徳永写真美術研究所/研究員日記

ギャラリー・美術館を訪ねた日のことを綴ります。

Let's get big chance at home

2022-07-26 | Weblog

今年も早いもんで、もうすぐ7月も終わりですね。

自分のブログ(研究員日記とは別)すら長い事書いてないまま、気付いたら夏だなんて!

仕事している時は一週間が長く感じるのにね、全体でみたらあっという間。

文章書くってどんな感じだっけ?なリハビリ状態です…。

長いこと食う寝る働く以外のこと、大してしてないなって。

10代20代に夢中になれていたことが同じ熱量でしたいと思わない、出来なくなっているというか。

これって歳をとったってこと?

元々マイペースな方ではあったけど…

私の「やる気スイッチ」どこいった。笑

ォーーーー\(^o^)/ーーーーィ

 

 

40回目の研究員活動

「土日は休んでいたい」が最近の私のモットーになりつつあるが(笑)、

久しぶりに日常と離れた場所へ行くことによってちょっとでも刺激になれば…という思いも!

とかなんとかいって、研究員活動の次の日をちゃんと有休にするという。笑

訪ねることになったギャラリーは昔から何回かお邪魔しているgallery176さん

http://176.photos/

〒561-0851 大阪府豊中市服部元町1-6-1

 

過去記事

176活動記(台湾・その他編)

9年ぶりの再会・新たなスタート

再現される文化大革命

「洛中洛外観察日記 」を研究員日記に・・

 

村中 修 「Still Lifes on slow life 2020-2022」

今更過ぎるけど「still life」って静物画、静物って意味なんですね。なんていうか…面白い響きですね。

 

作家の村中さん

2020年にビジュアルアーツ大阪の学校長を退職された村中さん

忙しい日々が一変してslow lifeへ。

同時に世の中ではコロナが広まり、生活全体にあらゆる制限が掛かるように。

そんな中兼ねてから取り組んでいたstill lifeだと自宅でも撮影が出来るということで

自然光が入る部屋で最小限の機材を使い、元々自宅にあった物や学校で使っていなかったもの

人から譲り受けたものなどを出来るだけ再利用して撮影した

「Red line」「Souvenir」「flowers」「Window Light」

4つのシリーズが今回の内容です。

 

ギャラリー入口に他の作品とは離れて展示されていたこちら

村中さんのおじいさんの写真とカメラ

そのおじいさんは京都でカメラの技術を習得し写真屋を開業されたそうです。

息子(村中さんのお父さん)は医者になったけど、孫にあたる村中さんがこうして写真に関わっているということ、

おじいさんから何かしらの影響と引き継がれているものがあるんだろうな。

原点ここにあり…か。

 

 

「Red line」

構成要素として画面に赤い線を入れ込むことで生まれる異化作用を狙った。

古くから持っていたアイデアだったが、赤い線だけを残してモノクロ化できたのはデジタル時代だからこそ可能になった。

「絵」を見ているようです。

モノクロの静物空間に赤い糸が入ることによりどことなく緊張感が加わる

ピンと張りつめたり複雑に絡んだりして

唯一この糸が感情のような役割を果たしているように感じました。

この左の風変わりな瓶は今ではそう見る機会がないですけど、昔洗眼用に使用されていたものだとか。

 

 

