徳永写真美術研究所/研究員日記

ギャラリー・美術館を訪ねた日のことを綴ります。

★2019★

2019-01-01 | Weblog

 

 

明けましておめでとうございます

今年も研究員日記共々宜しくお願い致します(´▽`)

 

平成もあと少し!新しい年号は何になるのでしょうか…?

そして私はどんな作家さん、作品展と会うことになるのでしょうか…?

楽しみにしております。

 

それでは良いお正月を

 


日本人の記憶のコード

2018-12-10 | Weblog

 

30年生きてきたけど、私は日本のことをまだまだ知らない。

結局よく分からないまま、なんとなく日本人として人生を終える可能性だって十分ある。

ここで生活してると日頃意識することもそんなにないし、そういうもんでしょう?なんて。

 

 

さて、33回目の研究員活動

今回はいつもと違う!!                                              

 ギャラリーに展示している作品を観て書くのではなく、トークイベントに参加で書くという                     

 私にとっては少々難易度の高い?活動となりました(^o^;)丿大丈夫か~?

  

エバレットさんはフォトジャーナリスト、湿板光画フォトグラファーとして多岐にわたって活躍されています。

「Travelling Starsー旅する星」はトークイベントのタイトル、「失われゆく日本」はエバレットさんの著書タイトルです。

 

研究員日記では、トークイベントの内容と本の内容をあちこち練り込んで書いていきます!

                             

薬師寺(千葉県)

エバレットさんが撮っているのは「湿板写真」というもので、字のまんまガラスネガが湿った状態で撮影します。            

自らが撮った湿板写真を「湿板光画」と呼んでいるのは芸術作品としての写真を大切にしたいとの思いから。                         

「光画」の部分は、戦前数多くの芸術性高い写真を発表した写真雑誌からとったそうです。

ネガが湿っている間に撮影と現像全てを現場で済ませないといけないので、                              

時間の制約もあるし作業を直感的かつスピーディーに進めないといけないという…難易度の高い技法になります。            

エバレットさんの場合それを更に8x10の大判カメラで撮影だからね!

 

日本という国がまとう古い時代の面影を撮りたかったというエバレットさんにとってこの技法はベストなんだとか。                  

それはどうやらネガが湿っていることとも関係しているようです…。

                                           

三渓園(横浜市)

 皆さんは「水には記憶がある」という話を耳にしたことはありますか?                                 

日本は只でさえ湿潤気候で水も豊富な国。

  エバレットさんが求めている面影、日本の記憶と呼べるものも残っているかもしれない。         

それを同じく湿ったネガに写し込む事によって、よりその場のエネルギーや空気までをも写し込めるのではないか…と。                         

                            

地引網(千葉県・九十九里)

まるで葛飾北斎の浮世絵みたいな一場面                                             

かなり昔の写真じゃないの?って思ってしまう程、写真から年季を感じます。

 

                                      

大原はだか祭り(千葉県)        

これらの写真を通して「タイムスリップする」という話をしていたことも印象に残りました。                                

映っている被写体は現代のものなのに、不思議とそれを感じさせない何かがある。                          

これを著書では「忘れられた日本の古い記憶の情景」と表していた。                                

とてもしっくりくる表現だと思う。                                               

他にも「過去は死んでしまうわけではない。幾層もの現代の記憶の下に、ただ眠っているだけ。」と。                      

 

