徳永写真美術研究所/研究員日記

ギャラリー・美術館を訪ねた日のことを綴ります。

1人じゃないよ

2021-08-16 | Weblog

2021年夏も相変わらずコロナの日々ですが

学生達も夏休み半ばかぁ。

何かと制限ありで、私達が過ごした夏とはまた違った思い出が形成されていくんだろうな。

毎日週末早く来ないかなってこと考えながら日々過ごしてる私ですが(笑)、

気付けば7月、気付けば8月、といった感じで何だかんだで今年の夏もあっという間に過ぎてしまう気がします。

昔の夏ってもっと濃かったのにな。

そして真夏のマスク、相変わらず慣れず。笑

 

今回で39回目の研究員活動

約1年ぶり。最近全然使っていなかったデジカメ出してきて充電したり、前日にバタバタ仕度。

出発する日は時間に余裕を持って家を出たのに…

なんとギャラリーの場所を間違え大遅刻という失態を

大阪のニコンサロン、大阪駅近にあるヒルトンから心斎橋方面に移動していたとは知らなかった…。

心斎橋方面って私的に分かりにくくて。駅からサロンまでそう遠くないはずなのに迷いに迷ったという。

ちゃんと確かめずに数年前の記憶のまま向かってました。

もしご存知でないない方がいらっしゃったらお気を付け下さい。

ニコンプラザ大阪 THE GALLEERY 

〒541-0059 大阪市中央区博労町3‐5‐1 御堂筋グランタワー17階

ニコンプラザ大阪

齋藤 茜 「確かな断片」

作家の齋藤さん😊

HP→齋藤茜 saitoakane

そして隣に写っている微笑ましい女の子が齋藤さんの娘さん

前回の写真展では妹を、今回は娘という自身の思い入れが強い人物に焦点を合わせた作品となっています。

妊娠している時は写真から離れていたそうですが、産んだ後にこれは撮らないと!ってなったそうです。

毎日おむつを替え、おっぱいをあげた日々は、子どもの記憶に残らない。

記憶とはなんて不思議な仕組みなのでしょうか。

子どもが小さい頃、いつになったら手がかからなくなるのかと、

人が育つことのあまりの途方もなさに愕然としながら、その不思議さに想いを巡らせました。

生まれたての赤ん坊の光り輝く存在感は、これまでの人生で見たことのないものとして、脳裏に焼き付いています。

けれど、過去を悠長に振り返る間も無く、目の前の子どもとの時間はノンストップで進んでいきます。

誰かと時間を共有し続けることの意味を、これほど感じたのは初めてでした。

物心つく前の自分というのは、どこか他人のような、不思議な距離感がある気がします。

記憶がない頃の自分は、なぜか信用できるような感じがしました。

自分の輪郭をくっきりさせてくれるお守りのような。

これらの写真の未来はどうなるでしょうか。

-ステートメントより-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに思いっきり髪の毛振り乱して駆け出すこと、この年になるとそうそうないからね、ちょっと羨ましく感じたり。笑

一人の女の子の生まれてから3歳半頃までの記録

こうして時系列で並んでいる写真を見ると

当たり前のことなんだけど、人って成長するんだなぁって。

誰にでもこんな時代があったんですよね。

自分の原形

子供の一年って大人の何倍も凝縮したものなんだろうな。日々新しい発見があるんだろうな。

そんな凝縮した日々なのに、ほとんど忘れちゃうって何だか不思議で勿体ないな。笑

もう一度体験したいな。

 

たくさんの「初めて」を経験して、親の方もそれを共有することによって

親としての立場を経験しながら、もう一度子供時代を追体験していくことになるんだろうなって。

私は子供産んだことないから同じ立場でものは言えないけど、そう感じてます。

 

成長するにつれて他者や社会との関係性が人格に影響を与えるようになって

時々自分が何者なのか分からない

辛くて嫌になったり悩む時もあるかもしれない

そういう時に記憶に残ってない、もしくはうっすらしか覚えていない頃の自分の原型を見る

振り返ることによって励まされることがあるかもしれない。

今に繋がるヒントがあるかもしれない。

現在4歳になった娘さんは、写っているのが自分だということを認識出来るようになっているそうですが

もっと成長してから改めてこれらの写真を見て欲しいなって素直に思いました。

 