「Souvenir」

記憶をテーマにした従来からのコンストラクテッドな作品「Recollection」シリーズからの発展的継続。

日記をイメージして紙の上に被写体を置き、砂やホコリなどで時間を表現した。

より物語性のある「Souvenir」は月日の経過を感じさせる仕上がりに

何の下顎の骨なのか気になって確認すると、これは鹿だそうです。

学校の生徒のお父さんから譲り受けたものだとか。

この周りに散らばる砂埃は鉄道模型のジオラマに使われているものを利用したそうです。

「Souvenir」を観てコンストラクテッド・フォトの作家、オリビア・パーカーを思い出す人もいるそうな。

村中さんが大昔に夏休みの自由研究として出した、貝やサメの歯の化石標本

添えられている小さい手(手つぼ模型)が幼少期の思い出感を演出しています。

自由研究に困っていたところ、貝の研究をしていた親戚のお兄さんに送ってもらって何とか仕上げたという。笑

それを村中さんのお母さんが捨てずに大事にとっていたということもすごい。

更に親戚のお兄さん、後に自然史博物館の館長になったというお話も聞いて、なんだか夢があるな…なんて。

個人的なことで、コロナな世の中になってから一番夢中になったことが「貝殻拾い」で。

この話は最後にまた書きますけど(笑)、化石もワクワクするし、こういうの見たら食いつくよね(^o^)ノ

 

 

「flowers」

敬愛する写真家アーヴィング・ペンの名作「FLOWERS」へのオマージュ。

白の背景に生命としての花を象徴的にではなく植物図鑑のように即物的に写し込むことを考えた。

展示していた作品の中でとにかく一番大きくて目立っていたのがこの「flowers

花は造りが繊細なので、マクロでこれだけ大きなサイズで観れることはちょっとした贅沢。

私はアーヴィング・ペンの「Flowers」を知らなかったので(たぶん)それを知れたのも収穫でした。

オレンジの透けている花びらが美しいけど、真ん中の黒い棘みたいな部分が少しギョッとさせる。

被写界深度合成」という技術を使って写真全体にピントが合うようにしたそうです。

ピントの位置を少しずつずらして何枚か撮った写真をphotoshopで合成していく

更にそこから手作業で微調整していくそうですが、その時出来てたつもりでも

これだけ大きくプリントしてみるとパソコンでは分からなかったぼけが見つかったり…というお話も。

 

 

「Window Light」

窓からの光で撮影したシリーズ。時間経過で光の方向が変わり、色も変化する。

変化する光をアクリルのプリズムや立体で表現し、刻を感じる古びたものと組み合わせた。

こちらも被写界深度合成をしているので端から端までピントがあった写真になっているそうです

このシリーズ、4つの中で一番繊細かつ変化のある作品でした。

…光と刻を一枚に…

窓から差し込む光だけでこんなに雰囲気が変わる写真が撮れるのですね。

人が演出したものに自然の光が作用して新たに生まれる空間は一つとして同じものはありません。

「Red Line」にいた蝶も全く違った趣に。

光と影、ものの造形とその曲線

一つひとつに和の要素はないはずなのに、艶やかな着物でも見ている気分。

特に右写真の光の色、影とのコントラストがとても美しくて好きです。

これはいつの時間帯の光なんだろう…と考えながら眺めるのもまた良し。

プリズムの代わりに水晶とか鉱石を置いて撮っても素敵だろうな~

 

 

今回村中さんの4つのシリーズを観て私なりに一番感じたことは

家写真の可能性でした。

撮るにはどこかに出掛けないといけないでしょ、それなりに高い機材がないとやっぱりねぇ、

何だか体力もないのよ、そうそうお金もそんなないし…!

なんて言い出したらキリがないくらい撮れない理由が湧いて出てくるど(笑)、

確かにそれらも一理あるにはあるんだけど、勝手に縛りをつけたり撮れない理由を探したり

思い込んでる部分もあるんだろうなって。

本人のやる気工夫次第で、身近にあるものでこれだけ雰囲気の違う作品を作ることが出来るという可能性。

(もちろんこれらは村中さんのセンスと長年の技術あってのことですけど)

あ~~、なんか私も写真撮りたくなってきたかも、なんかしよっかなぁって

そんな気持ちが前より出てきた気がします。

 

 

村中さんの過去の作品もいくつか見せて頂きました。

左がフィルム、右がデジタルで撮影したそうです。

これで見ると私はデジタルの方が好きかも。花が明るく写っているから。

勢いのある花も綺麗だけど、右上の枯れかけの花がある意味一番複雑で美しい。

左下に写ってる、ネフェルティティ?らしき像なんて昔100均で購入したものだそうで。

え!もっと高いものなんだと思ってたけど…そうか~へぇ~~!な話も聞けて良かったです。

 

あとコチラ

村中さんが学校で必要だと感じ、何と自ら全て手作りしたという教材!