タイムスリップって一見大げさに聞こえるかもしれないけどさ、案外皆してたり?なんて。                      

ここでは写真を通して…の話をしているけど、そういう体験って実際いくつもあると思うのです。                       

例えばどこかに直接足を運んで何かを感じることもあるだろうし、                                 

音や匂いや味、目で見るもの触るもの全ての五感を通して過去と繋がるきっかけはあるんじゃないかな。                                                           

そんなタイムスリップですが、一番しやすいのが昔から続いている「お祭り」なんじゃないかとエバレットさんは考えています。 

トークイベントでは宮崎の銀鏡(しろみ)についても触れました。

そこには「日本の源流」といえるものが残っている                                        

一回だけじゃ何も分からない、少なくても十年は毎年通いなさい

映像民俗学者である姫田忠義さんにそう言われたのがきっかけで、エバレットさんは銀鏡に足を運ぶことになります。

姫田監督(エバレットさんが指している人物)が撮った「日本の姿」シリーズの中の「山に生きるまつり」も観ました。                                  

銀鏡に住む人達の生活や祭りの様子が演出のない記録として残されています。

銀鏡は宮崎県中部西都市にある奥集落で、そこの銀鏡神社では銀鏡神楽(米良神楽)という国の重要無形民俗文化財なる神楽が存在します。                                         

「星神楽」を筆頭に神楽は全部で33項目もあり 、それら全ては数日かけて執り行われます。

この「33」という数字にももしかしたら何か意味があるのではないかと勝手に推測したり…。                                             

この数字ってよく聞かない?                                                                           

しかもさ、たまたま今回の研究員活動も「33回目」ですから…!!途中で気付いて一人でうわってなりました(笑)

 

 星神楽の一場面

天井はシイの枝葉と紙垂で天を表現しており、五光星…つまり星の形になっています。

 

太古から人は星と深く結びついてきました。                                           

ここでの星は自分達も聞いたことのある「北極星」をさしていて、

人々に方角を教えてくれる、導いてくれる星としても崇められてきました。                             

日本の縄文時代まで遡ることが出来るくらい古い信仰ということです。                                   

今でも日本では妙見信仰や星まつりなどが残っていますが、星に祈りを捧げる神楽というのは全国ではここだけなんだそう。

北極星は元々古代アッシリアやバビロニアなどの中央・中東アジア・アラビア半島付近に住んでいた

セム系民族の人達が信仰していたとも言われています。                                                           

それがこの宮崎県の山奥にある銀鏡に…日本で唯一星神楽という形で残っているのもまた不思議な感じがしますが、             

もしかしたら大昔の先祖を辿ると遠い土地からやってきた旅する人達だったのかもしれません。                    

山奥で暮らしていたからこそ他所の影響を直接受けずに引き継いでこれた可能性もあります。

ちなみに北極星、決して動かない星ではなく非常にゆっくりですが移動しているのだとか。                       

エジプトのピラミッドが建造された時代には「りゅう座のトゥバン」に。                              

現在は「こぐま座のポラリス」、そして西暦13,000年頃には「こと座のベガ」へ…。

遠く彼方から私達を導いて見守ってきた北極星がベガになる頃、日本…それどころか地球はどうなっているのか気になる所です。

銀鏡神社の主祭神である西之宮大明神の神面

 代々伝わってきた銀鏡の大切な宝の一つ。髪の毛を振り乱した強面の神面は迫力があって威厳に満ちています。                    

 御神饌として供えられる猪の頭

紙にはそれぞれ奉納者の名前が書かれています。                                         

今でもこのような御神饌をしている所はこれまた銀鏡が最後といわれているとか。

星神楽だけでなくシシトギリ(狩法神事)という神楽まであり、縄文時代まで遡ることが出来る狩猟採集の文化を見る事が出来ます。                                    

どこか途中で廃れてもおかしくないのに、このように神楽という形で銀鏡の人達が大切に引き継いできたおかげで                 

今を生きる私達も大昔に存在した日本の姿をそこから見て感じることが出来るわけですね。

 

…時代はすっかり変わってしまった。                                              

日本という国もそこに住む人達も。                                                   

銀鏡神楽のような日本の源流とも呼べるものに触れる機会は少ないかもしれない。                                                                      

だからといって何も引き継がれていないかというと、決してそんなことはない。

その一例として次のスライド写真を

↓                                                                                         

ーギャルのデコ携帯と縄文時代の土器ー

いきなりぶっ飛んだ比較のようで、いや待てよ…確かに共通するものはあるな…となる二枚の写真。                       

形は違えど、どちらも立派な職人技ですよ。 

何年も前に私の友人にもこのようなド派手なデコ携帯持ってた子いました!                           

…そうか、彼女は縄文のスピリットを(笑)                                            

そういや岡本太郎の太陽の塔も好きだって言ってたしな…あながち間違いではないかも。

好きなものを突き詰めていった過剰なまでの表現というか、自由で独創的!                                 