うちの親も自分が幼い時の写真を撮って残してくれているけど、大半はきちんと整理されていなくてごちゃごちゃ。

こういう形で残してくれてるなんていいな~羨ましいな~なんて。

今って誰でもスマホで簡単に撮れる時代だから写真自体はみんなたくさん撮ってると思うけど

ある意味刹那的というか。

バックアップとってたとしても、それすら消えてしまったらどうしようもない。

こうやって形にして残していくことの大切さも改めて実感。

記憶に残らない記憶こそ。

会場には齋藤さんの子供時代の写真もありました。

左下はバッジになった写真で、キョンシーの恰好をしているそうです。笑

そういや小学生の頃キョンシーの映画とか流行ってたな~って。夏休みの子供映画とか。

齋藤さんと私、そんなに年離れていないので昔あるある的な。懐かしい。

こちらは「つくば科学万博」で85年に記念行事として行われた、15年後の未来へ向けての手紙

こんな粋な行事あったんですね!

齋藤さんの祖父母が15歳になった未来の齋藤さんへ書いたものです。

これは宝物になるやつだわぁ…。

 

こうして形を変えながらも思いは引き継がれていくのですね。

 

ビルの窓から見えた景色

今年は身の回りで亡くなる人がほんとに多いので、

こんな時だからこそ人が成長する、未来ある写真を見れて素直に良かったと感じました。

 


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🌸2021🌸

2021-01-02 | Weblog

明けましておめでとうございます

今年も「研究員日記」共々よろしくお願い致します。

 

世界にとって、皆にとって、また一歩進んだ一年となりますように。

 


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魔法のスタジオ

2020-07-29 | Weblog

毎日雨降ったり止んだり、嵐みたいになったりの天候が続いていますね。

これが終わったら今度は一気に暑くなるのでしょうか。

 

仕事が変わり以前より外を歩く時間が増えたので、傘の出番も多くなりました。

愛用していたちょっとだけいいお値段のビニール傘は何回も強風でひっくり返り、

酷使してるうちに留め具の紐まで劣化していたようで、ついにとれてしまいました。

輪ゴムで応急処置してるけど(笑)、丈夫な傘買わないとな。

 

 

38回目の研究員活動は大阪・十三で

久しぶりの大阪は前の研究員活動の時より一気に人が増えていて

あぁ…そうか、これが以前の「普通」の光景だったよなって。

長らく人混みに紛れることがなかったので普通だったことが普通じゃなかったように感じる今。

BLOOM GALLERY

〒532-0025  大阪市淀川区新北野1-11-23 ハイム北野B103

http://bloomgallery103.com/

 

ギャラリーもいつもとはちょっと違うオープン・スタジオという形で、なんと二日間だけの展覧会でした。

一組約50分の予約制での研究員活動。

50分も作家さんを独占出来る?なんてちょっと贅沢な気分じゃないですか(笑)

ある意味緊張するけど、それはまぁいつも同じってことで。

上野王香 オープン・スタジオ

https://www.oukaueno.com/

このオープン・スタジオでは、去年同ギャラリーで展覧会をされた「卵中」を含めた上野さんの作品があちこちに。

更にミニワークショップや作品の受注も出来ちゃうという盛り沢山な内容でした。

ロンドンに在住されている上野さんは二人の息子さんのお母さんでもあります。

今年は息子さん達を日本に留学させる計画を立てていて、この春から沖縄の学校に通う予定だったそうですが

世の中こんなことになってしまい、その計画も中止に。

皆、何かしら影響を受けてるわけですよね…。

今は上野さんの故郷でもある、ここ大阪で新生活をされているそうです。

ロンドン坊や達がコテコテの関西生活…それはそれでまた違った発見もありそう(^o^)

 

コラージュのミニワークショップも出来るようになっていたので、このような素材もたくさん用意されていました。

手前にある黒い箱に入っているのは、上野さんが日々地道に雑誌などから切り抜いたコラージュの素材

こういう素材だけでも集めるのって大変ですよねって話に。

私も大学の写真の授業でコラージュ作品を作ったことがあったんだけど、

これ良いかも、使えそう!って思えるものを見つけるのに苦労したな~って。

結局探すの面倒になって元の素材すら自分で作ってしまったり(笑)

 

上野さんは高校生の時からコラージュを楽しんでいたそうです。

家が厳しかったそうなので、それが自分の世界に没頭出来る、

ストレスのはけ口みたいな役割を果たしていたのかもしれません。

コラージュって癒し効果あるっていうしね。

高校卒業後は芸大のデザイン学科に入るも、

在籍中に演劇をしていた友人に頼まれて舞台のセットも作るようになってから

今度はそっちの世界に興味が出てきて、舞台美術を学べるイギリスの学校へ行く事になったんだとか!