Amazonにて購読出来るのでぜひ。

 

 

研究員活動後、久しぶりに服部天神付近で「散歩」をして見つけたもの

 

 

 

ー 番外編 ー

私も20代の頃は今より時間にも余裕があったし、何を撮っても楽しかった時期があったな…と。

昔から絵は好きで描いてたけど、大学に入ってから写真も面白いなってなって

専門的な知識はそっちのけで(笑)…とにかく撮って表現することは面白い!と

家にいる時も色んなもの撮ってたなぁ~って

  

  

 

例えば「りんご」だけでもこんな風に色んなパターンで撮ってみて遊んだり。

 

「Souvenir」の貝の化石のとこでちょこっと書いたけど、

コロナな世の中になってから久しぶりに夢中になれたのが海に行くこと、貝殻集めでして。

日々の疲れを癒すために何となく人混みを避けて海を選んだことが始まりだったんですけど、

海ってやっぱいいな~って思って散歩していると意外と足元に貝殻が落ちているんですよね。

更に場所を変えると落ちてる貝の種類が違ったりして、こりゃ面白いぞ!と。

そこからネットでも色々調べるようになって、

海岸などに打ち上げられた漂着物を収集の対象にしたり観察したりする行為を

ビーチコーミング」って呼ぶことを知りました。

地元の友人が私のわがままに付き合ってくれてたんですけど、私程貝殻に興味なくてですね…

もう海はいいと(笑)

そんなこんなで、盛り上がって貝の本を買うまでに至ったのに

1人で海に行ってひたすらいい感じの貝を探すという行為そのものが自分にとって地味にハードル高くて

全然行けてませぬ( ;∀;)

1人は好きなんだけど1人行動自体は苦手なとこもあって。そして車の運転も…笑

色んな人のブログ等を見たりして、他県の海も行ってみたい…と気持ちだけ高めています。

貝の写真を撮るのもいいなとか。

 

 

…誰かビーチコーミングに興味ありませんか?

 

 

 

 

 

 

 


🗻2022🗻

2022-01-01 | Weblog

明けましておめでとうございます

今年も研究員日記共々よろしくお願い致します。

 

改進!ある一年となりますように

 


大地に水を招く人々

2021-12-07 | Weblog

ここ数ヶ月「水」が改めて重要だと感じる物事が自分の中で続きました。

この前人生初めて経験した断水

一週間程だったけどそれでもでもなかなか大変で。

断水してるけど仕事もいつも通り行かないといけないし…

いつもと違うけどいつもと同じ生活を送らないといけないことが結構ストレスにもなったなぁ。

家では以前から箱買いしていた飲料水や近くの学校に来てくれた給水車から汲んできた水を利用して、

少しずつ工夫しながら適応し、なんとか過ごしました。

日本に住んでいたら当たり前のように水が使える環境だから普段そこまで意識することはないけど

自分たちの生活って想像以上に水で成り立っているのだなと実感した日々でした。

それからしばらくして上映が始まったのが、前から楽しみにしていた「DUNE」

砂の惑星が舞台となっているSF映画で、これがまた私的にかなり好きで2回も観に行ったのだけど、

断水後に観る、砂の世界というのがまたなんといいますか、より響くものがありましたね。

そしてその後、たまたま次の研究員活動先となったのが

(毎回私が行き先を決めているのではありません)

今回の「水を招く」です。

 

40回目の研究員活動◆

最近目的地にスムーズに辿り着かないことが続いてることが悩みに…。

前回もそうだったけど結構早めに家を出てるのに、意味ないやんってレベルで道に迷ったり電車乗り間違えたりする。

もうこの際コロナのせいにしてやろうかと(笑)

地元ばかりで基本引き籠り気味な生活してるからなぁ

大阪出てきて人混みに紛れるだけでたぶん心拍数も上がってんだわ。笑

リコーイメージスクエア大阪

大阪市中央区大手前1-7-31 OMMビル1階

リコーイメージングスクエア大阪

中山博喜 「水を招く」

「水を招く」

ペシャワール会

中村医師

 