人から理解されようがされまいがこれが自分だ!って感じで突き抜けている感じ。                          

なんか楽しい、なんか面白い、なんか惹きつけられる。

     もしかしたらですよ、女性は本能的に何かを感じ取りやすくて敏感というか…そういう所と関係してたり?                    

そもそも縄文時代は女系・母系社会だったとかいう話も聞いたことあるしなぁ。                           

(あの縄文土器は男性が作ったかもしれないけどね)

今は断捨離とかミニマリストとかシンプルなものが流行ってる時代だし、デコ携帯もあまり見かけないけれど、                                                                                

敏感なセンサーを持っている若者たちは時代が変わっても何らかの形で日本人の気質を引き継いで新しい日本を表現していくはず。                

それも大人達が想像もしないような形で。

 

縄文土器の話に戻しますが(単なる思い出話ですが)、私も小学生の時授業で作ったことありまして。                                     

あれがなかなか楽しくて、夏の自由工作(夏休みの宿題の一つ)も母と一緒に土器作りに行ったっけ。                                     

あとあの頃どんぐりを食べてみたい衝動に駆られてたことも思い出した。                            

縄文人が「どんぐりクッキー」なるものを食べてたと知り、それが頭から離れなくて                         

拾ったどんぐりを割ったり潰したりして色々遊んでたな~って。                                  

虫入りも何個か見てたからさすがに食べるとこまではいかなかったけど(笑)                             

子供ながらに縄文時代というのは惹かれる何かがあったというわけです。 

そういや銀鏡では樫の実(どんぐり)で出来たこんにゃくのような食べ物があるそうです。

樫の木は日本の照葉樹林の一つで、これも縄文時代と深い繋がりがありますからね(照葉樹林文化)                                 

 

最近ではメディアでも土偶を愛して止まない人達が出てきたりね、昔以上に縄文時代が注目されてる気がする。                     

そこから得られる知恵というか、現代を生きていく上でのヒントになるものがつまっているかもしれないですね。              

「私は土偶が大好きです」とか女性が堂々と言っても受け入れられる?時代になったんだから                 

そういう点では良い時代になったな~なんて( ̄▽ ̄)                                 

 

そうそう、この話も興味深かったですよ!

沖ノ島の指輪

エバレットさんの友人は昔ギリシャでケルト時代の黄金の指輪(レプリカ)を購入したそうですが、                           

その20年後…沖ノ島で見つかったという国宝を見に九州国立博物館を訪ねた際に                          

自分の持っているケルト時代の指輪と全く同じ見た目の指輪が展示されているのを見てとても驚いたのだとか!!

ギリシャと沖ノ島ですよ?                                                   

地理的にはかなり離れています。                                                

たまたま?いや…そんなことってあるの?                   

 ここにも何らかの繋がりがあるのだと推測( ̄ー ̄)                                          

エバレットさんがいうみたいに、昔の日本(それこそ縄文時代)は今じゃ想像出来ない程                       

行動範囲も広く外部との交流が盛んだった可能性があるのではないでしょうか…。

 

 

はいではそろそろいい加減、今回の研究員日記をこの辺で終わらせないとね!                                               

じゃないとどんどん広がって収拾つかなくなってしまうわ。                                     

何の研究員日記や!状態になりそうで(笑)いや、既にもうなってるか?                               

元々興味のある分野ではあるので、今までも興味本位で縄文時代や、それこそ日本人の起源について色々調べたこともあってですね。                               

…まぁ面白いよね。どこまで本当なのか分からないトンデモ話も出てきたりして。                                                   

なんか色んな方向に広がっていて、今じゃー「フラワーオブライフ」の本まで持ってたりするし(^_^;)                                            

調べたからって誰かとそのことについて話すわけでもないし、せっかく仕入れた情報も右から左に流れてるところがあるんだけど(笑)、                           

それとね、過去の研究員活動(26回目)で訪れた時に見た、勝又さんの立看板に書いてた絵って                     

もしかして星信仰のことを示してたんじゃないかと今になって気付きました。

  

