かっこうの鳴き声 (奈良県東吉野村)
かっこうは、あれは、千か、八百八声(やこえ)か鳴かんことには、餌(えさ)を喰われんのやと。
ほんで、あれの「かっこう」ちゅう真似(まね)をしたらな(これまでの鳴いた分が帳消しになるので)、また、元から直さないかんさかい、
「かっこうの鳴く真似だけは、したらあかんぞ。」
言うて、子供の時分から、聞いとってんわ。わしら、子供の時分には、かっこうはようけおったわせ。
それでも、この頃(平成四年)は、一つも聞かんわ。
(滝野 萬谷史郎)【「東吉野の民話」・東吉野村教育委員会】
かっこう不孝 (奈良県東吉野村)
それはな、昔な、親不孝の子どもがおりましてんと。んだらな、お母さんがな、もう背中やな、痒(かい)て、痒て、痒て、痒て、かなんでんて。ほんで、な、
「ちょっと掻(か)いてくれんか。」
ちゅうたらな、遊びに行てしもてな、
「帰って来たら掻いたるわ。」
ちゅうて、遊びに行ってしもてな、ほで、掻かんで死んでんとう。私、親に、お母(か)んに聞いてんけどええ。ほたらな、その子ども、まあ、せんど遊んで帰って来たらな、ほたら、お母ん死んどってんと、な。ほんで、今の、「カッコウ、カッコウ」て鳴く鳥おりまっしゃろ。あれはな、今、親にな、「背中掻こ」って鳴くねんてな、私、親に、教(おせ)てもろたんで、親孝行にせなあかんね、言うてな。
(小川 大前スエノ)【「東吉野の民話」・東吉野村教育委員会】
閑古鳥(かんこどり) (奈良県奈良市)
むかし、あるところに、たいへん親不孝のカッコードリがおったんやと。
なんでもかんでも、父ちゃんのいうことにそむいて、いうことを聞かない。父ちゃんが怒って、
「お前のような者は、わしが死んでも、葬式をするにおよばん。川へでも流してくれ。」
といったんやと。
「いや、山へ捨ててやるわい」
「それなら、山へ捨てておくれ」
「いや、川へ流してやるわい」
というふうだったんや。
ある晩、背中がかゆくなった父ちゃんが、
「背中をかいておくれ」
といったが、どうしてもいやだといってかかなかったんやと。
そのうちに、父ちゃんが死んでしもうた。
そいで閑古鳥は、親不孝だった息子が、父ちゃんの背中を、
「カッコウ、カッコウ」
と鳴きつづけているんだと。
(話 中尾新緑)【「奈良のむかし話」奈良のむかし話研究会編・日本標準発行】
カッコウ鳥 (奈良県)
むかし、あるところに、父親とひとりのむす子がすんでいたんや。
父親は「かいやまい」という、せなかがかゆくて、かゆくてたまらん病気にかかったんや。そやから、いつもむす子に、
「せなかをかいてくれ。せなかをかいてくれ。」
と、たのんでいたんや。
ところが、むす子は、とても親不孝やったんで、父親がいくらたのんでもせなかをかいてやらなかったんや。
とうとう親は「せなかかい、かいてくれ。」と言いもて死んでしまい、むす子は親死んでから、親不孝なことしたいうて、また後追うて死んでしもうたんや。
ほんで、むす子は鳥になって、夏の夜の大空を、親をさがしながら、毎晩毎晩、のどから血を出すほどに、
「せなかかこう、せなかかこう。」
「カッコウ、カッコウ。」
と、声をかぎりになきつづけていたということや。
一晩に、八千八言(はっせんやこと)、「カッコウ」というて、今でもないているということなんや。
(話者・今西伊聡、再話・高岡 進)【「奈良のむかし話」奈良のむかし話研究会編・日本標準発行】
かっこうは、あれは、千か、八百八声(やこえ)か鳴かんことには、餌(えさ)を喰われんのやと。
ほんで、あれの「かっこう」ちゅう真似(まね)をしたらな(これまでの鳴いた分が帳消しになるので)、また、元から直さないかんさかい、
「かっこうの鳴く真似だけは、したらあかんぞ。」
言うて、子供の時分から、聞いとってんわ。わしら、子供の時分には、かっこうはようけおったわせ。
それでも、この頃(平成四年)は、一つも聞かんわ。
(滝野 萬谷史郎)【「東吉野の民話」・東吉野村教育委員会】
かっこう不孝 (奈良県東吉野村)
それはな、昔な、親不孝の子どもがおりましてんと。んだらな、お母さんがな、もう背中やな、痒(かい)て、痒て、痒て、痒て、かなんでんて。ほんで、な、
「ちょっと掻(か)いてくれんか。」
ちゅうたらな、遊びに行てしもてな、
「帰って来たら掻いたるわ。」
ちゅうて、遊びに行ってしもてな、ほで、掻かんで死んでんとう。私、親に、お母(か)んに聞いてんけどええ。ほたらな、その子ども、まあ、せんど遊んで帰って来たらな、ほたら、お母ん死んどってんと、な。ほんで、今の、「カッコウ、カッコウ」て鳴く鳥おりまっしゃろ。あれはな、今、親にな、「背中掻こ」って鳴くねんてな、私、親に、教(おせ)てもろたんで、親孝行にせなあかんね、言うてな。
(小川 大前スエノ)【「東吉野の民話」・東吉野村教育委員会】
閑古鳥(かんこどり) (奈良県奈良市)
むかし、あるところに、たいへん親不孝のカッコードリがおったんやと。
なんでもかんでも、父ちゃんのいうことにそむいて、いうことを聞かない。父ちゃんが怒って、
「お前のような者は、わしが死んでも、葬式をするにおよばん。川へでも流してくれ。」
といったんやと。
「いや、山へ捨ててやるわい」
「それなら、山へ捨てておくれ」
「いや、川へ流してやるわい」
というふうだったんや。
ある晩、背中がかゆくなった父ちゃんが、
「背中をかいておくれ」
といったが、どうしてもいやだといってかかなかったんやと。
そのうちに、父ちゃんが死んでしもうた。
そいで閑古鳥は、親不孝だった息子が、父ちゃんの背中を、
「カッコウ、カッコウ」
と鳴きつづけているんだと。
(話 中尾新緑)【「奈良のむかし話」奈良のむかし話研究会編・日本標準発行】
カッコウ鳥 (奈良県)
むかし、あるところに、父親とひとりのむす子がすんでいたんや。
父親は「かいやまい」という、せなかがかゆくて、かゆくてたまらん病気にかかったんや。そやから、いつもむす子に、
「せなかをかいてくれ。せなかをかいてくれ。」
と、たのんでいたんや。
ところが、むす子は、とても親不孝やったんで、父親がいくらたのんでもせなかをかいてやらなかったんや。
とうとう親は「せなかかい、かいてくれ。」と言いもて死んでしまい、むす子は親死んでから、親不孝なことしたいうて、また後追うて死んでしもうたんや。
ほんで、むす子は鳥になって、夏の夜の大空を、親をさがしながら、毎晩毎晩、のどから血を出すほどに、
「せなかかこう、せなかかこう。」
「カッコウ、カッコウ。」
と、声をかぎりになきつづけていたということや。
一晩に、八千八言(はっせんやこと)、「カッコウ」というて、今でもないているということなんや。
(話者・今西伊聡、再話・高岡 進)【「奈良のむかし話」奈良のむかし話研究会編・日本標準発行】
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