…人生何が起こるかわからない…

 

当時芸大生だった中山さんは、まだ就職先が決まっていなかった時に

ひょんなことから声が掛かって突然異国の地へ行くことに。

奴隷のように働いてくれる日本人を求む!←という声に応えた中山さんに、

現地で本当に「あなたが奴隷ですか(^^)」と言ったという中村医師。笑

しかも中山さん、当初アフガニスタンという国がどこにあるかも分からなかったそうで

「カンボジアに井戸掘り行ってくるわ」

…と、全然違う国の名前を周りに言ってたらしい(笑)

就職せずに急にカンボジアに井戸掘りって言われても「はい?」って感じだけどね。

…青年海外協力隊?みたいな。

しかも1年とかじゃないよ、5年だよ…滞在期間、長いよ。

アフガニスタン、今じゃすっかり「危険な国」として世間で認識されましたね。

 

私個人は研究員活動前から一応中村医師のことをテレビで知っていて。

何年か前に放送したNHK ETV特集「武器ではなく 命の水を」をたまたま観るまでは何も知りませんでした。

 

最初パキスタンの診療所で診察をしていたけれど、隣国アフガニスタンから難民が絶えず押し寄せてくる。

そのためアフガニスタンにも診療所を開いたけど、戦争以外に土地そのものが大干ばつで作物すら育てられない、

満足に食べることすら出来なくて衰弱したり病気になって死んでいく人がたくさんいる状態だった。

これではいくら医療活動をしていてもきりがない

この現状を少しでも良くするためには根本的な所から変えていくしかない

医療よりも先に人々にとって必要なのは、まず生きていくための「水」を確保すること。

これは医療の延長上のことなんだと。

一人の医師が白衣を脱いで作業着を着、大地に水を通すため現地の人たちと共に奮闘する姿が印象的で。

こんな日本人がいて、今も向こうで頑張っているのか…と。

また、荒れた大地に蘇った緑の風景はテレビ越しでも感動するものがありました。

そして

放送を観てから数年後、ニュースで中村医師が襲撃されて亡くなったことを知った時はとてもショックでした。

 

写真展では意識して撮っていたモノクロ写真と

スナップ感覚で撮っていたというカラー写真の両方を展示していました。

今までの信頼関係で成り立っている場で、いきなり外から来た者がパシャパシャと写真を撮るようなことはせず

少しずつ周りに溶け込んでから撮るようにしたそうです。

イスラム圏といっても国にも差があるとは思いますが、

女性の写真を撮るということ自体本人や家族が嫌な思いをする可能性があるので

中山さんは一応それも考慮していて、展示している写真には一枚も女性が写っていませんでした。

これでもほんと、改めて思い出したら「武器ではなく 命の水を」でもそういや女性はほとんど出てこなかったな…って。

それぞれの文化は尊重しないとだし、彼らは彼らなりの方法で女性を守っているのだろうけど

同性としてはどうしても抑圧されているように感じてしまうのも事実かな。

生きてきた環境、考え方が違うから。

アフガニスタンという国自体様々な部族が存在する多民族国家なので、

それぞれが独立したコミュニティーを築いているし

それを無理やり外部の者や政府なんかがまとめようとする方が無茶な話でもある。

混乱が生じるのは必須ですよね。

人間お互いを認めて受け入れるのって難しいですから。

この巻き上げ機を扱う際は注意しないと巻き込まれる危険がある

 

現地スタッフの良い表情

 

給料を受け取りに来た井戸掘りの男たち

 

民族衣装(伝統的な普段着?)の男たちの傍らで現代風のパーカーを着ている青年も

カラー写真は私的なもので元々公開するつもりはなかったそうですが

中村医師の死後、周りから何故公表しないのかと問われたことがきっかけになったんだそう。

 

写真展では中村医師を主張しているわけではなく、

写っているのは現地で働くアフガニスタンの人々がほとんど。

発端は中村医師ではあるけれど、この人たちの努力と団結がなければ決して水を通すことは出来なかったでしょう。

 