      アメリカ人のエバレットさんが日本にいる日本人よりも日本に理解があって(少なくとも私なんかより)                  

驚きと同時に素直に嬉しいし、ますます興味も湧くよね。                                        

88年から日本に移住されてるから、ほぼほぼ私と同じくらい「日本」で生きてるってことか…。                       

もう半分日本人みたいな感覚なのかな?なんて考えたり。                                          

こうやって日本の様々なことを教えてもらうのはどこか不思議な感じもするけど、

良い意味で外からやって来た人という立ち位置で客観的な視点でみつめた「日本」を知る良い機会になりました。                                                                    

古い日本のことだけど、逆に新鮮に思えたりね。                                                                                                

無意識のうちに引き継がれている日本人の気質は存在するけど、それだけじゃ消えていくものもたくさんある。                                        

それもまた時代の流れかもしれないけど、もっと広い意味での自分達の生い立ちあれこれに興味を持つことも大切。                        

自ら知ろうと歩み寄る一歩が大事なんですよ…きっと。  

そこでまた何かが見えてくるかもしれない。                                    

 エバレットさんが撮っているものはそのヒントとも言える、日本人の誰もが繋がりやすいコードが隠れている気がしました。                                      

それぞれの心のリーダーで読み取って下さい…                                          

なんて言葉でしめたら白けちゃうかな?笑                                       

エバレットさんの著書「失われゆく日本」

ここに載せきれないたくさんの湿板光画も載っているのでぜひ!

 

そして最後の最後に

梅干し(千葉県いずみ市・ブラウンズフィールド) 

他みたいな壮大さや威厳な雰囲気はないけど、なんかほっこりするいい写真だと思いませんか?                        

年季の入った座布団のような皺加減とか。何だか長年連れ添った夫婦を見ているような気持ちになりました。

 

 

 

 

 

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静寂な青と和紙の温かさ

2018-05-09 | Weblog

 

 

 

今回で32回目の研究員活動

春の京都へ…。

相変わらず外国人観光客が多い。駅以外の普通の道でも外国人がほんとに多い!

そして研究員は京都駅からは毎度同じグーグルで…一時間程?道に迷いながら目的地に辿り着く(笑)

現在KYOTOGRAPHIE(京都国際写真祭)も5月13日まで開催中です。

 

trace

http://trace-kyoto.com/

〒600-8834 京都市下京区和気町4

三角屋根の倉庫2F

場所は京都水族館のすぐ隣!時間に余裕あったら水族館にも行きたくなりますよ!

 

ギャラリーではトークショーの準備中 

奥の方にピアノも置いてあったのですが、今まで訪れたギャラリーの中でピアノを見たのは初めてかも?

 

 

 

堀江 美佳 「WATERFRONT II」

HP→http://www.mikahoriemu.me/

作家の堀江さん

その日の服装も作品と同じ青と白でまとめていらして素敵でした。

おまけにギャラリーオーナーの山口さんまで青い服!だったので…

私もせっかくなら青系でまとめてきたら良かった…!!なんて秘かに思ってました(笑)

 

堀江さんは京都出身ですが、現在石川県の加賀にアトリエ兼住宅を持ち活動されてます。

若い女性が古民家を買い取って住んでいる…それだけでも私は興味津々!

アパートを借りるより家を買う方がお得なんだとか。

 何故堀江さんがわざわざ石川県に住んでいるのかというと…

雁皮(がんぴ)という和紙の原料になる植物が自生する最北の地が石川県だということと、

そこの雁皮を気に入ってるからだそうです。

 写真に写っている植物がその雁皮(何故もっとアップでも撮らなかった、私!)

石川以南の山でも採れるそうですが、多少性質も違ってくるとかで。

 

堀江さんが和紙に興味を持ったのは作品作りの表現方法を模索していた時。

滋賀の和紙工房を訪れた時にその魅力を知ったのだそう。

その後、職人の方にお願いして和紙の作り方を一から教わったそうです。

今では石川にまで移り住んで…更に自分で山の雁皮をとってきて和紙作りをするまでに!!