そこから色々あって、今またこうして原点とも言えるコラージュ制作をされているというね。

自然素材の材料の中には綺麗な森にしか生えない、ユニコーンが食べると言われている苔や

ケント州ロムニー原産の羊の羊毛などイギリスならではのもの以外に、

日本に戻ってきてから淀川周辺で採ったという植物の種子なども何種類か用意されていました。

今回のミニワークショップは…

手前のBOXの中に様々な感情が書かれた紙が入っていて、中から好きなのを一つ選んだら

その感情に沿ったコラージュを相手に内容を教えずに10分程で作ったら交代して、

もう片方がそこから読み取って更にコラージュを追加する…という流れを何回か繰り返して

最終的にどんな感情のコラージュが出来上がるか、最初の感情からどれだけ変化しているのかを楽しむ

っていう実験的な内容でした。

何だかちょっとしたカウンセリングみたいじゃないですか(^o^)

とっても繊細なこちらの作品。

初見だと極小のピアスが並んでるように見えて「可愛い~」ってなったんだけど

なんていうのかな…宝物を見る、小さいものを愛でる感覚というか、

大事にしなきゃ…そんな気持ちにもなります。

ほんとに一つひとつとても小さいので息を吹きかけたら飛んでいってしまうんじゃないかってくらいで。

制作する時は息子さん達が寝静まった後とか、

そういった一人で集中出来る時にしか作れないんじゃないかとか色々考えてしまったよ。

これなんかタロットカードの「世界」を連想したり。

素材は先程のミニワークショップ同様、植物の種や花びら、羊毛など自然からのものや雑誌などから切り取ったもので

それらが上野さんの感性で組み合わさって一つの作品になっています。

小さな素材を貼り付ける際に、このリキッドメタルという額縁を塗る時にも使える液体を使用しているそう。

ちゃんとくっつくしゴールド・シルバーの見た目も綺麗で素材の邪魔をしないので一石二鳥。

 

「卵中」のステートメントも見せて頂きました。

上野さんは元々「生と死」に関心があったそうですが、

二人のお子さんの妊娠&出産の経験も作品作りに影響しているのかもしれません。

読んでから改めて作品を見ると、あの円は受精卵を表しているのかなとか、

周りにある60もの素材は細胞を表しているのかなとか、また見方も変わってきます。

それにしても

人(と呼んでいいのか?)がケシの実の大きさになるまで5週間も掛かるのか。

作品の真ん中にあった点がその「ケシの実」なんです。

こんなに小さいのにその中には既に心臓があって4つも部屋が分かれているだなんて

なんかもうすごいとしかいいようがない。

自分達がこうして存在しているのは、まぁ本当に奇跡に近いというか…。

偶然なのか必然なのか上手いタイミングで融合して出来上がったのだと。

おばあちゃんのお腹にいた母親の中に既に自分という核が既に存在していたのだと考えると

神秘的で不思議でもあり、何だか想像の範囲を超えていて少し不気味に感じるくらいで。

「卵中」には大まかなストーリーの中に作品ごとのタイトルストーリーもあって

「この種を材料に、出来上がりは選ばずにできるだけ多く集めてください」

「こんなことに関与して良いのでしょうか、よくわからないので、まだ見せれません。」

「こうやって一緒に月が近づくのを待ってあげますからね」

「耳を受け取った瞬間に準備が整うので海の中からくべておいてください。」

…など、これらのタイトルストーリーは全体の一部だけど、

神様のような存在達が「人」を作るのに

色んな素材を集めてあれよこれよと試行錯誤してる姿を連想しました。

 

他にも

謎めいたパーツが組み合わさったブロックタイプのコラージュ作品も。

後ろはこんな感じ。

 

コラージュ作品を作る時、貼ってしまったら裏側が見れなくなるのを残念に思っていたそうで

それを可能にしたのがこのタイプの作品。

後ろに回ったらホラ、表とは違った計算されていない姿を見ることが出来て

種明かしのようでこれはこれで面白い。

コラージュを通して新たな生物を創造したり、命そのものも表現してみたり

上野さんは現在に生きる魔女みたいな方だなって私は感じたわけです。

命を体内で宿して育て外の世界に生み出す…女性そのものが生まれ持っての魔女なのかもしれません。

これこそ最大の錬金術ですよね。

 