 

現場作業の中にさりげなく中村医師も写っている(右)

 

ショベルカーを操作する中村医師

 

中村医師は素晴らしい人です。

だけど決して英雄視されたいわけじゃない、自分だけが有名になっても嬉しくはないでしょう。

この活動をきっかけに、世界の一隅にいるアフガニスタンの人々に関心を持ってもらえたら…

そして最終的には自分たちが関与しなくても、

彼らが彼ら自身の力だけで故郷で生きていくことが一番の理想でしょう。

 

「アフガニスタンの人々」というイメージが私たちの中で出来上がりつつあるけど

文化は違えど同じ人間なのだから笑いもするし、

ほとんどの人が自分たちの生活を守りながら平和な暮らしがしたいだけ。

そのやめに岩を削り水を招く

この写真展で見せたいのはその人たちの飾らないそのまんまの日常の姿なんだなと私は感じました。

 

中村医師が襲撃された時、中村医師一人が亡くなったのではなく運転手や警備員など

一緒にいた現地の人5人も亡くなった

そう中山さんが言ってたことが私の中で特に印象に残っています。

 

忘れてはいけないんですよね、今も現地の人たちは生活をしているし、この活動も継続されていることを。

 

 

 

 

 

これらの写真をまとめた本「水を招く」はAmazonでも購入出来ますので、興味のある方はぜひ

中山さんが撮ったカラー写真は全体的に白と灰色のイメージでしたが、表紙も同じ統一感のある仕上がりに。

本のサイズも手にとってもらいやすいように工夫したんだそうです。

今までのここでの活動や中村医師についてまとめた本の中ではなかなか異色の存在だと思いました。

現地ワーカーとして様々なタイプの日本人の若者が働いた中、

芸大生だった中山さんが現地に行ったことには意味があったんだろうなと。

その眼を通して私たちもこうして触れる機会を得るわけですから。

 

共に制作に携わられた、デザイナーの大西正一さん(左)・ 赤々舎の姫野さん(右)

ベタ組み、ツメ組みの話も興味深かったですね…。

この日記ももっとこういう風にしたいとかいろいろあるにはあるんですけど、なかなかね。笑

 

 

ペシャワール会では会費(3,000円~)と寄付も受け付けていますので、こちらも気になる方はどうぞ

 

 

 

 


1人じゃないよ

2021-08-16 | Weblog

2021年夏も相変わらずコロナの日々ですが

学生達も夏休み半ばかぁ。

何かと制限ありで、私達が過ごした夏とはまた違った思い出が形成されていくんだろうな。

毎日週末早く来ないかなってこと考えながら日々過ごしてる私ですが(笑)、

気付けば7月、気付けば8月、といった感じで何だかんだで今年の夏もあっという間に過ぎてしまう気がします。

昔の夏ってもっと濃かったのにな。

そして真夏のマスク、相変わらず慣れず。笑

 