 もし和紙に出会っていなかったら別の人生歩んでたかもしれません…(って、それは言い過ぎ?)

 

 

「Maternalism」

「WATERFRONT II」は前回の「WATERFRONT」の続き。しかもちょうど一年ぶりとなっています。

今回は写真のネガを用い、一から手作りした和紙にサイアノプリントした作品となっています。

ちなみにこちらの作品のタイトル「Maternalism」、聞きなれない単語だったのでネットで調べてみると

「マターナリズム」母性主義とも言い、相手の同意を得て、寄り添いつつ進む道を決定していくという方針…のことだとか。

 

 

 

 「circumstance」

まるで十字架のような神秘的な一枚

(写りこみ激しくてすみません…)

「circumstance」は…事情、状況、環境、境遇という意味。

写っているのは十字架ではなく、和紙作りの時に使う木の板を並べた時に出来た隙間だそうです。

 

 

「Indigo Moon and White Moon」

雲の上に並んだ二つの月…のような作品

よく見ると黒い方は山だということが、白い方は雪だということが…分かる人には分かるかもしれない。笑

遠近法で面白い写真になってますよね~。手前の雪と奥に見える山の丸みが同じ位置にあるように見えるという。

今年の2月、石川県では記録的な大雪が降ったとかで、その時に撮影されたそうですよ!

 

ちなみに全ての作品の傍にはタイトルがありません。離れた所にまとめて書いてありました。

だからこそ先入観にとらわれない見方が出来るのかな…とも。

これは何が写っているのかな…どこの部分を撮ったんだろう?もしかしてあれかな?

っていう風に作品の前で考えを巡らすのも一つの楽しみですね! 

 

 「God helps those helps themselves」

異国情緒ある作品だな…って思いながら見ていたのですが、ブラジルで撮ったそうです。

 

 

 「Ancient Tomato」

この作品も面白いですね。アンモナイトの化石のようなトマト

あの赤い色がないだけでこんなに別のものに見えるなんて。

他より粗削りな和紙もアンティーク感出てて良いです。

 

 

和紙のもつ素朴な美しさと作家さんの感性(表現力)が組み合わさった「WATERFRONT II」

なんてない日常の一部を切り取ったら別のものが生まれる

それを更に神秘的に美しく見せるのが作家さんの技ですね!

改めて考えると…山奥にひっそり生えてた植物が人の手によって姿を変え、新たな存在意義を持ち

こうして都市のギャラリーで人の目に触れること自体も不思議なことだな…と。

それとやっぱりサイアノプリントの青色も和紙の手作り感も癒されるということ。

こう…なんというか、見ていて精神が落ち着くと言ったらいいのかな?

あわよくば作品も触りたい、和紙の感触まで確かめたい…

私はそう思ってしまった。

全てが静かだけど決して冷たくなく(温かみもあって)、またくどくもなく、

ずっと眺めていられるような…「WATERFRONT II」の作品は人にとって癒しの効果があるのではないかと感じました。

 

 

 

トークショーでの一場面

左側の方がギャラリーオーナーの山口さんです。

堀江さんは和紙制作やそれを活用した作品制作だけでなく、現在日本画も学ばれてるそうです。

日本の色(伝統色)の多種多様さとその奥深さについても語られてたのですが、私自身興味のある話でした。

例えば…灰桜(はいざくら)、焦香(こがれこう)、月白(げっぱく)、紅掛空色(べにかけそらいろ)、白群(びゃくぐん)などなど…

もうたーーっくさんの色にそれぞれの名前がついているのですが、

どれも見たり聞いただけで想像力を掻き立てられるような魅力がありますよね。日本語って改めて美しいな…なんて。

日本画を学ぶことで今後どのように作品制作に影響するのか楽しみです。

 

 最後に…

和紙作りの様子を記録した写真の一部を載せます

 雁皮は4月が収穫時期だそうです。

 採ってきた雁皮は乾燥しやすいのですぐに皮をむくんだとか。

これがなかなか大変な作業で10人くらいで一気に行うそうですが、普段使っていない背筋を使うので筋肉痛になってしまうそうです(笑)

 雁皮を干してるこの写真、好きでした。綺麗だな~って。

 木槌で繊維を叩いてる時の写真

もう十分和紙らしくなってますね!

