囲」からの家康あるいは駿河を舞台に、当時のヨーロッパやアジアにも外交の門戸を開いた、世界観をもった「大御所政治」について熱く語られ、大変刺激的だった。
平成27年が、家康没後400年を期して、このプロジェクトが始動したようだが、単なる「ノスタルージー」としての家康あるいは徳川時代を学ぶのではなく、その優れた「低成長経済のもとで大きく発展を可能にした時代を学び、『未来に活かす』ことをコンセプトにしていることに、大きな期待を持つものであり、だからこそ共に学ばせて頂きたいと思う次第。
初代の講師陣は、わが国でもそれぞれの分野ではトップを走る方々ではあるが、失礼ながら残された時間はさほど多くはない。今回も、アドバイザー(講師でもある)の静岡文化芸術大学准教授の磯田道史氏などは、新進気鋭の次代をになうべき学者と見受けるが、このような若い世代を数多く輩出し、我が静岡から新しい国の在り方を提唱できるような学会になれば素晴らしいと思う。
ひとつのジョークだが、何かにつけて話題に上る、このほど国民栄誉賞受賞が決まった長嶋茂雄に、「I live in Tokyoの『過去形』は?」と尋ねたら、「I live in Edo」という答えが返ってきた、という、真偽のほどはわからないが、私が言いたいのは、我が静岡が、なぜか「駿河の府中」である「駿府」の名前を返上し、静岡に「改名」させられたのか、たとえば甲州の府中、甲府は残されたのに、である。
本来、我々は「I live in Sumpu」と、過去形ではなく、今の私たちを語らなければならないと思う。それが、次世代に誇りをもってわがまちを語ることのできる市民を生み出すことになると思う。
【徳川未来学会ウェブサイト】
http://www.tokugawa-mirai.com/