 

 


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命短し、桜よ永遠に

2020-05-26 | Weblog

春がやってきました。

色々なことがあるけど、今年も桜は咲きましたね。

そんな2020年春

37回目の研究員活動

場所は前回と同じThe Third Gallery Ayaさんです。

http://www.thethirdgalleryaya.com/

大阪市西区江戸堀1-8-24若狭ビル2F

山下豊 - 「サクラカラー」

会期:2020年4月4日(土)- 6月6日(土)
*5月30日(土)より展示再開
http://www.thethirdgalleryaya.com/exhibitions/2020/03/post_60.php


自身もサクラカラーな作家の山下さん

確か10年程前にギャラリー176でお会いしたことがあったよな…なんて、うろ覚えな記憶が。

いざお会いしてみると、記憶上の山下さんと一致しなくて正直混乱しました(笑)

あれ!?私が山下さんだと思ってた人って別の人だったのかも…

そう思いながらお話してたのですが、後半で同一人物だということが判明!!

スッキリしたのと改めて驚いたのと(笑)

他の人からも言われることがあるそうです(^o^)やはりな~。

 

2016年に大阪から高知に拠点を移した山下さん。

山下さんといえば軍艦アパートのイメージがありましたが、

今回はタイトルでも分かりますように「桜」です。

展示していたのは高知に移る前に関西圏で撮影したものだそうです。

 

きっかけとなったのは山下さんが大阪にいた時

地下鉄メインだった出勤が仕事の都合で一変し、地上の電車に乗るようになったこと。

すると窓から見える景色も一変

至る所に桜の木が点在していることに気付き、改めて日本人と桜の強い繋がりを感じたそうです。

 

元々山下さん自身も桜が好きだったのもあって、

有名処の桜だけでなく、無名の桜も求めてあちこち旅することに。

桜の場所は毎年ネットで決めるそうですが、

その時山下さんが基準にしているのが樹齢何十年、何百年という古木の桜を選ぶこと。

自分で自生出来ない桜(後の文章で説明有)がそれだけの年月花を咲かせているのは

お世話をしている桜守という人たちがいるおかげです。

その古木の桜を中心に地域で生活されている皆さんも、家の敷地や田畑に桜を植えていたりと、

桜に取り囲まれた中で見えてくる日常生活にも自然と目がいくんだそうです。

 

個人宅の桜を撮影する時は住人に許可を取ったり、留守の時はメモを残して撮影したり。

ほとんど皆さん快く受け入れて下さるそうで、中には撮った写真を欲しいと言ってくる方もいるんだとか。

素敵な桜探しだけでもワクワクするけど、

普通なら出会うこともなかった人達との出会いがあるのも、この桜行脚の魅力の一つでしょう。

 

日本の春の代名詞ともいえる桜

身近に存在しているけど、自分達が見ている一般的な桜って大半が「ソメイヨシノ」という品種で

一本の樹から作られたクローンだと言われています。

※勿論、桜にはソメイヨシノ以外もたくさんあります

ソメイヨシノ同士だと交配も出来ないので、別の桜と交配させたり挿し木などでしか数を増やせません。

それが江戸時代に作られてからここまで全国的に広まっているという…

途方もないストーリーがこの桜にはあるわけですね。

私に能力があれば「ソメイヨシノ」を中心にして回るSF物語を作りたいくらい、想像力をかきたてられますね…(笑)

寝そべり花見をする人がいたり

人の死の傍にも桜はあります

屋形船に乗って川沿いの桜を楽しんだり

吉野の桜みたいな、もともと桜が沢山咲いていた場所に

平安時代から現代にかけて桜を植え続けているような所もあれば、

樹齢1000年の桜が伐採されるのを反対運動で阻止し、時が経って御神木化したその木を見に

他県からわざわざ人が見に来るまでになったという桜もあり、

日本とアメリカの激戦区となった場所を地域の皆で桜の名所にした…そういう話もあります。

 

 

日本人って何でこんなに桜が好きなんでしょうか…

 