和紙の良い所の一つ…完成した後でもやり直しがきく所。もう一度水でふやかして一から作り直せるそうです!

確かに…普通の写真作品だとそうはいかないですよね。あちゃーなんか違うな!よし、分解するか!というわけにはいかない(笑)

和紙を外干ししている所

この時の和紙にはまだ水分が含まれているので、たまにトンボがやってきてそこから水分吸収をするような。 

 ほら、こんなに薄い透き通った和紙も!

厚みや繊維を自分で加減出来るのも手作りの魅力です。

和紙作りは一般の方でも予約したら参加出来るそうなので、興味のある方はぜひ!

…って、私が行きたいくらいで(笑) 

和紙、興味あるし。あと堀江さん本人の生活スタイルにも興味があって。

加賀のどんな所に住んでいるのかとか、家の雰囲気はどんな感じかとか…もうこれほんと、個人的な興味過ぎて(笑)

 

こちらは実際使用されているという和紙+サイアノタイプ作品の没もので出来たというマウスパッド!!

なにこれ…ちょっと素敵じゃない(゜゜)?と引き寄せられた研究員。

でもゴワゴワしてて使いにくいのでは?と思いきや、意外にもツルツル滑らかにマウスを動かすことが出来ます(笑)

 

そうそう、トークショーはワンドリンクオーダー制だったのだけど、

何種類かの中から選んだジンジャーエールが、生姜の味が効いててとっても美味しかったです。真夏にグイっと飲みたい!

他にもバターブレンドコーヒーなるものがあってですね、焙煎したコーヒー豆にバターをしみ込ませて作ってるそうです。

普段コーヒーは好んで飲まない方ですが、これは一度飲んでみたいと思いました。

 

 

 

 

 
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☆2018☆

2018-01-01 | Weblog

 

 

明けましておめでとうございます。

今年も研究員共々、よろしくお願い致します。

 

2018年はどのような作家さんと作品と出会えるのか…

毎回緊張はするけど(笑)、楽しみにしてますね!

 

 

それでは、皆様よいお正月を\(^o^)/

 

 

 

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境界線のない曖昧なもの

2017-12-21 | Weblog

 

この日、何年かぶりに思いきって美容室でパーマをかけたんですけど、どうも思った通りにならなくて…

というか、やっぱり希望通りにならなくて…

誰かに似てる気がする…と思ったらそれは「みうらじゅん」 で。

その、みうらじゅん女ver.になった研究員はそのままの状態で研究員活動をしに大阪へ向かいました。

※みうらじゅん さんの髪型はご本人には似合ってる、個性だと思ってます。念のため。笑

 

今回31回目の研究員活動は大阪の十三で!

駅からギャラリーまで時間内に辿り着けるかが、私にとってまず第一関門(笑)

今回もグーグルマップで経路セットしてから…いざ!

だけどこれが毎回自分がどっち方面に向かってるのかすら分からなくなるのです(;゚Д゚)スマホの向きでも変わるしさ…

余計迷う時もあるから便利で便利じゃないという(笑)

さっそく狭い飲み屋街に入っていき…ん?なんか違うような…と、つまづく←思いっきり間違ってました

やっと中間地点まで来れたか?と思ったら、今度はラブホ街に誘導される(笑)

え、この道でほんとに合ってんのかな(;'∀')にしてもホテル、立派ね~

十三って色々と濃い町だなぁ…

なんて思いながらもひたすら歩いたらギャラリーに辿り着きました\(^o^)/

帰りも懲りずにグーグルマップを頼ったのですが、普通にラブホ街通らなくて良かったんですけど(笑)

もうほんと、グーグル先生意味わかんないわ/(^o^)\

BLOOM GALLERY

〒532-0025 大阪府 大阪市 淀川区 新北野1-11-23 ハイム北野B103

 

大坪 晶 「Remembrance of Names」

2017年11月29日(水)~12月23日(土)

大坪さんのHP→http://akiraotsubo.info/

 後ろ姿の女性が、作家の大坪さんです(´▽`)

