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大家族・ビッグダディ・渡津家

4月7日「痛快!ビッグダディ」宣伝用の再放送、新作を放送

2012-03-31 13:58:33 | テレビ番組

テレビ朝日4月7日(土)10時00分~11時45分 痛快!ビッグダディ・特別編

テレビ朝日4月7日(土)18時30分~20時53分 痛快!ビッグダディ14

◎→大家族バラエティー番組の王者「痛快!ビッグダディ」がいよいよ放送されます013

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『痛快!ビッグダディ・林下清志さん』とフライディー(5)

2012-03-30 22:33:46 | テレビ番組

講談社・FRIDAY 2012年3月16日

ビッグダディ『めちゃイケ』の低俗パロディーを叱る!

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◎→2月18日に放送された,フジテレビ「めちゃめちゃイケてるッ!SP」が、痛快!ビッグダディをパロッタ内容なので、清志さんが怒っている、と印象づける題名ですが、別に清志さんは何の気にもしていなかった、のが記事の内容。

◎→ナイナイ・岡村がダディに扮していた様だが、めちゃ似、番組の内容も、ダディは視聴者から、そう思われている事ばかりなので、別に問題は無いと感じます。

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◎→1月の放送で終わっていたなら、フライディーに何故、登場した?

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◎→2ちゃねらーからも、ダディ派兄弟からも、すっかり忘れ去られた実母の元にいる三つ子の妹、哀れナリ


『痛快!ビッグダディ・林下清志さん』とフライディー(4)

2012-03-30 14:51:30 | テレビ番組

講談社・FRIDAY  2012年3月2日

ビッグダディ・第4弾「肉食恋愛論」

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◎→美奈子さんと知り合ったのは、横山院長が訪問介護の仕事をしていて、そこで介護士として働いていたので知っていた。ある飲み会の席で隣り合わせた際、「おまえ、子ども5人もいて彼氏いないの?俺、今月離婚することになってるから、その後の俺の籍に入る?」「うん、入る、入る」と、携帯に電話番号とアドレスをいれて答えてくれた。

◎→5人の子どもを見せろよ、と持ちかけ、カレーを作って待っていた。つれて来た子供達は違和感がなく「この5人、俺のものになるの?」と聞いたら「もれなく付いてくるよ」と言われた。『じゃあ、籍入れるか。ちょっと待てよ。その前に、さっさとあれ(実子の母親)の籍抜くか』との話になった。

◎→結婚間もない美奈子さんに「次の排卵日、いつ?」と尋ね、前回の生理が終わった日を聞き出して計算して「排卵日は、この3日の間で間違いないから、ここで子供を作ろう」って決めた。長男が同じ整骨院に勤めていたので「俺と美奈はホテルに行くから、お前が子供らの面倒見とけよ」と言い渡して、子作りに励んだ。

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清志さん曰く「子供って、親が何をしても付いてくるものだ。嫌な親であっても、よそで悪口言ったりしない」と。ある意味正しい、親から虐待され殺されそうになった子供でも、親を慕うことはあっても悪口は言わない、批判もしない。いつも正しいね。


『痛快!ビッグダディ・林下清志さん』とフライディー(3)

2012-03-29 14:38:39 | テレビ番組

講談社・FRIDAY 2012年2月24日

ビッグダディの「真実」第3弾「ドン底教育論」

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◎→1965年(昭和40年)、岩手県に生まれる。11人兄弟の10番目。盛岡市内の高校に通うまで信号機を見たことがなく、デパートでエレベーターやエスカレーターにタダで乗れるのに驚いた。

◎→当時の徒弟関係のしがらみ、整骨の師匠に当たる人物から、連帯保証人となり有限会社の共同経営者にされるが、その整骨院が倒産して、数千万円の負債を抱えることになる。

◎→10年ぐらい前、エレベーターのない古い公団住宅に住んでいて、5階から飛び降りたら楽になれると思ったことはある。

◎→幼い子供達をサラ金数社に連れまわしたことがある。

◎→父親は公務員。父親の臨終間際に「なんだ親父、死ぬのを怖がってるらしいじゃないか、70歳を過ぎて死ぬのが怖いんじゃ、たいした人生じゃなかったな」と、言葉をかけてあげた。

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今のサラ金の金利は14.8パーセント位か?マスコミから叩きに叩かれ、自民党が嫌々ながらも、ようやく低くしたサラ金の金利、それでも十二分に高いと思う。高い頃のサラ金の金利、一千万円でいくらの金額を利息として支払わなければいけないか?子沢山家族の父が返済できますかね。


『痛快!ビッグダディ・林下清志さん』とフライディー(2)

2012-03-28 14:47:04 | テレビ番組

講談社・FRIDAY 2012年2月17日

ビッグダディの「真実」第2弾

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◎→番組を始めるきっかけは、テレビ制作会社に情報を売るリサーチ会社の人が、5年間も、年間4~5回は電話をかけてくる等、熱心に誘われていた。

◎→歩いて行ける距離にあった高校が廃校になるので、春には引越しを考えていた。

◎→離島に暮らしたい夢があったので、愛知県一色町(現・西尾市)の役場に電話で問い合わせた所、子供達全員を置いて母親が出て行くのは父親に問題があるのではないか、新興宗教の信者ではないのか、など理由を挙げられ『いま、住んでいる人たちが不安になる』と言われ、移住を断られた。

◎→引越し費用は番組で出す、との条件で番組を了承。いくつかの条件の中から、一番遠い奄美大島を、下見に行った際、出会った人たちが皆面白い人に感じたので、移住先に決定した。

◎→島根県隠岐島で漁師への転職に失敗したのは、役場の人が初めから受け入れるつもりは無い態度に感じた。テレビ朝日が強引に「隠岐島に移住させろ」とシナリオを進めたのが原因と思う。

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奄美の役場にダディが電話で問い合わせる場面が放送されていた。やらされていたんですね。