今回で39回目の研究員活動

約1年ぶり。最近全然使っていなかったデジカメ出してきて充電したり、前日にバタバタ仕度。

出発する日は時間に余裕を持って家を出たのに…

なんとギャラリーの場所を間違え大遅刻という失態を

大阪のニコンサロン、大阪駅近にあるヒルトンから心斎橋方面に移動していたとは知らなかった…。

心斎橋方面って私的に分かりにくくて。駅からサロンまでそう遠くないはずなのに迷いに迷ったという。

ちゃんと確かめずに数年前の記憶のまま向かってました。

もしご存知でないない方がいらっしゃったらお気を付け下さい。

ニコンプラザ大阪 THE GALLEERY 

〒541-0059 大阪市中央区博労町3‐5‐1 御堂筋グランタワー17階

ニコンプラザ大阪

齋藤 茜 「確かな断片」

作家の齋藤さん😊

HP→齋藤茜 saitoakane

そして隣に写っている微笑ましい女の子が齋藤さんの娘さん

前回の写真展では妹を、今回は娘という自身の思い入れが強い人物に焦点を合わせた作品となっています。

妊娠している時は写真から離れていたそうですが、産んだ後にこれは撮らないと!ってなったそうです。

毎日おむつを替え、おっぱいをあげた日々は、子どもの記憶に残らない。

記憶とはなんて不思議な仕組みなのでしょうか。

子どもが小さい頃、いつになったら手がかからなくなるのかと、

人が育つことのあまりの途方もなさに愕然としながら、その不思議さに想いを巡らせました。

生まれたての赤ん坊の光り輝く存在感は、これまでの人生で見たことのないものとして、脳裏に焼き付いています。

けれど、過去を悠長に振り返る間も無く、目の前の子どもとの時間はノンストップで進んでいきます。

誰かと時間を共有し続けることの意味を、これほど感じたのは初めてでした。

物心つく前の自分というのは、どこか他人のような、不思議な距離感がある気がします。

記憶がない頃の自分は、なぜか信用できるような感じがしました。

自分の輪郭をくっきりさせてくれるお守りのような。

これらの写真の未来はどうなるでしょうか。

-ステートメントより-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなに思いっきり髪の毛振り乱して駆け出すこと、この年になるとそうそうないからね、ちょっと羨ましく感じたり。笑

一人の女の子の生まれてから3歳半頃までの記録

こうして時系列で並んでいる写真を見ると

当たり前のことなんだけど、人って成長するんだなぁって。

誰にでもこんな時代があったんですよね。

自分の原形

子供の一年って大人の何倍も凝縮したものなんだろうな。日々新しい発見があるんだろうな。

そんな凝縮した日々なのに、ほとんど忘れちゃうって何だか不思議で勿体ないな。笑

もう一度体験したいな。

 

たくさんの「初めて」を経験して、親の方もそれを共有することによって

親としての立場を経験しながら、もう一度子供時代を追体験していくことになるんだろうなって。

私は子供産んだことないから同じ立場でものは言えないけど、そう感じてます。

 

成長するにつれて他者や社会との関係性が人格に影響を与えるようになって

時々自分が何者なのか分からない

辛くて嫌になったり悩む時もあるかもしれない

そういう時に記憶に残ってない、もしくはうっすらしか覚えていない頃の自分の原型を見る

振り返ることによって励まされることがあるかもしれない。

今に繋がるヒントがあるかもしれない。

現在4歳になった娘さんは、写っているのが自分だということを認識出来るようになっているそうですが

もっと成長してから改めてこれらの写真を見て欲しいなって素直に思いました。

 

うちの親も自分が幼い時の写真を撮って残してくれているけど、大半はきちんと整理されていなくてごちゃごちゃ。

こういう形で残してくれてるなんていいな~羨ましいな~なんて。

今って誰でもスマホで簡単に撮れる時代だから写真自体はみんなたくさん撮ってると思うけど

ある意味刹那的というか。

バックアップとってたとしても、それすら消えてしまったらどうしようもない。

こうやって形にして残していくことの大切さも改めて実感。

記憶に残らない記憶こそ。

会場には齋藤さんの子供時代の写真もありました。

左下はバッジになった写真で、キョンシーの恰好をしているそうです。笑

そういや小学生の頃キョンシーの映画とか流行ってたな~って。夏休みの子供映画とか。

齋藤さんと私、そんなに年離れていないので昔あるある的な。懐かしい。

こちらは「つくば科学万博」で85年に記念行事として行われた、15年後の未来へ向けての手紙

こんな粋な行事あったんですね!

齋藤さんの祖父母が15歳になった未来の齋藤さんへ書いたものです。

これは宝物になるやつだわぁ…。

 

こうして形を変えながらも思いは引き継がれていくのですね。

 

ビルの窓から見えた景色

今年は身の回りで亡くなる人がほんとに多いので、

こんな時だからこそ人が成長する、未来ある写真を見れて素直に良かったと感じました。

 


🌸2021🌸

2021-01-02 | Weblog

明けましておめでとうございます

今年も「研究員日記」共々よろしくお願い致します。

 

世界にとって、皆にとって、また一歩進んだ一年となりますように。