 

作品展タイトル「Remembrance of Names」は日本語に訳すと「名前の名残」

人が何かを思い出して記憶するという過程では、脳の中で常に記憶のデータが存在しているわけではなく

その都度つながりが生まれ記憶の再固定が発生するそうです。

今回は図鑑・固有名詞を元に、その体系化/歴史を解体&再解釈&再構築をすることによって

新たな集合的記憶の場が作りあげられました。 

 

たくさんの図鑑を元に制作された作品

 細かすぎて…私のデジカメじゃピントがうまく合わないのですが(笑)、

図鑑の中に載っている大量の固有名詞(◯◯ヒトデ…などの名前)をわざわざ切り取って、

それを表面にランダムに、時には文字の配置を楽しみながら

(日本語だと何だかんだ言葉の意味が頭に入ってくるので言葉遊びをしてしまうという)

ひたすら貼り付けていった…という、気の遠くなるような作業をされています。

しかし大坪さんはそれを案外楽しんで制作されているそうですよ?笑

無心になって集中しながら作業をするので、この行為はある意味瞑想に近いかもしれませんね。

図鑑はAmazonなどのネットで安く購入。本体0円とかで送料の方が高くつくってやつです。

日々新しく更新されていくものなので、(挿絵などが)美術品としての価値がある…とかそういうの以外

古いものは図鑑としての価値がやっぱり下がってしまうんでしょうね、悲しいことですが。

 

話がいきなり飛ぶようですが…

小さい子供は成長すると共に他者と自分を分けて考え、それに適応しながら生きていこうとします

そうして人間は何でも分けたがる傾向があり、それら分類することを得意とします。 

 

でも時々さ、◯は◯、△は△って、そうやって既に決められてることに対して気持ち悪くなるというか

疑問に感じる時ってありませんか?

一定な見方に囚われていて、私達は本質を見ていないんじゃないか…とか、

そもそもそのものの本質って一体何なんだろうって。笑

 

既存しているものを一度解体してしまい、そのまま放置するのでなく

再びそれらを自分なりに構築し直すという行為は、ある意味とんでもなくマニアック?なことなのかもしれませんが(笑)

頭で考えるだけでなく、実際こうして形として目の前に提示されることによって、

もう一度私達に考える機会を与えてくれているのかもしれません。

 

 

 

 その図鑑の表紙と背表紙部分

 

 

 

 例えば、これは元・貝の図鑑でした。

貝の部分は元々表紙に載っていたもので、その周りに中から切り抜いた固有名詞がびっしり貼り付けられています。

この貝はこの図鑑を代表する“貝”であって、そこには個体としての情報はありません。

貝ってこんな感じだったよねっていう、なんとなくイメージする貝(記憶)そのものです。

 

 こちらは果物の図鑑の写真部分を細かくして珪藻粘土に貼っていった、果物だったなにか…の集合体。

 触ったり持ち上げてみたり…色々させて頂いたんですけど、かなり軽くてコンパクトなので持ち運びには便利です。笑

この軽さは記憶の軽さ?にも通じるかもしれない

果物じゃなくて、もっと個人的な重い記憶になればなる程その質量も変わってくる…そんな感じ。

 よく見ると、イチゴ(だったもの)の粒が分かったりする

 

 

 そのままくり抜いたものを貼り合わせてみたり…立体的にしたり

 

 同じようにして作られた、鉱石らしきもの

 

 こんな風に地道に切り取っていった様子がよく分かります。

 

これなんかは洋服のパターン画が元になっているそうですよ!

その上に船を置いているから、航海地図に見えてしまうという。

 

 

 人物/写真コラージュ作品

写真では分かりにくいけど、実物は結構大きいです。

彼女はヴァージニア・ウルフというイギリスの小説家で、代表著書は「ダロウェイ夫人」

私はこの「ダロウェイ夫人」をモチーフにした「めぐりあう時間たち」という映画を観た事があるのですが、

大坪さんから彼女と著書の説明を受けてる途中でやっと、あ!!もしかしてニコール・キッドマンが出演してた映画ですか!?