これには様々な説があるのでしょうが

自分の中でまず最初に出てくるのが、四季を感じられること。

それらがある土地に住んでる人間にはきっと大事なことなんです。

特に春って日本人にとって幼い頃から大人になってからも人生の節目となる季節なわけで。

たくさんの人達が過ごした春の記憶のどこかに、必ずといっていいくらい桜があったと思うのです。

嬉しい時も悲しい時も、春になると咲いていた。

思い入れがある人も多いのでは。

他にも春の花ってたくさんあるけど、やっぱり一番目立つしね。

なのにド派手って雰囲気じゃないんだよな。繊細なんだよ。

一本一本の樹全体が小さくて薄い乳白色~ピンクの可憐な花でいっぱいになる

それが短い期間であっという間に咲いてあっという間に散ってしまう儚さ

その儚さすらも美しいと感じる感性が日本人にはあるのではないでしょうか。

人生もまた同じで、繰り返し「春」を迎えて終える

これは輪廻転生の感覚といったらいいのか…。

 

 

日本中に桜があるのは

こうやって時代を超えても尚続く

桜を見たい、見せたい、後世にも残したい…という人々の思いの証でもあります。

その桜たちを通して、山下さんは日本人の心を見せてくれているのかなって

私はそう感じました。

 

 

 

 

最後に…

10年以上前の自分が、春に桜の俳句作ってたので晒します(笑)

あの時秘かに俳句作るのハマってたんです(´▽`)

 

 

 


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Blue Requiem

2020-01-16 | Weblog

 

今年初の研究員日記!

といっても活動自体は先月(去年)なのです( ̄▽ ̄;)

 長らく寝込んでいたので、ようやく落ち着いたといっていいでしょうか。

とはいえまだ完全復活!したわけでなく、ちょっとしただけで疲労が。

それで家にある養命酒をちょっとずつ飲んでたんですけど、そのおかげかずっと下がらないと思ってた微熱

…どうやら低体温だった私の基礎体温が1度上がったみたいなのです。

大学の時に下がって以来変わらなかったのに!

人の体って不思議ですね~~。

 

📷36回目の研究員活動📷

行先はなんと8年ぶり!?の

The Third Gallery Aya

http://www.thethirdgalleryaya.com/

大阪市西区江戸堀1-8-24若狭ビル2F

この日は久しぶりに風邪を引いて体調優れず。

そういや昔もここのギャラリーへ向かう時風邪引いてた事あったな~と懐かしむ。

マスクして帽子も被って…ちょっとした不審者っぽい?初対面でこれは失礼か?と気にしつつ

8年ぶりでも地図見ずに目的地に辿り着けました!

案外覚えてるものですね。

大阪駅から歩くと結構距離もあるし熱もあったから、着いた時には汗だくでマスクも帽子も剥ぎ取りたいくらいでした(笑)

 

小谷泰子 - 「青い闇」

いつも研究員活動の前はどんな作家さんなのか勝手に想像したりします。

もう10年近く活動してるけど、初対面の人といきなり作品の話するのって結構勇気のいることで(笑)

今回の作品は繊細な内面を映しだしたような作品だったので、お話スムーズに出来るかな?と緊張していたのですが

マスク帽子中身汗だく不審者研究員でも気さくに接して頂けて有難かったです。

 

小谷さんは90年代からセルフポートレート作品を作り続けています。

幼い頃は絵日記を、学生の時にはクラブで絵を。

ピカソの「青の時代」(1901-1904年)と呼ばれる作品を目にして、その青に強く惹かれたんだそうです。

以来、作風は青の時代の影響も受けています。

絵から今度は独学で写真も撮るようになり、分からないことがあればその都度詳しい人に聞いたりしながら

自分なりのセルフポートレートの世界を作ってきた小谷さん

それが阪神淡路大震災を経験した後しばらくして長い間ブランク状態に陥ることに。

記録としての被災地の写真を撮ろうとしたこともあったそうですが、それも出来なかったとか。

 

    

ギャラリー内で存在感を放つ2m近くある大きな柱のような作品

 神戸に暮らし阪神・淡路大震災を経験した私のなかに、

地を揺るがしたあの出来事が現在に至るまで何らかの影を落としていることは否定できない。

近年も各地で頻発する地震や台風の被害を見るにつけ、それがあの震災の記憶と重なって喪失感が増し、

自分のなかの空虚さを埋めきれなくなってくる。

また、女性としての老い、病、ストレス、ハラスメント、親しい人の死など、

誰にも降りかかる可能性のある様々な問題が、この闇のなかに渦巻いている。

作品の直接の契機となったのは、こうした個人的な問題だけど、

この世界に生きる人たちが共感して抱える悩みや問題にも、きっとどこかで通じると信じている。

 ーステートメントの一部抜粋ー

 

