野老の里

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裁判で選択的夫婦別氏を認めさせるのが難しい理由

2021年06月24日 | tokoroの日常
選択的夫婦別氏を認めない現行民法・戸籍法の合憲性を争う裁判について最高裁判所が2015年に続いて合憲との判断を下した。ボク個人としては選択的夫婦別氏には賛成なのだが、一方で合憲とする判断にはそれなりの合理性もあると思った。

現行民法では750条が夫婦の同氏を強制し、それを承けて790条1項で子は夫婦同氏を前提に父母の氏を称するものとしている。仮に750条を違憲とするとそれを前提とした790条1項の規定をどうするのかという問題が生じる。柔軟に解釈するなら父母の氏としているのだから子はどちらの氏も選べると考えることもできるが、誰が氏を決めるのか、夫婦で意見が分かれたらどう決めるのか、子が成長したら氏を選べるようにすべきかなど様々な部分で問題が生じ、仕組みを整備する必要がある。また夫婦別氏を認めても子の氏は統一すべきと考える人も多い。国民の間で選択的夫婦別氏そのものには賛成する人が増えていても、その先の子の氏の部分で意見がまとまっていない点は指摘できる。

今回合憲判断を出すに当たり補足意見で「本来、法制度の合理性に関わる国民の意識の変化や社会の変化などは、立法機関である国会が不断に目を配り、対応すべきだ。選択的夫婦別姓制度導入に関する議論の高まりについても、まずは国会で受け止めるべきだ。」「選択的夫婦別姓制度の採否など夫婦の姓に関する法制度については、子の姓や戸籍の制度を含め、国民的議論、すなわち民主主義的なプロセスに委ねることで、合理的な仕組みのあり方を幅広く検討して決めるようにすることこそ、ふさわしい解決というべきだ。」と述べられている。憲法では裁判所には法規が憲法に適合するかどうかを決定する権限があるとし、一方国会は国の唯一の立法機関であるとしている。民法750条を違憲としてしまうと790条1項についても整合性のある判断を求められてしまうことになるが、子の氏をどうするかはもはや法規が憲法に適合するかどうかの判断を超えた立法行為であると考えることができる。補足意見は子の氏について判断するのは立法行為になって裁判所の権限をはみ出すものであるから国会で決めてね、という当たり前のことを示したものといえる。

最高裁判所が国会にボールを投げ返したことに批判する人も多いかもしれないが、民法750条と790条1項との関係性を考えると合憲判断は無理がないものといえるし、また今後も裁判によって選択的夫婦別氏を認めさせることは難しいと予想できる。ボク自身は前述したとおり選択的夫婦別氏には賛成である。ただ選択的夫婦別氏制度を導入するには地道に旧姓使用を広く認めていくしかないだろう。一足飛びに民法・戸籍法を変えようとしても現行制度を強固に守ろうとする人たちがいる以上は難しい。旧姓使用が当たり前の状況になって初めて選択的夫婦別氏に関心のない人たちにも「そういう仕組みがあったほうが良いよね」と考えてもらえるようになるのではないだろうか。

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