ってなりました。笑 

気付くの遅いわ~(;´・ω・)

ヴァージニア・ウルフ以外には…

「元始女性は太陽であった」の言葉で有名な平塚らいてう(平塚雷鳥)

今の5千円札にも描かれている、樋口一葉

という、三人の女性小説家のコラージュ作品が展示されていました。

その三人を選んだ理由は、それぞれその時代を代表する人物であり、大坪さん自身も少なからず三人の影響を受けたからだそうです。

そして、コラージュ作品をよーく見ると、無数の小さな人物写真で構成されていることに気付きます。

これらの写真は知り合いから受け取ったものや、新聞から切り取ったものなど様々

それをわら半紙に印刷して貼り付けていったんだとか。

わら半紙を選んだのは単に素材としてコラージュに適していただけでなく、

ちぎった断面の繊維同士が馴染んでいく所が、人の記憶(意識)が繋がっていくようで良かったそうです。

一般的なコピー用紙ではそれが出来ないそうです。断面が層になっているとかで。

 

ヴァージニア・ウルフという女性が一人の偉大な作家であったと同時に、

人々の記憶によって彼女がこの世に存在していたということも意味しています。

 記憶は共有されていくのです。

 

 私が思うに、元々、他と個の境界線自体は曖昧なものなのかもしれません。

個人が所有しているつもりの記憶も、個々として存在していると思い込んでいるだけで、

それすら集合的記憶(もしくは集合的意識)と呼ばれるものの中に存在する何かなのかもしれないです。

 

 

この日は研究員活動の後に、トークイベントにも参加しました。

バックに展示しているのは樋口一葉のコラージュ作品

左側に座っていらっしゃるのは、以前研究員活動で取材させて頂いことのある、立花さんです!

その時の記事(なんと今から8年前!!)→ 過去と現在の狭間で

お二人は元々最初から写真を専攻されていたわけではなく、大坪さんは臨床心理学がベース、

立花さんに至っては人文社会科学研究科修士号という聞きなれない学位の持ち主

そして今回「言葉と写真」をテーマに様々な事を語られました。

 

私は写真を専門的に学んだことはありません(学校に行ってまで何かを習得したことがないということ)

ですが自分で気軽に写真を撮ったり見たりすることは好きです。

言葉についても…一応、総合文芸学科という謎?な学科を卒業していますが(笑)、普段本が好きで読みまくってるわけでもなく、

文章を書くことを得意としているわけではありません(^^;

ただ書くことは意外と好きなんだなとブログを始めてから思いました。

そんな素人の私がこうして不思議な縁で研究員活動という未知の領域に毎度チャレンジさせて頂いているわけですが、

言葉についても写真についても両方かつてないくらい、この活動では自分なりに向き合っているつもりです。

まず、言葉で表現することって正直とても難しいですね。。。

頭の中で思ってることの60%くらい(もしくはそれ以下)しか出せていない気がしていつももどかしいし、

ちょっとした書き方の違いだけで全然違う意味に捉えられる可能性もあり、

言葉にすることによって枠に当てはめたようになってしまい、そのものの限界を作ってしまう恐れもあるのではないか…

と、考えたりもします。

かといって写真だけだと今度は見方が広がりすぎることによって、想像する余地があっても、

作家さんの意図が全く読めない可能性が出てくるでしょう。

 

研究員活動をしていて、自分は外部から来た人間だという意識が強いので(お邪魔させて頂いてる気分というか)、

時々ギャラリーの空間含め、皆さんが真剣に取り組まれていることや考えていることに対し、不思議に感じる時があります。

例えば今回話の中に出てきた「写真とはなにか」について考え意見を述べるようなことは

私の普段の生活では行われない出来事です(個人的に頭の中で色んなことを考えはしますが、皆でそのような話題を共有する機会はない)

日常の一部として存在しているにも関わらず、何だか日常から切り離された非日常的な空間がそこには出来上がっているのです。

大坪さんが、ギャラリーは神殿のようなものかもしれない…とおっしゃってたのですが、

私にとっても共感できる例えだなと思いました。

 

 

 

ギャラリー近くの高架下の写真

 

 

 

 

 

 
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