「深い海の底に漂っている女性」私にはそんな風に見えた。

静かで暗くて…ステートメントを読んでいなくても女性が何か思い悩んでいるような雰囲気が漂っている

だけどただ無気力で漂っているわけではない。

ふわっと浮遊したりコロコロと転がったり、意外にも活動的というか、

もがきながらも(試行錯誤しながらも)一生懸命生きている生き物のよう。

 

撮影はいつも自宅で行っていて、露光しながらカメラの前で好きに体を動かしシャッターを押すというスタイル

精神的なものも影響してか、昔よりうずくまった姿勢になることが多くなったとか。

洞窟の岩っぽい背景は、それらしい場所を見つけて別で撮影して合成してるそうです。

 

作品はその時見た人の心理状態も反映されるようで、

私みたいに深い海の底をイメージする人もいれば、母親の子宮の中にいる赤ん坊をイメージする人も。

例えば右端の写真なんかは落下してるとこじゃなくて、今から生まれようとしてる希望のある写真だと

そういう捉え方もあるんだな、なるほどなってなりました。

 

 こちらは体の一部分を切り取って作品としたもの

元々こういうのは作っていなかったそうですが、今回「青い闇」の作品集を作る際

編集者さんと話し合って新たに生まれたんだとか。

 

 随分抽象的になって、同じ雰囲気は保ちつつもまた違った見方が出来ますね。

 小谷さんの作品を家で眺めていると、ふと頭の中に「レクイエム」という単語が浮かんできました。

なんとなく分かるけど今一度その言葉を調べてみると…ラテン語で「安息を」という意味らしい。

他にも死者の安息を神に願うカトリック教会のミサのこともレクイエムと呼ぶそうな。

 あのモーツアルトもレクイエムを作曲しています。

 

なんかね、これらの作品は究極それに近いんじゃないか…って本当に考えています。

被災した全ての人・ものたちへの、世の中に揉まれて生きてる人達への、そして自分自身への。

服を着ていない(飾らない)素の自分を使って小谷さんなりのレクイエムを表現しているようにみえてくる。

34回目の研究員活動でも感じたことと自分の中では少しリンクしていて、

言葉で表現しにくいのだけど…一度死んで、蘇りを待っている、もしかすると既に再生が始まっているのかもしれない…

そんな経過を見ているような気持ちにもなるんですよね。

 そういえばピカソの「青の時代」は親友の死がきっかけだったとか。

あれらの絵もピカソなりのレクイエムだったんじゃないかと思う。

それを描くことで自分自身も少しずつ癒されていったんじゃないかって。

 

小谷さんもゆくゆくは今とはまた違う、堂々とした姿(生きてきた!って感じの)の作品を作りたいとおっしゃってました。

ピカソもそうだったように、きっとほんとにそういう作品に辿り着く気がしました。

 

ギャラリーに置いていたポートフォリオの一部

小谷さんの過去の作品ですが、この頃は色んな表現を求めて試行錯誤していたそうです。

さっき書いた通り、背筋が伸びている状態のものが多い。

 こちらは震災後、震災をテーマにしたグループ展に参加した時の作品

なかなかインパクトが強くて…一度見ただけで忘れられない。

私はここからどうしても死を連想してしまいます。

 

 

 そしてこちらが今回の作品をまとめた作品集「Blue Darkness」

あの細長い作品のことを考慮して、サイズはかなり大きめになっています。なので見応え抜群。

本も作品と同様に、黒に近い青を使用。

 

 

ところで青ってさ、不思議な魅力がありますよね…。

今まで研究員活動で見てきた作品はモノクロも多かったけど、

色があったもので何色が印象に残ってるかと聞かれたら間違いなく「青」と答える。

同じ癒し効果のある緑色も好きだけど、青は人にとって特別で神聖な色なんじゃないかな。

 青い小谷さんも素敵でしたし

あと

私の好きな曲の一つ、元ちとせの「青のレクイエム」

長いこと聴いていなかったけど、もしかしたら今回それとも無意識に繋がったのかもしれません。

良い曲なのでぜひ聴いてみて下さい。

 


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